Level.41:猛き剡嵐
守衛兵団七星騎士第七席《召帝》マーディン・イゼルカント。彼が《召帝》たる所以は、彼の魔法……《召喚魔法》の強力さにあった。
各モンスターにより、召喚に必要な魔力は異なる。一般的な召喚魔法師ならば、小型が数体もしくは中型が1、2体。名のある魔法師で大型をやっと1体操れるかどうかだ。だが、魔力量だけなら七星騎士の中でもトップクラスである彼は、まるで魔力の消耗など感じさせず、続けざまにモンスターを召喚することが出来た。
彼が召喚した……129体のモンスターを相手に、リッカはどうすることも出来ずにいた。
(くっ……! 次から次へと……! キリがありませんわ……!)
倒せど倒せど、無限に湧いているかのように、モンスターが襲いかかってくる。実際マーディンは数体がやられるごとにまた新たなモンスターを召喚しているため、無限湧きというのは、あながち間違いでは無かった。
マーディンが召喚しているのは、今のところ小型モンスターのみのため、一匹一匹の強さは大したことは無かった。しかし、たて続けに休むことなく襲ってこられては、実力者のリッカとて、消耗は免れなかった。
「……温存、なんて考えは、そろそろ捨てた方がいいですわね……。本気で……行かせて貰いますわ……!」
気合いと共に、リッカは魔力を解放した。その身を灼熱の焔が纏い、髪色が灼熱の朱色へと変化する。小型モンスターがリッカに近付いただけで、焔がモンスターを焼き尽くす。《召帝》の力を前に、リッカは剡龍の力を持って立ち向かうことを決意したのだ。
「ほう……お主……面白い技を使うな……?」
「……お褒めに預り光栄ですわ。……覚悟なさいましてよ? その『面白い技』で、貴方は焼き尽くされるのですから」
リッカは右手の槍を、高々と上へと持ち上げた。
「……降り注げ、獄焔の雨よ! 《真紅の獄焔雨》!!」
部屋全体を満たすかのように、天井から獄焔の雨が降り注ぐ。その雨がモンスターに触れると、その身体は貫かれ、さらに焔が焼き尽くす。地に触れた雨も同様、激しく燃え上がる。あっという間に部屋中が、焔の渦に包まれた。
「ふむ……これは中々……興味深いね。焔の雨か、今度研究してみるとしようかの」
マーディンは一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに平然とした顔で結界を張り、リッカの攻撃を防いでいた。しかしリッカはその様子すらも、どこか不適な笑みを浮かべながら見ていた。
「それで防いだおつもりですか? あくまでもこの雨は布石…。本命は……こちらですわ! 《紅蓮の陽光》!!」
擬似的な太陽を発生させることによる、強烈な目眩まし。如何に結界を張っているとはいえ、視角的な攻撃までもは防げない。マーディンは数十秒の間、視角を失うほかなかった。
「こんな目眩ましごときが……奥の手だというのかね……!? それともまだ……。いや……これは……!?」
マーディンが驚いたのも無理は無い。擬似太陽から発せられる、視角を失っても感じられる程の莫大な熱エネルギーが、部屋中に広がることなく、全てリッカへと収束していく。そしてリッカはそのエネルギーを魔力へと変換し、魔法の詠唱を始めていた。
「『精霊の王よ。怒りを持ちて万物を焼き尽くす気高き炎の精霊よ―汝、我との盟約に従いて、その力を解放せん』」
「これは……四大精霊魔法……!」
マーディンの驚く声。だがその声までもが、凄まじい熱気によって掻き消される。
「『世界を……焦がせ』―《灼熱世界》!!」
焔の渦に包まれた部屋が、さらなる焔をで燃え上がり、灼熱の世界へと姿を変える。そこはまさに、地獄と形容すべき光景であった。
リッカは自らの服を焦がし、ところどころ火傷を負いながらも、今度こそ勝利を確信した。焔に耐性のある自分の他に、この空間で普通に生きていられる者など、それこそカズヤぐらいしかいないだろう。そう思いつつもリッカは、上の層を目指すべく歩き出そうとした―その時だった。
「《ニヴルヘイム》」
―空間が、凍った。地獄のように燃え盛っていた焔が、全て一瞬のうちに凍り付いた。
「なん……で……? それは……レイネの……」
《ニヴルヘイム》。それはレイネが得意とし、よく詠唱破棄で使う四大精霊魔法だ。完全詠唱の《氷結世界》程の威力を持たないはずのそれが、剡龍の力と二種の魔法により三重に強化された魔法を……属性的にも相性が最悪なはずの、完全詠唱された全力の《灼熱世界》を撃ち破った。そして何よりも、今自分達が助け出そうとしている少女の……レイネの魔法を、マーディンがいとも容易くしようした。
その事実にリッカが激しい衝撃を受けたのは、当然と言っていいだろう。
呆然とするしか無いリッカに対し、代わりに口を開いたのはマーディンだった。
「なんで……か。《魔法》というものは元来、《魔力》から成り立っている。それは誰でも知っている当然のことだろう。《魔力》があれば《魔法》は発動出来る―逆に言えば、どんな《魔法》も《魔力》さえあれば、本当は発動出来る仕組みなんじゃよ。……ただその方法を知る者がほとんどいないだけでな」
全ての魔力を込めた自らの魔法で服を焦がし、火傷まで負ったリッカに対し、マーディンはほぼ無傷である。―圧倒的までな、力の差。それを実感し絶望するリッカに追い討ちをかけるかのように、マーディンは魔方陣を展開した。
「《召喚魔法》を使える者が少ないのも、魔力の使い方が難しい点にある。……まあ、ある意味当然じゃな。極めさえすれば、世界の理に反する行為も―死者を蘇らせることも可能なのだからな。―出でよ、《黒龍》」
……《黒龍》。それはリッカに取っての、因縁の相手。《剡龍》と唯一対を成す存在でもある。大昔に死んだはずの《黒龍》は、リッカの故郷《竜の街》を一度半壊に追い込み、またもや街を襲って来た。カズヤ達の協力もあり、今度こそ《黒龍》は死を迎えたはずだった。―しかし。今ここに、再び《黒龍》は現れた。……《召帝》マーディン・イゼルカントの手によって。
「なんで……《黒龍》が……」
「なに、簡単な話さ。《黒龍》は大昔に死んだ。それはれっきとした事実だ。だからワシが《黒龍》を地獄の底より《召喚》した。ただ、それだけの話じゃよ」
どうやらここにいる《黒龍》はマーディンに《召喚》されて出現したらしい。しかしマーディンはこうも言った。
『黒龍は大昔死んだ。それはれっきとした事実だ』
……と。だと、するならば―。
「まさか……4年前、《竜の街》を襲った《黒龍》は……」
「……ああ、アレじゃな。いやなに、ちょっとした息抜きじゃったのだよ。守衛兵団の訓練も兼ねた、な。まあ少し到着が遅れたようじゃがの。そうかお前さん、あの時の生き残りか。よくもまあ、生き残れたもんじゃの」
「……さない」
「ん? なんじゃって? 最近耳が聞こえにくくての。老いにはやはり勝てんのう」
耳をかっぽじりながら飄々(ひょうひょう)とした態度のマーディン。しかし次の瞬間マーディンは、自分の額にもの凄い量の汗が滲み出ているのを感じた。その汗は焦りから来るものでは無い。その原因は、純粋な、熱気によるものだった。見れば、辺りを覆っていた氷は全て溶け、溶け出た水までもが熱で蒸発していた。
「許さない……。貴方だけは、絶対に、許さない……!!」
消えかけていたリッカの心の炎が、再び激しく燃え上がる。髪色だけで無く、その身体までもが、焔に包まれ、紅く色を変えていく。肌の質感はスベスベからザラザラを超えてトゲトゲに変わり、爪は鋭く長く伸び、手足は太く逞しく形を変え、腰の辺りからは美しい尻尾が生える。見るものを怯えさせる顔に鋭い牙、そして、気高き野太い咆哮―。リッカの身体は、《剡龍》そのものへと姿を変えていた。
「なんだ……なんなんだそれは……!? 人が竜になるなど、聞いたことも見たことも無いぞ! そんな……そんなことを……!」
冷静さを失ったマーディンは、《黒龍》に指示を出し、やみくもに《剡龍》と化したリッカを攻撃させる。だがその攻撃は全て、リッカに届くことは無かった。……正確に言うならば、攻撃が届く瞬間に、あまりの熱さに怯んだ《黒龍》が自ら攻撃を中断したのだった。
(……これが、《剡龍》様の本当の力……。この身体にその熱さが直接感じられる……。……まさか私が竜になるだなんて、思ってもみませんでしたわ。この力、言うなれば―《剡龍化》と言ったところですかしら。一瞬ビックリしたけど、今なら分かる。《剡龍》様は、私の―)
《剡龍》と化したリッカは、竜のごとき野太い声で、かつ人の言葉で、その口を、開いた。
「私は……私、リッカ=ベルフレイル=スカーレットは、《剡龍》の……《竜》の末裔だ。この力を持ってして、『家族』の敵を取らせて頂こう。覚悟しろ、マーディン・イゼルカント」
口調までもが、高貴なものへと変貌を遂げる。その姿、その声、その現象に、マーディンはただただ戦慄を覚えるしか無かった。
「お、おい黒龍や、何をしておる! 早く、奴を……!」
だが黒龍はピクリともしない。やがて、その瞳から一滴の涙がこぼれ落ちた。そして、その口が開かれ、ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「剡龍……。君は、またしても私の前に立ちふさがるのか。ライバルであり……親友でもあった、君が。……いや、今はもう剡龍だけじゃ無いのか。……『リッカ』。どこか、懐かしい……響きだな。私がしたことは、いくら操られていたとしても許されるものでは無い。だから……殺してくれ。……最期に、君に……君達に出会えて、良かったよ」
「お、おい黒龍……? 何を……?」
「……さあ。このバカと一緒に、私を今度こそ、あの世へと導いてくれ。またどこかで、会えるといいな」
そこまで言うと、黒龍は振り向き、マーディンの身体を野太い腕でがっしりと掴んだ。
「お、おいバカ……やめろ……」
リッカは、左腕を前に突き出し、右腕を大きく引き絞った。その逞しい右手に、焔の鎗が形成される。
「『我……《剡龍》の魂を継ぎし者。我が焔を持ちて、暁の空を拓かん』」
鎗は激しく燃え上がりながら巨大化する。既に部屋の壁は溶け始めており、床に至っては崩落する一歩手前の状態だった。
「やめろ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろぉ!!!!」
《召帝》の名を誇っていた魔法使いも、この瞬間はただの醜い老人のようだった。
限界まで蓄えられたエネルギーが、思い切り振り下ろされたリッカの右腕と共に、炸裂した。
「《暁拓龍剡鎗》」
焔に包まれ、マーディンの身体は呆気なく消滅した。それと同時に、黒龍は今度こそ永遠の眠りに着くことが出来たのだった。
魂の一撃により、ついに崩落した床。リッカは人の姿に戻り、最下層の地面に身体を投げ出していた。……その瞳からは、とめどなく涙が流れ出てくる。
「私……なんで今まで、こんな大切なことを忘れていたのかしら……。ごめんなさい……私……。……ううん、今は、『ごめんなさい』よりも、伝えたい言葉があるんだ」
黒龍は、消滅する寸前にある言葉を残していた。それは―
『ありがとう……六華』
「私の方こそありがとう……お父さん」
《凶想曲》クレシア・エーデルディア。彼女の速力と攻撃に、エレナは苦しめられていた。
「ほらほらぁ……! 心臓を射抜くとか言っていたわりにぃ……逃げてばかりじゃぁ無いですかぁ……! ……《響音波》!」
轟音の衝撃波が、逃げ惑うエレナを襲う。
「ああもうっ……! しつこいなあ……! 《矢弾を飾る楔》……《そびえ立つ壁》!!」
数十に及ぶ矢弾が積み重なり、壁となりて衝撃波を防ぐ。数秒耐えた後に壁は崩れたものの、エレナは既に安全圏へと避難していた。
……この攻防も、数えるところ既に10回目だ。エレナは状況を打開するため、必死に策を練りながら部屋中を駆け回っていた。
「本当っに逃げてばかりぃ……! いい加減に諦めてグチャグチャになりなよぉ……!」
「君こそ本当っにしつこいんだよね! ボクだって、ただ逃げてるだけじゃ……無いんだよ……!」
エレナは思考を巡らせていた。自分と相手の力量差は明らかだ。自分がクレシアに勝つためには、一瞬しか訪れないであろうチャンスを掴まなければならない。そのチャンスを待ちながら、逃げ続けていた。
「鬼ごっこもいい加減飽きてきたわねぇ……。そろそろ……血が見たいのよぉ……!」
クレシアは懐から、何かを取り出した。黄金に輝く……剣。それはまさしく……。
「……《エクスカリバー》。そう言えば七星騎士全員が持ってるんだっけ?」
「あらぁ? よく知っていますことぉ? ……ああ、そうか、あの裏切り者の仕業ね? 全く……前から好きじゃ無かったけど……よもや団長を裏切るなんてねぇ……」
「……彩月が君達を裏切ったんじゃない。彩月の想いを、君達が裏切ったんだよ」
「なぁにが『想い』よ笑わせるぅ! そんなものぉ、力の前には無力なのよぉ……! 《超音速》」
クレシアが、一瞬で姿を消した。と、次の瞬間、エレナの肩が浅く斬り付けられていた。
「ぐっ……!」
「あらぁ? 最初のはマグレぇ? そんなんじゃぁ……すぐ終わっちゃうよぉ……!」
(最初より……速い……! 動きが読みきれない……! ……
だけど!)
「《矢弾を飾る楔》……《降り注ぐ雨》!!」
矢弾の雨が、広範囲に及んで降り注ぐ。いくら姿が見えないとしても、打ち続ければやがて攻撃は当たるはず、エレナはそう考え、魔法を行使し続けた。……しかし、百を超える程の矢弾を撃とうとも、クレシアを捉えることは出来なかった。
「ほぉら、ここだよぉ……!」
突如足下に姿を現すクレシア。そのままエレナの足を浅く斬りつけると、またしても姿を惑わした。
「君……弱いねぇ……。そんなに弱いのになんで戦ってるのさ? 大人しく家でねんねしてればよかったのに」
「……ボクは、確かに弱い。けどボクは……ボクには、護りたいものがある。護りたい人達がいる。だからボクは、ボクに出来る限りの力で、君と戦う! そして皆と、もう一度、《ウィズラム》へと帰るんだ……!」
「ウィズラムぅ……? どこかで聞いたことあるねぇ……。……フフッ、思い出した。団長が遊びで村人をドワーフに変えたんだっけ。いやぁ、傑作だったよぉ……。あの、醜い顔! あ、そう言えばボクがその辺に植えてった花ってどうなった? たしか《魔障病》だかっていう楽しい病気を引き起こす花なんだけどさぁ!」
「……っ! 《風を裂く矢弾の一撃》!!」
不意を突いた矢弾の一撃。しかしそれは、《エクスカリバー》によって簡単に弾かれてしまった。
「あはっ……! 怒っちゃった? ねえ怒っちゃった!? いいねいいねぇ……! 何が目的? 復讐? いいよ……最高だよ……! 復讐に来た奴を逆に殺してやるのが、最高に気持ちいいんだよぉ……!」
「黙れぇ……! 《暴虐の嵐》!!」
嵐が、クレシアに襲いかかる。しかしクレシアはそれを難なく避けると、後方の壁を蹴って跳躍する。そして―
「カハッ……」
クレシアの《エクスカリバー》が、エレナの腹部を、貫いた。エレナの口からは鮮血が零れ、その腹部からはおびただしい量の血が流れ出ていた。
「アハハ……アーハッハハハ!! 残念でしたぁ……! 君じゃあ私を殺せない! 殺すのは私! 私が……私こそが、最強ぅぅっ!! アハハハハハハァ!!」
高笑いを続けるクレシア。しかし次の瞬間、エレナが口から血を流しながらも、ゆっくりとその口を開いた。
「……つか……まえた……。……《矢弾を飾る楔》……《六方陣》」
矢弾が六角形の形に、二人の身体を、囲う。二人の身体は密着したままの状態で、完全に身動きが取れなくなった。
「……何のつもりぃ? そんなことしたって意味ないよぉ? ってかぁ、剣抜かなくちゃ君死んじゃうよぉ? いいのぉ?」
クレシアの言う通り、高ランク武器である《エクスカリバー》に貫かれた腹部の出血量は、生死に関わるラインまで来ていた。しかしエレナは束縛を解くことは無く、より一層強く、自らとクレシアの身体を押さえつけた。そして、肩で息をしながらも、うっすらと笑みを浮かべ、口を開く。
「……ボクが、この戦いで……何本矢を放ったと思う……? ボクの攻撃は……確かに君には……当たらない。でも、ね……? 動けない状態で、これだけの数の矢を……浴びたら……どう……かな?」
部屋中に散らばった全ての矢弾が、風によって持ち上げられ、浮遊する。その数およそ……千。その一つ一つが、次第に暴虐のごとき嵐を纏っていく。
「ボクは復讐なんかのために……戦ってるわけじゃないよ。確かに君のことは少なからず……恨んでる。けどね……。ボクにはもっと別の『戦う理由』が、『護りたい人達』がいる。だからその人達のために……ボクは、どんな手を使ってでも君を倒すんだ」
「まさか……! ダメよ、ねぇ……! そんなことしたら君まで……! ねぇってば、ちょっと……! イヤァァァァァ!!!!」
クレシアの断末魔を聞きながら、エレナは目を瞑り、その右手を―閉じた。
「《暴虐嵐・千ノ矢弾》」
千の矢弾はエレナとクレシアの身体を貫き、吹き荒れる嵐はその身体を引き裂いていく。嵐が収まった時、そこにクレシアの姿は無かった。
―遠のいていく、意識。聞こえてくる、どこかで聞いたことのあるような、懐かしい声。
『―恵玲那』
私のことを、そう呼ぶのは―。
「レナ……エレナ……!! しっかりしなさい……!! エレナ!!」
名前を必死に呼ばれ、エレナは目を覚ました。
「リッ……カ……? あれ……私……」
「良かった……気がついたのですね……! 本当に……心配したんですから……」
よく見れば、リッカの服はボロボロで、酷い火傷を負っている。そしてその瞳は、泣きじゃくったかのように赤く充血していた。
「リッカこそ……酷いケガ……。でも……こうしてここにいるってことは……リッカは、勝ったんだね……?」
「酷いケガなのはアナタの方でしてよ! 全身至るところに矢が刺さっていて……。少しでも処置が遅れていたら今頃は……」
リッカがエレナを発見したのは、つい数十分前のことだった。槍を杖代わりに使いながら、八層のなんとか残っていた床を通り、階段を上がって七層までやってきたリッカ。そこで目にしたのは、腹部を剣で貫かれた上で、全身に自らの矢弾を受け、大量に血を流して床に倒れ込んでいるエレナの姿だったのだ。そしてその場に、エレナが相対した敵のものと思われる服が縫い止められているのを見て、リッカはエレナの覚悟を悟った。リッカはエレナにまだ息が有るのを確認して、自分の残った魔力で矢弾のみを全て消滅させ、最後の僅かな魔力で治癒の魔法を施したのだった。
「リッカが……ボクを助けて……くれたんだね……?」
「……ええ。全くもう、アナタは……。いくら敵を倒すためとはいえ、自分の身まで犠牲にしようとするだなんて……」
「エへへ……。でもリッカだって……同じなんでしょ……? そんなにケガしてでも……戦う、理由は」
「……そう、ですわね。私達はレイネを助けにきた……それが目的。……けれど」
「命を懸けてでも……戦うのは、もちろんレイネのためでもあるけれど、何よりも―」
リッカとエレナは、塔の上を見つめ、同時に口を開いた。
「「好きな人の……カズヤ君(さん)の、力になるため」」
二人は顔を見合わせると、互いにクスリと笑い合ってから、立ち上がる。
「おっ……と……」
しかし崩れ落ちそうになるエレナの身体。その腕を、しっかりとリッカが掴んだ。
「本当は絶対安静なんですけど……今は許しますわ。肩、貸してあげますから」
「エヘヘ……ありがと、リッカ。……うん、行こう。カズヤ君を、レイネを……助けに」
猛き焔。
猛き風。
彼女達が実力以上の力を発揮出来たのは、誰かを想う気持ちがあったからだった。そしてその想いは、忘れていた記憶の一部を、呼び起こす。
リッカとエレナ。
かつて、六華と恵玲那でもあった、二人。
名が変われど姿が変われど、その想いは、心は、決して変わらない。
―猛き剡嵐、此処に在り。




