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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.1 ~わがままでひねくれた魔女~
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Level.5:旅立ち

 祝宴の街バンケットを、教会に根付いた悪の集団の支配から解放してから、早1週間が過ぎた。

 今日もこの街は、いつも通りの賑やかさだ。しかしそれも、今日で見納めになる。


「兄ちゃん、姫様、ホントに行っちゃうの……?」


 ヒロトが、不安と寂しさの入り交じった表情で聞いてくる。そう……俺とレイネは今日、この街を出ていくのだ。




 (さかのぼ)ること3日前。


「《フリージング・アロー》!」


「せいれゃぁぁぁぁぁ!」


 レイネの放った氷の矢が、モンスター……[リトルペネント:Level.55]を貫き、俺の拳がそれを砕く。植物型モンスターのHPは0になり、消滅した。それと同時にアイテムがドロップした。


「ふう……こんなもんかしらね」


「そうだな……充分薬草は集まったんじゃないか?」


 俺達は今、バンケット南西の草原で狩りをしていた。薬草を集めて欲しいという願い事……いわばクエストを()け負ってだ。

 と言うのも、マデラさんが薬草を切らして市場に買いに行った所、丁度在庫切れで丁度運送が遅れていて、俺達がたまたま通りかかった所で、たまたまお願いされたのである。

 どういうわけかこの世界にも、俺の世界のRPGで言うクエストシステムがあるらしく、依頼人の依頼用紙にサインをすることで、クエストが受理された状態になるらしい。この世界にはNPCキャラクターがいない(そもそもゲームの世界というわけでは無い)ので破棄(はき)は自由だが、そこは人情の問題である。

 それに、クエスト報酬として、薬草で作った治療薬を分けてくれる上に、俺のこのジャージに替わる服を見繕(みつくろ)ってくれると言うのだから、こっちとしても願ったり叶ったりである。先日壊滅させた連中は、この報酬を支払わずに冒険者や街人を脅して従わせていたのだから、いかに悪い集団であったかが分かる。


「しっかしさあ……ホントこの世界ってよく分かんねーよな~……」


「ハァ……アンタって、ホントそればっかりよね。そんなに元の世界が恋しいの?」


 俺の(つぶや)きに、溜め息交じりで言葉を返すレイネ。レイネ達からしたらこの世界での現象は常識なのかもしれないのだが、俺からすれば非常識だらけ……と言うより非常識な事しか無い。


「恋しい……ってかさ、なんで俺はこんな、変な世界に来ちまったのかな~……ってさ。……レイネ達は良いよな。これが日常だっていうんだから」


「アンタがここに来た理由なんか知らないわよ。それに変な世界じゃなくて、"辺境世界レイトノーフ"! 皆、生まれた時から知ってる事よ? それに、私だってこれが日常っていう訳じゃないわよ。これでも小さい頃は、学校行ったり家族と遊園地に行った……り…………」


 レイネの言葉が途中で途切れる。レイネは何かを思い出すように、左手で頭を抱えている。


「……どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、レイネは一瞬顔をしかめた後に、左手を頭から離した。


「……なんでも……無い。とにかく、ちゃんとこの世界名前ぐらいは覚えておきなさいよね」


「へいへい、覚えておきますよー。ってか何でも無いならいきなり頭を抱え出したりすんなっての。……一瞬心配したじゃねーか」


「……それはご苦労様ね。私はアンタの頭の方が心配だわ」


「この…………」


 軽口を叩きながらも、レイネの心は、先程感じた強烈な違和感に(とら)われていた。


 (なんで……? 私は小さい頃から、この、辺境の世界で育ったはず……。なのに何故、さっき、ビルが建て並ぶ街にある学校に通っていた記憶と……埋め立て地に広がる夢と希望のテーマパークに行った記憶が、私の頭に浮かんできたの…………?)


「……イネ。……おい聞いてんのか、レイネ? …………レイネ・フローリア!」


「ひゃん!」


 レイネの身体がビクッと反応する。考え事に夢中で和也の言葉が頭に全く入って来なかったからだ。そのせいで変な声まで出てしまった。


「な、なに……?」


「これからどうする?…………って聞いたんだけど」


 レイネは気が動転しているのか、あたふたとしながら答えた。


「そ、それは、街に帰って……報酬貰ったらお茶して…………ハッ! アンタまさか、その後にやましい事しようだなんて考えてるんじゃ……!」


レイネが顔を赤くして叫んでくる。しかし、言葉の履き違えにも程がある。俺は声を荒げて叫び返した。


「……あのなぁ! 人をなんだと思っていやがる! つーかそういう意味じゃねーよ! 確かにこれから帰って達成報告はするけど……! もっと先……"いつこの街を出るか"? だよ」


「…………!」


 レイネは何かを(さと)ったかのように、急に真面目な顔つきになった。


「……お前にはさ、なんか知らねーけど目的があるんだろ? 元々この街には情報収集に来たんだ、この4日間でだいぶ情報は集まったんだろ?」


「ええ……一応…………」


「……だったら、そろそろ出発した方がいいんじゃねーのか? いや、この街が嫌いって訳じゃねーぞ? いろいろ世話になったし、むしろ俺は、最初の街がここで良かったって思ってる。……でも、だからこそだよ。長居すればするだけ、俺達の存在がいずれバレるリスクが高まる。ただバレるだけならいいけど、ロクでもねー連中に狙われた日には、この街はどうなるよ? ……多くの犠牲者が出るに決まってる」


 それを聞いたレイネが、ポツリと呟く。


「……祝宴の街」


「……そう。この街は本来祝宴の街。人が多すぎるぐらいだ。そんなとこで戦いが起こったら……」


 レイネは神妙な面持ちで頷き、言葉を被せてくる。


「今度こそ、街が滅びる」


「……だな。やっぱ、出てくしかねーさ。……遅かれ早かれ旅立たないといけなかったんだ。出発はそうだな……3日後でいいか?」


 俺の提案にレイネが頷く。しかしレイネは、まだ若干不安そうな表情だった。というのも…………。


「でもあの子……ヒロトは、大丈夫なの……? アナタにだいぶなついていたようだし……。それにまだ、8歳の子供なんだから……きっと…………」


 ヒロトは、出会いの時の態度こそ最悪だったものの、家に到着してすぐに俺と遊びたいと言い出し、すぐになつくようになった。俺もヒロトの事は可愛がっているので、別れるのには寂しさもあった。……それはきっと、レイネも同じなのだが。


「それでも……行かなきゃだよな……。……とりあえず、今は帰るか………………」


「そうね…………」


 俺とレイネは、少々沈んだ気持ちのまま街へと戻った。そしてすぐに市場に顔を出し、依頼の達成報告をした。3日後に旅立つ(むね)を伝えると、それまでに服を見繕っておくと約束してくれた。俺達はその足でヒロトの家に戻ると、旅立ちの事を告げた。

 ……3日経っても、ヒロトが笑顔を浮かべることは無かった。




「……ねえ! 兄ちゃん、姫様、ホントに行っちゃうの…………?」


 先程と同じ質問。ヒロトの目尻には涙が浮かび始めてきていた。因みにマルスさんとマデラさんは俺達の旅立ちのためにいろいろとしてくれているようで、今は街に出ている。

 俺がなんと言うべきか迷っていると、レイネが口を開いた。


「……ええ、そうよ。何度も言うけれど、私達は今日、この街を旅立つの」


「なんで…………」


「……私達は、"冒険者"だから」


「…………!」


 ヒロトがハッとした表情になる。構わずレイネは言葉を続ける。


「冒険者は旅をする…………当然の事でしょ?そんな事も理解出来ないなんて、アナタは何を甘えてるのかしら?」


 レイネが冷たく言い放つ。


「おいレイ…………」


 止めに入ろうとした俺の言葉は、ヒロトの叫びによって掻き消された。


「それでも……それでもオレは!」


 ヒロトはそのまま、2階の自室へと駆けていってしまった。


「あ………………」


 レイネが呆然(ぼうぜん)としている。


「……レイネ、いくらなんでも言い過ぎだ!」


「フ、フンッ! 生意気で甘ちゃんな子には、あれぐらいが丁度いいのよ!」


 レイネはそう言って顔を背けてしまう。

 ……そうこうしているうちに、時計の針が昼の11時を指した。旅立つ予定の時刻まで、後1時間だ。いろいろと約束やら受け取るものがあるので、そろそろ家を出ないと間に合わない。


「……ヒロト、俺達……行くぞ?」


 呼び掛けるも、返事は無い。

 俺とレイネは、最悪の形で家を後にしたのだった……。




 街へと出て、待ち合わせの広場に行くとそこには、街の人口の半分は超えるであろう人数の人々が俺達を見送りに来てくれていた。

 群衆の中からマルスさんとマデラさんが歩み出てきた。しかしすぐに、俺達の異変に気付いたのか、神妙な面持ちになって聞いてくる。


「どうしたんだい? …………ヒロトかい?」


 マデラさんの問いに対して答えたのはレイネだった。


「……はい。あの子……やっぱり寂しがって……。私も別れるのが辛くて……。そしたら私……冷たくしちゃって……」


「レイネ…………」


 レイネがそこまでヒロトのことを考えていたとは知らなかった。寂しさから……別れが辛くならないように、あんなことを言ったのか…………。

 それを聞いたマデラさんは、レイネの前まで歩み寄って言った。


「そうかい……それはレイネちゃんも辛いだろうねぇ。……でも大丈夫、ヒロトもきっと、本当は気付いてるはずだからねえ……レイネちゃんの気持ちにも、自分の気持ちにも……。ああ見えてあの子は、父親に似て思慮(しりょ)深い子だからねぇ……。」


「でも……私……」


「大丈夫……ほら」


 マデラさんが指差す方を向く。すると、人影が走ってくるのが目に入った。


「お~い! 兄ちゃ~ん、姫様~!」


 活発で明るい声。それは、紛れも無くヒロトのものだった。

 

 カツンッ……


 俺達の側まで来たところで、ヒロトが石に(つまず)いた。


「危ないっ……!」


 前のめりに倒れたヒロトの身体を、レイネがしっかりと抱き止めた。


「……怪我は無い?」


 レイネはヒロトを抱き締めたまま、珍しい程に優しい口調で問いかけた。


「う、うん」


「……ならよかった。……ごめんねヒロト。私、アナタにひどい事言って……。アナタは甘えてなんかない……現にあの日アナタは、1人で教会に立ち向かったんだから……」


 レイネが謝罪の言葉を述べた。しかしヒロトは、首を横に振る。


「ううん……姫様に言われた通り、オレはまだまだ甘ちゃんだよ。1人じゃ結局何も出来ないもん……」


「ヒロト…………」


 それが事実であるという事は確かだ。だから俺は、ただ名前を呟くことしか出来なかった。

 広場を暗い空気が包もうとした時、ヒロトがレイネの抱擁(ほうよう)から離れ、明るい声で言い放った。


「だからオレは……強くなるよ! 街の人達を……皆を護れる程に……強く!」


「ヒロト……貴方…………」


「……だからさ、約束!」


 ヒロトがレイネに小指を差し出した。


「約束……?」


「……オレは必ず強くなる。……だからさ、今度はこの街に……遊びに来てよ! ……レイネ姉ちゃん」


「あ…………」


 ヒロトがレイネのことを初めて名前で呼んだ。レイネは一瞬驚いた顔を見せたものの、笑顔でヒロトとの指切りを交わした。

 レイネとの指切りを交わしたヒロトは、今度は俺の元にやってきた。


「……カズヤ兄ちゃんも、約束!」


 レイネの時と同じように小指を差し出してくる。しかし俺はその小指を(てのひ)で包み込み、無理矢理握手の形へと持っていった。


「いてててて……兄ちゃん?」


「……約束だろ? ならこうじゃなきゃなだろ? ……男と男の約束はな」


「男と男の約束……。 ……おう! オレは必ず、強くなるよ!」

 俺とヒロトは、がっしりとした握手で誓い合ったのだった…………。




「皆さん、お元気で~!」


「ありがとうございました~!」


 正門を少し進んだ先から、大きく手を振りながら大声で別れを告げる俺達。すると…………


「こっちこそありがとー!」


「元気でやれよー!」


「またいつでも来いよー!」


 街の人達が、揃って暖かい言葉をくれた。大きく手を降り返してくれている。

 この街の人達からは、たくさんのものを貰った。

 最初は街の人達の態度に怒りも覚えたけれど、それは全然本心では無かった。実際、祝宴でたくさんのもてなしをされ、美味しい料理も食べさせて貰った。レイネが知りたがっていた情報も、いくらか手に入ったという。俺が今来ている黒皮のコートは、市場の腕利きに作ってもらったものだ。

 マルスさんとマデラさんには、本当の子供のように可愛がって貰った。家族の暖かみを思い出して思わず泣きそうになった程だった。

 ヒロトと仲良くなると、いろんな事を教えて貰った。虫や魚を捕るのが上手くて、一緒になって遊び回った。子供に戻ったようで楽しかった。

 この1週間は、本当に楽しかった。いきなり辺境世界という異世界に来て、不安で胸がいっぱいだった。でもそんな不安は、この街で過ごすうちに、さっぱりと無くなっていた。この街が最初の街で、本当に良かった。


「さようなら~!!」


「「さようなら~!!!!」」


 祝宴の街バンケット。ここで貰ったものは……"暖かさ"。きっとこの街では、これからも毎日のように祝宴が続いていくのだろう。その明るさは、これからここに訪れる人達にも、俺が貰ったのと同じような気持ちを与えることだろう。

 俺達と街の人達は、互いの姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けていた……。


 


「それで? 今度はどこに向かうつもりなんだ?」


 バンケットを離れ、遥か向こうまで続く舗装路(ほそうろ)を歩く俺達。俺が尋ねると、レイネは足を止めて答えた。


「次の行き先は、《水の都ソリュータル》よ。……ここには私も行ったこと無いから、しっかり頑張ってよね。……騎士ナイトさん?」


「了解ですよ。……姫様」


 "騎士と姫"。俺達の間に生まれた奇妙な関係性だった。


「ちゃんと付いてきなさいよ?」


「そっちこそはぐれんなよ?」


 そう言った俺達の顔は、笑顔に包まれていた。


 ~♪


 その瞬間、短いファンファーレが響いた。それはRPGのレベルアップの音に酷似(こくじ)していた。俺は計らずして最高レベルなので、俺のものではない。


(だとしたら…………)


 そう思い、レイネのステータスを確認すると、レベルが42から41へなっていた。


「レベルアップ……アップでいいのか? ともかくおめでとさん。……って、何で今?」


 今は戦っているわけでも無いのになぜレイネのレベルが上がったというのだろうか? 返ってきたのは意外な答えだった。


「……アップでいいわよ。……この世界でのレベルアップは不規則なのよ。朝倒したモンスターの経験値が今加算されたのかしらね」


「ふーん……? よく分からないけどまあいいか! 強くなるには越したことねーしな! よっしゃ行くぞ! 目指すは水の都……ソリュータル!」


 レイネは一瞬呆れ顔になったものの、笑顔で微笑んだのだった。

 



 俺達は、旅を続けるべく歩き出す。

 この先に数々の困難が待っているとも思わずに。

 この世界の本当の姿がどのようなものか分からずに。

 "レベル"の本当の意味を知らずに…………。

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