捻くれ男は元に戻れない。 ③
あくる日はいつもの日々だった。
教室をさりげなく見回してみても違いがあるかと問われれば首を横に振る。
もしかしたらアハ体験やらに用いられる少しずつ変化する写真のように、同じに見える光景の中でも微細な変化が施され、やがて見返してみれば大幅な変革となっているのかもしれないがその大きな波には自分も呑み込まれているわけだから気づくはずもない。それこそ高校デビューくらいに派手に変わってくれないと。
それにしてもクラスの一人が突然金髪になるとエレベーター現象(別名隣り合わせの電車現象)のようにして相手が上昇した場合相手のみが動いているはずなのに自分が下降しているように感じてしまうから困る。あの時はトレンドに乗り遅れているのかと勘違いして金髪を真剣に検討した。けど結局床屋で金髪にしてくださいなんて恥ずかしくて言えず、未遂に終わった。
部費が還元されたと言ってもそれらの部活動はマイナーなものだから生徒間の話題にはならないんだろう。俺の名前もささやかれることはない。けどきっと教室の隅でくすくす笑ってる女子はきっと俺について喋っている。大変だな。俺の自意識が九尾の力並に制御できない。
結局は俺の自意識は空回りつづけ、いつものように声をかけられることもなく授業が過ぎて行った。特記することもない。日記を書くのが超大変な夏休みの一日のように平坦だ。
最後の授業が終わると、クラスの面々は其々部活やら道草やらに勤しみ、本来なら俺も帰宅部として精を出したいのだけれど服飾部に寄らなければならない。この前松戸が忘れたのを届けなくては。
この忘れものが松戸のTシャツとかスカート、とかならいけない妄想が膨らむほどに俺がまるでリア充のようだが実際はただの裁縫道具なわけで。松戸が買った。
連絡先も住所も知らないからこうして学校で手渡すしかない。クラスも知らないからか表だって呼び出すのが躊躇われたのか松戸からコンタクトもなかった。
しかしマネキンはどうしよう。
流石に背負って登校なんて目立ち方はしたくはなかったから、彼女はまだ家でくつろいでいる。ベッドの上で。おぉ、リア充っぽい。
手足とかを分解してなんか袋に入れて届けるか。おぉ、サイコホラーっぽい。
この扉の前に立ったのは何度目だろうか。
…三回くらいだな。少ない。
けれどその他のどの部活よりも多い。けれどやはり閉ざされた扉をノックするというのは毎回ささやかな緊張感がある。
「はーい」
まるで機械仕掛けなのかと疑うほどに聞きなれた声が扉の奥から響き、数秒していつもの女子が顔を出す。軽く脱色されたツインテールが揺れる。顔がツインテールに振り回されてもおかしくない程度にはボリューミー。学生が喜ぶ食堂かよ。
「…えっと…どちらさま?」
嘘だろ。
ここまでワンセットなの?ハッピーセットなの?全然ハッピーじゃない。
そりゃ自己紹介もしてないけれど顔くらい覚えてくれていてもいいと思います。もしかしたらこの子の視界は補正がかかっておりモブの表情は写らないのかもしれない。主人公気質。
メンタルダメージをなんとか堪えながら要件を告げると、彼女はたたたっと駆け足で松戸を呼びに行った。俺印象が薄いのかなぁ…髪でもそめようかなぁ…
相変わらず目つきの鋭い松戸だが、それはもう慣れた。
出てきた彼女に紙袋を差し出す。
「これ忘れただろ」
「そうね」
松戸は素直でもないが紙袋を受け取ると、「マネキンはどうしたの?」と首をかしげた。
「いや、流石にあれは持ってくるのは恥ずかしかったと言いますか」
「誰もあなたのことなんて見てないから大丈夫よ」
「ひ、否定できない」
せっかく届けに来てあげたのに、なんで服飾部員は俺のプライドを削りにくるの?
けれど毒舌も内心で「どうして素直になれないのよっ、私のバカッ!」と松戸が考えていると妄想すればどうってことない。俺の適応力がすごい。多分火星とかでも生きていける。




