毒舌乙女は遠回る。 ②
松戸は無言の圧力で俺に白状させるつもりなのか、ひたすら俺を視線で刺す。黙殺とはきっと視線で刺殺することを言う。今のうちにダイイングメッセージとか残しておいた方がいいかもしれない。
それにしても少し困る。
そもそもがこうして一対一の状況が苦手な人間なんだ。
松戸のようなとっかかりがないような人ならば逆に気を遣うこともないから相対的には楽だが、やはりこうして沈黙に埋もれると何を語るべきか探してしまう。
「い、いい天気だなぁ…」
雲の程度が今日は丁度いいね。
けれども松戸は俺の社交的な会話のきっかけを軽く無視をする。
どうしよう。話題が尽きちゃったよ。いくらなんでも早すぎるだろ。
出来ることならばこのまま話題を流し続けたいのだが、おそらく彼女はそれを求めてはいない。これ以上俺が「ご趣味は?」なんてこの場を濁し続けても松戸は俺を言葉を発さぬままに睨み続けるだろう。
目を細くしているからポジティブに俺がまぶしすぎて直視できないのかな?なんて考えられないでもないがそうしたところで状況は改善しない。
そもそもこれが目的で俺を呼び出したんだろう。荷物持ちはついで。
…なら最初から今のように聞いてればきっと答えたのに。ついででマネキン運びたくはなかったよ。案外彼女重いし。
俺はポケットから携帯を取り出すと、とある画面を呼び起こし松戸に向けた。
松戸は突然の動作に少し体を引いたが、やがてスクリーンを注視する。
「これは…」
ツイートの文章を読み終えた松戸は小さく息をのんだ。
「これ、あなたが」
「誰かのツイートだな」
松戸は口が軽いような女子でもなさそうだし、本気で隠そうというわけではないけれど、この前提は守ってもらわなければ困る。
松戸もその点は理解したようで、一度は口をつぐんだ。
「で、あなたは何をしたの?」
「このツイートとか噂とかを先生に話したんだよ」
会長の真意を断言することは出来ないが、思い切ったことをしたかったのだと思う。普段は肩書こそあれど目立つこともない。だが生徒会長になるような人材だ。人よりも承認欲求や支配欲が大きくても不思議はない。
そして慎重な彼は部活を選び、今回の部費変更を行った。あんな討論会までして勝利したのだらかもし彼の目的が本当にそうした欲を満たすことだったのなら十二分にそれは成功しただろう。
会長の行為の是非を追及するつもりなどないけれど、少しやりすぎたと感じる。
普段は長いものには積極的に巻かれに行く。薄っぺらいやつらと違うから巻きやすくはないためか長いもの(いわゆるリア充)が俺を取り巻きに選ぶことはないのだけれど。
しかし今回の俺は言い訳と建前で武装して最強だ。自分すらも屁理屈で押し込めるほどに。
…少し思考をめぐらせるとすぐ話がそれる。今度からこの技能を積極的に駆使しよう。玲とか母親に対して。
それはさておき。
性格を聞いたあの日、会長を屈服させるには彼よりも立場が上の人間に圧力をかけてもらうしかないと判断した。そして彼が三年、さらには会長である以上それは教員の他にいない。だがその教員は面倒ごとからはできる限り距離をおきたいがために生徒間の紛争には首を突っ込まない。
だから首を突っ込んだほうがまし、というような状況を作る。
それがデモだ。
数日かけて俺はツイッターのアカウントをせっせとつくり、玲にはそれとなく噂を流すよう協力してもらった。
そしてツイッターのアカウント同士でデモをにおわせる会話を行わせた。おかげで一人でも会話をするというスキルがレベルアップした。もはやいっこく堂を超越するまである。
で、それらを一人の教師に提出した。噂が彼の耳に入っていたのかどうかは分からないが、彼は俺の示した画面をみると特に疑うこともなく対処をする、といってくれた。
その後彼がどのようにして調査したのかは分からない。実際そういった計画はないわけで、おそらくどの部長に尋ねても手がかりは出てこなかったはずなのだけれど、疑わしき芽は摘んでおくにこしたことはないと決断したのかもしれない。
デモそのものは実行されても簡単に鎮圧することは出来るかもしれないが、そういった出来事は今の時代ではインターネットを通じてすぐに広がる。高校名と共に話題になる可能性は十分にある。そして生徒のデモ行為が学校にとってプラスになるはずがない。この高校の生徒たちは素晴らしい行動力を育んでいて感心、なんて思う人はいないだろう。なら未然に防ぐに限る。
結果として数日後、部費が元に戻ることが通達された。
「そう」
俺の言葉で大まかなことは察したようで、松戸はそれ以上質問を投げかけてくることはなかった。ただ視線を画面から俺の顔へとずらす。もしかしたら俺の業績に惚れちゃったのかもしれない。ないな。
※3/24 加筆修正しました




