Level.4:英雄の証
「ん……朝か…………」
伸びをして目を開ける。この世界に来てから一度目の朝を迎えたのだ。一度寝て目を覚ませばあわよくばと思っていたが、そう簡単には元の世界には戻れないらしい。
部屋の中に、一緒に寝たヒロトの姿はない。もう起きたのだろうか?
俺は下の階に降りるべく、部屋のドアを開けた。すると全く同じタイミングで、隣接した部屋のドアが開き、昨日出会ったばかりの少女が顔を出した。
「おっす。おはよ、レイネ」
「……おはよう」
ぶっきらぼうにレイネが答えた。
レイネが寝た部屋は、老夫婦が普段寝ている部屋だ。男女が同じ部屋になることを防ぐための配慮だった。そのため老夫婦は1階に布団を敷いて寝たようだったので、ヒロトに起こされ朝食をせがまれているのではないかと思っていた。
しかし、階段を降り、居間に顔を出した俺達を待っていたのは、焦っているマデラさんの姿だった。
「おはようございまーす……ってあれ? どうかしたんですか?」
俺達に気付いたマデラさんは、焦りを滲ませながら言ってきた。
「ヒロトが……ヒロトがいないの!」
「「え…………?」」
俺とレイネは同時に声を漏らした。マデラさんの言ったことがすぐには受け止められなかったからだ。
「……あの子、早起きなのに今日遅いからどうしたんだろうと思って、部屋を覗いたら和也君しかいないし……。レイネちゃんの部屋にもいなかったし、家の周囲を探してもいないみたいなの……。どこか行くときは必ず言ってから行く子なのに……」
「そんな…………」
ヒロトとは昨日の夜、一緒に寝た。特に何も言っていなかったし、ヒロトが寝るのも見届けたはずだ。なのに、なぜ…………。
バタン!
乱暴にドアが開かれ、マルスさんが家に入ってきた。
「大変じゃ、ばあさんや! 物置に入れておいたワシの戦斧が無くなっておる! ワシら以外に鍵の場所を知っているのは……ヒロトしか……!」
「……! まさかあの子……教会に……!? でもその事をヒロトは知らないはずだよ……?」
(教会……確かヒロトの両親が殺されたっていう……。…………! 待てよ…………昨日の物音は……まさか……!)
「いや……昨日の夜……レイネに、教会について話したんです……。その後寝る前に、物音が聞こえた気がして……。……多分、あれはヒロトだったんだ……。 俺のせいです……俺がちゃんと気を付けていれば……!」
きちんと周囲に気を付けて話をすべきだったのだ。ヒロトは寝ていて聞いていないという思い込みが、今回の事件を招いてしまった。
老夫婦は気を使って、俺のせいでは無いと言ってくれているが、実際は俺のせいであるため、心が痛くなるだけだった。
だとしたら俺は何をすべきか。気持ちはもう決まりきっていた。視線を合わせると、レイネも頷いてくる。
「……マルスさん、マデラさん。俺達、ヒロトを助けに教会に乗り込んで来ます。」
「無茶じゃ……。教会にはたくさんの兵士と、レベル30クラスの親玉もおる……。とてもじゃないが君達では……」
「……大丈夫ですよ」
レイネが、不敵な笑みを浮かべながら言う。
「コイツ……無駄に強いですから」
無駄は余計だ……、と突っ込みたかったが、今は一分一秒でも時間が惜しい。老夫婦の制止を振り切って、俺達は教会に向けて走り出した。
教会までの道。隣を走るレイネが聞いてくる。
「あの子…………武器なんて使えたの? そもそもレベルは……?」
「……レベル88の狂戦士だったかな。俺の世界じゃかなり強いんだが、この世界だと……」
「……ええ。お世辞にも強いとは言えないわね。ハッキリ言って……弱いわ。」
ヒロトは……強がりだけど本当は寂しがり屋な若冠8歳の少年は、自らの両親の仇を討つために教会へと乗り込んでいったのだ。
「アイツ……無茶しやがって……! 死ぬなよ……!」
教会が目と鼻の先まで近付いてきた。俺達は残りの距離を全速力で駆け抜けた。
「ぐ……。ま……だ……オレは……」
教会内部。ヒロトは折れた戦斧で身体を支えていた。身体は傷だらけだ。HPも2割を切ろうとしている。
実質上この街を支配しているグループの長……レギン・エイレストは、そんなヒロトの様子を一瞥するや否や言った。
「フン……教会内部への侵入者と言うから何事かと思えば、ただの雑魚だったとはね。……殺れ」
進み出た2人の兵士が槍を振りかぶる。
(くそ……ここまで……なのか……!)
死への恐怖と、何も出来なかった自分への失念から、ヒロトは目を閉じた。…………その刹那。
「ヒロトぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
教会の外から和也の声が響き渡ってきて、兵士の動きを止めたのだった……。
(まだ生きてる……!間に合った……!)
スキル[看破【ペネトレイト】]で、教会内部に浮かぶヒロトのカーソルから、HPをを確認する。まだ2割程がギリギリ残っていた。
先程大声を出したので、教会の兵士達は全員こちらに意識が向いたようだ。教会の外を見張っていたレベル80~60台の数人の兵士が、それぞれの武器を構えて突撃してきた。……しかし。
「《フローズン・スパイク》!!」
レイネの魔法によって、突撃してきた兵士達は氷漬けにされてしまう。
「外は私が引き受けるから、アンタは中に!」
「……りょーかい!」
レイネと言葉を交わし、教会の入口に向けて駆け出した俺の前に、屈強そうな男が立ち塞がる。
「ど……けぇ!!」
叫び、男に飛び蹴りをお見舞した。男はガード態勢を取っていたが、そのまま付近の兵士達を巻き込みながら吹き飛び、教会の壁に激突して気絶した。
「な……!? アイツが一撃……だと……!?」
「なんだあの侵入者……あの格好……レベルは低いはずじゃ…………!」
(……自分で言うのもなんだが、俺、チート並みに強いんだな…………。まあ……好都合だけどよ!)
残る数十人の敵をレイネに任せ、入口の前に立つ。案の定鍵は開かなかったが、俺は力任せに蹴りかかった。
「……ぶっ壊れろ!」
その一撃で、扉は崩壊した。
内部の様子が目に映る。その中には、戦斧で身体を支えているヒロトの姿もあった。俺に気付いたヒロトが、目に涙を浮かべた。
「兄ちゃん……………」
「よく頑張ったなヒロト。……後は任しとけ」
「……うん」
安心したのか、返事をしたヒロトの手から戦斧が滑り落ち、支えを失ったヒロトは床に倒れた。よく見ると身体はボロボロではないか。
(こんなになるまで……。こいつら……許さねぇ……!)
教会内部の兵士達を睨み付ける。すると、奥の椅子に座っていた人物が急に声を上げて笑いだした。
「フフ……! 安い兄弟愛だなぁ! ……いや、昨日あったばかりなんだったかな? ……レベル81の折原和也君?」
「何…………?」
なぜ俺の名前を知っているのか。俺はその男を睨み付けた。
「おっと! そう身構えないでくれよ。昨日、冒険者がこの街にやって来たって噂を耳にしてねぇ…………。そこに倒れている坊やに聞いたんだよ。"なんでパパとママを殺したのかを教えるから、冒険者の事を教えて"ってね。坊やは答えてくれたよ! 君の事も、レベル42の少女の事もねぇ! ……私もちゃんと殺した理由を答えてあげたさ。"暇潰しだった"ってねぇ!」
「ゴメン……兄ちゃん……それで騙されたと気付いて戦ったんだけど……俺……」
楽しんでいる男。泣きながら謝るヒロト。俺の中で、何かが切れる音がした。
「……気にすんなヒロト。言ったろ? "俺に任せとけ"って」
ヒロトの方を向きそう言うと、ヒロトは力強く頷いてきた。それを確認し、再び男の方を向く。
「……お前は勘違いしてるぜ?レベル39、レギン・エイレスト」
名前を告げると、男は激しく動揺した様子を見せた。
「貴様……なぜ私の名前を知っている……!?」
「……知っているって言うより、"表示されている"の方が正しいんだけどな。……まあそんなのはどうでもいい。俺のレベルが81……? ハハ……"現実だったら"嬉しいね。……だが残念な事にな。俺のレベルは…………1だぁぁぁ!!」
叫びながら、一瞬でレギンとの距離を詰め、右腕を振りかぶる。
「バカな……!」
レギンは驚愕に目を見開いている。
「……誰がバカだ! バカでどうしようもないクズ野郎なのは、テメェだろうがぁ!!」
渾身の右アッパー。巨大なモンスターをも吹き飛ばす拳は、レギンの顎を砕き、その身体を教会の天井へと運んでいった。レギンの身体はそのまま天井を突き破ると、天高くまで上がってから落下し、地面に頭から突き刺さった。
「レ、レギン様が……!」
「畜生! 皆、かかれぇ!!」
突っ込んできた残り数十人の兵士達を戦闘不能にするのには、1分もかからなかった。
「ふう……これでよしっと」
レイネが手を払いながら息を吐く。念のためにと、親玉のレギンも含めた兵士達全員の身体を、まとめて凍り漬けにしたのだ。
「それにしてもアンタ……やらかしてくれたわね」
レイネが言いたいのは、教会の惨状の事だろう。加減が効かず兵士達を一人ずつ吹っ飛ばした結果、教会は穴だらけになってしまった。
「ま、いいじゃねーか。……ヒロトも無事だしな」
ヒロトは、俺の背中で、あどけない寝顔を見せて眠っていた。どこまで見ていたのかは分からないが、俺のレベルが知られていない事を願いたい。
「……ところでこの連中、どうなるんだ?」
レイネの氷はいずれ溶けるはずだ。そうしたらどうするのだろうか?この世界に警察のような組織があるのだろうか?
その心配を悟ったかのように、レイネは言う。
「……それなら心配無用よ。この世界には、《王都直属守衛兵団》っていう、誉れ高きご立派な方々がいっらしゃいますから。連絡はしておいてあげたからそのうちやって来て下さるんじゃないでしょうかね」
「なんかトゲのある言い方だな……。……まあ、とにもかくにも……戻るか、ヒロトの家に」
俺達はヒロトを起こさないように、静かに来た道を帰るのだった。
家に到着し、目を覚ましたヒロトと老夫婦が、固く抱き締めあったのは言うまでも無いだろう……。
翌日。
外の騒がしさから、目を覚ました。下に降りるが、人の気配が無い。……まさかまた何かあったのだろうか?
1人でそんなことを考えていると、レイネが2階から降りてきた。
「……おはよ。何キョロキョロしてるの?」
「いや……家に誰もいないんだ。まさかまた何かが……」
焦る俺に対して、レイネは実に平然としていて、ため息を吐きながら言った。
「あのねぇ……アンタ今何時だと思ってるの? もうお昼よ? 家に人がいなくても当然じゃない。そこに置き手紙も置いてあるし」
家にかかっていた時計で時間を確認する。成程、針は12時を指していた。テーブルの上には確かに置き手紙も置いてある。
「……だけどレイネも今まで寝てたじゃねーか。」
「わ、私はいいのよ別に! それより、置き手紙には何て書いてあるのよ?」
微妙に誤魔化された気もするが、大人しく置き手紙を読むことにした。
「えーっと何々? ……"起きたら玄関を開けて下さい"……以上」
「……それだけ?」
「……それだけ」
ヒロトが書いたのだろう。あどけないながらも丁寧に書こうとしたその字は、それしか指示を与えてはくれなかった。
「まあ……開けろっていうなら……」
玄関のドアノブに手をかけ、押し開ける。目に入ってきた光景は、自分の目を疑わずにはいられないものだった。
街道を人が歩いている。それも1人では無く、数え切れない程の人々が、だ。中には笛を鳴らす人や太鼓を叩く人もいる。さらには馬車が走り、建物には垂れ幕も掲げられていた。昨日、殺風景だったこの街で、大規模なパレードが行われていたのだ。
ふと、レイネの言っていたことを思い出した。
『祝宴の街バンケット。ここでは、毎日のように祝宴が行われている』
……そう、これがこの街の本来の姿なのだ。レイネもその事に気付いたのか、パレードに見入っている。
「おい……アレ……!」
「皆、英雄のお出ましだぞ!」
俺達に気付いた人々が、次々に叫ぶ。街の人々は
昨日とは一転して好意の眼差しで俺達のことを見ていた。
「兄ちゃーん! 姫様~!」
馬車の上から大きく手を振っているのはヒロトだ。身体は大事には至らなかったようで何よりだ。姫様というあだ名を頂戴したレイネは、実に複雑な顔をしていた。
馬車が俺達の前までやってきて止まった。ヒロトに促されたので、渋々と乗り込んだ。
馬車はゆっくりと、人々の間を進んでいく。その度に感謝の言葉が投げ掛けられるので、俺とレイネはむず痒い気持ちになった。
「なあコレ……何とかならないのか……?」
ダメ元でヒロトに囁きかける。
「何言ってんのさ! 兄ちゃんと姫様は、悪い奴らを倒してくれただろ? だから兄ちゃん達は、この街の英雄なんだよ! そして……俺のヒーローさ!」
純粋にそう言われると、俺としても悪い気はしない。レイネも、半分俯きながらだが、手を振ってくれる人々に対して、小さく手を振り返していた。
「英雄にヒーロー………………か」
思い返せば俺は、小さい頃から英雄・ヒーローに憧れていたものだ。幼稚園の頃には、将来の夢に『ぼくはヒーローになる!』と書いた程だ。あの頃には確か、父さんとごっこ遊びをして、ヒーロー役をやらせて貰い、なぜか熱心に指導を受けたものだ。そして毎回、『和也、夢を叶えて英雄に……ヒーローになるんだぞ!』と言われてと言われていたものだ。そんな父親は、毎日夜遅くまで仕事をしているのに、休みの日はそうやって遊んでくれたのだ。その時はまだ気付かなかったが、俺の中でのヒーローは、きっと父さんだったのだ。
(父さん……俺も少しは……父さんに……ヒーローに近付けたのかな…………?)
その日の祝宴は夜遅くまで続き、俺達はこの街の英雄として称えられることになるのだった…………。