Level.52:誰ガ為ノ此ノ世界
「現実世界に戻る方法……」
「……私はさっき、この世界……辺境世界レイトノーフは、『もしもの世界』と言ったよね。そしてその世界は地球そのものの辺境に創造した……つまり、ある意味では、ここは異世界ではなく地球そのものの中なんだ。だから本来なら現実、という言い方も正しくは無い……平行線上の同一世界を移動するだけ、と言った方が正しいかな。そもそもこの世界の元となっているのはMMORPGだから……ある意味では、ログアウトとでも言うべきなのかもね」
「MMORPGを元に……? だけどそもそもそんなこと可能なのか? 世界を作ったというのもそうだが、そんな非科学的世界から簡単に脱出すること自体……」
「……うん、にぃにの言う通りだよ。……普通ならこんな世界、作り出すことは出来ない。私は創造主として確かにこの世界を創ったけど、それは言わば水槽にレイアウトを施したようなものなんだ。……だってにぃには知ってるだろうけど、私は病気でそんなこと出来る状態じゃ無かったからね」
「……ちょっと待って。病気……?」
レイネの発言に、雫は困ったような笑みを浮かべる。少し間をおいて雫が口を開こうとしたところで、俺はそれを遮った。
「……にぃに?」
「……いや、俺の口から話すよ。お前のことだけじゃない。俺の、俺達家族のことも……」
まだ皆に話したことは無い、俺の、俺達家族の過去。それを話したら拒絶されるかもしれないと思っていた。でもここにいる皆はただの仲間じゃない……それこそもう家族のようなものなのだ。これから現実世界に戻ろうとしているのならば尚更、いつまでも話さないわけにはいかない。
俺はゆっくりと、過去の出来事について、語り出した。
「……そう。そんなことが……」
呟いたレイネ含め、皆の面持ちが暗い。いきなりこんな話をされたら無理も無いだろう。例えこれで拒絶されても、俺は――。
「じゃあ、早く元の世界に戻ってお母さんを安心させてあげないとね!」
エレナの、明るい声。それに続いて、皆が同じように同情、もしくは励ましの言葉をかけてくれる。
「皆……」
「……カズヤはきっと話したら拒絶されるとか思ってたんだろうけど、今更誰がアンタのことを拒絶するのよ。大体別にアンタも雫ちゃんも悪く無いじゃないの」
「レイネ……」
皆の優しさが、胸に響く。いい仲間を持ったと、心からそう思う。
「でも許せないわよね……その、大河って男。自分勝手どころじゃない……人として最低よ……なんで裁かれないの!?」
物部大河。弌彌兄ぃを、父さんを、母さんを、雫を、俺を……全てを滅茶苦茶にする原因を作った超本人。……そうだ。現実に戻れたなら俺は、時間をかけてでもこの男を探し出して一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。いや、事と次第によっては、この手で――。
「カズヤ」
ふと、俺の手にレイネの手が触れる。……ああ、そうだ。ぶん殴るのはいいとしても、手を汚したら奴と何も変わらない。裁くのは、俺の役目では無いのだから。
「……ありがとう、レイネ」
礼を言うとレイネは顔を赤くする。お互いに手を握りあったまま俺達は顔を――。
「ストーップ! もう、せっかく話が進んだのに勝手に二人の世界を作らないで下さい! にぃにったらホント……」
雫だけでなく、周りの皆の目が痛い。俺とレイネはバッと手を離し、それぞれ顔を赤くした。
少し間をおいてから俺はコホンと咳払いをし、雫へと向きなおる。
「そ、それで雫……話の続きだが……」
「……うん。私には何も出来なかった。何もすることなく私はその生涯を終え、魂は天に召される……はずだった。けれど、そうはならなかった。私は知らない空間に私という意識があることに気が付いた。やがてそこで願うことで生命を創造出来るとしった私はこの世界を創造していった。にぃに達をここへと招き入れた……。けれどそう、そこには、元々のこの世界の入れ物を作った人がいる。言い換えれば、私にこの世界を創り出させた人がいる。協力して創った……って言ったけれど、それはあくまで結果論。その人が意図的に起こした事象。そう……全ては自分が楽しむために……!」
見たことも無い、雫の表情。
つまりその人物は、雫の予知能力を知っていた。雫が創造主になり得ることを分かっていた。それには、少なからず雫と会って生活していることが必要となるだろう。そして、そんな私欲にまみれた思想の持ち主と言えば……。
「物部……大河」
雫は、ゆっくりと頷いた。
そういえば、ヤツは……物部大河は量子力学を専攻していたという話を聞いたことがある。この世界の入れ物を作るということも、決して不可能では無いだろう。
雫は、神妙な面持ちで話を続ける。
「……あの人は予想してたかどうか分からないけど私に宿った力は意外と大きくてね……現実世界の状況も、ここにくる前の人々の動向も把握することが出来た。……そこで、私は、知ってしまった。不幸な魂を私が招き入れていたんじゃない……招き入れさせられていたんだって」
「……! ちょっと待て……じゃあ……!」
「……うん。あの人は色々な所にコネクションを持っていた。この世界の住人を意図的に増やすため……無差別に人々を死に至らせていった……!」
「「……っ!?」」
息を飲んだのは、神楽と彩月だった。彼女達には現実世界の記憶が残っている。俺もここに来るまでの経緯は聞いていた。神楽の『お母さん』を殺したのも。彩月の母と妹を殺し、悪い噂を流したのも。直接では無いにしろ、彼女達がここに招かれる原因を作ったのが、物部大河だと言うのか。
「アイツ……!!」
俺は拳を地面に叩き付けた。手からは血が滲むがそんなことは気にしない。さっき手は汚さないと誓ったが、今ヤツにあったら自分を抑えきれる自信が無い。
「待てよ……ならまさか……茜が轢かれそうになったのも……」
「……うん。茜から見た信号を赤に操作し、トラックをわざと突っ込ませた。……そこににぃにがいるっていうことも、分かった上で」
つまり、俺もまたヤツに弄ばれた人間の一人ということになる。いや、俺だけならまだしも、茜という、無関係な人間までを。
「あの……私が……和也様に庇われたって……?」
そう呟くのは茜だ。そういえば、茜にはまだその事実を伝えていない。
俺が手短に事実だけを説明すると、茜はその場で泣き崩れた。
「嘘……。私のせいで……和也様が……。それに私……なんでそんな大事なこと忘れて……」
俺はその肩に、優しく手を置いた。
「……茜が気負う必要は無いんだ。お前のせいじゃない。……それにさ、助けられて良かったって俺は思ってるんだ。今は……それだけで十分だよ」
俺の肩で涙を流す茜。彼女もまた、物部大河の悪事による犠牲者の一人なのだ。だから彼女も、救われなくてはいけない。救わなくてはいけない。
しばらくして茜が落ち着いてから、俺は再び雫へと向きなおった。
「アイツは確かに許せない……。だけど今はまず、その被害にあった皆を救うのが先だ。だから――」
現実世界へと戻る方法。それを聞き出す前に、俺の言葉を雫が手で遮った。
「……うん。でもその前にもう一つ。皆の置かれている状況について説明しなくちゃいけない。あまり時間も無いから手短にいくよ」
時間が無い……? 一体どういう……。
「まず、この世界における『レベル』はそのまま現実世界での生存確率を意味するというのは知っていると思うけれど……それは言い換えれば、皆はまだ生きている……現実に生還出来るということを意味しているの。この世界は現実の時間軸からは切り離されているからまだ猶予はある。でもそれもいつまでもってわけにはいかない……早くこの世界から脱出しないとそのまま皆は死に至る。でも言い換えれば、脱出さえ出来れば命は助かる。……レイネさんと茜を除いては」
「ちょっと待てよ、俺は……!」
「……分かってる。それはあくまで普通の手段を使ったらの話。言わば通常ログアウトしたらの話。レイネさんと茜を救うには、この世界の終焉……言わばゲームのエンディングを迎える必要があるの」
「ゲームの……エンディング……?」
「うん。個人個人じゃなく、この世界の人々全てを現実世界へと帰還させる方法……それは――祝宴の街で、祝宴の鐘を鳴らすこと。そしてその音色を、全ての人に……この世界中に届けること」
「祝宴の街……って……」
祝宴の街。別の名を、バンケット。祝宴の街バンケット。そこは出会って間も無い俺とレイネが初めて訪れた街であり、祝宴の名の通り毎日のように宴が開かれている街だ。俺達は守衛兵団の支配下にあったその街を救い、街にはいつも通りの活気が戻ったという出来事はもはや遠い昔のようにも感じる。思い返せば確かに、祝宴の鐘という存在を聞いたことはあったが、まさかそんな存在だったとは今まで知る予知も無かった。
「でも……どうやって世界中に音を……? それに、レイネと茜は本当に……」
「……うん。簡単な話では無いんだ。今からにぃに達には、世界中を回ってそれぞれの街で祝宴を受けて欲しい。ここでいう祝宴っていうのは言わば加護みたいなものかな。それと同時にそこに住まう精霊達と契約を交わし、来るべき時に備える……そして最終的に祝宴の街で祝宴の鐘を鳴らす。そして精霊達を通じて音を届ける。それが世界中に音を届ける唯一の方法」
さっき時間が無いと言っていたのはそういうことか。世界を回るには、バンケットへと戻るには時間がかかる。現実で死に至る前に、祝宴の鐘をならさなくてはいけないのだから。
「次に……レイネさんと茜だけど……まず言っておくと、二人に限っては100%というわけじゃ無い……それを頭に入れておいて欲しい」
「……どんなに確率が低くてもいい。それで助けられるなら俺は……!」
「……うん。にぃにならそう言うと思ってた。……まずは茜。正直、茜がこの世界に来るのは計算外だったの。茜を呼びよせたのは私の力が弱まってる中だったから……だから私は賭けに出た。茜には申し訳無いけど、22だった茜のレベルを0に……一旦完全にこの世界へと結びつけ、封印された私の下への案内人として配備したの。茜のレベルは私が意図的に下げたものだから、タイミングを見て元へと戻す……つまりこの世界とのリンクを切り離す。でもそれにはリスクが伴うから……それは鐘を鳴らす直前にしなくちゃいけない」
茜もまた物部大河によりこの世界へと送られた人間だったということなのだろう。雫がそこで機転を利かせ、茜のおかげで俺達はここへとたどり着けたのだ。本人に自覚があれどなかれど、ちゃんと感謝しなくてはいけない。
「次に……レイネさん。他の皆と違って、レイネさんにはそもそもの『器』が無い。だから普通に鐘を鳴らしても現実に戻ることは出来ない。……これは私情なんだけど、私は正直レイネさんの存在を是としていなかった。レイネさんはこの世界で唯一、この世界の人間同士の間に生まれた子供だったから」
「え……」
衝撃の告白に、レイネだけじゃない、俺も皆も、呆然としていた。雫はなおも、言葉を紡ぐ。
「……元来、この世界にやってきた人間同士がいくら生殖行為をしたところで、子供が生まれるはずは無いの。……だってそもそも生身の身体じゃないんだから、言わばいくら精巧だとしてもデータとデータの間からは新たな命は芽吹かない。……だけどレイネさんは生まれてきた。そして偶然にもその両親は、私がこの世界に最初に招き入れた男女二人だったんだ……」
「私の……パパと……ママ……」
「……けれど知っての通り、物部弌彌によってレイネさんの人生は狂わされてしまった。それは力を失っていて物部弌彌を止められなかった私のせいでもある……だから私は贖罪の意味も込めて、僅かに残っていた魔力を茜の協力も得つつ、祝宴の鐘へと編み込んだ。次元を越える程の力を持つ、転移魔法の術式を。それを発動させる方法は教えるけれども、100%うまくいく保証は無い。それでも私は――」
言い終わらないうちに、雫の身体をレイネが抱き締めていた。その瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
「あなたのせいなんかじゃないよ……。そんなに……私のことを思ってくれて……。それに大河って人が根底にいたとはいえ、パパとママをこの世界に呼んでくれたのは雫ちゃんでしょ? 私はパパとママがこの世界で出会ったからこうして生まれてくることが出来た。カズヤに……皆にこうして出会うことが出来た。だから……ありがとう。私と皆を出会わせてくれて……本当にありがとう」
雫の喉から、嗚咽が漏れる。やがて堪えきれなくなったのか、雫もレイネ同様に、泣き始めた。周囲の皆の目にも光るものがある。それは俺も同じで、この偶然の巡り逢わせに今はただ感謝していた。
「さて……それじゃあそろそろ行かないとな」
それからしばらく経ち、術式を教わり、交流を深め、休養をとってから、旅立ちを……帰宅への旅を始めようと、声に出す。
皆が揃って歩き出そうとした時、ふと雫が何も準備をしていないことに気が付いた。
「おいどうしたんだ雫? 急ぐんだろ? そろそろ行くぞ?」
雫は一瞬驚いた表情を見せてから、困ったような笑みを浮かべた。
「アハハ……にぃには本当に……優しいね。私のことも救おうとしてくれているんだ?」
「……何言ってるんだよ当たり前だろ? 言っとくけどお前が助かる確率云々は無しだからな。レイネを救う転移魔法に強引にでもお前を巻き込むから」
「にぃにはホント優しいよ……。私も……本当だったらにぃにと一緒に帰りたいよ……」
「なら早く――」
「……でもダメなんだ。……転移魔法の術式の中には茜のレベル操作も入ってるから、そっちも任せたよ……。……私はここに、残らなくちゃいけない」
「なんでだよ! お前も一緒に――」
言いかけた……その瞬間だった。俺達の頭上から、濃密な闇の塊が降り注ぐ。
回避することは出来そうにない。せめてもとレイネに覆い被さるように地面へと倒れこむ。
「カズ――」
レイネの悲鳴。しかし、その闇は透明な壁に阻まれ、俺達へと降り注ぐことは無かった。見れば、雫がいつの間にか杖を構え魔法を発動させている。
「……やっぱり、来た。ゴメンねにぃに……私はここで……彼を止めなくちゃいけない」
彼。それが誰のことを指すのかは、直後に背後から現れたその姿と、その声で理解した。
「これはこれは皆さんお揃いで……探す手間が省けるってもんだなぁ……」
人を見下すような表情。耳障りな声。忘れるはずもない。コイツが、コイツこそが。
「物部……大河……っ!」
「そう睨むなよ……別にとって食おうってわけじゃない。ただそこの銀髪の小娘……レイネシア……ああ今はレイネだったか。とにかく彼女に用があるんだ。ここと現実と両方で私の玩具になって貰うっていう用がねぇ!」
そう言って下卑た笑いを浮かべる大河。俺の中で何かがはち切れ、俺は拳を握りしめ彼の下へと駆け出した。……しかし次の瞬間、見えない壁のようなものに妨げられる。それはどうやら、先程雫が放っていた魔法の壁のようだった。
「そのまま転移させるから、にぃに達は行って。その人は……私が止める」
そう言うと雫は再び杖を構え、転移魔法のものと思われる術式を展開する。気付いた大河が駆け寄ろうとするも、もう遅い。術式を組み終えた雫が、その魔法を、放つ――寸前、俺は雫の張った魔法障壁を、強引に撃ち破った。
「にぃに!? 何して!? 私がこの人を――」
「ふざけんな! 何でそうやって一人で抱え込む!? 俺達は家族だろ!? 兄妹だろ! 妹はそういう時ぐらい……兄ちゃんを頼るもんなんだよ! 一緒に帰るぞ! 母さんの下に!」
「にぃ……に……」
何を考えているのか、不敵な笑みを浮かべたままの大河。俺は彼に向け、拳を構える。……と、俺の隣に並ぶ人影があった。
「何一人でカッコつけてんのよ。『家族』の問題でしょ? っていうか狙いは私なんだから、放っておくわけにもいかないじゃない。私にも手伝わせなさいよ」
「レイネ……」
杖を構えるレイネ。いや、レイネだけじゃない。その後ろには、杖を構える青い髪の少女。
「私も……戦います! カズヤさんと雫さん……皆のために!」
弓を構えるのは、茶色のポニーテールを揺らす少女。
「ボクもやるよ。アイツのこと……許せないしね!」
クナイを構える黒髪の少女は、怒気を含んだ声で叫ぶ。
「お母さんの……皆の仇……必ず果たしてみせる……!」
槍と盾を構えた少女は、金髪を靡かせる。
「私の業火で……その身を焦がして差し上げますわ!」
一振りの刀を構えるのは、大和撫子の如き長い黒髪の少女。
「貴様を斬る……。この刃で……必ず……!」
大剣を構えた青年が、その鋒を大河に向けて叫ぶ。
「俺のダチを傷付けようとするやつは容赦しねえ! なぜなら俺はレイトノーフ近衛騎士団団長だからな!」
水晶を構えた女性は、その容貌に似合わない程の大きな声を上げる。
「サポートぐらいしか出来ないけれど……それでも私も戦わせて貰うわ! 皆のために!」
セミロングの黒髪を靡かせた少女も、奮起したかのように杖を構える。
「こんな私でも……仲間って言ってくれたから。なら私は……それに答えたい!」
雫はもう、俺を、俺達を止めようとはしなかった。隊列の最後尾で、杖を構える。
これがきっと、最後の戦いになる。この戦いが終わったら各地で祝宴を受け、バンケットで祝宴の鐘を鳴らす。
必ず、この男の……物部大河の下卑た野望を砕き、全員で無事にこの洞窟を出る。そう強く決意し俺は、拳をより一層強く握り締めた。
「まずは一発……ブン殴る……!」
「辺境~」の52話となります。世界観として書きたいことは書けたような気がします。完結は55話+2話の予定ですので今しばらくお付き合い下さい。
次話 Level.52:最後の戦い
なるべく早くお届け出来るようにしたいと思っております。