Level.51:再会
「……ああ、良く似合ってるよ。――雫」
その姿は、あまりにも美しく、あまりにも可愛く、そしてあまりにも、儚かった。
「本当……?」
瞳を潤ませ、不安げな表情を浮かべる雫。昔病室で見た姿と、今の雫の姿とが重なる。
「っ……!」
次の瞬間、俺はたまらず、雫の身体を抱き締めていた。
暖かい。あの頃の温もりが、雫の温もりが、目の前に、腕の中にある。自然と、雫を抱き締める腕に力が入る。
「に、にいに……苦しいよ……」
言われてハッとなり、腕の力を緩める。そのかわりに優しく、包み込むようにその身体を抱擁する。
「……悪い。つい、な。……似合ってる。いや、似合わないわけが無い。お前が、俺が、母さんが望んでいた未来なんだ。そのお前がここにいる。それだけで、兄ちゃんはもう幸せだよ」
「にいに……」
長い間離れていた俺達兄妹は、熱く、深い抱擁を交わした。
「えーっと……お取り込み中のとこ悪いんだけど……」
エレナの声でふと我に返り、雫との抱擁を解く。雫は残念そうにしていたが、こうして再会出来たのだ。いつでも……抱擁するのは倫理的に問題があるかも知れないが、スキンシップを取ることぐらいなら兄妹としては当然のことであろう。
「あ、ああ悪い……紹介がまだだったな。こいつは折原雫……俺の妹だ」
「……和也、それはさっき聞いた。それより私達が聞きたいのは、この子が本当にティア様なのかということ」
神楽の冷静な発言に皆が頷く。同一人物……ということ自体は間違い無いのだろうが、ティア様の正体が雫だったという事実は正直未だに信じられない。
俺も真剣な眼差しで雫を見つめる。すると、やがて彼女は一息ついてから語りだした。
「……改めまして、皆様初めまして。私はティア=ブレイディ=ドロップディスト……この世界を統べる創造主です。まずはにぃ……お兄様をここまで連れてきて下さりありがとうございました。にぃ……お兄様に再びこうして会えたのは本当に皆様のおかげです。私はにぃ……」
「もう『にぃに』でいいわよ……それと別に変に丁寧に喋らなくてもいいわ」
レイネに言われ、雫はコホンと咳払いをしてから話を続ける。
「……私はにぃにに会うためにこの世界を創造したの。その創造主としての私は、ティア=ブレイディ=ドロップディスト。そして元の名前……本名は折原雫、にぃにの妹なのです。ティアは雫、ブレイディは折原からとって付けたような名前なんですよ……とまあ、私はティアであり雫である。それには、間違いはありません」
雫の話を聞き、皆は少し考えたようだが、すぐにそれを信じてくれた。まあ元々疑っているわけではなく、本人の口からそれを聞きたかっただけなのだろう。
というか、それどころか……。
「ねえねえ! カズヤ君って小さい頃はどんなだったの?」
「やはり小さい頃はおねしょとかしていたのでしょうか……」
「私にも教えて欲しい……出来るだけ詳しく」
お前ら……。
雫は困惑しつつも、女性陣に圧されてしぶしぶといった様子で……話していたのは最初だけだった。すぐに意気投合し、あること無いこと俺の幼少期についての話に夢中になっていた。
「……いやまあ、険悪になるよかいいけどさ」
一人でポツリと嘆くと、俺の隣に茜が腰を下ろした。
「ティア様……いえ、雫様があのようなお顔を見せるとは……。和也様のお仲間は、皆いい人ばかりなのですね……」
そういって、無表情ながらもどことなく寂しそうな雰囲気を醸し出す茜。そんな彼女に対して、俺は優しくこう言った。
「……お前だって、仲間だろ?」
「っ……!? いえ……私は所詮案内人の立場であり……」
「んなもん関係ないよ。少しでも一緒に冒険すればそれはもう、仲間だ。友人だ。今はまだぎこちなくても、これから少しずつ仲良くなっていけばいいんだよ」
「和也……様……」
俺の名前を呟くと、茜は顔を覆ってうつむいてしまった。その耳がどことなく朱に染まっているのは気のせいだろうか?
「おうおう全く罪作りな男だなあ!」
野太い声とともに突然背中を叩かれビクリとする。その犯人は……。
「ってえな何すんだカイル! ってかお前いたのか?」
「酷い!? そりゃお前あっちの話に入れるわけも無いからこの辺ぶらぶらしてたから視界から消えてたかも知れないけどよ……。っていうかそうじゃねえよ! 今はお前!」
「俺が何だって……?」
カイルは俺の耳元で言う。
「気付いてないのか? その子絶対お前に気があるぞ? 無表情かと思いつつお前のことずっと目で追ってたからな……。っていうか今もキザったらしいセリフにやられてんじゃんか……。はあホント、レイネちゃんがいながらこうやってすぐ他の子に手出すんだから困ったもんだぜ。あ、俺? 大丈夫だ俺にはそんな趣味は無い。……まあ、お前がどうしてもって言うんなら……俺……そグハッ!?」
「うるせえ」
変なことを言い出したのでとりあえず腹パンをしておいた。
それにしても茜が俺のことを……? もしそうだとしたら純粋に嬉しくはあるが、その気持ちに答えることは出来ない。でもそれもこれも、現実に戻ってからの話だ。まずは――。
「雫」
俺はようやく女性陣から解放されたらしい雫に声をかけた。雫は俺の表情をみて言わんとすることを察したのだろうか。緩んでいた顔を引き締め、皆を集合させる。
「久々にたくさんお話出来たのが楽しくてつい……。そろそろ、本題に入らないとね」
「本題……?」
レイネの問いかけに、雫は頷く。
「……はい。この世界の成り立ちと、今皆さんが置かれている状況について。そして――」
一拍おいてから、雫は言った。
「現実世界に戻る、方法について」




