捻くれ男は期待する。 ③
そしてあの手紙を無視するだけの余裕が俺にあるはずもなく俺は指定された、普段は使われていないのか錆びた南京錠で扉を閉ざされた物置の前で、奇妙な告白を受けた。おそらく愛の告白ではない。
「彼女…作ってくれない?」
取りあえず送り主が玲だったことには驚いたわけだが、それ以上に彼女の言っていることが理解できない。これだけ状況がそろっているのにまだ斬新路線に走るなんて。新人にありがちだ。定番は長らく必要とされてきたからこそ繰り返され、定番となったのに。
かき乱される心中を察せられないよう声音を平坦に保ちながら疑問を投げかける。
「…は?」
一文字で会話できるなんて日本語マジ便利。ツイッターが流行るのも当たり前だろう。例えば「渋谷ナウ」なら四文字ですむが直訳してみれば「Shibuya now」なんて十一文字も使う。…ってか英語でナウをこんな使い方しないかもだけど。
「だから、彼女を作ってほしいの」
「俺に?」
「そう」
確かめたところで混乱が解けることはなかった。
取りあえず思いつく可能性を口に出してみる。
「それはあれか。友達が俺のこと好きだから協力して!とか言われて暗にその子を俺に勧めてるのか」
「は、違うし。キモ」
えー。
先ほどまではいじらしく可愛かった顔が急に素に戻ってけなされた。中々きつい。多分寝るときとかに思い出す。
しかしとなると何故玲は急に俺に彼女を作れなんて。
いや、もし俺が女の子と遊んでばかりいるようなちゃら男だったなら身を固めろといったニュアンスで言われてもしょうがないかもしれないが、我輩はぼっちである。彼女はまだない。
それくらいは付き合いの長い玲なら理解しているはずだ。なのにこの台詞。俺をからかっているのだろうか。だとしたら随分と下手だ。第一ここまで呼び出してするようなことじゃない。
…分からん。
そして分からない問題は飛ばして次の問題に取り組むのが俺のやり方だ。出来るだけ先延ばしにして存在を忘れるまである。
だからこの場も余計に悩む必要などない。これが知らない女子ならまだしも相手は玲だ。軽くあしらったところで罰が当たることも、クラスの女子から「ひどーい」と声をそろえられることもないだろう。
「分かった。頑張るよ、応援ヨロシク!」
最後はアスリートっぽくしめた。
完全に想像を裏切られた。抑え目だった期待値よりも斜め下回っている。
彼女の真意が垣間見えず相変わらず胸中には靄がかかっているが、つきつめたところで何もないだろう。労力を浪費するだけだ。帰宅部として全力で帰るために体力気力は残しておいたほうがいいだろう。もしこの全国に他の部活とは比べ物にならないくらいの部員が存在する「帰宅」が競技化したら中々いい線までいけるんじゃないかと思う。
さて。可愛い妹も綺麗な姉もいるわけではないが家に急ごう。猫ならいるし。今日は肉球をいじめてやるぜ、フハハハハハハハ。
「ちょ、ちょっと待って」
猫をどう辱めてやろうかと鬼畜の妄想を繰り広げながら踵を返した俺だが、肩を掴まれ進むことは出来なかった。女の子に引き止められるなんて夢シチュエイションな玩具会社なわけだが玲が何をしたいのか要領を得ないからドキドキしようがない。
「何だよ」
「適当にあしらおうとしたでしょ」
ばれてました。
「だがなあ。何言ってるのかよく分からんわけで。彼女なら常日頃から募集してるし。何ならバイト代まで出す勢い」
なにそれ悲しい関係すぎる。でも実際お金で買えちゃったりするから世の中虚しいなあと思う最近です。
俺の態度から俺が真剣に話を聞いていないことを察したのか、玲はきゅっと口を結ぶと、再び顔の角度を下げた。よく見れば少し震えているようで、何処からともなく根拠のない罪悪感が姿を現す。
「まぁなんだ。その、ほら、作るから」
しかしその震えの原因がわからないためにかける言葉が見当たらず、当たり障りが無さ過ぎてよくわからない台詞しか出てこなかった。慰めればいいのかさえ分からない。
幼馴染に彼女を作れとか言われてその幼馴染がなんか悩んでるっぽい。
駄目だ、俺の対女性スキルのレベルが低いのに難易度が高すぎる。神よ、もっと分かりやすい試練を与えてくれよ。