プロローグ
俺はこの日人生ではじめての告白を受けた。
可愛らしい便箋に綴られたたったの一行に操られるようにして俺は校舎裏にいる。
差出人は小学生のころからの幼馴染。
あまりにありふれた展開だ。定番過ぎて今までに脳内で予行演習を繰り返し飽きてるまである。
だが胸の高まりは勝手に盛り上がっている。普通に興奮してしまっている。俺ちょろい。
しかしながらプライドど背が高いのが自慢な俺としては素直に感情を表情に出せるわけもなく、平静を保ちながら目の前の幼馴染を見据える。
彼女は羞恥心のためか俺と目を合わせることなく俯き、手でもじもじと短いスカートをいじっていた。
先ほどから数分はこの気恥ずかしい雰囲気が続いているが、俺が展開を催促するような場面ではないだろう。ここは期待を膨らませる紳士として立ち尽くすに限る。
そして。
ようやく彼女が顔を上げ、俺の視線を受け止めた。
顔が赤く染まっているのは夕日のせいでも妖怪のせいでもないだろう。単なる俺の無限大な自意識がなせる勘違いだったらならそれは一大事で積極的に妖怪のせいにはするけれど。猫怖いわー。
そうして下らない思考を巡らせながら意識をずらし、心の底をくすぐるようなこそばゆい感覚から逃げていたわけだが、時間を延ばせるわけもなく、彼女は小さく唇を動かす。
「あの…」
呟かれる言葉はまるで質量を持ったかのようにして俺にのしかかり、この局面を迎えては負わなければいけなくなるであろう責任を連想させる。
「彼女…」
核心に近づくような単語にトクンと鼓動がはねる。
脳が異常事態に面して回転速度を加速し続けるせいか、ただ単に彼女にじらされているだけなのか、正解は分からないが時の流れが遅く感じられた。
この後に続く言葉はなんだろうか。
彼女にしてください。
彼女はいるの?
彼女になってあげてもいいわよ?
蚊の情報ある?
言葉が区切られて発生する空白に、脳の持て余された処理能力がつまらない予測を始める。そして最後のはない。
前半はどれもフィクションで使い古されてきた台詞だ。特にラノベとかで。
分類されるほどに数がかさんだヒロイン達は「テンプレww」なんて批判を免れるためか最近は多様化が進んでいると思う。やんでたり、サイコだったり…もう怖いよ。そしてこれらのヒロインもジャンルを開拓するほどに受け入れらたことから考えるに読者も相当やんでる。
俺のラブコメはここからどのジャンルに突入するんだろうか。
ナイフやチェーンソーが登場するような展開は遠慮したい…
けど俺のヒロインは何年間も隣にいた幼馴染だ。そんな闇を彼女が抱えているとも思えない。
となると。
全米を赤面させるほどの、粘着力がすごそうなほどにべったべたのラブコメがふさわしいんじゃないだろうか。
最早覚悟は決まっている。というか女の子に呼び出された時点で返事の練習を急遽はじめたまである。
今までは爆発を願うちょっと危ない人だったが、今日からは俺も持っている人間。略してモテる人間になるのだ。ちなみに爆発はしない。
真剣な表情を崩さないまま、俺は紡がれる告白を待った。
彼女はもう俺から顔をそらそうとはしなかった。真っ直ぐな力強い眼差しと握り締めた小さなこぶしから彼女の決心が伺える。
「彼女…作ってくれない?」
どうやら俺のラブコメは意味もなく奇を衒った類らしい。無難に定番を重ねればいいものを。
…こける予感しかしない。