Level.7:水の都
「にしても……すっげぇなここ!」
「アンタさっきからそればっかりね……。……まあ、気持ちは分からないことも無いけど」
俺とレイネがバンケットの街を出発してから2週間。現在俺達は、目的地である水の都ソリュータルへと到着していた。
ここは水の都というだけあり、所々に噴水があって中央には大きな噴水塔まである、まさに水上都市だった。田舎育ちが長かった俺からすれば、テンションが嫌でも上がるものである。
「お二人とも、喜んでくれているみたいで何よりです。さ、もうすぐで広場ですよ?」
俺達を先導してくれているのは、旅の途中であった少女……ティカ・アスレインだ。ティカは、お腹の減っていた狼を気遣う心優しい少女である。
「着きました、ここが中央広場ですよ」
ティカに連れられて歩くこと数分。大きな広場に到着した。人の多さだけでは、バンケットの街にも引けを取らない程である。
「ふーん……これなら有益な情報が得られそうね」
「……俺は街を歩いて回りたいんだけどな。……そういやティカはこれからどうすんだ?」
「あ……私はちょっと行かなきゃいけない所がありまして……。出来れば街を案内して差し上げたいんですけど……スミマセン」
「いや、大丈夫だよ。ここまでありがとな、ティカ」
「ふん……道案内に感謝なんてしてないんだからね。 でもその……元気でやりなさいよね」
「……はい!」
ティカは笑顔で答えると、手を振りながら街中へと去って行った。
「さて、じゃあ観光でも……」
「情報収集と行きましょうか」
「……はい」
レイネに押し切られた俺は観光を諦め、情報収集の付き添いを余儀無くされるのだった……。
「あー……疲れた…………」
情報収集を一通り終えると、空はすっかり暗くなっていた。
ソリュータルに来るまで野宿で歩きぱなしだった上水浴びキャンセルをされ、おまけに今日1日はレイネの付き添いとして街を歩き回ったため、俺としてはヘトヘトである。レベル1のステータスのおかげでHPはこれっぽちも減っていないが、疲労は確実に溜まって来ていた。
「何よだらしないわね。……ま、いいわ。そろそろ宿を探しましょ」
俺がこんなに疲れているのも、元はと言えばレイネのせいと言っても過言は無いのだ。今日のように有無を言わさず情報収集に付き合わせれるわ、ここに来るまでの戦闘では俺に任せっぱなしにするわ、事ある度に文句を言われるわで、肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が溜まっている気がする。
それに比べティカは、短い間だったが行動を共にした中で、少々怯えながらも色々と俺を気遣ってくれた。心のオアシスと言ってもいい程だ。
レイネは容姿だけは良いのだから、もう少し愛嬌があっても良いのではないか、と思わずにはいられない。
「……アンタ、なんか失礼な事考えて無いでしょうね?」
図星である。
「い、いや、別に何も~」
なんとか平静を装って答える俺。レイネは怪訝そうな顔をしていたが、やがて思い返したかのように辺りを見回すと、一軒の建物を指差し言った。
「今夜の宿は、あそこにしましょうか」
俺はその後に続き、ホテルへと向かった。
「へー、けっこう綺麗じゃん」
俺達が足を踏み入れたホテルは、外装に伴わずそれなりに立派な内装だった。思い返せば、小学校の修学旅行で泊まったホテルにどことなく似ている気がした。
「いらっしゃいませ、ホテルブルーオーシャンにようこそ」
カウンターまで足を進めると、受付のお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。彼女のステータスは[イズナ・サファリア:商人:レベル79]となっていた。
(商人……ね。戦闘職以外の職業もありとは、わけ分からない世界だぜホント。……って、ん? なんでレベルが……?)
俺の疑問は単純だった。
俺のプレイしたことのあるRPGでは、そもそも商人などの戦闘職以外の職業を選べるものは少なかった。それらを選べたとしても、実質的な戦闘能力は皆無に等しく経験値をほとんど稼ぐことが出来ない為、彼らのレベルは初期からあまり上がらなかった。俺も一度商人でプレイした事があるのだが、話しにならなく速攻で職業変更をした記憶がある。しかし彼女のレベルは79。この世界の初期レベルは99のため、彼女は20もレベルを上げていたことになるのだ。
(だからと言って何も無いとは思うけど……。ま、考えすぎか)
俺はその考え事をしている間、受付のお姉さんの顔をまじまじと見ていることに気づかなかった。
「ん? どうしたの君、じっとこっち見て……。もしかして私に惚れちゃった? でもざんねーん……私、年下には興味が無いの。そ、れ、に……隣の可愛い彼女さんが、嫉妬……してるわよ? 」
「し、嫉妬なんかしてません!」
レイネが頬を軽く赤らめ叫んだ。
「彼女さんは嫉妬してないってよ、彼氏さん? 別れの危機じゃないかしら?」
「「彼氏(彼女)じゃありません!!」」
俺とレイネの声が重なった。
「あらそう? 息ピッタリでお似合いなのに」
「「誰がコイツとなんか!!」」
再び俺とレイネの声が重なる。
「ほら、息ピッタリ」
「~っ! コイツはただの護衛ですっ! それ以外の何者でもありません! いいから早く部屋を案内して下さいっ!」
一層顔を赤くしたレイネが、声を荒げて言った。
「ハイハイ、今案内するからそんな騒がないの」
受付のお姉さんはクスクスと笑いながらパソコンを操作し始めた。暫くすると彼女は笑うのを止めて困った顔になった。
「……ごめんなさい。確認してみたら予約がいっぱい入っていて、一部屋しか用意出来ないみたいなの……」
「え!? ちょっとどういうことなの!」
「……だから一部屋しか空いていないの。あなた達2人で一部屋なら泊めてあげることは出来るんだけど……」
「無理無理無理! こんな婬獣と一緒の部屋で寝たら何されるか分かったもんじゃないわよ!」
「随分な物言いだなおい……」
「だってアンタ、今朝だって……!」
レイネの顔がみるみるうちに赤くなっていく。恐らく今朝の湖での一件を思い出しているのだろう。
レイネの水浴びを待っていた俺は、突然悲鳴を上げたレイネの下へと駆け付けた。その際俺は、レイネの一糸纏わぬ姿(大事な所はギリギリ隠れていた)を目にしてしまったのである。
「あれは事故だろ事故! 大事な所は見えて無かったし! って、やべ……」
「ほらやっぱり覚えてるんじゃない! この変態!」
「言わせておけばお前な……」
「はいはい2人とも、落ち着いて。一部屋……って言ったけど、そこは丁度スイートルームだからベッドは2つあるわよ。からかったお詫びに、1人分の料金だけにしてあげるから、ね?」
「それなら……まあ」
「……じゃあそれでお願いします。……イズナさん」
「え、なんで私の名前を……!?」
(しまっ……!)
「……って、ここに書いてあるもんね。それじゃあ案内するね」
超上位スキルがバレそうになったところで、イズナさん胸にネームプレートが付いているのを見た俺は安堵に包まれるのだった。同時に、健全な男子高校生(今は高校生活を送れていないが)として、イズナさんの大きな胸に目が行ってしまったのは仕方が無いことだろう。俺の視線に気付いたイズナさんは平然な顔をしていたが、そんな俺を見るレイネの眼差しがキツかったのは気のせいということにしておこうと思う俺であった。
「ここが401号室、アナタ達の泊まるスイートルームよ」
イズナさんに案内されること数分、俺達は宿泊する部屋までやってきた。このホテルは意外と広く、ここ、最上階の20階まで部屋が並んでいた。また、俺の偏見ではあるがこの世界にエレベーターという文明の利器があったのは意外だった。
「どれどれ……。おー! さすがスイートってとこか!」
ドアを開けた俺は、そのスイートルームの広さに驚きを隠せなかった。現実世界の一般人からすれば普通よりちょっと上程度の部屋なのだろうが、現実の家が貧乏な上に辺境世界に迷い込んだ俺からすれば、充分に豪華な部屋だった。
「それじゃあ私は失礼するわね。あ、それと……これ上げる。じゃあまたね~」
イズナさんは1枚の紙切れを俺の手に握らせると、手を振りながら戻って行ってしまった。悪い人では無いのだが、かなり陽気な人である。
「それ、何……?」
イズナさんがいなくなった後、レイネがその紙切れを指差して聞いてきた。そこに書かれていたのは、1つの電話番号……つまりイズナさんの連絡先だった。
「電話番号……みたいだけど……」
「よこしなさい」
「え……? でも……」
「いいから、私によこしなさい」
「……はい」
有無を言わさぬ謎のプレッシャーに押し負け、俺は電話番号の回収を余儀なくされるのだった……。
サーーーーーーーーーー
シャワールームから水音が聞こえてくる。
このホテルには共同浴場が無いため、俺達は部屋備え付けのシャワーで汗を流すことにした。
レイネは今朝水浴びをしているので、俺が先にシャワーを浴びさせて欲しかったのだが、レイネ曰く、汗臭くなった個室でシャワーを浴びたくないとのことである。全く、自分勝手な女である。
とは言え、健全な男子高校生としては、壁一枚を隔てた空間で女の子がシャワーを浴びているというのは興奮するなと言う方が無理である。俺はなんとか心を落ち着けるべく、適当にテレビを見て待ち時間を過ごすことにした。
レイネはシャワーを浴びながら、自分自身に悶々(もんもん)としていた。
(何なの私……! あの受付嬢をカズヤがジロジロ見てたからなんだって言うの……! さっきは衝動的に電話番号まで没収しちゃったし……。これじゃあ……これじゃあまるで、私が嫉妬してるみたいじゃない……!)
レイネはそんな事を思いながら、ふと、シャワールームに備え付けられていた鏡に写った自分の姿を見やった。そこに写る自分の胸は、先程の受付嬢の大きさと比べると格差を認めずにはいられなかった。
(アイツ……あの人の胸ジロジロ見てた……。やっぱ男子って……胸大きい人の方が…………。……って! だ、だから何だって言うのよ! アイツが誰に興味持とうと関係ないし……! ……それに私が本当に嫉妬したいのは……アイツの……物事の捉え方についてだから……)
"あの事件"を思い浮かべながらレイネは歯噛みし、熱いシャワーで身体を洗い流すのだった。
「……お待たせ」
シャワールームから出てきたレイネの姿は、濡れた髪と可愛らしいキャミソールとが相まって、ドキリとさせるものがあった。
「どうしたの……? 次どうぞ」
「あ、ああ……それじゃあ……」
俺は内心を悟られないよう、足早にシャワールームへと向かった。
……それから10分後。シャワーを浴び終え、ジャージに着替えた俺が部屋に戻ると、ベッドに横たわるレイネの姿が目に入った。エアコンもテレビも付けっぱなしである。
「おい、風邪引くぞ……?」
声をかけるも返事は無い。どうやら眠ってしまったらしい。
「ったく……」
俺はエアコンとテレビの電源を消すと、布団を掛けてやるべくレイネの眠るベッドに近付いた。すると……
「ぅ…………」
レイネが突然苦しそうな声を上げた。
「うぅ……いや……っ!」
レイネは顔を苦悶で歪ませながら魘されているようだった。
「おい! おいってば!」
呼び掛けるも、レイネには全く聞こえていない様子である。
「……いやぁっ! お父さん……お母さん!」
(……! お父さんに……お母さん……?)
「いや……私を置いて…………行かないでよ!」
レイネが苦しそうに叫ぶ。
(……っ!)
その様子を見ていられなくなった俺は、レイネの左手を自分の両手で包み込んだ。
「落ち着けレイネ……! 俺が側にいる……!」
俺がそう呼び掛けると、レイネのうめき声が少し和らいだ。
「そ……ばに……?」
「ああ! 俺は何があってもお前の側にいる! だから大丈夫だ! なんせ俺は、お前の騎士なんだからな……!」
「……そ……うね……。あり……がと……」
レイネは眠ったままそう呟くと、スヤスヤと寝息を立て始めた。俺は左手を握ったまま、そんなレイネの寝顔を覗き込んだ。
(ありがと……ねぇ……。いつもこんぐらい素直ならな……。……っていうかコイツ、案外あどけない顔してんな……)
レイネの寝顔は、普段の高飛車な態度とは裏腹に、少女の寝顔そのものであった。
(そういやコイツの年齢聞いたこと無いんだよな……。それにさっきのうなされ方……。この子は、何を抱えているんだろうな……)
そんなことを思っているうちに眠くなった俺は、しっかりと手を握ったまま隣のベッドに横になった。それから暫くしないうちに俺は、いつの間にか眠りに就いていた。
眠る寸前、レイネを必ずや守り通そうと誓ったのは覚えている……。
「……王都直属守衛兵団、本部直轄部隊所属、ティカ・アスレイン衛生少尉、只今参りました」
ソリュータル中央広場から北に進んだ所のとあるビルの一室にて、青髪の少女……ティカ・アスレインは、風貌漂う男と対峙し、帽子を片手に敬礼を捧げていた。
「御苦労。少し遅かったな?」
「は、はい……。冒険者の道案内をしてきまして……」
「そうか……まあいい。それでは早速だが任務について説明しよう」
ティカが敬礼を解くと同時、モニターに映像が映し出された。
「……! これは……!?」
そこに映っていたのは、無惨に破壊された教会と、何者かに気絶させられたと見受けられる衛兵達の姿だった。
「……衛生兵の君にとっては放っておけないだろう。これは先日、祝宴の街バンケットで起こった出来事だ」
祝宴の街バンケット。それはティカも聞いたことがある街名だった。名の通り祝宴が盛んな街で、伝説がある教会には多くの観光客が訪れるのも知っていた。その教会とそれを護る衛兵がなぜこんな……。
「酷い……です……! 誰がこんな……!」
「ああ……酷い。犯人は必ず捕らえなくてはいけない。……ティカ衛生少尉、だからこそ君を呼んだ。討伐部隊の治癒士として、君にも作戦に加わって欲しいのだ」
「……戦うのは好きじゃ無いですけど、この犯人は許しておけません。私も……戦います!」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。……蒼天の治癒士」
「……その二つ名は断ったはずです。それより……その……犯人の顔は分かっているんですか?」
「ふふ……謙遜するでないよ? ……犯人の顔だったか? ここにしっかりと写真がある。逃げ延びることの出来た衛兵の証言もあるから間違いは無い。この……男女の2人組だ」
「……! え……嘘……そん……な…………」
差し出された2枚の写真を見たティカは絶句した。
なぜならそこに写っていたのは、自分が先程まで道案内をして交流を深めた2人組……折原和也とレイネ・フローリアその人だったからだ。
(何で……何でなんですか……!?)
曇りがかった夜空の下。そんなティカの心の悲痛は誰にも聞こえることなく、空へと溶けていくのだった……。