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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.9 ~絶対零度たる我儘な魔女<下>~
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Level.42:穿つ雷影

「どうした? もう終わりかい?」 


 七星騎士長、ユーリ・ベルクリア。彼が《剣聖》と呼ばれる由縁は、彼の純粋な剣技の腕にあった。同じ七星騎士の副長だった彩月も、それを嫌という程実感していた。ユーリは彩月の、剣の師でもあったのだから。

 過去の模擬戦でも、彩月は一度もユーリに勝利することは出来ていない。それどころか、ユーリに本気を出させたことすら無かった。それほどに、このユーリ・ベルクリアという男は底知れぬ強さを持っているのだ。

 ……でも、だからと言って、負けるわけにはいかない。約束を、果たすためにも。


「そんなわけ……ありません。私は……負けるわけにはいかない! 《雷閃剣(らいせんけん)》!!」


 彩月が右手に持っていた剣を宙に放す。それは雷を纏い、真っ直ぐにユーリ目掛けて飛翔していく。しかし、不意討ちの一撃にも関わらず、ユーリはそれを剣で容易く弾いた。だが彩月は臆すること無く、今度は両手に構えた剣をそれぞれ、宙に放す。


「《雷閃剣・二連》!!」


 剣は鋭角に軌道を変え、それぞれがユーリの側方から襲いかかる。それを、今度は両手の剣で弾くユーリ。あっさりと攻撃は防がれたが、両の手を降り下ろせば、身体の前後には必然的に隙が出来る。それこそが、彩月の狙いだった。

 一瞬で間合いを詰め、懐に潜り込む。そこから放たれるは、神速の一撃。


「《天雷(あまいかづち)・一閃》!!」


 雷を纏った刃が、ユーリの身体を切り裂く―はずだった。

 ……踏ん張っていたはずの自分の足が、地面を、離れている。それを理解した時には既に、彩月の身体は地面へと投げ出されていた。


「っ……。何が……」


「何が起こった、かい? 簡単な話さ。剣を振り上げて、君の剣を身体ごと押し返した。……何の力も使っちゃいない。ただ、それだけの話さ」


 彩月の一撃は決して甘くは無かった。それを平然と弾き返すユーリの技量は、やはり計り知れないものがあった。

 だが彩月はそれでも、前を向く。負けるわけにはいかない。逃げるわけにもいかない。だとしたら、勝つしか、無い。

 宙に、剣を生成する。その数……七。


「《雷閃剣・七連》!!」


 七本の剣が、流星の如く真っ直ぐに、ユーリ目掛けて飛翔する。だがユーリはそれを、凄まじい反応速度で叩き落としていく。若干の時間差で放たれた七本目の剣までもが、ユーリによって弾き返される。そのうちの一つは、彩月の足下へと弾かれた。

 彩月はその剣に向けて―逆手に持った剣を、突き立てた。

 彩月自身の手によって弾き上げられた剣は、高々と宙を舞う。すると、それに呼応するかのように、地面に散らばった彩月の剣が、一斉に宙に舞い上がった。


「これは……」


「その刃を折られない限り、剣は生き続ける。これも貴方に教わったことです。……《雷降剣(らいこうけん)十六夜(いざよい)》!!」


 天から降り注ぐ、十六連の雷剣。流石のユーリとはいえ、それを全て叩き落とすのは不可能だった。―そのままの、状態なら。

 ―刹那。時が、止まった。本当に一瞬のみだったが、彩月にはその一瞬が永遠のようにも感じられた。次々と叩き落とされていく雷剣。その全てが叩き落とされたところで、彩月の意識は急激に加速―否。元へと、戻った。


「ふう……全く、剣士のくせに飛び道具ばかり使っちゃって……。悪い弟子には制裁を加えないとねぇ……。少しばかり、本気を出させて貰うことにするよ」


 さっきまでの飄々(ひょうひょう)とした態度とは一変、その身体から殺気を迸らせるユーリ。その殺気、そしてその刀身を露にした二振りの剣を前に、彩月は少なからず恐怖を覚えていた。


 《神器・刻咏叢(こくえいそう)》。『鞘を抜く』ことによって解放されるその神器の姿を目にしたのは、彩月にとって初めてのことだった。

 神器を、解放させる。ユーリを倒す上で、それが彩月の第一の目標であった。しかしそれは同時に、一瞬でも気を緩めれば命を失う局面に突入したという知らせでもあった。

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。呼吸を整えてから、彩月は自らの力の結晶を……愛刀を、右手へと顕現させた。


「……《天叢雲(あまのむらくも)》」


 無数の剣を使い捨てで操る彩月にとっての、唯一無二の、自分自身の剣にして、神器。それこそが、《天叢雲》である。


「……ほう。見るのは久しぶりだが、やっぱり中々の一品だね。『剣から自らの身体へと雷を流し、爆発的に身体能力・反射神経を強化する』……その特性と今の君の力を持ってすれば、確かに剣はボクにも届くかもね。……でも」


「《天雷・一閃》!!」


 一瞬でユーリの懐に潜った彩月が、神速の一撃を振るう。だがその刃がユーリの身体に触れようとした瞬間―またしても、時が止まった。

 ユーリが左手の剣で、彩月の剣を弾く。目を見開く彩月の身体へと、右手の剣で強烈な一太刀を浴びせる。鮮血が舞う中、ユーリはさらに彩月の腹へ向け右足を突き出す。彩月の身体は軽々と吹っ飛び、壁へと激突し、崩れ落ちた。

 この間、時間にして……1秒足らず。


「か……はっ……」


 彩月には、何が起こったのか全く理解することが出来なかった。一瞬のうちに剣が弾かれ、身体を斬られ、蹴り飛ばされ、壁に激突し、気付いた時には凄まじい痛みが身体を襲っていた。

 和也と戦った時のように、カウンターを決められたならまだ分かる。いや、本来ならばカウンターを喰らう速度の攻撃では無いものの、和也やユーリが相手ならばまだ事実として捉えることは出来る。だが、今のユーリの攻撃は、明らかにその領域を超越していた。刹那のうちに、三つの動作を行う。そんなこと、時を止めでもしなければ不可能である。そう、……時を、止めでもしなければ。


「まさ……か……」


「やっと理解したかい? そのまさか、だよ。これがボクの《刻咏叢》の能力さ。『未解放の剣を対称に視認させていた時間1分に付きコンマ1秒・1回に付き最長1秒、その対象の動作の速度を極限まで0に近付ける』……まあ、要するに相手からすれば自分の時が止まったように見える、ってわけさ」


「そん……な……。貴方の……能力(ちから)は……」


「『斬撃の停滞』かい? 確かにそれもボクの能力(ちから)だ。でもそれはボク自身の能力(ちから)であって《刻咏叢》の能力じゃない。まあ……どちらも『時』に干渉する……(ことわり)に反する力さ」


 そう言ってユーリは、左目の眼帯を取り、投げ捨てた。


「……!? その……目……」


 彩月が驚くのも無理は無い。露となったユーリの左目は、白黒が反転し、光を失っていたのだから。


「ボクがボク自身の能力を手に入れた時、視力を失った。この剣を手に入れた時、目そのものが変化した。別に隠していたわけじゃ無いんだけどね。ただどうも……この眼帯を取ると……『俺』は力を抑えきれないみたいだからよぉ……!!」


 ―刹那。ユーリの姿が、彩月の視界から消えた。まるで時が止まったかのような感覚。気付いた時には、ユーリの剣が彩月の脇腹を貫通していた。


「ぐっ……!? っ……くぅ……」


「か細い声出してどうしたよぉ! 最初の威勢が見る影も無いなぁ!! 次は……左腕貰うぜぇ……!」


 ユーリが高々と左腕を振りかぶる。彩月は自らの身体に高電流を流し、強引にその一撃を避ける。

 それと同時に脇腹に刺さっていた《刻咏叢》が抜け、激しい痛みが彩月を襲う。それを無理矢理誤魔化して体勢を立て直そうとする彩月。だがその背中を、斬撃が深々と切り裂いた。


「あ……」


 か細い声を絞り出すと共に、意識が遠のく。彩月の身体は、鮮血を舞い散らしながらその場へと仰向けで崩れ落ちた。


「……《空斬(からぎり)》。さっき自分でも言ってたよな? 俺の能力(ちから)は『斬撃の停滞』だって。《刻咏叢》に意識を集中させるがあまりこっちを忘れるたあ、愚の骨頂だなぁ。……って、もう聞こえちゃいねぇか。この状態になった俺にも少しは情ってものもあるけどよ……仕方ねぇよな? ……死ね」


 ユーリは逆手に持ち変えた右手の《刻咏叢》を、高々と振りかぶった。その剣が狙うは、彩月の、心臓。

 

(私……私は……)


 ユーリが《刻咏叢》を握る右手に力を込める。


(ああ……そうか……私……死ぬんだ……)


 ユーリの右腕が、心臓を貫かんとする刃が、降下してくる。


(この世界で死んだら……どうなるのかな……。元の世界に……戻れるのかな……)


 剣先が徐々に迫ってくる。空気が殺意の刃に切り裂かれる。


(元の……世界。あっちに戻っても……私には……何も無い)


 ユーリの顔に狂気の笑みが浮かぶ。もはや彼の心は目の前の少女を殺すということのみで埋め尽くされていた。


(私がこの世界でしてきたことも……結局無駄だった。私は無駄な人生を歩んできた。私は……無駄な人間だ)


 時に干渉する剣は、奇しくも一人の少女の時を完全に止めようとしていた。その心臓を、貫かんとしていた。


(私は……なんでここにいるんだっけ……? 何か……何かとても、大事な―)


 その剣先が、少女の服に触れた。とある少年との出会いをきっかけに束縛の鎧を脱ぎ捨てた少女の衣服は、意図も容易く切り裂かれる。


(―ああ、そうだ。私、私は、橘彩月は―)


 彩月の胸に剣先が触れ、そのまま心臓を貫かんとした、その時。

 

「―約束したんだ!!」


 ―雷鳴が、轟いた。

 迸る雷の奔流に、ユーリは弾き飛ばされる。

 ―有り得ない。ユーリは目を見開いた。意識が回復したことでさえ奇跡なのに、刹那の瞬間に身体ごと剣を弾き飛ばし、起き上がって剣を構えている。いったい何が、何が少女をここまで突き動かすというのだろうか?


「絶対に、勝つって……皆で、帰るって、約束したから。だから私は……貴方を倒す」


 彩月は拾い上げた《天叢雲》を地面へと突き立て、両手を開いた状態で重ね合わせ、胸の前へとかざした。そしてゆっくりと手のひらを閉じながら、剣を引き抜くかのように左右へと開いていく。それと同時に雷鳴が迸り、右手に雷の槍を形作っていく。


「《天を統べる雷鎗(グングニル)》」


 絶大な威力を誇るであろう雷鎗。しかしそれは、今のユーリに対してはさしたる効果も期待できないものであった。未解放状態の剣を彩月に見せていた時間は、師として接していた時間も含まれるため、この戦闘においてはほぼストックを使いきることは無かったからだ。どんな攻撃が来ても、ユーリにはそれを防ぐ自信があった。ただ、これだけは予想外だった。

 ―彩月が、その槍を自らの腹部へと突き立てる、などということは。


「あああああああああああああああっ!!」


 絶叫と共に血が吹き出し、さらには莫大な雷のエネルギーが彩月の身体を襲う。


「な……何を……していやがる……!?」


 流石のユーリも、動揺を隠しきれなかった。目の前の相手が突然自爆に等しい行為を行ったのだから、それも当然であろう。


「ぐっ……ああああああああ!!」


 痛みを無理矢理堪えた彩月は、地面に突き立てられていた《天叢雲》を引き抜く。それを鞘へと納めつつ、右足を踏み込んだ。

 

「何かと思えば特攻か! そんなもの……!」


 ユーリは反射的に《刻咏叢》の能力を発動した。身体が重くなる瞬間、彩月は身体の中で暴れる雷へと、意識を集中させた。


(動作がほぼ0に等しい速度になるとしても……その瞬間に下限を引き上げればいい。……一瞬でいいから……ほんのゼロコンマ1秒でもいいから、全ての限界を超えた速度で剣を振るうことが出来れば―)


 刹那の交錯。

 ユーリが両手の剣を右斜め下へと振り下ろす。しかしそこに……彩月の姿は無かった。ユーリは目を見開き、驚愕の表情を作った後に、称賛の笑みを浮かべた。


「……ふっ。―見事」


 横向きに跳躍した彩月は、《天叢雲》を鞘から抜き放つ。

 

「《居合(いあい)建御雷神(たけみかづち)》」


 その一撃は、理に反する力よりも、音よりも、影よりも、この世の何よりも速く、刹那の瞬間の中でただ速く、美しく(またた)いた。







 七星騎士第四席《死刑執行人(エクスキューショナー)》ハンス・ヴァレンシットと対峙するは、レベル20《斬影の暗殺者》こと暁神楽。《死刑執行人》と《暗殺者》。形は異なれど、どちらも人を殺す者……殺人者である二人の戦いは、熾烈(しれつ)を極めたものとなっていた。


「《血肉飛び散る咎の刃(ブラッディ・ブラム)》」


「《全ての存在を絶つ一矢(イグジスト・ダーツ)》」


 ハンスが放った血塗れの紅き刃と、神楽の影を纏った黒き刃が交錯・相殺する。その瞬間に神楽は、《影間転移(シャドウ・トランスポート)》を使いハンスの背後へと忍び寄る。


「《天影(てんえい)黒烈牙(こくれつが)》」


 鋭い一撃がハンスの首を落とした……かに思えたその瞬間、神楽の背中から血が吹き出した。


「ぐっ……!?」


「そんなんで俺が殺せるかっての。甘いんだよ。……期待外れだなホント。最初に感じた殺意はまやかしかぁ? ……分かるか? アンタの剣には、殺意が込められていない。だから俺を斬れねぇんだよ」


「……そんなこと……! 《天影(てんえい)黒雷閃(こくらいせん)》!!」


 雷光の如く放たれる鋭い突き。しかしハンスは、それを軽々と避け、反撃に転じてくる。


「《無慈悲なる法律(ルースレス・ロウ)》」


 ハンスが懐から取り出した赤い鍵状の剣が、神楽の胸元へと突き刺さった。

 神楽は死を覚悟したものの、やがて痛みが全く無いことに気が付いた。見れば剣は既に消滅していた。


「これは……何?」


「いやなぁ……弱っちいアンタと戦ってもつまんねぇからさぁ……。アンタが本気で戦えるように、ちょっとしたゲームをしようと思ってな」


「……ゲーム?」


「ああそうだ。《無慈悲なる法律(ルースレス・ロウ)》は、剣を刺した相手と俺との間に、絶対的なルールを作り出す。まあ、一方的なものじゃなく、フェアなルールを、だがな。んで今回指定するルールは……コレだ」


 ハンスがそう言って指を鳴らすと、部屋の壁に映像が映し出された。そこに映っていたものは、暗い空間に置かれた、二つの……檻。


「……? 何を―」


 言い終わらないうちに、ハンスが神楽の左足を小刀で斬り付けた。


(しまっ……! ……いや、傷が……思ったより浅い……? わざと加減した? 一体……何故……?)


 と、次の瞬間。


『アアアアァ!!』


 壁に映し出されている映像から、少女の悲鳴が聞こえてきた。見れば、檻の中で少女が左足から血を流して倒れている。

 それを見て口角を上げたハンスは、床に落ちていた神楽のクナイを拾い上げ、自らの右手を浅く斬り付ける。


『ぐっ……』


 すると今度は、もう一つの檻の中から男性の呻き声が聞こえてくる。そしてその男性の右手からは、血が流れ出ていた。


「これ……は……」


「アンタが傷付けばガキが、俺が傷付けば男が、俺らの受けた傷によって、檻の中のコイツらも傷付く。どうだ? 楽しいゲームだろ?」


「貴様……無関係の人間を……!」


「おっと、勘違いすんなよ? コイツらはどっちも犯罪者だ。男の方はこのガキの両親を殺した。ガキの方は王都で盗みを働いた。俺らの殺し合いで犯罪者を裁こうってんだ。殺し合いも楽しめて、正義も果たせる。これ以上効率いいことは無いだろ?」


「貴様は……!!」


 激昂した神楽は、ハンスへと小刀で斬りかかる。不意討ちの形となった一撃に、ハンスは攻撃を避けることが出来ず、左足に深めの傷を負った。……と、 


『ぎゃあああああ!!』


 映像の中の男が、左足を押さえて床を転げ回る。犯罪者とはいえ所詮一般人。鍛え上げれている守衛兵団等とは違い、その肉体的・精神的ダメージはかなりのものであるはずだ。


「ってぇ~…。いいねぇ……。やっぱアンタ、ツエーじゃん。こうすりゃ本気出してくれるって思ったけど、予想以上以上だったなぁ……。……さあ、今度こそ始めようぜ。4人の命を懸けた、殺し合いをよぉ……!!」


 ハンスと神楽の刀が、ぶつかり合う。実力は、ほぼ均衡していた。ハンスが神楽の足を貫き、神楽がハンスの肩を切り裂く。そしてその度に、映像の中、檻中から、少女、あるいは男の声が上がり、血しぶきが舞う。

 

『痛いよぉ……助けてよぉ……! 誰か……誰か助けてよぉ……! おとーさん……おかーさん!!』


「……っ!!」


 刺し違いでハンスの腕を貫こうとしていた神楽の動きが、ピタリと止まる。神楽は影分身を囮に、後方へと退避する。


「おいおいどうしたぁ? ビビってんのかぁ……?」


 ―同じだ。映像の中の少女は、自分の小さな頃と同じ境遇に立たされている。ちょっと前までの自分だったら、迷わずに、自らの身体を犠牲にしてでもハンスを殺しにかかっていただろう。少女がいくら叫ぼうとも、自分の幼き頃の二の舞になろうとも、ハンスを、あるいは人殺しの男を殺すため、迷わずに刀を振るっていただろう。……だが。


(私が傷付けば、あの子が傷付く……。そして仮にハンスを殺せたとしても、あの男は死ぬ……。……あの子にとっては復讐の相手なのかも知れない。殺したい相手なのかもしれない。あの子の今の気持ちを考えたら、全力でハンスを殺すことが正解なのかもしれない。……でも)


 脳裏に聞こえてくるのは、1人の、少年の声。


『神楽。例えどんなことがあったって……人を殺しちゃいけない。……ましてやお前は、こんなに可愛い女の子だ。そんな子が憎しみで人を殺すなんてこと……あっちゃいけないんだよ。……もちろん、お前の哀しみと怒りは分かってる。だからそれは全部―俺が、引き受ける』


 ……その言葉に、神楽は救われた。その言葉だけで、神楽の中に渦巻いていた泥のような感情は、嘘みたいに無くなってしまった。今の自分がここにあるのは、あの時の、和也の言葉のおかげだ。そもそも今自分が戦っている理由は、何故か。レイネを助けるため、というのはあくまでも前提だ。本当の理由は―。


「……ハンス・ヴァレンシット。私は貴方を……殺さない」


「はぁ?」


「殺さないし、傷付けもしない。だけど、貴方のことを許すつもりも無い」


「意味分かんねぇ……。じゃあアンタが俺に殺されるってのかぁ!?」


「……もちろん、私も死ぬつもりは無いし、出来るだけ傷も負いたくは無い。負けるつもりも無い。私は貴方を倒す」


「頭沸いてんのかテメェ!! 傷負わねぇで、殺し合わねぇで、勝ち負け決めれるわけねぇだろうが!!」


「……そう思うなら、殺す気でかかってくればいい」


「上等だテメェ……。ぶっ殺してやるよぉ……!!」


「《影兵増員(シャドウ・インクリース)》」


 大量に作られる影分身。神楽はそれらを囮に、殺意の増したハンスの攻撃を避けていく。


「テメェ程の強さがありながら、なんで殺し合いを楽しまねぇ!? 復讐のため、憎しみのため、怒りのため……なんでそれらのために刃を振るわねぇ……!?」


 分身が破壊される度に、新たな分身を作り出す。強引に差し迫ってきた攻撃は、魔力を消費してでも傷付かず、傷付けずに処理する。気付けば、映像の中から悲鳴が聞こえることは無くなっていた。


「同じ犯罪者でも罪の重さは違う……。このガキと男じゃ、どう考えても男の方が罪深いだろうが!! 俺がお前でも男を殺すために相手を殺しにかかる……。なのにテメェは……テメェはなんのために戦っているってんだよ!?」


「―『愛』」


「はぁ?」


「……私は和也を『愛している』。だから愛する人のために戦う。ただ、それだけ」


「『愛』だぁ……。そんなわけ分からねぇもののために、なんで戦えるんだよ!!」


「『愛』の形は一つじゃない。私が小さな頃『お母さん』に貰ったものも、和也や皆に貰ったものも、形は違えど全て『愛』だった……。そう気付いたのは、つい最近のこと。そしてそれに気付くと、和也のことを強く想うようになっていた。私は感じた。自分が、和也に、『愛』の感情を抱いていると。……和也がレイネのことを好きなのは、愛していることは知っている。それでも私は、和也の……愛する人のためになるのなら、その人のためにこの力を使う」


 神楽には夢があった。現実世界に、日本に戻ったならば、叶えたい夢が。自分みたいな境遇の子供を作り出さないために、そんな境遇の子供がいたら、優子お母さんみたいに支えてあげるために。その夢のためにも、檻の中の少女を救うためにも、そして愛する人のためにも、神楽は負けるわけにはいかなかった。


「《月神ノ腕(つきがみのかいな)》」


 光輝く腕が出現し、ハンスの左足を拘束する。神楽の背後には、穏やかな表情をした月の神……月読命(つくよみ)の姿があった。


「くそっ……! こんなもんでこの俺がぁ!」


 ハンスは自らの左足を斬り落とし、小刀を構え神楽へと突っ込んでくる。

 神楽はそれを……光の腕で迎え入れ、自らの胸へと、ハンスの小刀を突き刺した。


「アンタ……何して……」


 ハンスは驚きに目を見開いた。先程まで、死ぬつもりは無い、と言っていた相手が、敢えて刃を受け入れたのだ。これにより、神楽は絶命……までとはいかなくても重症を負い、檻の中のか弱い少女は確実に死ぬ。そう思い、壁の映像に目をやったハンスは、あることに気が付いた。

 ―少女に、傷が無い。飛び散るであろう血が、出ていない。

 影分身を突き刺したかと疑うが、神楽の胸からは確かに夥しい量の血が流れ出ている。だとしたら、一体何故―。


「もう……大丈夫だからね……?」


 神楽は口から血を流しながらも、映像の中の少女に向かって優しく微笑む。届いているはずが無い言葉。しかし少女は安堵の表情を浮かべ微笑むと、穏やかな眠りに就いた。

 

「何なんだよ、クソがぁ……!!」


 気味悪さに激昂したハンスは、右手の小刀を神楽の胸から勢いよく引き抜き、左手に精製した小刀をもう一度神楽の胸へと突き立てた。

 ……と、引き抜いた小刀に突き刺さっていたもの―《無慈悲なる法律(ルースレス・ロウ)》の剣先を目にして、ハンスはもう一度驚きに目を見開くこととなった。魔法を解除するために、人質を解放するために、そのためだけに、神楽は刃を受け入れたのだった。


「アンタ……まさか……このために……!!」


「やっと……掴まえた。貴方も今……楽にして……あげる」


 神楽の背後から、巨大な光の手が二本現れ、ハンスを抱え込むかのように伸びていく。


「クソが……ここまで……かよ……」


「……大丈夫。『今の貴方』はここで終わるけど、『貴方自身』は消えはしない。今度出会えたら、その時はきっと仲良く出来るはずだから」


 記憶を摘み取り、魂を浄化する。《暗殺》と呼ぶには程遠いそれが、神楽の見出だした答えだった。

 

「《月神ノ抱擁(つきがみのほうよう)》」


 月神の腕が、ハンスの身体を優しく抱き締めた。最期に見せたハンスの表情は、とても穏やかなものだった。







 胸を二度も貫かれ、魔力も使い切った神楽の身体は既に限界を迎えようとしていた。


(私は少しでも……和也の役に立てたのかな? 和也。愛して……います)


 意識が遠のき、その場に倒れ込みそうになる神楽。しかしその肩を支える少女の姿があった。


「ここで貴女に倒れられたら、私の約束も果たせなくなっちゃいますから」


「……彩月。どう……して……? アナタは上に向かったはずじゃ……」


「貴方の魔力が急激に減少していくのを感じて、下に降りてきたんですよ。まあ、私も人のことは言え無いんですけどね……」


 ガクリと彩月がその場に膝を付く。しかしそれでも、彩月は神楽の身体をしっかりと支えていた。


「自分もそんなボロボロなのに……どうして……私を……」


「……約束したから」


「約束……?」


「和也君と。……『全員で、生きて帰る』、って……」


「……そっか」


「……うん」


 二人は互いに顔を見合せると、柔らかく微笑み合った。

 お互いの肩を支え合いながら、ゆっくりと、立ち上がる。


「「行かなくちゃ」」




 闇を穿つ雷。

 運命を穿つ影。

 『約束』が。『愛』が。

 神楽と彩月……二人の少女の、一人の少年への『想い』が、勝利をもたらしたのだろう。

 此処にあるのは、『想い』で穿つ、雷影だった。

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