捻くれ男は期待する。 ①
いつも通りの授業を受け、休み時間は屋上で日に当たりながらぬくぬくと過ごし、次の授業に遅れないよう教室へと戻る。
学校は基本的に好きではないし、授業はその理由であるわけだけどさぼるわけにはいかない。
ご、誤解しないでよね!べ、別に好きとかじゃんくて将来のためなんだから!
…授業にツンデレるなんて俺のヒロインレベルが高すぎて困る。
具体的な将来設計があるわけではないものの、備えるにこしたことはない。
なにせのんびり生活したいのだ。平社員や中途半端な管理職では時間の無償提供、つまるところの残業を強いられちゃったりする。親父を見ていればよくわかる。応援したくなる。親父応援ハチマキとか作ったら売れる。嘘、売れない。
そんなのはごめんだ。
重役なり社長なり、働けるエリートであるはずの人ほど残業しない働かないみたいな社会なんだ。エリートは勝者、社畜の上に胡坐を書きながら甘い汁を吸うイメージ。色々と反論はあるかもしれないが受け付けないし、俺が目指すのはそんな彼らだ。
そしてそこにたどり着くためには努力が必要不可欠であろう。そして幸運なことに、俺は単純な勉強に向いている。
勉強に関する才能があって本当によかった。
もう勉強が恋人だなこれは。
だ、だから女子とか全然興味ないんだから!
…どうしたんだ今日の俺。少しツンデレすぎていないかい?ヒロインどこだよ。
自分に呆れて小さなため息をつきながら席に腰を下ろし、次の授業の教科書を机の中から取り出す。
すると。
毎日学校に置いてけぼりにされながらも翌日の俺を待つ忠犬のような教科書の上に、見慣れない便箋があった。
というかどうしよう、授業だったり教科書だったり最近の俺は無機物にときめきすぎてるよ。ゲテモノなギャルゲーが販売されたりするこのご時勢だから次世代はきっと無機物ヒロインだな。なにそれ絶対買わない。
それよりも。
問題はこの便箋だ。
半分に折りたたまれているために何が書いてあるのかは伺えない。
だがちらりと見える便箋の枠の柄はピンクでハートだ。ハートにまみれて白黒でジト目の鼻の長い熊のようなキャラがいる。確かマレーバクだなこれ。背景はきゃぴるんるんと女子らしいのにこいつだけ不貞腐れたような表情だし色もモノクロで際立っている。バレンタインを滅ぼしたい系の人かしら。
なんにせよセンスがわからん。パンダとか猫とか可愛いのにしとけよ。
だが今はそんなキャラクターにいちゃもんをつけている場合ではない。
送り主のセンスに疑問は持てど重要なのは内容だ。
こほん。
雰囲気から察するにこれはいわゆるラブレターじゃないだろうか。
自分で言うと自意識過剰なナルシストのようで心苦しいが、だってピンクでハートだし。
もちろん女子のハートを鵜呑みしてはいけない。女子にとってハート一つに意味はないのだ。空白が気になればハートで埋めるようなことをするわけだから、沈黙が気まずくて始める天気の話と同じ程度のものだ。特別な意味を求めてはいけない。
ちなみに俺は幼馴染がいるおかげでハートに耐性がついた。メールとかでも過剰に使いまくるし。愛はへるもんじゃないからだろう。
ゴクリ
だが理詰めな思考から独立した感情は心臓を必要以上にたきつけ、もうドクドク体を内側から叩いている。
落ち着けよ俺。た、多分こんだけ期待しても中身は「放課後の掃除当番かわってくんない?」といったように可愛げがないどころか憎たらしいものだったりするのだ。便箋がファンシーなのもそれしか手元になかったからという至極単純な理由で片付けられる。
期待はしないと決めたはずだ。
決めたけど本当に掃除当番だったら三日はへこむ。直接いってくれればいいではないか。小学生じゃないんだから話したらばい菌がついちゃう、なんてことでもなかろうに。
なんにせよ。
このぐだぐだと限りのない仮説とその否定も内容を読めば数秒で無駄になるものだ。手を伸ばし、便箋を広げてみればいい。それだけだ。
俺は自然と上昇してしまいそうになる期待値を「掃除当番、掃除当番…」と呪文のように呟き抑えながら便箋を手に取る。この勢いなら余裕で流れ星に願いをかなえてもらえる。
だ、大体ラブレターというのは封筒に入っていてハートのシールで封がされていて、下駄箱に入っているのが定番だろう。あ、でも呼び出しならこれもあるかな。屋上に一人できてくださいとか果たし状のような。
…っておい。期待するなよ俺。
誰に見られているでもないが、「あれれー、何だこれ?」と青いタキシードで事件を解決する彼のように首をかしげながら、あえて堂々と顔の目の前で便箋を開いた。