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Level.40.5:「レイネシア=フローレン=ブランマージュ」

「レイネが……この世界にしか……存在しない……」


 俺はその事実に、激しく動揺していた。

 俺の旅の最終目的は、『この世界の真実を全て明らかにし、現実世界に帰る』ことだった。

 やがてこの世界の人々全員が向こうから来た人間だということを知り、俺は仲間達と、また、ヒロトやアズサといったこの世界で出会った人々、さらには、この世界の人々全員と、向こうの世界に戻るということを目的にしていた。

 そしてその旅の中でレイネのことを一人の女の子として好きになり、現実世界に戻ってもずっと一緒にいたいと感じるようになった。だから俺は弌彌兄ぃによってレイネが連れ去られた際に激昂し、今こうしてレイネを助けに来た。

 ―なのに。

 レイネは、この世界にしか存在しない。それはつまり、俺が目的を達成して仮にこの世界の人々全員と現実世界に帰還出来たとしても、そこにレイネはおらず、レイネはこの世界でたった一人で生きていくということだ。俺が仮に現実世界に戻れたとしても、隣にレイネがいなければ意味は無いのだ。

 俺が旅を止め、現実世界に戻らない、という手段もあるが、それではこの世界の人々全員がこの世界に留まることになってしまう。彼らが如何に現実世界での記憶を失ってこの世界で幸せな生活を送っていたとしても、現実世界には彼らの帰りを待つ家族がいる。……俺にだって、母さんがいる。母さんがどんなに辛い思いをしているかは、想像に難くない。

 レイネを選び他を捨てるか、レイネを捨てて他を選ぶか。そんなもの、選べるはずが無かった。


「そんなの……どうしろってんだよ……。俺は……俺はどうすれば……」


「そんなの簡単さ。コイツを……レイネシアのことを忘れればいいだけじゃねえか」


「そんなこと……そんなこと出来るわけ無いだろうが!」


 レイネを……本気で好きななった女の子を忘れることなど出来るはずが無い。俺はもう二度と、大切なものを失いたくなど無かった。


「忘れられない、か。なら忘れたくなるように……レイネシアのことを嫌いにさせてやるよ」


「そんなこと……!」


「そんなこと無い、ってか? なあ和也、お前は一体レイネシアの何を知ってる? レイネシアがこれまで何をしてきたか、お前は知っているのか?」


「それは……。でも、レイネは……!」


「でも、じゃ無いんだよ。コイツは……レイネシアは、俺の目的を果たすための道具だ。そして同時に……この世界から排除すべきモノでもある」


「言わせておけば……! くそ……こんなもん……動けよ!」


 しかし身体は動かない。弌彌兄ぃは、なおも淡々と話を続ける。


「まあ黙って聞けよ。レイネシアが何をしてきたか。レイネシアが俺にとって如何に大切か、この世界にとって如何に有害かを。アイツがお前のいう『レイネ』になる以前……レイネシア=フローレン=ブランマージュの―過去を」


 


 レイネシア=フローレン=ブランマージュは、当時の辺境世界レイトノーフの主、ブランマージュ家の第一子・長女として生まれた。ブランマージュ夫妻にとって待望の子供。レイネシアは両親を初めとして、城の家臣、城下の住民達からも多くの愛を受け、すくすくと育っていった。

 そんなある日のことだった。8歳になったレイネシアは、自らが一番懐いていた家臣とその部下数百名を連れ、遠足へと出かけることにした。と、いうのも、王族であるが故に普通の学校に通うことが出来ず、退屈していたレイネシアがどこかに出掛けたいと駄々をこね、多忙の両親は困り果てた末に、護衛役を数百人規模で同行させることを条件に、遠足という形で我が子を外に出すという経緯があったからだ。周りを数百人の大人が囲うことに若干不満はあったものの、初めて見るものに心を踊らせたレイネシアは、ご満悦の様子で遠足を楽しんでいた。

 遊び疲れてすっかり眠ってしまったレイネシアを連れた一行は、休憩目的で、とある街へと立ち寄った。その街はきらびやかな装飾で彩られており、商売も盛んで活気に満ち溢れており、住人達も一行を暖かく歓迎した。

 すっかり気をよくした大人達は、住人達と広場にて酒盛りを交わし始めた。元々途中で一泊してから帰る予定だったので、一行にとっても好都合だったし、住人達も王族の話を聞けることに喜び、その場は大いに盛り上がっていた。

 そんな中、一行のうちの一人の男が、用を足すために立ち上がった。もちろん民家でも用は足せたのだが、酔って意識が混濁していたこともあり、男は距離的にも近い路地裏へと入っていった。丁度いい物陰を見つけ、用を足し終えた男は、口笛を吹きながら広場へ戻るため歩き出した。と、男の目の前からフードを被った男が歩いてきた。住人の誰かが自分と同じく用を足しに来たのだと思った男は、フードの男の肩に陽気に手を回した。……しかしその手は、フードの男の肩に触れることは無かった。……当然である。男の右腕が、肩から無くなっていたのだから。

 男は叫びながらも、即座に自らの服を破いて止血を試みた。酔っているとはいえ王族の家臣。不足の事態に備えて訓練は積んでいたし、状況的にフードの男が事を及ぼしたのは明らかだった。男はフードの男を拘束すべく、左手を伸ばした。……しかし次の瞬間、男の身体はぐらつき、前のめりに倒れ込んでしまう。そして男は驚愕と衝撃に目を見開いた。……自分の下半身と上半身が、分断されていたのだから。あり得ない程の激痛に意識が飛びそうになりながらも、他の一行に注意を促そうと息を吸い込む男。しかし次の瞬間目に飛び込んできたのは、自分の頭に向けて降り下ろされる刃だった。

 夜も更け、酒盛りは数時間の後に終了を迎えた。一行の中には完全に爆睡しているものもいたが、酒に強い数十名は既に思考が半分程元に戻っていた。と、そのうちの一人が、用を足しにいった男が戻ってこないことに気付いた。倒れて眠ってしまっているのだろう、と思い、呼び戻しにいった壮年の男が見たものは、路地裏に散らばる、男……だったものの肉片だった。緊急事態に気付いた壮年の男は、すぐに一行の下へと戻った。その話を聞き、厳重警戒を固めようとする一行。しかし何かがおかしい。何かが足りない。そう……一行が持っていた武器や鎧、金目になりそうな物全てが、忽然と姿を消していたのだった。一体誰が……と、いう話が出始めるや否や、一行は自分達が持っていた武器を持った人々に取り囲まれていることに気が付いた。そしてその武器を手にしていた人々は、先程まで自分達が酒を飲み交わしていた町の住人達だった。住人達は酒を飲んではいなかったのだ。一行は嵌められたのであった。

 一行と住人との戦いは一方的……とは行かなかった。武器が無いとはいえ、日々厳しい訓練を積んでいた一行は、素手での武術もある程度は嗜んでいたし、中には魔法の才を持つものもいた。盗まれた武器も半数程取り返し、戦況は一気に傾く……かに思えた。しかし一行は、とあることに気が付いた。レイネシアが……いない。酒盛りを始める前は確かに駕籠(かご)の中で眠っていたレイネシア。しかしその駕籠ごと、レイネシアは広場から忽然と姿を消していたのだった。『誘拐』……一行の間にその文字が浮かんだ。この場を切り抜けてレイネシアをいち早く探しにいかなくてはならない。一行の中で一番魔法の才に長けていた男が、大規模な魔法を詠唱し始めた……その直後だった。その男は、口から大量の鮮血を吐き出して倒れ、即死したのだった。驚愕と恐怖を覚える一行。……『毒』。自分達が飲んだ酒には、遅効性の猛毒が盛られていたのだった。量の差はあれど、全員が酒を口にしていた一行。一人、また一人と連鎖的に血を吐き倒れ込んでいく。そしてついには、数百人に及ぶ王族家臣の亡骸が、広場へと散らばることとなった。その亡骸は数時間のうちに、個人を判別出来ない程の肉片へと変貌を遂げるのだった……。




 予定日を過ぎても遠足から戻ってこない一行、そして我が子に危機感を覚えたブランマージュ夫妻は、すぐに捜索チームを編成、通過が予想されるであろうルートに兵を派遣した。すると数時間しないうちに、一行の一人のものであっただろう遺留品が見付かったとの報告を受けた。しかしその報告は、それきり途絶えてしまった。不信に思ったブランマージュ夫妻は、報告があった場所へと全ての兵を集結させるように命じた。しかし数日が過ぎても、誰一人として連絡を寄越す兵はいなかった。そんな中、城へと一人の訪問者が訪れた。黒いフードを被った男、との報告に心優しき夫妻は、貧困に苦しむ人が訪ねてきたのだ、とその時だけ緊張を緩め、その男を迎え入れることにした。

 フードの男は礼を述べつつ、夫妻に、外を見るように言った。首を傾げながらも外に目をやった夫妻は、大きく目を見開き、激昂した。窓から見えたのは、巨大な十字架に(はりつけ)にされた、最愛の我が子だったのだから。

 すぐに兵が駆け付け、フードの男を取り囲む。しかし男は平然とした様子で、夫妻に取引を持ちかけた。

 一つは全兵士の武器を城外へと放棄した上で、一部屋に集結させ、魔法封印の儀を施し、外から鍵をかけておく、ということ。

 もう一つはこの城にある財宝をまとめ、この部屋へと持ってこさせる、ということ。

 その二つの要求が飲めるのならば、レイネシアを無事に解放してやる、との要求を、男は淡々と述べてきた。

 何よりも我が子が大事な夫妻にとって、選択肢など無かった。すぐに財宝が集められ、兵達は一部屋へとまとめられた。

 それを確認すると、フードの男はニヤリ、と口元を歪めた。約束通り、すぐにレイネシアの拘束は解かれた。しかし数十メートルの高さの十字架の拘束は、ただ解かれたに過ぎず、レイネシアの身体はその高さから空中へと投げ出され、地面へと叩き付けられた。夫妻は激昂し、男へと掴みかかった。しかし次の瞬間、夫妻の身体は数十のパーツへと変貌を遂げていた。フードの男は高笑いし、財宝を《魔法化収納空間(マジック・トランス・ストレージ)》へと格納してから、城へと火を放った。

 外から鍵をかけられ、魔法も封印された部屋に閉じ込められた兵士達は、襲いかかる火の手にどうすることも出来ず、ただ嘆き、泣き、叫び、恐怖しながらその身体を焔に包まれていった。

 こうして、富と名声を誇っていたブランマージュ家は、煉獄(れんごく)の焔に包まれた。




 燃え上がる城の中庭に(うずくま)る一人の少女……レイネシア。数十メートルの高さから落ちたものの、王が咄嗟に放っていた魔法により、奇跡的に軽い打撲を負っただけで済んでいた。熱さに目を覚ましたレイネシアが最初に目にしたものは、燃え盛る城……自らの、家だった。泣き叫ぶよりも先に、どうにかしなくてはと思ったレイネシアは、書庫にて盗み見て覚えた、氷結魔法を発動させた。レイネシアが放った魔法―《絶対零度(アブソリュート・ゼロ)》は、燃え盛る城を氷の城へと変貌させた。しかし、凍り付いたその城から、両親はおろか人が一人として出てこないことに気付いたレイネシアは、幼さから自分の心を傷付けた。


「私が、両親を、皆を殺した」


 と……。




 その後レイネシアは、朦朧とした意識で歩き出し、周辺の街を渡り歩いた。しかし人々は、彼女を恐れ、憎み、蔑んだ。

 家臣達が肉片となって街で死んでいたこと。夫妻含め城にいた人々の遺体が未だ見付かっていないこと。そしてそれらの事件を引き起こした犯人が見付かっておらず、レイネシアだけが生き残ったこと。それらのことからレイネシアは次第に事を引き起こした犯人として扱われるようになっていった。《悪魔の子》《殺戮の少女》《不幸を呼ぶ娘》などといった異名が付けられ、それは次第に《災厄の魔女》として統合・定着していった。

 当然レイネシアは、どこに行っても人の扱いを受けることは無く、食事も与えられず、石やゴミを投げ付けられ、風呂に入ることも出来ず、服はボロボロになり、心身共に衰弱していった。

 



 そんなある日。郊外で座り込んでいたレイネシアは、一人の老婆と出会った。その老婆は障害を持っていることを理由に街で差別を受け、ついには街を追い出されたのだという。老婆はレイネシアが《災厄の魔女》であるということを知らなかった。そのみすぼらしい格好を哀れに思った老婆は、街から持ってきた上等な布製の服と、水・食料をレイネシアへと分け与えた。レイネシアは少しだけ元気になり、二人はいろんなことを話した。時折脈絡の無い話が混ざるものの、自分の話を聞いてくれる老婆のことを、レイネシアは次第に心を開いていった。しかしそんな時間は、長くは続かなかった。

 郊外に出てきた街人の男が、レイネシアと老婆が話している所を目撃したのだった。しかも男は剣を手にしており、今までとは違い、命を狙ってきているということは明らかだった。老婆を護りつつ、男を撃退しなくてはならないと、レイネシアは幼いながらに考えた。そして書庫で覚えた魔法のうちの一つを、放った。

 その魔法―《諸刃の氷槍(ブリューナク)》は、男の胸を確実に貫き、絶命させた。老婆を護ることが出来た。そう思い、後ろを振り返ったレイネシアが見たものは、男と同じく胸を貫かれ、絶命している老婆の姿だった……。




 過ちに自らの心を痛め付けるレイネシア。そしてついにその心は、破壊を迎えた。

 何も考えること無く、自らの名前も曖昧なまま、 宛もなく歩き続ける少女。《災厄の魔女》の名を知るものがいない程遠くへ来たところで、少女は限界を迎え、意識を失った。

 次に少女が目覚めたのは、とある小さな集落の、若い女性の家だった。

 女性に名を聞かれ、少女は朦朧とした記憶の中から自分の名前を探し出し、口を開く。


「レイネ・フローリア」

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