毒舌乙女は考える。
独善的生徒会長部費削減に関してのあれやこれやは私の知らないうちに収められていて、いつの間にか部費は元に戻っていた。私が討論を繰り広げてもどうにもならなかったのに。
部費還元の経緯については詳しいことは聞かされなかったけれど、きっと彼が何かをしたんだろう。わざわざ私に資料を借りにきたりしていたのだし。
それにしてもどうして彼は生徒会役員なはずなのに立場で語れば敵対している私達のために動いたんだろう。分からない。名前もわからない。そんな距離感の相手の心中が理解できるはずもないのだけれど。だから彼がどんな手段を使ったのかも考えないでおこう。
…けど。
 
やっぱり気になる。
動機も手段も。おそらくドラマ等の探偵もこうした気持ちだと思う。
けれど正面から聞いたところで彼が答えてくれるとも思えない。会話だってほとんど交わしたことがないから推測にすぎないけど、彼はあの自分勝手で職権乱用な生徒会長とは違って、人の前に出たがる性格には見えない。ひょこひょこ、なんて擬音が似合うような彼は自分をきっと誇示しない。だから自分の行ったことも隠そうとする気がする。
ふと後ろを歩く彼を顧みる。
興味に蓋が出来なくてこうして呼び出したのだけれど。どのようにして聞き出せばいいのかがわからない。
そもそも手助けをしてもらった身なのにこうして買い物に付き合わせてもいいのかしら。特に嫌な顔もせずにマネキンを背負っていてくれているけれど。
勉強不足。付き合って、と言えば男子はついてくる、なんて情報の欠片しか頭に入れてなかった。会話術が上達する100の方法、なんて探せばありそうな本でも買っておけばよかった。そうしていればあの単細胞会長も悪女が如く掌で躍らせることが出来たかもしれない。
色々と考えているうちにも時間は過ぎてゆくし、買い物リストの品々も順調に揃ってゆく。考える時間を増やすために余計な店で余計なものまで買ってしまった。これが時間をお金で買う、ということかしら。部費ではおとせない。
そしてファストフード店でまたも時間を買う。おまけにポテトとかがついてくる。
単刀直入に聞く?
きっとはぐらかされる。
となるとかまをかけるとか。そんな探偵のような技能習得していないけれど。学校で習わないし。ミステリーでも読んでおけばよかった。そういった推理物は父親が見ていたドラマ、「バディ」くらいでしか触れていない。それを参考にするならば「最後に一つだけ…」とか言えばいいのだけれど。
けれど頭をひねって見たところで私の想像力は宇宙人と言われれば目と頭が大きい彼しか思いつかないほどに貧困で、これだと言えるような妙案は浮かばない。
「何をしたの?」
結局は生徒会長の答弁のようにつまらない形でしか疑問を伝えることしか出来なかった。
一度そうした方法を選んでしまったからには突き通すしかなくて、私ははぐらかす彼を見つめ続けた。顔を見つめるというのは思いのほか気恥ずかしいことだったけれども、そうした感情は会長についての記憶とともに捨て去る。
すると彼は予想よりも簡単に私に手の内を明かしてくれた。
…。
予想とは色々と違う種明かしに、私は少々彼に対する評価を改めるしかなかった。
想像よりも斜め上。45度くらい。
そして目的を果たしてふと自分を顧みる。けれど達成感があるか問われれば頷くことが躊躇われる。私の興味や好奇心が満たされたわけではないようで。
だから私は「どうして?」と質問を重ねた。そしてごく単純な、頼まれたからという返事がくる。彼に頼んだ誰か、というのはあまり気にならなかった。
知りたかったことは大概が判明した。未だ満足感はないけれど、これ以上踏み込むのは躊躇われる。私と彼の関係性なんて相関図に浮かび上がらないほどに薄いものだし、今でも名前を知らないくらいだし。つまりお礼を言ってこの件は終わり。
…名前くらい知りたいけれど。
ふと浮かび上がった感情に、私は少し戸惑いを覚えた。
私は彼自身に興味があるのかしら。今回の件における役回りだけではなく、性格などのパーソナルな事が。
一度そうと認識してしまうと、その事実は頭から離れなかった。そんな自分がなんとなく気まずくて、ポテトを一心不乱に口に運ぶ。
もさもさもさ。
 
さっきまでは簡単にお礼をしようと思っていたのに、たった一つの認識の変化で気恥ずかしさが生まれて、自分の口は食べることしか出来なくなったかのようにして声が出ない。そして食べ終えてしまえば何らかのアクションが求められるから、一口が段々小さくなる。もはやハムスターくらい。
お礼ってどうすればいいんだっけ、なんて初歩的な疑問まで浮かんでくる。まるで素直じゃない小学生のよう。お礼も謝罪も習ったはずなのだけど。
けれど高校生にもなればお礼には何か添えるべきかもしれない。そうすれば言葉の重みも減るだろうし。
思い立ったら吉日。ということで早速私は財布から千円札を取り出す。あまりにも私が無言を貫いたせいで折り紙を始めてしまった彼にそれを差し出す。きっと私と一日一緒にいたら千羽鶴まで完成してしまうかも。
いきなりお金を手渡され彼は戸惑っているようだったけれど、押し付ける。
「今回色々してくれたから」
自分で呼び出しておいてこの前のお礼のおごり、なんていうのも少し図々しいかもしれないけれど、私はこうしたことに関してはとことん経験不足。なのにそれを隠そうとしてしまうくだらないプライドが何時ものようにして私の口調に棘を装着する。本当に私は…コミュニケーションが下手すぎる。まったくこのプライドは。まったくもの。きっとこの前の数学の小テストの結果が思ったよりも低かったのもプライドのせい。
…早くお礼を言わなくちゃなんだけれど。
私はなるべく意識しないために視界から彼を外すためにトレイを持って立ち上がった。
羞恥心には目をつむり、頭の中で文言を思い浮かべ、口でぱくぱくと声を出さないままリハーサルする。急に口が乾き、発生の仕方を忘れてしまったかのような感覚に陥るけれど、言わないで立ち去るわけにもいかない。頑張れ私。やれができるこだってよくいわれるじゃないか。
「だから…ありがとう」
視線を合わせないままに放ったのだけれど、感情を吐露するようなそれはやはり恥ずかしくて、その場に立ったまま彼の反応を待つことなど耐えられそうにもなくて、私は無心を極めながらお店を後にした。挨拶もせずに勝手に解散してしまった。傍から見れば今日の私はとても自分勝手なある意味女性らしい女性だろう。
まさかお礼一つするのがここまでのものだったなんて。
少しでも思い出すと再びむず痒くなりそうで、私はその後も頭を空っぽにしながら家へと向かう。
今度から彼を見かけても出来る限り普段通りを意識しなければ。表情や口調を。名前も知らない相手にこんななんて。
…困った。
何が困ったって羞恥心のせいで忘れたマネキンやらを彼に持ち帰らせたことに関しての申し訳ない気持ちに押しつぶされそうで。私って人間失格かもしれない。ちょっと文学的。…現実逃避が得意になってしまいそう。
 




