Level.44:絶零氷華の聖剣
この手に、レイネの温もりを感じる。
それだけで俺は、十分に満ち足りた気持ちになった。
「……ゴメンな、遅くなって」
「別に……待って……なんか……。助けてなんか……頼んでなんか……」
そう言うレイネの身体は、小刻みに震えていた。俺はその背中に、そっと手を回す。
「あ……」
「……ああ、そうだな。別に、それでもいい。俺が、助けたいって思ったから……こうしてお前を抱き締めたいって思ったから助けた、それだけの話だ」
「カズ……ヤ……。私……私は……!」
今にも泣き出しそうなレイネ。俺はその身体を強く抱き締めてやりたい衝動をこらえながら、レイネの頭に手を乗せた。
「……分かってる。お前の想いも全部聞きたいし、俺の想いも全部伝えたい。……けどそれは、この男を倒してからだ」
俺はレイネの頭を優しく撫でてやってから、弌彌兄ぃの方に向き直った。
弌彌兄ぃの表情は、予想に反さず怒りに満ちていた。
「和也ぁ……。テメェ……余計なことを……。俺の……俺の計画を……!」
この男を倒さなくては、レイネを助けたとは言い切れないのだ。
弌彌兄ぃが左手を掲げ、降り下ろす。途端、重力で押し潰される感覚が俺の身体を襲う。《調律》の能力だ。それと同時に、弌彌兄ぃは右手に剣を構え、俺に向けて突っ込んできた。
―物部流暗殺術・一ノ型二番『蠡殺』の構え。
俺は《調律》に強引に抗い、剣を迎え撃つべく、《エクスカリバー》に手をやった。しかし《エクスカリバー》の刀身は弌彌兄ぃの手により半ばから折れてしまっている。いかに《エクスカリバー》と言えど、折れている状態では、物部流暗殺術の達人である弌彌兄ぃの一撃を防ぎきれるとは思えない。
(せめてレイネだけでも……)
そんな思いで《エクスカリバー》の柄をキツく握り締めた俺は、あることに気が付いた。
―周囲の空気が、急激に冷えていくことに。
「《絶零の氷雨》」
刹那。氷の雨が、降り注いだ。
『氷』。この魔法の発動者がレイネであることに間違いは無いはずだ。
だが俺の知っているレイネの魔法《アイシクル・レイン》とは明らかに威力が違う。
氷の雨が降り注ぐたびに、空気がどんどんと冷えていく。
「クソっ……! 厄介な……!!」
弌彌兄ぃは堪らず距離を取る。それを見てレイネは、左手を後ろに引き絞った。
「《闇を穿つ零鎗》!!」
巨大な氷の槍が、周囲の空気を一瞬で凍り付かせながら、弌彌兄ぃへと肉薄する。弌彌兄ぃはそれを剣で受けたものの、その身体は後方の壁へと吹っ飛ばされた。
「……私だって、戦える。貴方の……カズヤの役に立ちたいもの」
「レイネ……お前……」
しかし次の瞬間、レイネは突然膝を付いて座り込んでしまった。慌てて俺が肩を支えてやると、レイネは息を切らしながら、言う。
「戦える……とは言ったものの、ごめんなさい……。もうあまり、魔力が残って無いの。でも私は、私に出来ることをする。……カズヤ、剣を」
言われるがままに、俺は《エクスカリバー》をレイネに差し出した。
レイネが半ばから折れたその刀身に手をやった次の瞬間、莫大な魔力と冷気が《エクスカリバー》を包み込んだ。
「レイネ……何を……!?」
「……一人じゃ敵わない相手にも、二人なら、誰かと一緒なら勝つことが出来る。……貴方が、教えてくれたことよ。……私の魔力とその剣、そして貴方の力が合わされば……きっと……」
「……ああ、そうだな。弌彌兄ぃを、倒そう。俺達、二人で」
半ばから折れていた剣が、眩い光に包まれる。
「「《絶零氷華の聖剣》」」
光が、弾けた。
透き通った金色の刀身。美しく繊細な氷の薔薇が描かれた鍔。その薔薇から伸びる蔦が巻き付く模様の柄。
二人の想いを重ねた聖剣を手に、俺は腰を低く落とした。
「『折原流刀剣術』・三ノ型一番『天衣無縫』」
殺意を込めるのでは無い。ただ純粋に、想いを込める。だからもう、『暗殺術』などは必要無い。俺の……『折原和也』の剣があれば、それでいい。
意識をただ一点に、弌彌兄ぃにのみ集中させる。あの男がさっきの一撃だけでやられているはずは無い。隙を付いて、何処からか飛び出してくるはずだ。
ガラッ……
右前方から、瓦礫の崩れる音が聞こえた。俺は視線だけを動かし、『左前方』から襲いかかってくる弌彌兄ぃの姿をしっかりと捉えた。
「和也ぁぁぁあああああ!!」
「終わりにしようぜ、弌彌兄ぃ!!」
「《物部流暗殺術・一ノ型一番》!!」
「《折原流刀剣術・一ノ型一番》!!」
全く同じ軌道で、全く同じタイミングで、左から右へと、刃が振り上げられる。
「《畏逢いの太刀》!!!!」
「《居合いの太刀》!!!!」
剣と剣が、交錯する。
一瞬の、静寂。
音を立てて崩れ落ちたのは、弌彌兄ぃの剣だった。
「くそ……たれっがぁ!! まだだ……まだ終わらねぇ……!!」
弌彌兄ぃは両手で手刀を作り、同時に降り下ろしてくる。
―只の悪あがきか。……いや、違う。この、技は。
『いいか和也。この技は、生み出されるべきでは無かった技だ。絶対に使ってはいけない。……もし、もしもこの技を使う者がいたら、その時は、お前が―』
《物部流暗殺術・零ノ型『断述ノ調』》
物部家の『物部』の由縁―『物』を『述べる』。それを断ち切る意味合いで名付けられたこの技は、両手の手刀、さらには手刀の裏に隠した小刀を持ってして、確実に相手の喉を裂き、その息の音を止める。
危険過ぎるこの技を弌彌兄ぃは我が物にし、丁度その頃、『あの事件』が起こった。
このことを予想していたのか、『あの人』は俺だけにこの技を確実に破るための技を授けてくれていた。
―《物部流暗殺術》の中で唯一、『護る』ことに重点を置いた、この技を。
「……《物部流暗殺術・零ノ型・裏『零刃ノ手』》」
俺は弌彌兄ぃの手刀に対抗するかのように、手を鋭く振う。
弌彌兄ぃと俺の手刀が交錯する瞬間、俺は手を開き、弌彌兄ぃの手首をしっかりと握った。
「な……。《零ノ型》が、こんな方法で……」
がっくりと項垂れる弌彌兄ぃに、俺は諭すかのように語りかける。
「……弌彌兄ぃ。《物部流暗殺術》は、これでもう終わりにするんだ。父さんも……大和さんも、こんなことは望んでいなかったはずだ!」
「大和……? 父さん……? なんでその名前が……。お前は何を言って……」
「……俺がアンタを許せない理由……。その半分はレイネを取り戻すためだった。残りの半分……それは、アンタが原因で起こった『あの事件』……それをアンタが全然理解していないからだ!!」
「は……? 『アレ』はバカが勝手にやったことだろ? 俺になんの責任があるってんだよ? むしろ俺はそのせいで……」
「……違う。大和さんは……俺達兄弟の父さんは、あの時アンタを護ろうとしていたんだ!!」
「何を……言って……」
「……教えてやるよ、弌彌兄ぃ。あの日あの時、本当は何が起こっていたのかをな」




