捻くれ男はふと思う。 ①
二年生になって既に一週間がたったわけだが、予想していたほどの変化は訪れなかった。
桜の花びらが舞い散る並木通りを歩きながらふとそう思う。
特に何かを期待したわけでもないけれど。しかし卒業式や入学式といった格式ばった式典が続けばそれは何かのターニングポイントなのではないかとうっすらと考えてしまう。
しかしそうも簡単に意識改革が起こるわけでもないし、新たな出会いも訪れず、平らな毎日を過ごしている。ビー玉を置いても転がらないほどに平ら。つまり俺まじ優良物件。匠もなんということでしょうとか感嘆しちゃうよこれ。
ちなみに唯一後輩という存在は期待していたのだけどこの一週間で一年生と接触したことは一度もない。だって俺帰宅部だもんね!いっけね、うっかり期待しちゃったぜ!
いやほんと。飲み物とか買ってこさせようと思ってたのに。
はぁ。
ため息が漏れる。
便利な後輩もいないなら学校いきたくねーなー。家を出てまだ五分ほどだけれどもしかするとホームシックなのかもしれない。先端をぎざぎざにしたリーゼントで「ママぁー」とか泣き叫んじゃいそう。はぁ、便利で青くて丸いネズミが苦手な後輩いないかな。わがまま言えばお風呂好きなヒロインも欲しい。
これ以上続けても夢想と現実とのギャップにホームシックを加速させるどころか単純にシックになりそうなので俺は意識を現実へと引き戻す。そしてひらひらと落ちてゆく桜の花弁になんとなく手を伸ばした。
けれど無規則に舞う桃色の鱗のようなそれは俺の手中に収まることはなく、地面にたどり着く。そして踏みにじられてしまうんだろう。
花びらは誘引のためにあるのにその役目を終えて散る時が一番綺麗だなんてちょっとした皮肉だ。そしてそれも瞬間のことで、着地してしまえば踏みつけられて、校内とかだと掃除するの面倒だなぁとか思われてしまう。
ほんとに。掃いても掃いても降ってくるからねあれ。一時期切り倒してやろうかと思うまでに殺意を抱いたことすらある。んでもってワシントンさんよろしく正直に言って許してもらおうかなと。エジソンだって小さいころは馬鹿だったんだぜと胸を張るのと同じ原理。
「おーい」
何度目か手が花びらを逃して空をつかんだところで、間延びした声とともに肩をたたかれた。台詞の割には距離が近い。俺の耳が遠いとでもおもったのかな?
「よお」
振り返ると玲がにぱーっと笑顔を浮かべていた。風に吹かれてなびく軽い、透けるような金髪が目にまぶしい。
俺が目を細めていると、玲は「まだ眠いなんて…おねむさんだ」と、ちょっとした勘違いをしながら俺の隣を歩き始めた。背筋が伸びていて、姿勢よく足を進める彼女をみるとふと立てばお花、座ればお花、歩く姿はお花、という言葉を思い出す。…全然思い出せてねぇ。
「そういえばお前はさ、後輩とかできた?」
確か玲は生徒会に所属しているはずだ。どの時期に新人を募集するのかも知らないが、生徒会なんて体育系ばりに上下関係が厳しそうだ。それこそパンとか買ってこさせることができると思う。
しかし玲はきょとんとしていた。
「できたって、後輩はわんさか入ってきたじゃない」
いやそうだけどそういうことじゃないよ玲君。
その後も特記することのないような近況についてだらだらと会話を続けているうちに高校に辿り着いた。といってもクラスも同じなのでそこまでだらだらと内容のない会話は続く。
「あ、そだ。後輩じゃなくて彼女はできた?」
当たり障りもない話題なはずだったのに、廊下を歩いていると急に玲が鋭利な質問をぶっきらぼうに放り込んできた。おいおい、女性に体重とか年齢聞くくらいのタブーだと思うよそれ。
「出来た出来た。俺ほどの博愛主義者になると人類皆お友達どころか人類皆彼女だからな」
しかしその程度で動揺する俺でもない。最善の答えではないのだろうが、誤魔化してお茶を濁して先延ばしにする高等技術。そういえば誤魔化すって字面が漫画の敵っぽい。
そうしてうやむやにしたつもりだったのだが、どうやら俺の屁理屈は通じなかったようで、玲は飽きれたかのように首を小さく横に振ると帰国子女かしらという感じで肩をすくめた。
「聞いた私が悪かった」
迂遠にけなされたよ。おい。
お前に彼氏はいるのかとか言い返したい事は色々とあったが、「え、いるけど」とかいうカウンター攻撃をくらったら灰になって立ち直れなさそうなので控えておく。効果抜群だもの。目の前がまっくらになるもの。そしてなんとかセンターで目が覚める。