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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.2 ~天癒せし臆病な治癒士~
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Level.6:夏の林道

 俺、折原和也(おりはらかずや)が、この世界…辺境世界レイトノーフに迷い込んでから早2週間が過ぎた。

 この世界にはどういうわけか、RPGを思わせるレベルとステータスの概念(がいねん)が常識として認知されていて、人々は例外無くそれを持っている。そんな中で俺に与えられたレベルは1。俺がよく知るRPGでは最弱なのだが、この世界では最強なのだという。

 俺はその力を使って、旅の連れの情報収集のために立ち寄った街…祝宴の街バンケットで悪を撃退し、英雄・ヒーローとされた。

 仲良くなった少年、ヒロト・ルーベルクを初めとした街の人々と別れを告げ、意気揚々(いきようよう)と次の目的地である水の都ソリュータルへと向かうことになったのだが……。


「ああもう、暑い!」


 俺の記憶では、今の季節は冬で、東京でも雪が降り続いていたのだが、ここの季節は明らかに夏だ。まあ、日本が冬でもどこかの国では夏なのだし、この世界はそもそもおかしい事だらけなので、そこまで驚く程のことでは無いのかもしれない。

 しかし、暑いことは暑いのだ。バンケットを出てから、1週間も歩き続けているので、疲労が溜まり、汗もだいぶ掻いているので気持ちが悪い。

 1週間旅をしてきた中で、食事はバンケットで街の人達にもらったもので何とか(まかな)ってきたが、それも底を尽きようとしている。寝床は、俺が引かされてる荷車に積んである寝袋でどうにかしているが、この荷車は、一応バンケットの鍛冶職人に頼んでみたのだが、如何(いかん)せんボロボロだったため、今もギコギコ音が鳴って、俺としては不快この上無い。

 それすらもさておいて問題なのが、風呂……とまでは言わなくても水浴びが出来ない事だ。バンケットでシャワーを浴びて以来、一度も身体を洗えていない。一応、連れの魔女様の魔法によって臭いは何とかなっているが、それでもやはりベタついて気持ち悪い。

 今向かっている目的地は"水の都"となっているぐらいなので、水浴びは出来るのかも知れないが、第一、後どれぐらいで着くのかが分からない。


「なあレイネ、後どれぐらいで着くんだ?」


 問いかけると、少し先を歩く少女が歩を止め、振り返ってきた。

 腰まである(なび)くような銀髪。透き通った(あお)い瞳。100人が100人口を(そろ)えて、絶世の美女と言う程の美しさを持つその少女こそが、俺の連れ(というか実際には俺が家臣として連れられている)にして、レベル41の"魔女"、レイネ・フローリアだ。その美しさに、俺も最初はドキマギしたものだ。しかし……


「知らないわよそんなこと。私だって行ったこと無いんだし。それよりアンタ、この暑さどうにかしなさいよ」


 レイネは、大層口が悪くワガママなのだ。


「あのな……。俺に暑さをどうにか出来るわけ無いだろうが! だいたいそういうのはお前の方が得意なんじゃねーのか? ……氷の魔女さんよ」


「バッカじゃないの……? 私は氷魔法使いよ? この暑さじゃ効果を発揮出来ない……と思うし、第一私は疲れたくないもの」


「明らかに後者が理由だろおい……!」


 しかしレイネは、それをはぐらかして歩き出してしまった。これ以上何を言っても無駄に体力を消耗するだけなので、俺は黙ってレイネの後ろに続くことにしたのだった。




 チャプン…………


 暫く進み、森に差し掛かった所で、水が(したた)り落ちる音が聴こえてきた。

 しかしレイネは気付いていないようだ。


(気のせいか……? くんくん…………、でもこの臭いはやっぱり……)


 俺は小さい頃田舎で暮らしていただけあり、臭いには敏感(びんかん)な方である。そして今、俺の鼻腔(びこう)(くすぐ)る香りは、喉から手が出る程求めていた水の臭いだった。


「レイネ、ちょいストップ! 水だ! こっちの方に水があるぞ」


「ハア……? なんでアンタそんな事分かるのよ?」


「いいから来いってっば!」


 レイネは不満そうな表情をしながらも俺に付いてきた。

 少し進むと、予想通りに水があった。そしてそこは、木々に囲まれた小さな湖だった。


「へえ~……、こんな所に湖が。……アンタにしては珍しいわね、中々やるじゃない」


「まあな。ここなら水浴びも出来るんじゃないか?」


「じゃあ私が先で良いわよね? アンタはその辺見張ってなさい。……言っておくけど、(のぞ)いたら氷漬けにするから」


「だ、誰がお前の水浴びなんか覗くかバーカ!」


 一瞬邪(よこしま)妄想(もうそう)をしたなどとは言えるはずもなく、俺は大人しく辺りを見張ることにした。




 ~♪


 湖の方から陽気な鼻歌が聞こえてくる。

 レイネが水浴びを初めてから、既に30分は経過した。全く、なんで女子というものはこういうのが好きなのだろうか?


「ハァ……暇だ…………」


 嘆き、暇をもて余す俺がそこにいたのだった……。




(あー気持ちいい~……。この湖は最高ね。丁度いい水温に日の光、それに森から抜けてくる心地よい風……。……一応アイツには感謝してあげるべきかしら……)


 和也が暇をしている中、レイネは全裸で湖に浸かって安らいでいた。


(ふう……。風の魔法で誤魔化してたけど、これで汗臭さも消えるはずよね……。アイツにこんな臭い()がれたら私……。……え!? ア、アイツは関係ないでしょ私!? な、なに考えて!)


 ピトッ…………


 ジタバタするレイネの背中に、ひんやりとした何かが触れた。


「え…………?」


 恐る恐る振り返るレイネ。するとそこには、青いスライムがいて……


「キャァァァァァァァァァァッ!!」


(……!)


 湖の方から、レイネの悲鳴が響き渡ってきた。俺は立ち上がると、急いで湖へと走った。


「レイネ、大丈夫か!?」


 俺の視界に入って来たのは、大きな青いスライム……[ブルースライム:Level.80]だった。レイネの姿は見当たらない。このスライムに襲われたでもしたのだろうか?

 疑問に思いながらも、スライムを瞬殺する。するとその下から、尻餅を突いた格好で、一糸(まと)わぬ姿のレイネが現れた。大事な所は水に沈んでいて上手く隠れてはいたが、それでもその破壊力は計り知れないものがあった。透き通るような肌に美しい手足。女子の裸など母さんのものぐらいしか見たことがない俺は、そのあまりの美しさに言葉を失ってしまった。


「いたたたた……。あ、カズヤじゃない……助けてくれたんだ。……ん? どうしたのよボーッとし……て……」


 俺の視線に気付いたのか、レイネが顔を下に向ける。

 一瞬の間。自分の格好を認識したレイネの顔が、みるみる赤く染まっていく。


「こ……の…………」


 怒気を(はら)んだ声。レイネの手には杖が握られ、その腕は天に掲げられていた。


「お、おい待ってて……!」


「問答無用……! 氷漬けに……なりなさい!!」


 レイネの魔法、《フローズン・スパイク》により、湖はたちまち氷の湖へと変わってしまうのだった…………。




「うぅ…………もうイヤ……お嫁に行けない…………」


 前を歩くレイネは、赤い顔を俯けたままブツブツと呟いている。


「ああもう……悪かったって言ってるだろ? その……大事な所は見えて無かったし……」


「うるさ~い! で、でもアンタ、私の裸を……! さ、さっさと忘れなさいよ!」


「忘れろって言ったって…………」


 忘れろと言われても、あれだけ衝撃的な光景はすぐには忘れることは出来ない。あの綺麗な身体を思い出すと顔が自然にニヤついてしまう。


「アンタまた思い出したわね! もう一度氷漬けに……!」


「……! レイネ、あそこ……!」


「何よ! そんなのに騙されないんだから……って、あれは……」


 俺達の視線の先で、青髪の小柄な少女と狼のような(けもの)対峙(たいじ)していた。少女のレベルは64、狼……[ベオウルフ]のレベルは44だった。

 修道士のものに似た服を着て、鍔の広い白の帽子を被った少女。彼女の手には、レイネのものとはまた違った杖が握られていた。


「と、止まって……あ、あっちに行ってください……!」


 少女は震えた声で獣に語りかけていたが、まるで効果が無い。狼はグルルと(うな)り、今にも少女に飛び掛かろうとしていた。


「……っ! ふ、ふぇぇ……助けて下さいぃ…………」


 少女がしゃがみ込んだ。よく見ると少女の目には涙が浮かんでいた。妹に近い年代とおぼしき少女を放っておくことなど出来はしない。

 狼が少女に飛び掛かる。俺はその間に踊り出ると、獣の頭を左手でガッシリと掴み、動きを止めた。


「え…………?」


 少女は、綺麗なエメラルドグリーンの瞳で俺を見上げてきた。


「怖かったろ? もう大丈夫だ。……おい狼、覚悟は出来てるか?」


 俺は右手を握りしめ、狼の腹にパンチを放とうとした。


「……めて……ください…………」


「……ん?」


「止めて……下さい…………」


 消え入りそうな掠れ声。その声の主は、俺が助けた少女のものだった。

 この獣は自分を狙っていた相手だというのに、なんで止めて欲しいなどと言うのだろうか。


「止めて……って、どうしてだ?」 


「その子……ただお腹が減ってるだけみたいで……。でも私何も食べ物あげられないから…………」


「……君、コイツの言葉が分かるのか?」


「言葉……は分からないですけど……仕草……とかで……」


「ふーん…………。……そっか」


 俺は少女の言葉を聞くと、狼を地面に下ろしてやった。


「んーと、確かこの辺に……」


 俺が荷車に積んであるカバンの中身を漁っていると、レイネが寄って来て(ささや)いた。


「ちょっとアンタ……あの子の言うこと信じる気……?」


「信じるも何も、あんな眼差しで見られたんじゃ……な。それに、無益(むえき)殺生(せっしょう)もしたくねーしな」


「まあ……そうだけど…………」


「だろ……? っと……あったあった。ほら、ソイツにこれあげな?」


 俺が少女に手渡したのは、バンケットでヒロトに貰ったビーフジャーキーだ。ヒロトが野良犬に食べさせてやってたのを思い出してのことである。


「あ、ありがとうございます……。ほ、ほら、これあげる……」


 少女は恐る恐るといった様子で、ジャーキーを狼へと差し出した。すると狼は一瞬警戒(けいかい)の色を見せたものの、ジャーキーへとかぶりついた。

 余程腹が減っていたのか、狼は5本あったジャーキーをペロリと平らげてしまった。そして満足そうに唸ると、森の中へと帰っていった。


「よかった……元気になったみたいで……。あ、あの……助けていただいて、ありがとうございました……!」


 狼を見送った少女が、そう言って頭を下げてきた。


「おう、君が無事ならいいんだ。それに君のおかげで、あの狼を傷付けずに済んだからな」


「はい……!」


 少女は元気に返事をすると、あどけなさの残る笑顔を見せた。狼が元気になって本当に嬉しいのだろう。


「あ、あの……私、ティカ・アスレインと言います……。よろしければお名前教えて頂けないでしょうか……?」


 少女……ティカが言ってきた。俺はティカの名前を最初からステータスで見て知っていたが、やはり言葉にされると違って感じるものだ。


「おう、いいぜ。俺はカズヤ……折原和也だ。レベルは1……51だ」


 「アンタねぇ……。……コホン。……私はレイネ。レイネ・フローリア。レベルは41よ」


「二人とも……お強いんですね……」


 ティカが羨望(せんぼう)の眼差しを向けてくる。


「なーにが51よ! 81はどうしたの!?」


「うるせぇな……! いいだろ別に!」


「…………?」


 ティカはわけが分からないといった顔をしていたが、それも当然である。むしろ、純粋なこの少女を複雑な事情に巻き込みたくないと思う俺がいたのだった……。


 


 再び歩き出した俺とレイネ。そこには、先程出会ったティカの姿もあった。


「それで? ティカはなんでこんな所に?」


「あ、そうでした……。私、ソリュータルに向かう途中で……」


「そのソリュータル……って、水の都ソリュータルのことよね?」


「はい、そうです。ちょっとした用事で……」


「それは偶然だな、俺達もソリュータルに向かってるんだよ」


「え、そうなんですか?」


「ああ、一応な。それじゃあ丁度いいや、一緒に行こうぜ」


 といった流れで、ティカが同行することになったのである。

 暫く歩くと、湖を見つけた時よりもハッキリとした水の音が聞こえてきた。


「あ……この音は……。カズヤさん、レイネさん、もうすぐソリュータルです」


「……え? 行ったことあるのか?」


「いえ……、ソリュータルは、えっと……、そう、私の生まれ故郷(こきょう)なんです。小さい頃の話なのであまり覚えていないのですが、この水の音だけは記憶に残っていまして……」


 ティカは記憶を思い出すような様子で、細々とそう告げた。


「ふーん……。生まれ故郷、ね……」


「レイネ……?」


 俺が呼び掛けると、レイネはビクッと肩を震わせた。


「……! な、なんでも無い……。それより、見えてきたわよ」


 レイネの言動は気になったが、その指差す方向を見た俺は、ただただ唖然(あぜん)とした。


「でっ……けえ!」


 森が開けたところで目に入ったのは、巨大な水上都市だった。中央に(そび)えるかなりの高さの噴水塔が目を()く。


「ここが……ソリュータル……」


 レイネも俺と同様に、驚きを隠しきれないといった様子だった。


「では……行きましょう……。広場は、この先です」


 ティカに促され、俺とレイネはその後に続いた。



 

 水の都ソリュータルへの大きな期待。しかしそれは、これからの旅を左右する程の衝撃で裏切られることになるのだった……。

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