捻くれ男は苦労する。 ④
いつもよりちょっと長め
「昨日はすいませんでした、学校に携帯を置き忘れちゃって」
思考と鼓動は加速してはいるものの身体的には固まったままでいる俺を気にかける様子もなく、満月後輩は喋り続けながら眉を八の字にしている。
「べ、別に気にもかけてなかったから」
俺はなんとか強がることだけはしたもののやはりまだ状況を飲み込めてはいない。
目立つことは避けられたが、これは教室の前まで女子が迎えに来ると言ったなんか読んだことがあるパターンじゃないか。もう俺ってリア充なんじゃないだろうか。自分で自分の事をリア充と形容している時点でそうでない気もするけれど。それによくよく考えれば携帯を忘れちゃって、なんて女子がよく使うライン壊れちゃった、みたいな言い訳じゃないだろうか。
あっぶねー。もう少しで勘違いが完了するところだった。
「よかったぁ。迷惑かけちゃってたらどうしようかと思ってました」
ほっと一息ついて胸に手を置くと、たわわだなーとか考えちゃうだろ!あざと…くはないけど俺の煩悩が!
れ、玲のまな板に見慣れてしまっているからか。主張はそれほど激しいわけではないというのに
「あ、今からお昼ですか?」
なんか色々、おもに桃色な事が頭の中を縦横無尽に駆け回っていたわけだが、満月後輩は更なる混乱を誘発する。
こ、これって女子と一緒に昼ごはん、のパターンじゃないだろうか。いや待て、俺に定番がそうぽんぽんと適応されるはずがないだろ。主人公じゃあるまいし。思い上がってしまえば恥をかくだけだ。きっと「あ、もしかして噂の便所飯ですか?」とか辛辣な質問が飛んでくるに違いない。
妄想ならまだしも推測ならば分相応なものにしなければならない。女子に対する経験の無さとうぶでピュアなハートにより思考が多少かき乱されたが問題ない。
硬派を意識しながら小さくうなずくと、満月後輩はニコリと口角を持ち上げた。
「じゃぁご一緒してもいいですか?そうすれば相談もできますし…」
あれー。なにこれー。
誘われちゃったよ?え、やっぱ俺ってリア充だったの?ってか彼らっていつも女子にこんなことされて心臓とか大丈夫なのだろうか。本当に爆発しちゃう気がする。
ちょっと俯きながらもこちらを伺う満月後輩の破壊力がもはや軍事レベル。きっと男子どころか国の一つや二つは落とせるに違いない。
「え、いや、その…忙しいから」
自分でも説得力がないとは思うがとりあえずは断る。
可愛い後輩と一緒にランチ、なんてとても魅力的に聞こえるが、うまい話には裏があるという。ちなみにうまい話、というのは自分の素質以上のイベントのこと。
もしこれで俺が校内に名を轟かせるイケメンならば特に警戒することもせずに気軽に女子とのきゃっきゃうふふを堪能するだろうが、俺は自称イケメソだ。自称でもイケメンと名乗れない可哀そうなばったもんである。そんな俺には普通に考えればそうした青春の代名詞のようなイベントは訪れるはずがない。ラブレターは偽物だし、校舎裏に呼び出されてもへんてこりんな告白を受けるし、女子と二人とお出かけしてもマネキンの世話係だ。
「で、でもやっぱりラインとかより顔をみての方がいいと思いますし…」
態度はもじもじと控えめだが中々食い下がる。
だが昔話でも主人公はつづらの中に宝を見つけたり、鬼の前で踊ってこぶをとってもらうのに同じイベントを経験しても悪役はつづらの中身は化け物だし、鬼の前で滑稽な姿を見せてこぶが二つに増えるのだ。古人がわざわざ物語にまでして伝えたこの真理にわざわざ逆らうつもりはない。俺は主人公ではないから待っているのはバッドエンドだ。
問題はこの後輩をどう納得させるかだ。
今思っていることを長々と語ってみたところでどこかふわふわした彼女が理解してくれるとは思はないし、長時間こうして廊下で向き合って話しているのも目立つ。
となればもう嘘しかないな。うん。
「俺もう一緒に食べる予定の人がいるから」
これを俺を知る人間につかったならば効果はゼロだが流石に一年生は俺のぼっち度をしらないだろう。逆に生徒会に属しているのだから交友関係が広いと勘違いしていてもおかしくはない。
「そうなんですか…手芸部の先輩にいつも一人だって聞いてたんですけど…」
普通に知ってたよ。
まさか俺のボッチがそこまで知れ渡ってるとは。そして周知の事実らしいのに誰も俺に話しかけてくれないのか。よし、じゃぁ私が友達になってあげよう!とか考える可愛い委員長はいないのだろうか。
それはさておき。
目の前でしゅんとする満月後輩の先ほどの台詞が遠まわしに「一緒に食べる人なんていないでしょ?」と責め立てているのかどうかは判断しかねるが、俺の言い訳の効力が一気に薄れたのは確かだろう。一人ぼっちの言い訳と考えれば単なる強がりにしか聞こえない。よし、ここは実名を出してどうにか現実味を持たせ、問題を出来る限り先延ばしにしうやむやにしよう。
「え、えっと、同じクラスの流山と食べるからさ」
本来ならばもっと可能性の高そうな、俺と同じような友達が少なそうなのの名前を使うのが適切なのだろうが、短時間で思い出せる名前が玲しかなかった。最早俺のコミュ力が末期。ちなみに全盛期は幼稚園生のころあたり。
「流山先輩…男の人ですか?」
「いや、女子だけど」
俺に女子の友達がいるはずがないといっているのか!ふはははは、残念だったな、男子の友達だっていないもんねー!
心中で勝ち誇る俺を前に、満月後輩は何かを考えるように両人差し指をあてていたが、やがてぽんと手をうった。
「じゃぁちょっと呼んできます!」
…は?




