年頃乙女は説明する。 ②
「それは…その…」
どうやら言いにくいことであるらしく、玲は抱えたマレーバクのむぎゅっとつぶしたり長めの鼻をぐりぐりしている。
それにしても。
さっきから制服のまま床に座るから、肝心の部分はきちんとマレーバクが仕事して見えないからいいけど際どくて視線が引き寄せられてしまう。太ももに。こ、これがサキュバスの力なのか、恐ろしい。
…違うか。俺の煩悩が活発なだけか。
そして俺が小さな葛藤を繰り広げている間にも玲が真意を打ち明ける。
「私が異性を誘惑するのは…嫌だし…だから代わりにやってもらおうと思って」
なんだそれ。
中々に身勝手な理由だった。今までにここまで丸投げにされたのは掃除当番とかそれくらい。案外最近だった。
つまり。
サキュバスの精気の採取方法と言われて思いつくのは扇情的な格好で男を元気にする、といった風なのだが、その男のテンションを上げる役目を自分ではなく俺の彼女候補にお任せし、そして俺が覚醒したころに有り余る精気を吸い取りに来るのだろうか。
それとも逆に俺が女子を…いやいやいや。有り得ない。
「俺が役損すぎるだろ。百歩譲って俺に女子を籠絡できる資質があるとしてもだな、努力してそういう関係になっても精気吸い取られるんだろ?」
すると玲がぶんぶん腕を振り回した。
「ち、ちがっ!そういう関係とか必要ないし!」
「でもサキュバスと言ったらだな…」
「だから血が薄いっていってるでしょ!」
まるで関西人のような薄さのアピールだ。ちなみに薄いのは色だけで味は濃いらしい。
しかし玲の場合サキュバスの血を色濃く受け継いでいないとなると何が変わるのか。
首をかしげてそれを尋ねると、またも玲はマレーバクをいじめはじめる。
「吸収するのは精気じゃなくて…こ、恋心でいいの…」
かろうじて聞き取れる程度の音量でつぶやかれた単語は、想像以上にこそばゆくて、黙ったままでは雰囲気までもが甘みを増しそうだった。
くっ、既に主に俺から目をそらし、腕に抱えたマレーバクと見つめ合う玲の背後にハートが見える!ってかぬいぐるみに主人公の座を奪われるのか俺は!
そんな悲しい展開は阻止しなければいけない。
「血が薄いと吸血鬼もトマトジュースでよかったりするのか」
特技、話題を微妙にそらす、を発動する。
「それは知らないけど」
「そうか」
どうやら俺の特技はあまり効果がないようで、気まずい沈黙が流れ始めてしまった。あえて恋心のくだりに触れないようにしているのが明瞭で、つまり意識しまくっている証であり、顔が朱に染まっていないか心配になる。
玲も次の一手、一言を決めあぐねているようで、髪を手でくしくしとなでたりしている。
ここは話題をそらした俺が再びハンドルを切るべきだろう。
こほん。なんでもない風を装わなければ。
「そ、それでその、こ、恋心?って適当に集めりゃれないの?」
おい、俺よ。声上ずってどもって噛むなんて流石に意識しすぎだろ。うぶいよ俺。
「それは泥棒みたいなことだから…契約しないと駄目なの。契約をすれば、その人に寄せられるこ、好意とか、その人自身の好意とかを私が吸収できるようになるの」
うまく言葉の変換がなされていた。
そしてまたもファンタジックな、漫画等でおなじみのワードが。契約ですか。
だがこれで玲が本当にサキュバスであるかがわかるんじゃないだろうか。
サキュバスとの契約だ。年棒を決めてサインするようなものじゃないだろう。それこそ魔法陣が出てきたり、契りの接吻があったりするものだ。
「よし、そんじゃとりあえず契約するか」
あまりにあっけなく俺がことを進めるせいか、玲はぽかんと口を開いたままに俺を見つめた。
「い、いいの?」
俺に期待のまなざしを向けられると少々胸が痛いが、第一俺は玲の話を鵜呑みにしたわけではない。
幼馴染だけれども親しく遊んでいたのは定石どおりに小学生のころまでだ。疎遠とまではいかないものの、中学校や高校で彼女がどういった思春期を過ごしてきたのかを俺は知らない。だから俺の知らない間に何かのきっかけでいわゆる中二病に感染した、何てことだってありえる。というかその説が一番信憑性が高いと思う。
玲が思うほど俺は純粋でもなくやさしくもない。人の善意すらも疑ってきた経験が今の俺の捩れた性根が構成されてるんだ。疑わしきは自己中心的にであれ、自分が納得できるまで徹底的に否定、じゃなくて検証するべきだろう。
この契約とやらで超常現象を見せられれば俺が奇奇怪怪なラブコメに巻き込まれそうになっているのは認めるしかない。逆に細かい注意事項や契約内容で埋め尽くされたA4用紙にサインするだけならちょっと玲さんとは距離を置くかもです。




