Level.46:聖なる夜に、雪が降る
王都での騒動から、一ヶ月が経過しようとしていた。
王都直属守衛兵団は、団長と七星騎士を失ったことにより決壊・解散した。生き残った兵士達、そして元七星騎士である彩月とカイルの証言により、俺達の嫌疑も無事晴れることとなった。
守衛兵団の実態は悪しき組織ではあったが、中には正しい心を持った兵士達もいた。彼らによって、各地の平和が保たれていたのもまた事実だった。
そこで、カイルは自らが団長となり、新しい組織を立ち上げた。その名は、《インペリアル近衛騎士団》。『近衛』と名付けてはあるが、実際には遠方にも兵士を派遣するらしい。俺が名前に付いて突っ込むと、カイルは一言「その方が格好いいから」などと抜かしていた。
あの時弌彌兄ぃに突き落とされたイズナさんは、奇跡的に一命をとりとめていた。何でも、王都の騒動を知って駆け付けてきたコロシアムの戦士達によって助け出されていたらしい。お見舞いに向かうと、一瞬辛そうな表情を見せたものの、すぐに笑顔を見せ、初めて会った時のように俺とレイネの仲をからかってきた。その時のイズナさんは、呪縛から解放されて、きっと心から笑っていたのだと思う。
傷だらけだった仲間達の身体も、ティカの尽力もあってもうほとんど癒えていた。俺は個別に時間を取ってもらい、改めて感謝の思いを伝えた。するとそれぞれが、七星騎士との戦いを経て様々な想いを抱いたということを話してくれた。
リッカは、父親との再会を果たせたらしい。分かり合い、最後に感謝の言葉を伝えることが出来たと、俺に話してくれた。最後に一言、「私の熱い想いの火種はずっと消えませんことよ?」と言われたが、俺はその迫力にたじろぐことしか出来なかった。
エレナは、仇を射つことよりも大事なものを見つけ出せたと言っていた。自らを犠牲にしてでも護りたいもののため、戦ってくれたのだと言う。エレナは満開の笑顔で、「ボクはカズヤを護るよ。だってカズヤは、ボクの大事な人だから」と言ってくれた。嬉しい気持ちで、胸がいっぱいだった。
彩月は、騒動の後、守衛兵団の元兵士達の多くに新たな団長へと推薦されていた。しかし彩月はそれを辞退し、決戦前の約束通り改めて俺達の仲間に加わった。団長を辞退した理由を聞くと、「私は和也さんと一緒にいたいんです」とのことだった。彩月がそれでいいなら、俺はもう何も言うことは無かった。
神楽は、自分のこれからの夢を見つけたと話してくれた。自分に愛情を与えてくれた『お母さん』のように、子供達に愛情を与えてあげたいのだと言う。その夢を応援したいと言ったところ、「和也にも、それ以上の愛情を……与えたい」と見たことの無い表情で言われ、俺は返答に困り曖昧な返事をすることしか出来なかった。
ティカは、家族の絆を確認することが出来たと伝えてくれた。生命の危機に立たされ、ベオウルフの命を受け取ったのだと涙ながらに話してくれた。将来は命を護る仕事がしたいのだと、強い決意を明らかにしていた。そしてティカは、「私は……カズヤさんのことが好きです」と顔を赤くしながらハッキリと伝えてくれた。俺は一言、「ありがとう」とそう言った。
皆、俺とレイネのために全力で戦ってくれた。各々の想いをぶつけ、格上であるはずの七星騎士を撃破するに至った。人の想いは、想いの力は何よりも強いのだと、改めてそう感じることが出来た。
そして俺とレイネの関係はと言うと……騒動が起きる前と何ら変わらないものへと戻ってしまっていた。確かに想いを伝えあって恋人同士になれた俺達であったが、お互いに恥ずかしがり、あれから一度もキスをしていない。……でも、俺がちょっかいを出しレイネが呆れ半分に怒るという、いつもの日常が戻ってきたことに、俺は心からホッとしていた。
そして今、俺達はと言うと、今夜から王都で行われるパレードの準備を手伝っていた。この世界の暦で今日は12月24日、クリスマスイブだ。王都インペリアルで行われる年に一度のお祭りの準備に、人々は大忙しだった。
最初は皆の傷が癒え次第《最果ての洞窟》に向けて出発しようとしていたのだが、そこで創造主と会うことは即ち元の世界へと戻る段階になるということで、俺はこの世界での思い出を作っておきたいと思ったのだ。この世界の人達は皆、今を一人の人間として生きている。元の世界があったとしても、今という時間がかけがえのない物であることに違いは無いのだ。ならば俺はその人々との関わりを記憶に刻みたいと心から思い、祭りに参加することを決意したのだった。
最初は濡れ衣であるとはいえ指名手配扱いされていた俺達を警戒していた人々だったが、カイルや彩月の説得もあり、程なくして俺達を受け入れてくれた。
元は同じ世界に住む人間、もしかしたら会ったことがあるかも知れない人同士なのだ。次第に心から打ち解け、皆が他愛も無い話で盛り上がっていた。
特殊な境遇に置かれるレイネは関わりを避けるのでは無いかと危惧していたが、イズナさんに振り回され、ため息を漏らしながらも笑顔を見せていた。
俺は心から、その笑顔をずっと隣で見ていたいと、そう思った。
「えー、それではただいまより、第七回インペリアルクリスマスパレードを、開催します!!」
インペリアル近衛騎士団長であるカイルの言葉に街中から大きな歓声が上がり、パレードが始まった。
俺は人々の楽しそうな様子を、丘で一人眺めていた。
冷たい空気を吸い込み、白い息を吐く。
そうしていると、何だか心が落ち着くような気がした。
「……こんな所で何してるのよ?」
突然投げかけられた声に驚き振り向くと、そこには真っ白なコートに身を包んだレイネが立っていた。
「……レイネ。なんかさ……こういうの、平和だな……って、思ってた」
「……そうね」
レイネはそう言ってゆっくり近付くと、自然と俺の左肩に体重を預けてきた。
「……お、おいレイネ?」
「……人前じゃ、甘えられないから。私達……恋人同士でしょ?」
……あまりの可愛さに、俺はどうにかなりそうだった。元の関係で満足していたのは俺だけだった。レイネはこの一ヶ月、ずっと我慢していたのだと言う。俺はたまらない気持ちになり、レイネの身体を優しく抱き締めた。
「あ……。……ふふっ、カズヤの……ニオイがする」
「……なんだよそれ。お前だって、屋台の香りが染み付いてるぞ?」
「……え、嘘!? ……あ、その顔、騙したわね? 全くもう……」
「……ははっ」
「……ふふっ」
お互いに、微笑み合う。
「ねえカズヤ……二人の時でいいから……またこうして……抱き締めてくれる?」
「……もちろん。お前が望むなら、いつだって」
「……二人だけの時じゃなきゃ……嫌。誰にも……邪魔されたくないもの」
腕の中の少女が、たまらなく愛しい。
その温もりが、どうしようもないくらい恋しい。
「あ……。ねえカズヤ、見て。雪……」
いつの間にか、ふわふわと雪が降り始めていた。
聖なる夜に、雪が降る。
幸せな、ホワイトクリスマス。
そんな幸せを感じていると、俺の頬をレイネの人差し指がつついた。
イタズラを仕返ししてやろうと振り向いた瞬間、俺の唇が柔らかいもので塞がれた。
「お前……何して……」
「……何って、キスしただけじゃない。……恋人同士なんだもの。したくなるのも……当然でしょ?」
俺はその言葉に、胸を打たれる。……どうしようもないくらいレイネが好きだ。好きで好きで、たまらない。
「レイネ……」
「カズヤ……」
互いに目を閉じ、どちらからとも無く口付けを交わす。
聖なる夜に、甘い……どんな砂糖菓子よりも甘い一時が溶けていくのだった……。




