Level.43:繋がる心
「ティカ、アナタは考えたことある?」
「何を……ですか?」
「この世界の……真実について」
「みたカズマ!? 私の理論が証明されたのよ!?」
「ハハ……、相変わらず君は凄いな」
「そうでしょそうでしょ! 流石は私の夫。話が分かるわね。ねえ、アナタもそう思うわよね? ……ティカ」
「……はい! 流石カテジナさんです!」
「ティカちゃんは良い子だなぁ……。将来はきっといいお嫁さんになれるよ」
「いえ……そんな……」
「まあでも、俺にとってティカちゃんは妹みたいなもんだから、お嫁に出すのはちょっと寂しいかな」
「妹……。それも悪く無い……ですね。『お兄ちゃん』って呼んでもいいですか?」
「カズマお兄ちゃああああああああん!!」
「カズマ……カズマァァァァァ!!」
「カテジナさん……それ……」
「私は……私はカズマを蘇らせる! どんなことをしても、必ず!」
「カテジナさん、私、正式に守衛兵団の一員となれたんです。《治癒士》として、認められたんです。だから、もう……」
「私にはカズマ以外の男はいらないのよ! もう少しで研究が終わるの……。依頼された生命体γのコアの摘出……。これが成功すれば、私は七星騎士になれるのよ! そうすれば……そうすればカズマは!」
「完成した……やっと完成したわ……。久しぶり、カズマ。いっぱいいっぱい、愛して、あげるからねぇ……」
水槽に語りかける女性。その水槽の中にいたのは、腕と足の配置が反対で、顔が逆さに接合された生命体だった。
「ゴギャァアアアアア!!」
生命体が、耳障りな音を響かせる。
《記憶忘却》を受け、カテジナへの忠誠心を失った『彼』は、植え付けられた本能のまま、滅茶苦茶に暴れまわっていた。
「……実験、続けて……いたんですね」
ティカは『彼』のそんな様子を見ながら、哀しそうに、そう、呟いた。
「ええ、もちろんよ。だからこうして生き返ったのよ。私への忠誠心? そんなものいらないわ。だって『カズマ』と私は……愛で繋がっているもの!」
カテジナが『カズマ』に指示を出す。暴れまわっていた『カズマ』は動きをピタリと止め、ティカの方に向き直った。
「本当に……カズマお兄ちゃん、なんですか……?」
大好きだった。憧れていた。……恋い焦がれまでしていた人。彼が本当に生きているのだとしたら、伝えたいことが、言わなくてはならないことが、ティカには、あった。
ゆっくりとその手を、『カズマ』の身体へと伸ばす。
しかし次の瞬間、ティカは『カズマ』の手によって投げ飛ばされていた。壁に思い切り衝突し、骨が数本砕ける感覚とともに凄まじい激痛がティカを襲う。
「ぐっ……!」
歯を食いしばり、痛みに耐える。これは、受けなくてはならない……『罰』なのだから。
「……《治癒の光》」
水色の光が、ティカの身体を覆う。次の瞬間、ティカが受けた傷は綺麗に塞がっていた。……しかし。
「ガアアアアアアア!!」
叫びながら、『カズマ』がティカに襲い掛かる。
鋭い爪で切り裂かれ、治癒で治す。
治癒しては、殴られ。殴られては、治癒し。
何度も何度も、それが繰り返されていた。
「ハハ……ハ~ハハハッ!! 良い気味ね! ねえティカティカ、『お兄ちゃん』に殴られる気分はどう!?」
「……《治癒の光》」
「あんなに『お兄ちゃん、お兄ちゃん』言ってたものねぇ……。構って貰えて幸せでしょう?」
「……《治癒の光》」
「アナタが……アナタがあの時、余計なことしなければ……。花なんて摘みに行かなければ、アナタの代わりにカズマが身代わりになることも無かったのよ!!」
―あの日。ティカがお花摘みに出掛けた、あの日。夢中になっていて、モンスターの襲撃に気付かなかったティカ。その背中に襲い掛かる牙。気付いたときには、自分のものでは無い鮮血が、ティカの顔を濡らしていた。
「……《治癒の光》!! 私はそれでも……死ぬわけには、負けるわけにはいかないんです。皆の、ためにも」
「ホント無駄にしぶといのよ……! いい加減……死になさい!」
カテジナがキーボードを高速で連打し、エンターキーを指を叩きつけるように強く押す。
部屋を埋め尽くす水槽の半分近くがひび割れ、そこから現れたのは、奇妙な形をした、無数の、武器。
「どう……? 私の研究の成果は? それで殺される……気分は!!」
剣が飛翔し、弓矢が穿たれ、銃弾が放たれ、レーザーが発射される。無数の武器による、四方八方からの、逃げ場の全く無い攻撃。
しかしティカは表情を変えること無く、左手をゆっくりと身体の前へとかざす。そこに現れたのは、透き通る、橙色の……盾。
「《誘導反射》」
攻撃の全てが『誘導』されて軌道を変え、橙色の盾へと収束していく。そして収束した全ての攻撃が、一度に、前方へと『反射』される。
『誘導』し、『反射』する。本来の《治癒魔法》としては、《神経》が正常に働かない患者の『動作』を『誘導』し、その動作を身体へと『反射』させて、自発的な動作が出来るようにするもの……それが、《誘導反射》であった。
圧縮され威力を増した攻撃は、『カズマ』の身体をいとも容易く半壊させた。
「カズマ……カズマァ!! ティカ……アナタ……何てことを……!」
「……カズマお兄ちゃんはもう亡くなったんです。カテジナさんはその魂を弄んでいるだけ……。ならば私は、その『カズマ』を壊してみせる! アナタを……止めてみせる! 私の……《治癒魔法》で!」
……あくまでも、《治癒魔法》で。それしか出来ないから……だけどそれは自分にしか出来ないから。ティカは真っ直ぐに、カテジナの瞳を見据えた。
「アナタが……『カズマ』を……壊す……? いい度胸ね……。『カズマ』は絶対に壊させない……。いや……壊れない……! 何故なら私が……私が『カズマ』とひとつになるからぁ!」
絶叫し、『カズマ』の下へ駆け寄るカテジナ。カテジナが『カズマ』の身体を抱いた、次の瞬間、光が、弾けた。
「「ギャルァアアアアアアアアアアアア!!」」
耳を擘くかのような甲高い音と、地を這うかのような重低音が混じりあった咆哮。
身体中の肉が露出した見るに耐えない姿の『カテジナ』だったもの。その背後には『カズマ』の半身が管のようなもので繋がっている。
その姿にティカは、ただ純粋に、恐怖した。
「カテジナさん……なんで……そんな―」
と、次の瞬間。
ティカの左腕が、鮮血を撒き散らしながら、宙に舞った。
「え……?」
即座に状況を飲み込むことが出来ない。ただひとつ言えるのは、カテジナがその手に持っているものが、カズヤのものと同じ《エクスカリバー》であるということだけで―
「……っ! 《治癒の光》!」
ティカは激痛を堪えつつ、自らの左腕に光を当てる。《治癒の光》はどんな外傷だろうと、外傷であれば完全に元通りに治癒するという、シンプルではあるがそれ故に強力な魔法である。それを以てしてなお、欠損部位の修復にはやはり時間がかかる。
その隙にカテジナは、残りの水槽のロックを解放する。《エクスカリバー》もその中の一つだったということだ。カテジナはそれらの武器を、肩から無数の腕を生やして掴む。最早彼女は、とっくに人間では無くなっていた。
「「ルギャァアアアアアアアアアア!!」」
武器を手に、左腕を治癒するティカに突っ込んでいくカテジナ。
直接攻撃相手では、《誘導反射》は意味を成さない。ティカは《治癒の光》を発動させたまま、ゆっくりと大きく息を吐き、呟く。
「《天羅伝令》」
ティカが対話の対象に選んだのは、無数の、武器達。《エクスカリバー》を含めたそれらの『意思』を宥め、落ち着かせ、無力化させる。カテジナの手から武器は離れ、光の粒となって消滅した。
「「ルガァ? ガ……グガァアアアアアアアア!!」」
怒りの咆哮をあげるカテジナ。無数の手に、魔力が収束していく。その全てが臨界点に達し、光弾が、放たれる。そしてその光弾は、『自分自身の腕を』焼き払った。
ティカが咄嗟に唱えていた魔法、《魔法暴発》。対魔法用の《治癒魔法》であるそれが、結果的にカテジナを自爆させることとなったのだ。
「「グギャアアアア!! ……ガガ……グルァアア!!」」
カテジナの両肩から、太い腕が新たに生える。その先には、命を刈り取る、鋭い……爪。
「「アアアアアアアアアア!!」」
「……っ! 《記憶忘却》!!」
もはや完全に獣となったカテジナ。その闘争本能を失わせようと記憶に作用するも、その身には記憶等既に存在していなかった。
胸を爪で切り裂かれ、治りかけの左腕を抉られ、さらに『カズマ』の凶刃が、ティカの上半身と下半身を分断する。
「あ……」
もはや悲鳴を上げる余力さえ、ティカには残っていなかった。無造作に放り投げられた身体。ついには残った右腕までもがれ、抵抗することも出来ず、ただ仰向けの状態で、天井を見上げる。
「《治癒の光》……」
声を絞り出して、魔法を唱える。しかし、欠損部位が多すぎる上に、絶望的に魔力が足りない。
カテジナはかつての教え子の瀕死の様相を気に止めることも無く、止めの一撃を降り下ろす。
しかし、切り裂かれのはティカではなく……一匹の、狼だった。
「ベオ……ウルフ……」
かつて森林で出会い、ティカの《契約獣》となった狼……ベオウルフ。召喚されない限り顕現しないはずの存在が、自発的に顕現し、凶刃から、ティカを庇った。
「なん……で……」
横たわる狼は、真っ直ぐにティカの瞳を見つめていた。《天羅伝令》を使わずとも、その意思は、ハッキリと感じ取ることが出来た。
―子供達をお願い、と。
―今までありがとう、と。
そして、もうすぐ消える、自分の命を―
「ベオウルフ……アナタは……アナタは……!」
ベオウルフはずっと、見てきたのだ。
ベオウルフはずっと、聞いてきたのだ。
……カズヤ達には、言っていないことも。
カズヤ達には言えない、淡い想いを。
カズヤ達には言えない、七つ目の、《治癒魔法》を。
ティカが一人の時に語りかけていた言葉を、ベオウルフはしっかりと覚えていたのだ。
「私は……私は……」
確かに『アレ』を使えば、この状況を打開出来るかもしれない。だけど、『アレ』を使えば、ベオウルフは……。
「「キシャアアアアアア!!」」
迷っている間にも、カテジナは怒りの凶刃を降り下ろしてくる。その刃にベオウルフが噛み付き、受け止める。
このまま放っておけば、ベオウルフは死ぬだろう。
そしてティカも、呆気なく凶刃に切り裂かれるだろう。
『ティ……カ……』
突然頭に、声が響いた。
《天羅伝令》は使ってはいない。これは、ベオウルフの、心の……声。
『大……丈夫。ボクはティカに……たくさんの愛を貰った。そしてこれからも……生き続けるから。……ティカの……中で……』
「ああ……ああああああああ!!」
ベオウルフの身体が、無造作に投げ出される。高レベルのモンスターは、死ぬ間際に魔力を増す。
四肢をもがれ動くことが出来ない狼の身体からも、強い魔力光が迸る。
ティカはもう、迷わなかった。首だけをベオウルフの方に向け、その魂を受け入れるべく、最後の、七つ目の《治癒魔法》を唱える。
「《生命の架け橋》」
藍色の光が、ベオウルフの身体を包み込む。ベオウルフはほどなく粒子となって浄化されるが、藍色の光は、その粒子をティカの身体へと届けた。
……《生命の架け橋》。
それは、生命と生命を繋ぐ架け橋。HPそのものを、命を移動させるその魔法は、《治癒》と呼ぶにはあまりにも残酷で、けれどもとても儚いものであった。
ティカの身体から、凄まじい量の魔力光が溢れだす。
失われていた両腕が、下半身が、瞬時に再生していく。
「《魔法暴発》!!」
地面が、爆発した。
ティカが密かに複数設置していた、魔法球。
それぞれの威力は微弱なものであったが、理性を失っているカテジナは、本能のままに後退していく。
そしてカテジナの身体は、壁へと、部屋の角へと、ぶつかった。
「《誘導反射》!!」
ティカはカテジナの目の前に、橙色の光の壁を展開した。暴れるカテジナだが、数秒間は、壁がその動きを遮るだろう。
そしてその数秒があれば、そこにあったはずの、失われた『物体』を再生させることは容易であった。
カテジナを。
カズマを。
大好きだった彼女らを元の姿に戻すため。
その魂を、浄化するため。
ティカは、その魔法を、唱えた。
「《治癒の光》!!」
優しい光によって『治癒』された《エクスカリバー》が、カテジナの身体を深々と貫いた。
薄れ行く意識の中ティカが見たのは、穏やかな笑顔で見つめ合いながら光に溶けていく、カテジナとカズマの姿だった。
「ティカ。私が導き出した、この世界の真実。それはね、私達の、絆を表すものだったのよ。だって―」
「ティカ、カテジナ。俺達はきっと、出会うべくして出会ったんだよ。何故なら―」
「「私達(俺達)は、家族だから」」
虹野一馬と、虹野カテジナ。国際結婚した二人が授かったのは、天使のように可愛い女の子。
「『虹野ティカ』。それが、アナタの名前よ」
「優しい子に育つんだぞ、ティカ」
遥か彼方の穏やかな記憶を夢見ながら、ティカはその瞳を、閉じた。
―時間は、少し遡る。
弌彌兄ぃの口からレイネの過去を聞いた俺は、拳を固く握り締めていた。
「どうだ和也ぁ! これがレイネシアの、《災厄の魔女》の過去さ! だからコイツは死ぬべきなんだよ! 俺が憎む、この世界と共になぁ!」
「……黙れよ」
「ああ!? 聞こえねーんだよ! まずはコイツの前に、邪魔なお前を今ここで消してやるよ!」
「黙れって、言ってるんだよ!! ゴチャゴチャ抜かしやがって! 要はテメェがレイネを好きなように弄んでるだけじゃねえか! テメェだけは……テメェだけは俺がこの手でぶん殴ってやる!!」
「ハッ……! 《調律》に潰されたその身体で、一体何が出来るってんだよ!!」
俺は強引に身体を持ち上げようとするが、弌彌兄ぃの《調律》はそれを許さない。それを見た弌彌兄ぃが口元を歪め、剣を構えようとした……その時だった。
「全く、その通りね。そんな身体で、何が出来るのかしら」
突如その場に、女性の声が、響いた。
その声を俺はよく知っている。
旅の途中、行く先々で助言をくれた、女性。
リバーセントラル地下道で、その素性を明かした女性……イズナ・サファリアは、悠然とその場に姿を現した。
「イズナ……さん……」
「おいおいイズナァ……良いとこだったってのに何しに来たんだぁ?」
「自分だけ楽しそうなことしちゃって。私も交ぜてくれてもいいじゃない?」
そういうとイズナさんは、懐からライフル銃を取り出し、俺にその銃口を向けた。
「ハハッ……それもそうだな。いいぜ、お前にもやらせてやる。ただし止めは俺だからな。殺さない程度に遊べよ?」
イズナさんは頷くと、笑みを浮かべながら、ゆっくりと俺の方に歩いてくる。
ソリュータルで出会った彼女は、本当に最初から俺達のことを騙していたというのか。レイネを『レイネシア』に戻したことといい、今のこの状況といい、彼女は本当に、俺達の敵だったというのか。
「イズナさん……アナタは……」
イズナさんが、俺の前まで来て、立ち止まった。そしてイズナさんは、その銃を―
「カズヤ君……ゴメンね」
―弌彌兄ぃに向けて、発砲した。
咄嗟に飛び退き銃弾を避ける弌彌兄ぃ。だがその顔には、明らかな動揺と怒りの色が浮かんでいた。
「イズナァ……テメェ……」
「……悪いわね。私は一時足りもアナタを仲間だと思ったことは無いの。これまで利用されてきたのも全て、アナタへの復讐のためだから」
「イズナさん……」
「ゴメンねカズヤ君、怖い思いさせて。ううん、それだけじゃない。私は演技とはいえ、アナタ達のことを裏切った。命令されたとはいえ、レイネちゃんの記憶を改竄し、そしてあの地下道で、その記憶を勝手に呼び起こした。復讐のためとはいえ、許されることじゃない。……罪を背負った私に出来ることは、命に変えてでも、アイツを殺すこと」
「イズナさん……ダメだ……。アンタじゃ弌彌兄ぃには……」
「……分かってる。でも、やらなきゃいけないの。私には昔、遠い昔、アナタ達ぐらいの弟と妹がいてね。私がちゃんと見てなかったから、二人は死んじゃったんだ。……なんか、似てるんだよね。カズヤ君達に、姿を重ねちゃう。旅先でずっと見てきたのも、それが理由なの。だから最後ぐらい、お姉ちゃんに格好付けさせてよ」
イズナさんはそう言い残すと、弌彌兄ぃに向けて特攻していった。
「チッ……余計な邪魔が入ったなぁ……!」
弌彌兄ぃは舌打ちし、素手でイズナさんを迎え撃つ。《調律》の力に頼らずとも、弌彌兄ぃはもともと暗殺術の達人なのだ。弌彌兄ぃは敢えて致命傷を避け、イズナさんをいたぶって、遊んでいた。そして無刀での《蠡殺》により、イズナさんの身体が地面へと叩き付けられる。
「もういい……イズナさん! 逃げてくれ……! 俺達はイズナさんを憎んでなんかいない……!」
「ふふっ……ありがとう、ね……。でもダメなの。言ったでしょ? 私は復讐のためにこの男を……殺さないといけないんだから!」
地面に這いつくばっていたイズナさんが、右手で、弌彌兄ぃの左足を掴んだ。そしてその左手には、イズナさん特製の、爆弾。
「これで、私と一緒に、死になさい」
……しかし。爆発が起こるかに思えたその瞬間、弌彌兄ぃはイズナさんの身体を、塔の外へと吹き飛ばした。
呆気なく落下するその身体。そして爆音が、塔の外で轟いた。
「イズナさぁぁぁぁぁん!!」
「チッ……手間かけさせやがって」
ゴミを処理しただけ、といった表情を浮かべながら俺の方に向き直る弌彌兄ぃ。
俺の怒りは、既に限界を超えていた。
「アンタだけは……アンタだけは!」
「だからよぉ……テメェ如きに何が出来るってんだよ!!」
弌彌兄ぃは《調律》の力をさらに強める。俺の身体からは血が吹き出し、地面に転がっていた俺の《エクスカリバー》が、刀身の根元でパキリと折れる。
それでも俺は、諦めるつもりなど無かった。
きっと皆も、各々が死闘を繰り広げている。レイネを救うため、守衛兵団を倒すため、その身を削ってでも、勝利を掴もうと頑張っている。
だから俺が、こんなところで諦めるわけにはいかないのだ。
ティカと。エレナと。神楽と。リッカと。彩月と。……イズナさんと。皆と再び、笑顔で再会するためにも。
レイネを助け出して、その声を聞いて、その顔を見つめて、想いを伝えるためにも。
俺は弌彌兄ぃを、倒さなくてはいけないのだ。
「ああああああああ!!」
……弌彌兄ぃは、言った。この世界と深く繋がる程、現実世界から遠のく程、強くなると。
ならばもっと、この世界と深く繋がればいい。たとえ現実世界での生存確率が低下するとしても、弌彌兄ぃを倒して、レイネを救うためなら。
レベル1から、さらに強く世界と繋がる。コンマ刻みで半分……レベル0.5へと。
身体中の骨が軋むのも構わず、俺は《調律》を打ち砕き、しっかりとその場に立ち上がった。
「何なんだよ……。何なんだよお前はぁ!!」
「俺は……俺は折原和也!! 辺境世界にレベル1で迷い込んだ、最強の戦士だぁあああああ!!」
……ブツン
レイネの右腕を縛っていた鎖が、千切れる。
続けて左腕・右足・左足と、鎖が次々と千切れていく。
「まさか……!? 俺の……俺の守衛兵団が……」
俺は、レイネに向けて駆け出していた。
残った首元の鎖が千切れ、レイネの身体が落下する。
「させるかぁぁぁあああああ!!」
弌彌兄ぃが、俺の行く手を遮る。
だが、次の瞬間。
炎が。風が。雷が。影が。弌彌兄ぃの身体を吹き飛ばし、俺の身体を水色の癒しの光が覆った。
「レイネェェェェェ!!」
叫びながら、手を伸ばす。
後10センチ。
後3センチ。
後……1センチ。
俺の右手がレイネの指先に触れた時、その手はしっかりと俺の手を握り返した。
「……遅いのよ、バカ」
「……ああ、待たせたな」
俺は今度こそ―大好きな人の手を、しっかりと、握った。




