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毒舌乙女は遠回る。 ③

「どうして?」


 視線が窓の向こう側の人の行き来を追う松戸の口からもれたのはとてもシンプルな疑問だった。

 まるでなにかしらの漫画で読んだような展開だ。

 読んで予習しているのだからここは歯が浮くような台詞を言えばいいのかもしれない。笑顔が見たかったからだとか、お前だからだとか。

 …やめておこう。この年で歯が浮いちゃって入れ歯なんて笑えないもの。


「頼まれたからな」


 これはこれで何でも屋みたいでかっこいいな。うむ。

 そうして自己満足に浸ってはみたが松戸は納得した用でもなかった。表情も視線も動かさない。

 けれどそれ以上追求することもなかった。「敵なのにどうして助けたの?」とか言う人の感情の理解が出来ない系ヒロインというわけでもないらしい。…ピンポイントすぎる。


「そう」


 独り言のようなボリュームで漏らす彼女の横顔を見ていると、ふと玲から彼女を作れといわれたことを思い出した。

 私的感情をはさまずに状況を整理してみれば俺は松戸のちょっとしたピンチを救ったヒーローともいえる。王道を辿れば結ばれるしかない二人だ。


 けれど。


 松戸を前にしてそういった甘く恥ずかしい妄想は実現しないと断言せざる負えない。

 手が触れても顔を赤らめないであろう彼女は俺に勘違いをさせる隙さえ見せない。ツンデレが見せるはずのちょっとした「好き」も見せない。農家が持っているはずのスキもない。それは当たり前か。

 だから俺も期待すらできない。お付き合いしようなんて欠片も思えない。


 玲さんは人選を間違えました。大幅に。


 いや、俺も努力しようとは考えているんだけど。

 彼女はいらないなんて硬派を貫けるほどに芯がしっかりしているわけでもない。だから小さく中途半端にかっこをつけたりしている。

 だがやはり訓練を小中と怠ってきたせいでどう行動すれば彼女ができるのかが分からない。

 いわゆる主人公ならば相手が松戸でもさりげなくフォローしたり、気の利いた台詞でもかけて籠絡するのかもしれないが俺にそういった技能は期待できない。松戸の髪の毛にポテトが絡まっていることもない。

 こんな俺ではそれこそ俺の優しい一面をヒロインが都合よく見ていてくれていない限り青い春は訪れない。


 もさもさもさ。


 やはり気まずい。

 どうして俺は同期生と肩を並べながらも無言で食事に勤しんでいるんだ。もう飲み物残ってないのにストローをすってずずずって鳴らす他やることない。けれど松戸は食べるスピードが細くちょこちょこハムスターっぽく食べてるから立ち上がるわけにもいかない。

 せ、正解がわからない。


「…これ」


 ハンバーガーの包み紙で鶴を折っていると、ふと松戸に何か差し出された。

 それにしても二人でいるのに折り紙始めちゃうとか俺男として失格だな。スマホいじりだすよりたちが悪いかもしれない。となるともはや人間失格。なにそれ俺文学的。

 松戸の手に握られていたのは男子がもらってうれしい一人暮らし女子の家の合鍵でも気遣いのハンカチでも絆創膏が貼られた手に握られた手作りお弁当でもなく千円札一枚だった。

 どうしよう。意味が分からない。俺買われちゃうの?にしては少し安すぎない?


「おごり」


 ぶっきらぼうに付け足された言葉でようやく千円札の意味を理解する。

 けれど理解したからには受け取るわけにはいかない。流石にそこまでかっこ悪くはないですよ。


「いいよ別に」

「いいから」

「もう払ったし」

「お礼だから」

「いや、荷物持ちくらいで。時給高すぎるだろ」


 一時間程度マネキンを背負ってたくらいだ。


「それだけじゃなくて…」


 そこで一度言葉を切ると、松戸は顔をこちらに微妙に傾けた。彼女の視界に俺は入っているのかもしれないが目が合うわけでもない。


「今回色々してくれたから」

 

 へ?

 そして松戸はついていけてないでいる俺を置いてけぼりにしたまま、トレイを持って立ち上がった。意識せずとも松戸を見上げてしまう。下から見ると胸の存在感が!あまりない!け、けど将来有望だと思います!玲は絶望的だし!

 松戸はそんな穢れた視線から逃れるかのようにして再び窓の向こう側へと目線を戻しながら続ける。


「何かをしたら礼を言うのが普通でしょ?幼稚園で習わなかった?」


 淡々とした口調のせいか彼女の本意を探ろうとする前に

 そして松戸は俺の言葉を待たずにくるりとその場で踵を返すとトレイを持ったまま歩き出す。けれど数歩進んだところですぐに止まった。んでまたも微妙に首を回して視界に俺を捉えた…んだと思う。

 少し言葉を探しているのか酸素が足りてないのかぱくぱくと唇を開閉していたが、やがてこぼれるようにしてつぶやく。


「だから…ありがとう」


 辛うじて聞き取れたその声はいつもと同じように抑揚が少なく、彼女の感情を測ることなんて出来なかった。ただトレイの上のごみを捨て、そして振り返りもせずに店を出ていく彼女の背中を目で追うことしかできなかった。

 そして雑踏の中に彼女が消えてようやく状況を理解する。


 感謝されました。なんとなくレベルが上がった気がする。てれれれてってってーとか音楽が流れてる。


 これがツンデレというやつだろうか。それにしては赤面も何もなかったのだけれど。だからきっと違う。違うけれどもこれは少し照れる。誰に見つめられているわけでもないのになんとなく視線が泳ぐ。

 そしてそうすると視界が少し広がる。もしかして今回俺を呼んだのは礼を言うためじゃないかと想像を膨らませてしまうほどに。そして他にも色々と目に入る。で、店を去る際の彼女の姿を思い出す。


 …やばいな。


 何がやばいって机の下の松戸に忘れられた裁縫道具やらがつまった紙袋と俺の隣のマネキンさんを持って帰らなきゃならない俺の帰路がやばい。

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