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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猫にも分からぬことがある。

作者: 白稲 花

駆ける。


「おいい。何だこいつ上玉じゃねえかエェ?」


駆ける。


「や、やめてくださ…わたし、は、こ、この店の人では…」


駆ける。


「ンなわけあんかよ姉ちゃんよォ〜?おれァ新しいのが入ったっつーことを聞いたんだぜえ?姉ちゃんのことだろォ〜。」


駆ける。

「ちが、違います‼︎た…助けて!だれかっ…ひっ…!」

「まあまあ、しょーじきおれァ誰だっていんだ。さあさあ!」

「やめ…‼︎きゃああああーー‼︎」



「ちょーっとごめんなさいおじさん。その娘俺のなんだよねー。」

前方には15、6の少女、そして素敵な素敵なおじさまが二人。全く素敵すぎて殴りたくなる。いやいまからやる気満々だけど。

「ああ?んだてめぇ!人が折角いいところだっちゅーときによお!」

「んー?ああすみませんねえ!いやいやっ、人の幸せって奪いたくなるのが俺の性なんでね。特にその類の幸せは。

……と、いうわけで。」

言いつつ体勢を低くする。

「その子と遊ぶ前に、俺と遊びません?」

服のポケットから数粒の種を取り出して口に含むと、おっさんたちはぎょっとした顔をして半歩下がった。

「お、おいおい落ち着けーって。今の才種だろ?そうだよな。」

「そうですね。」

俺は種を噛み砕きながら無感情に答える。これだけでビビるなんて、おっさん達も大したことないななんて思った。

「はは、は、じょ、冗談だよ…。この娘お前の彼女?なんだろ?そうだよなぁ、そりゃ怒るよなあ、うんうん。」

まだぐだぐだとクダを巻くおっさんに、脅しも兼ねて一歩踏み出した。すると、磁石の同じ極みたいに分かりやすくおっさん達も一歩下がった。三日月夜、灯りは少ない。まぁ問題はないだろう。

「わ、悪かったって。知らなかったんだって。なあ頼むよ。なあ?なあ?見逃してくれよお。」

情けないほど弱腰になった奴らに、ただ一言。

「去れ。」

低く、殆ど唸るように言えば、簡単に奴らは逃げていった。


「大丈夫?怖くなかった?」

まだ微かに震えている涙目の少女に声を掛ける。手首を掴まれていたのか、左手で右手首をかばっていた。声が出せないのか俺を上目遣いで見てくる。

「まあ怖いよね。うん。あっ、ごめんね、勝手に彼女ってことにしちゃって。その方が良いと思ったんだけど。あの場の設定だから気にしないでね。」

割と怖くないような口調で話すも、少女は口を開かない。いや、開かないというよりも戸惑っているのか。そりゃあそうか、見ず知らずのおっさんに絡まれたとおもったら今度は見ず知らずの男に話しかけられているのだから。戸惑うもいいところだ。まぁ慣れているけれども。

と思ったら、おずおずと少女が口を開いた。

「あの…ありがとう…ございました……。」

か細い声だったが音の少ないここではよく聞こえた。そもそも俺は耳がいい。

「おっ、話してくれた。良かったよー、嫌われたのかと思った。」

「い、いえっ、そんなことは…!あの、名前は…?」

「ん、俺は名前は教えない主義でね。だから黒猫って呼んで。」

にかっと笑うと少女も微笑んだ。

「黒猫さん…ですか。なんだか可愛らしいですね。」

「やだなあ、カッコイイって言ってよ。」

だんだん緊張が解けてきたようだ。話し方もはきはきとしてきた。

「…えっと、黒猫さん。」

「んー?」

「黒猫さん、さっき才種使ってましたよね。私の為にわざわざありがとうございました。良かったんでしょうか…?」

上目遣いの少女は申し訳ないような、気遣ってくれているような、恐縮しているような表情で俺を見つめてきた。才種は値段がするーーといってもまあまあだがーーので、遠慮しているのだろう。

「ああ、いいのいいの。あれ才種じゃなくてフェイクのただの種だから。おじさん相手に才種は使わないかな、俺。」

「えっ、じゃあさっきの」

「そうそう、ただの脅し。おじさん達、あっさり騙されてたねー。」

まあこっちとしては好都合なんだけど、と心の中で呟いた。

「…っまああれだ。夜なんだからお嬢さんも帰んな。っていうか何で一人なの?…ああ答えなくていいけどね。」

じゃあ俺ももう行くわ、と言い残し、俺は歩き出した。ありがとうございましたという少女の声を片手を上げて受け止めた。


さて、そんなところで自己紹介をしよう。

俺は黒猫。勿論人間だ。

名前は教えない。いろいろあるからね、俺も。

仕事は主に…まあ治安保全?夜の街を駆け回って、世の女の子を助けている。これこそ生き甲斐だといってもいいくらいだ。他人の為に生きる、素晴らしいことだ。少なくとも自分なんかの為に生きるよりはきっと得るものも多い。まだ得た実感はないが。

副業、っつーか本当はこっちが本業だけど、つまんないし性に合わないから好きじゃないほうの職は、


「よおっ、黒猫!」

「うわ!」

「なーんだよ『うわ!』って!ぼーっとしてんなよぉっ、お前それでも『コルコニ』かよ。」

「はあっ?うっせ、驚くぐらいいいだろ、トカゲ。」

「んだよつれねぇな。」

突然声を掛けてきたのは、いわゆる同僚のトカゲという呼び名の男。もちろん本名ではない。

「お前この間もそうやって驚かしたよな?何がしたいんだよ。」

「訓練訓練。驚いてぽろっと大切な情報を漏らさないように。」

「どんな状況だよそれ…。」

襲われそうになった時の予防、とトカゲはさも愉快そうにクツクツと笑う。頭おかしいんじゃないかといつも心配になるが、そういう奴なんだと割り切ることにしたのはもう随分と前のことだ。それ程こいつとは付き合いが長い。

「あ。そーいやぁ黒猫、お前またナンパしてただろ〜?全部見てたんだからな、この女好きが。」

「ナンパとは失礼な。あれ、れっきとした仕事。…いや、日課?まあどのみちお前みたいな奴には分からないか。」

「なんだよおれみたいな奴って。…あっ、超優しい人ってことね、納得。いやあさすが黒猫くん。よくわかってるねぇー。」

「思っとけよ変人」

ふいと顔を背けた。

すると突然トカゲは俺の首に腕を巻きつけてぐいと引っ張った。痛い。

「ナンパもいいけど、本業忘れんなよ、黒猫。油断すんな、死ぬぞ。」

耳元で囁いたかと思えば、トカゲはサッと身を翻して去っていった。

「…ってぇな。」

首をさすりながらため息をついた。全く、トカゲは読めない奴だ。

それにしても、と思いつつそこにあった階段に腰をかけた。


コルコニ。


全くもって性に合わない組織だ。

それでも属しているのは、他に属すべき組織が見つけられず、半ば強引に引きずり込まれたからだ。いや、そもそも抜けることなどできないのだが。


少し説明をしよう。もしかしたら長くなるかもしれないが。


何かと戦いの多いこの世界で、『情報』は大きな価値を持つ。伝達手段も乏しいこの世で、それらは人から人へと渡り歩くものだ。紙での情報は、ちょっとしたことで漏れてしまう。それこそひらりと落とした、というだけで。そういう心配の少ない手段は、やはり人からの伝達だ。そこで大きな問題は、人は嘘をつくということだ。あっちで正しい情報も、こっちでは間違っているかもしれない。はたまた間違っていると信じていたものが本当は正しかった、なんてよくある話だ。

ようは嘘が無ければ、情報は時に何にも勝る武器になり得るのだ。

そこで、誰かーー確か時の王だーーは考えた。どれほどの資金を注ぎ込んででも、持つべきは絶対的に信用ができる情報屋なのではないか。それを使えば、あわよくば世界を治めることができるのではないか、と。

もしそんなのがいたとすれば、今の世界はその王によって支配されていただろう。まぁ実際、その王はそれをつくろうと試みたし、一見すればそれは成功したかのように思えたのだが。

唯一の、しかし自らの首を絞めることになった最大の誤り、それは、その情報屋はかの王だけに仕えるとは限らなかったということだ。

信頼する味方の裏切り、最大の情報漏洩である。

嘘はつかない。ただ、自分達にとって一番得になる人に真実を。

そうして生まれた組織、それがコルコニである。

コルコニは、仕えた主人に嘘はつかないし、その主人が一番の利益ーー他のどの人間よりも素晴らしい利益を与えてくれるのなら、決して背かない。そして必ず、欲しい情報を仕入れてくる。それが例え国家機密でも、時間はかかるが絶対に仕入れる。そうして戦に勝った国もあるくらいだ。…まあただ、その国の敵国の方が利益が多いと判断したコルコニは敵国へと主人を変え、やがて前の主人を滅ぼした。使いようなのである、コルコニという組織は。

それ程までに力を持つコルコニがなぜ滅びないか。それはコルコニの人選の厳しさ故である。

コルコニは、絶対に弱い人間を仲間にしない。武術、そして知能の高い人間しかコルコニには入れないのだ。そうでなくても情報を集めていく上で、自然に弱い人間は淘汰されていく。

…俺はその情報収集を担当している。トカゲも同じだ。本名を明かさないのは、もし自分に何かがあった時に組織に影響がでないようにだ。よって俺はトカゲの本名も知らない。知りたいとも思わないが。

「何で、逃げ出さなかったんだろ…。」

俺は自分の意思というよりは生活に困っていた家族の意思でコルコニに入った。入らされた。当時も今も後悔などしてはいないが、もし泣いて嫌だと懇願していれば、今頃俺も普通に働いていたに違いない。今更もうそんな生活は望まないが、「もし」の世界を想像するのにばちは当たるまい。

「…疲れた、なあ。」

後ろに倒れこんだ。背中に当たる階段の段がゴツゴツして痛い。

今日も頑張った。情報もそこそこ集まったし、女の子も一人助けた。トカゲには注意されたが知ったことか。無害な人には優しく、迷惑な奴には冷たく、友人には親しく、家族には祈りを。今日も遵守した。

ああ、自分には無関心だ。もしかしたらその時点で関心があるのかもしれないが、優先順位は確実に下。しかしそうしていてもわかってしまうのだから、「自分」というのはどんだけ主張の激しい奴なんだろう。鬱陶しいくらいだ。だから俺は自分の為に時間を費やすのをやめた。見返りもないのに、面倒くさい。

そんなことを考えていると、コツコツという足音が上から聞こえてきた。どうやら階段を降りてきているらしい。起き上がってその音の主を見ると、そいつは立ち止まった。男だ。肩に巻いた布の裾が俺の目の前でひらりとはためく。

「…お前、こんなところで何をしている。寝るなら知り合いの宿を教えてやるからそこで寝ろ、体に悪いぞ。」

こっちが何も喋らないうちから奴は話してきた。何だこいつと思ったが、もしかしてこれは宿へ泊まれという勧誘かもしれないとすぐに思い当たる。宿は既に手配してあるので断ることにした。

「すみませんね、お兄さん。生憎宿は間に合ってるんで。」

立ち上がって踵を返す。こういう輩はしつこいので早めに逃げるのが得策だ。

…が。

「おい待て。お前才種を持っているだろう。それはどこで仕入れたんだ?」

「…は?」

驚きと警戒とで思わず振り返った。なぜこいつは知っているのだろう。

「いやだから、どこでそれを手に入れたんだ。」

男は半分イラつきながら聞いてきた。ますます警戒心が強くなる。

「別に才種を持っていてはいけない、なんてことないと思いますけど?それを聞いてどうするんです?」

「なんだ、素直じゃないな。店で買ったんじゃないんだろう?匂いがするくらいだから、もっと強力なはずだ。」

これはまずい。この男、本気で何言ってんのかがわからない。才種に匂い?種から匂いがするなんて初めて聞いた。そもそもそんなものないだろう。

「…あんた何なんだ。喧嘩でも売ってんのか?もしそうなら容赦しない。」

あからさまに警戒心をむき出しにして男と対峙する。自然体で、いつ攻撃されても受け身がとれるように体勢を整えた。しかし男は無害ですとでも言いたげに両手を上げた。イライラを超えて不機嫌そうな顔になる。

「いや、知らない人に喧嘩を売るような奴じゃないから安心しろ。そんなに警戒するな。…で、教えてはくれないのか?単に個人的に欲しいだけなんだがな。」

ご丁寧にため息までついて三度聞いてきた。そんなに知りたいのだろうか、教えないが。いや本部に怒られるそれは。本部怖いんだよな、マジで殺しにかかってくるし。実際殺されるし。

っていうか本当に誰なんだ、こいつは。

「残念だが教えられない。怪しまれないために言うが、これはまぁ…職場?から支給されているものなんだよ。だからどこで仕入れているのかはどのみち俺は知らない。…因みに聞くが、あんたはこれを手に入れてどうする気なんだ。」

「いや…どうするもこうするもないが。そのうち必要になる日が来る、その為の準備だ。

…職場から支給されているのか。そんなのが必要だなんてどんな仕事をしているんだお前は。いや興味ないが。」

じゃあ聞くなよと心の中でぼやく。危うくやらなければならなくなるところだったではないか、全く。

もうさっさと失礼しようと思ったところで、背後から誰かが駆け寄ってくる足音がした。反射で身を翻し攻撃態勢をとる。

「おーぅ、いた。アキレアー!ジジイが呼んでんぞー…って誰だ?え?何、おれなんかした?」

きょとんとした顔で俺を見てきたその男は、どうやら割と訳わかんないこいつーーアキレアというのかーーの知り合いらしい。顔が全く似ていないから親族ではないのだろう。敵意はないようなのでとりあえず態勢を崩した。

「ああ、リアか。おっさんが何だ。」

すると男はしかめ面をして腕を組んだ。よく見るとまだ若いようだ。それに、アキレアよりも背が低い。アキレアが高いのかもしれないが。少なくとも俺よりは低いようだ。

「なあ…そのリアってーのやめてくんね?やっぱ変だと思うんだけど。おれフリージアだからさあ、ちゃんとフリージアって呼べよ。なあ?」

「ん、そうなのか?じゃあ今度から努力しよう。生意気になったもんだ、あんなガキだったのにな。」

「はあ⁉︎いつの話だよジジイくせえぞ。…んで結局このお方はどちら様なんだよ、説明しろ。もしかして客?」

男ーーフリージアは俺をちらりと見てからアキレアに言った。攻撃態勢をとったせいなのか若干引かれている。なんか傷つく。

「いやあの通りすがりなんで。別に気にしないで下さい。」

「因みに、もしかしないからな。お前の所の宿を紹介したが間に合っているそうだ。残念だったな、リーーフリージア。」

「今リアって言いかけたろ、ったく。間違えんなよ、さっさと慣れてくれ。…で、こちら様はうちの客じゃねーのね。じゃあ何でアキレアと…ああそうか、お前アレだろ、また変人発揮してたんだろ。それはそれはごしゅーしょーさまでしたねぇ。うちのアキレアがすみません、何しろ躾がなっていないもので。」

「お前失礼すぎだぞ。俺は獣か?」

「えっ…獣だろ?」

「……。」

心底傷付いたようだ。

っと、こうしている場合ではない。面倒なことになる前に早く切り上げないと。

「あの、俺はこれで失礼しますね。待ち合わせがあるんで。」

「ん、そうだったのか。それは失礼したな。」

「いえ。」

ではお先に、とことわって歩き出す。


「…ちなみに見つかったのか?」

「いや…まだだ。みつかっていたらここにいるだろう。」

「それもそうか。…ねぇちゃん、本当に現れんのかな。」

「現れるだろう。きっと、ーーー。」

「ーー?ーーー。」

「ーー。……」


背後から聞こえてくる会話も全く聞こえなくなるくらいまで歩いてから、才種について考えた。

才種。

それは植物の種だ。当たり前といえば当たり前だが。

ただ普通のと違う点は、それがものすごく役に立つことである。

才種は、聞こえは悪いが言うなればドーピングだ。脚力、腕力、その他もろもろの力を格段に上げることができる。そしてそれらの便利な点は、瞬時に効果が出るということだ。もちろん時間で効果は切れるが、なかなかに便利なものである。他にも、人間の持ち得ない能力を持つことが出来る、なんていうものもあったりする。無論そういう類のものは高価なのだが。


実戦では、例えばこんな風に活用する。


「何してんのー、あんた。」

振り返り声をかけると同時に後ろへ跳んだ。直後、先ほどまでいた場所を何やら鋭利な凶器が空を切っていった。しかしバレバレだ。

「……。」

黙って睨み付けてくるそいつは、今回コルコニが調査していた組織の一員だった。ここらの国を転々とし、商人などを襲って根こそぎ金目のものを強奪するといういわば強盗グループだ。今の主人である国の王がその被害のあまりの甚大さに憤慨し、調査を頼まれた。

「オマエ、テキ。ジャマダ。ダカラケス。」

「ああそう。」

ご丁寧に説明してくれた声を聞く限り、どうやら男のようだ。なんか今日はよく男に会うな。どうせならもっと華やかな女性の方がいいのになあ。まあ職業柄、なかなか女性を相手取ることはないのだが。

たわいもないことを考えながら、今度こそ本当の才種をさっと口に含む。噛み砕くと体の芯がじわっと熱くなった感覚がした。才種を体に取り入れた時の反応だ。恐らく何らかの成分がそれを引き起こしているのだと俺は考えているが、実際のところは知らない。

「で?あんたらは俺をやろうとしているわけだ。その割には人員が多くないか?」

屋根の上に隠れているであろう奴の仲間にも声をかけるが、まあ当たり前だが返答はなかった。代わりに盛大な銃声。

「あんたら知らないの?この国では銃器は王族しか所有してはいけないらしいけど。」

俺からその音の主が見えない以上、俺にその弾が当たることはない。だがそこらの人間ならその音にびびって動く。きっとそれを狙っていたのだろうが親切じゃない俺はそんなことはしない。かわりにというと語弊が生じるが、取り出したナイフを目の前の男目掛けてぶん投げた。

「ヒッ」

「いや、ヒッじゃないだろ。油断すんなよ、死ぬぞ。」

思いっきり命中してナイフの突き刺さった男はズルズルと倒れていった。……弱くないか?


今、あれっと思った人は実に冴えている。実はこの時に才種の効果を利用していたりする。普通にナイフを投げていたなら男に刺さるなど到底及ばなかったであろう今、しかしナイフは刺さった。先ほどの才種はカイチという腕力を上げる種だ。つまりそれで腕力が上がり、男にナイフが刺さった、というわけだ。簡単である。

当然の如く祝福のクラッカーが鳴り響くわけだが、さすがにそれはその場から離れることにする。ついでにもう一種類の才種を噛み砕いた。脚力を上げるシュマという種だ。

「っトカゲ!」

叫ぶと、どこからかするっと見覚えのある男が出てきて隣を走る。弾丸が地面で次々と弾けた。

「あいも変わらず大変なご人気ですねぇ、黒猫くん?」

「黙れ、それよりやるぞ。」

此の期に及んでクツクツ嗤うトカゲの頭をはたきつつ言う。トカゲはぶちぶちと文句を言いつつも肯定した。

「もうめんどいから使うぜ、銃。」

「何でもどうぞ。」

もうこいつとは長い間共に戦っているので阿吽の呼吸だ。同時に体を捻り、トカゲは銃を、俺はナイフを手に突っ込んでいった。敵は全部で8人。さっきの奴を含めると9人か。大丈夫だろう。

相手は銃を持っていた。遠距離だからそうしたのだろうが、元々奴らは商人を襲う強盗だ、あまり扱いは上手くないだろう。

「ッハアアーー‼︎久しぶりだなあっ⁉︎」

きちがいを発揮してバンバン撃っているトカゲはそれに比べて銃の扱いに長けている。この世界はあまり銃器は流通していないのだが、なぜか俺が会ったときからそうだったので、こいつも昔なんかあったのだろう。知らないが。

俺はナイフ専門なのでトカゲよりも小回りが利く。今はカイチとシュマの効果があるので一撃でもダメージは大きい。

返り血を極力避けて奴らを倒していくと、あっという間に全員呻き声を上げて倒れていった。やっぱり弱かったな。

…そうだ、断っておくが、俺もトカゲもこいつらを殺してはいない。ただそれにとても近いだけで、きちんと生きてはいるし恐らく回復も可能だ。コルコニの「情報を集める」という目的から逸れるとして、殺人は禁止されている。

「終わったか。なんだよー、早えなあ。こいつら本当に問題児なのかよお、なあ?」

トカゲが倒れた男を軽く蹴る。蹴られた男は小さく呻き声を上げた。

「一般にとっては凶悪だろ。ついでに俺たちも。」

「へへっ、そーりゃ光栄だな。」

てらてらと鈍く光るナイフを倒れている最初の男の服で拭ってから、歩き出したトカゲの後を追った。

「なあトカゲ。」

「あー? んだよ。」

「才種って…匂いとかあるのか?」

「はああ?ばっかじゃねーの、知らねぇよ、んなこと。おれは感じねえし。」

「そう、か…。そうだよな。」

動くトカゲの影を見ながら呟く。やっぱりそんなものないよな。

歩きながら、なんとなく振り返って倒れている奴らを眺めた。今回も盛大にやったもんだ。

…すると、うちの一人が胸をかきむしるようにして、自身の汚れた服から何かを取り出した。そしてそれを胸の上で抱きしめた。何なのだろう。あれは紙…いや、写真?

男を見つめていると、閉じていた口を開いた。荒い呼吸を数回繰り返す。目尻が微かに輝いた。


そうして絞り出すように、掠れた声で呟いた言葉。


『会いたい』



…そのときだ。不意に、本当に不意にこみ上げた感覚に、俺は目眩を起こしそうになる。軽く吐き気がした。こんなのは一体いつぶりなのだろう。思わず立ち止まった。

いつぶりか、それはきっと、俺がまだ一人の人であったときーーー


「…トカゲ。」

「なんだよしつけーな。」

「…俺たちは何をしてんだろう。」

「…は?」

突き上げた吐き気は言葉を絞り出す。頭にがんがんと音が鳴り響き、考えることを阻止した。

「殺していないとはいえ、撃って切って刺して、何してんだろう。情報を集めるという目的で人を傷つけて何をしてんだろう。戦って、それで、俺たちは何をしたのだろう。何か出来たのだろうか。成し得たのだろうか。どうなんだ。なあトカゲ。」

「今更どうしたんだよ黒猫。らしくねえ。」

そう言ったトカゲは次の瞬間俺を壁に叩きつけた。左手で首を掴み、右手で持った拳銃の銃口を俺の額に押し付けて引き金に指をかけるトカゲは、俺に積年の恨みがあるかのように憎々しげに睨み付けてきた。

「と…かげ……」

「抵抗すんな、したら殺す。」

低い、余りにも低い声だ。

「お前は今、おれに命を握られている。気を許したからだ。どうすれば助かるか?利口なお前には分かるはずだ。」

そんなものは、と歯をくいしばる。

従う。従うしかない。従うしか。

酸素の足りなくなってきた脳は役に立たない。代わりに役に立つのは本能だけだ。しかし苦しい。苦しい。この苦しみは一体何なのだろう。分からない。

「お前は生きている。生きるっつーのは虐げられることだ。分かるか黒猫。お前は今、お前自身に虐げられてんだよ。もちろんおれにも。自由なんてのはハッタリだ。どうするとか何でとかじゃねぇ、従うんだよ、黒猫。わかってたんだろ。ただお前は抵抗してみたかっただけだ。」

ギラギラと爬虫類のように目を光らせながらトカゲは囁いた。

首を掴む手に力が入った。酸素を求めて口を開くが、そこからは僅かな息が漏れていくばかりだ。

トカゲは本当に俺を殺そうとしている。

…死ぬのか。ここで。

最期の力を振り絞ってトカゲの腕を掴むが、額に当てられた銃口がぐいっと食い込んだ。

「まさかおれが、って思ってんだろ。味方であるはずのおれがまさかって。…だが残念だな、ここまで追い詰められたお前なんておれにとっちゃ凡人並みだ。強くなければコルコニには残れない、そうだろ?今のお前は強くない。…だから、残れない。」

トカゲは引き金にかけた指に微かに力を込めた。

「さようなら、黒猫。」

トカゲは目を細めた。


窮地。もう助からない。


…ああ、


俺は、それでも俺は。




……生きていたかった。







「……なーんて、な。」

ぱっと首から手が離された。突然に入ってきた空気に思わずむせる。じんわりと目が熱くなった。

「つまりまあそういうことなんじゃねーの。」

そんなことを言って拳銃をしまうトカゲを睨みつける。さっきの威圧感は消え失せ、とてつもなくだるそうだ。

「な、にがだ。」

「だから、そういうことだよ。死にたくねえんだよ。お前は生きていたいっつー動物の最大の願望の為に馬鹿みてぇに従ってんだよ、コルコニに。おれだってそうだよ。全員そう。死にたくねえからおれらは動くんだ。そんでも分からねぇっつーんなら今すぐ殺してやる。」

「やめろ」

「やるかよアホ。」

そうため息をついたトカゲの足を見た。

「……。俺は、」


生きていたい。


息をどんなに吸い込んでも消えることのない苦しみの意味は分からない。だがきっと、これは自分の人生を生きることを始めた代償だ。自分に興味を持ち始めたことの。他人をどれだけ救っても得ることはできなかった。今まで人を助けることに求めていたことはこれだったのかもしれない。だが俺は分からなかったのだ。しかし今分かった。

俺は、自分を生きたい。


「トカゲ、」

「ああ?」

「お前は、……いや、やっぱりいい。」

「あ?なんなんだよてめー。面倒くせ、もうおれは行くぜ。」

心底呆れたように歩き出したトカゲの後ろ姿に笑う。

なんだか笑うという感覚がいまいちわからなくなってしまったようだ。俺はきちんと笑えているだろうか。

…まあいいか。

「待てトカゲ!宿どうせ一緒だろ!俺もいくから!」

既に遠くを歩くトカゲは、俺の声に片手を上げた。







「キャアアアアーーー!」


夜中に響く甲高い叫び声。続いて気色悪い怒鳴り声。夜の街にこだまする二音は、いつだって不協和音をつくりだす。助けを求める声は耳を貫いた。

さあ、行かなければ。

黒猫の如くしなやかに、物音を立てずに、尻尾を立てて注意して。

そうして生きるのだ。自分の人生には盛大な足音を響かせながら。始めたばかりでまだ不器用な俺はそれでも進んでいく。


行こう。



光輝く満月の夜、俺は駆け出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


黒猫

横切ると不幸が起こるとされている。

しかし元は(今でも?)黒猫は幸運の象徴だったそう。因みに自分は犬派ですが猫も愛してます。どうでもいいですね。


どうも初めまして、白稲です。初投稿になります。見てくれた方、ありがとうございました。

…えー、今回のこれはこれから投稿予定の〈コトノハナ〉という長編の世界観の紹介?として投稿してみました。黒猫は…うーん、でてくるかな?まだ未定です(汗)

読んで頂ければ幸いです。きっと書きますので温かい目で見守って下さい。よろしくお願いします。

今回はこんな駄文をお読み頂き本当にありがとうございました。長文失礼致しました。では。

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