Level.40:『レベル』の真実
螺旋階段を駆け上がる俺。
彩月の話通りなら、壁の内側、カイルと戦った部屋の一つ上には彩月の部屋が、さらにその一つ上には七星騎士長の部屋があり、そこでは彩月が七星騎士長と交戦中なはずだ。一瞬、壁を破壊して彩月に手を貸そうかと考えたが、すぐにその考えを拭い去る。彩月は強い。剣を交えた俺は十分に思い知らされている。何より今の彩月は、信頼出来る一人の仲間だ。その仲間を信じるのもまた、『仲間』としてのあり方なのだから。
そして俺には、やらなくてはいけないことがあった。弌彌兄ぃをブン殴って、レイネを連れ戻す。俺は右の拳を握り締めながら螺旋階段を駆け上がり―黒い、大きな扉の前までやってきた。
(この先に、弌彌兄ぃとレイネが……!)
扉を押してみるも、びくともしない。ならば破壊しかないと考え、突きや蹴りを放つも、流石は守衛兵団団長の部屋と言ったところか、ヒビ一つ入る気配すら無い。痺れを切らした俺は、腰に吊り下げてある《エクスカリバー》を抜き放つ。巨大化させ壁を斬り落とさんと、剣を握った右腕を振りかぶった―その時だった。
「おいおい、人の物勝手に傷付けちゃいけないって、小さい頃に教えただろ? この扉貴重なんだから止めてくれよな」
部屋の中から聞こえてきたのは、弌彌兄ぃの……声。そして次の瞬間、大きな音を立てて扉が開き始めた。
弌彌兄ぃが自ら扉を開いたのだろう。俺は扉が完全に開ききるのを待たずに、部屋の中に飛び込んだ。
床以外の全てが、ガラス張りの空間。月夜に照らされたその部屋の奥には、派手な装飾が施された椅子が設置されており、そこに守衛兵団団長―物部弌彌が腰をかけていた。
「よう、和也。……思っていたよりは、早かったな」
「……レイネはどこだ?」
「カイルの野郎はお前らに少し情があったからな、まあ後で始末しとくとするか」
静かに低い声で問いかけるも、弌彌兄ぃは全く関係無いことを言ってくる。
「……レイネは……どこだ……!」
「そうそう。お前の仲間達だけど、もうじき全滅するだろうから心の準備しとけよ?」
「レイネは……どこだぁ……!!」
激昂し、《エクスカリバー》を手に突っ込んでいく俺。剣先が弌彌兄ぃを捉えたかに思えたその瞬間―天と地が反転した。正確には、足を天に、頭を地に向けた状態で、『空中に固定』された。
「なん……だよコレ……。どう……なって……」
手や足を動かすことは可能だが、身体そのものをその場から動かすことが出来ない。俺はまるで『身体が座標に固定されている』かのような感覚に陥っていた。
「……《調律者》たる俺の唯一の力、《調律》。俺が一度でも視認した対象を、生物・非生物、物体・非物体問わずに『調律』し、任意の座標に移動・固定、非生物ならば発生・消滅させることが出来る力だ。今のはお前の頭と足それぞれの『対象』を空中間の座標に固定した、ってわけさ」
「なんだよそれ……チートじゃねーか……」
「チート、ねぇ……。俺から言わせりゃお前のバカ力も十分チートだと思うんだけどなぁ……。それに俺の《調律》は一度視認したものは対象になるが、移動・固定は視認出来る範囲のものを視認出来る場所に、発生・消滅は視認出来る範囲でしか効果を及ぼさない、っていう欠点があるんだよなぁ……」
弌彌兄ぃの言ってることが真実ならば、まだ制限が無いよりは幾分かマシだろう。だが視認出来る範囲の対象に対してはほぼ無敵の力を誇る、これでも十分にチートじみている力だ。それに、ただでさえ弌彌兄ぃには……。
「別に《物部流暗殺術》を使ってやってもいいんだけどな、それじゃあすぐ終わっちまってつまんねぇだろ? 俺はちょっとお前と話がしたいんだよ、和也。だからお前をこの部屋に招き入れたんだからな」
弌彌兄ぃは俺に《物部流暗殺術》を教えた男だ。そんな弌彌兄ぃが本気で俺を殺しにかかれば、俺の方が技で劣り、すぐに殺されるのは目に見えている。今の俺が弌彌兄ぃに勝つには、隙を突かなくてはならない。だから俺は、敢えて弌彌兄ぃの話を聞くことにした。
「……話って、なんだよ」
「お? 聞く気になったか。話、ってのはな……俺の、『目的』についてだ」
「……目的? アンタは立場を利用してこの世界をメチャクチャにしようとしている。実際既に手を出してるじゃねーか。それ以外に何があるってんだよ」
「ははっ! 和也ぁ……。そんなちっぽけなことを俺が目的にすると思うか? 俺の目的はなぁ、もっと大きいものなんだよ」
「……大きい? アンタは一体、何をしようと……」
「それを説明するためには、まずコイツを見てもらった方が早いな。見ろよ、和也!」
弌彌兄ぃが指を鳴らすと同時に、魔法の支配が解けたのか、俺の身体が地面へと落下した。頭からの着陸に痛みをこらえていると、弌彌兄ぃの後方のガラス戸が、左右に開き出した。やがて完全に開き、塔の外と繋がったその空間に、明かりが灯される。
……そこには、右手・左手・右足・左足・首元のそれぞれを、忌々しい鎖で繋がれた銀髪の少女―レイネの姿があった。
「……!? ……レイネ!!」
呼び掛けるも、返事は無い。どうやらレイネは気を失っているようだった。
「弌彌兄ぃ……! テメェ……!」
激昂した俺は、弌彌兄ぃに飛びかかろうとした……が、身体が動かない。弌彌兄ぃがまたしても《調律》で俺を押さえ付けているのだ。
「おいおい、あんま熱くなるなよ和也ぁ……。俺の話ってのはこっからなんだからよぉ……」
「アンタの話なんかに興味はねぇ……! レイネを返せ……!」
「返せ、か……。返せって言われてもよぉ、あの5本の鎖は彩月とカイルとかいうゴミを除いた七星騎士5人の魂から創られてるんだ。アイツらが死なない限りあの鎖が解けることは無い。まあその前にお前の愉快なお仲間達が死ぬがな。……ってかそもそもよぉ、和也。コイツは別にお前のモノじゃ無いだろーが」
「……けどアンタのモノでも無い! それにアイツらは、必ず勝つ! アイツらも、レイネも、信じ合える大事な仲間なんだ!」
「仲間、ねぇ……。そういう小綺麗な言葉が、俺は大嫌いなんだよ! 俺はなぁ、和也。仲間だの友情だのといった下らない関係をぶっ壊すために、コイツを使ってやるって言ってるんだ。コイツにとってもそういう使われ方をした方が本望だろうよ」
「レイネを利用……だと……。弌彌兄ぃ……アンタは……!」
「なあ和也、めんどくせえからハッキリさせておいてやるよ。俺の目的……それは……『レベル0の力を使って現実世界を崩壊させること』だ」
「現実世界を……崩壊……!?」
「俺は『あの世界』の人間共に裏切られ、失望し、そして殺された。だから『この世界』で人間共を利用し、『レベル0』の力を持ってして『世界の壁』に風穴を開け、奴等を皆殺しにする……それが俺の……『俺達』の計画さ……!」
「弌彌兄ぃ……アンタは……『この世界』について、どこまで知っているんだよ……! アンタは一体『誰』なんだ……!」
「誰、って言われてもな……『俺』は『俺』さ。……だがまあ、お前が考えてるであろう通り、完璧に『あの世界』での俺かって言われるとそうでも無い。なんせ『あの世界』での俺なら、ここまで大規模な計画を実行に移すことも出来なかったからな。レイネシアと俺の『レベル0』の力を融け合わせ、世界の壁に風穴を創造するっていう計画はなぁ!」
「世界の……壁……。そもそも『この世界』はなんなんだよ!」
「お前も本当は結論に辿り着いているんだろ? 一言で表せばこの世界は―『人工的に創られた生死の狭間の世界』だ」
―創造された、生死の狭間の世界。それは神楽からこの世界の断片的な真相を知らされてから、俺がずっと考えていた一つの仮説だった。
この世界に来たばかりの時俺は、『あまりにも感覚がリアルである』と感じた。それはこの世界が夢では無いことを表しており、同時にゲームの中に迷い込んだ訳でも無いということを表していた。正確に言えばその時はまだ完全にはその可能性を捨て切れ無かったが、旅をしていく中でその可能性は消え去った。
だとしたら残る可能性はここが死後の世界であるということだったが、魔法の存在等を除き、草木の香りや人と人との交流等、この世界はあまりにも『リアル』過ぎたのだ。それだけならまだ死後の世界はそういうものであると納得出来たかも知れないが、出会った仲間達の過去、すなわち現実世界での断片的な記憶、神楽や彩月といった記憶を無くしていない者の話を聞き、ここが死後の世界では無いということはほぼ確信に至った。なぜなら、俺も含め彼女達は、『意識を失って気が付いた時にはこの世界にやってきていた』からだ。この世界の人間は全て現実世界からやってきた人間であるという事実からすると、その数はあまりにも多すぎる。それだけの人間が短期間に消える消えるなど、普通に考えればあり得ない。だがこの世界の人間が全て、生死の狭間の世界にいるとするならば―。
意識不明の状態にある人間は、この世界に数多く存在している。時代が進むに連れ医療技術等が発展してきたのは事実だが、同時に地球温暖化を初めとした自然環境の変化から、新型のウイルス、それによる感染症等も増え続け、医療技術の発展が進んでいない国は特にそれが顕著だった。そうで無くとも、交通事故等によって意識不明に陥る者は少なからず存在している。そしてその人々は、文字通り『生死の狭間の世界』をさ迷っている。
2020年現在の日本では、『VR』、すなわち仮想現実の研究が進められており、もうすぐ一般的なものになるらしい。仮想現実とは文字通り仮想世界で仮想の自分の身体を動かすものである。もしも、もしも誰かがその技術を完璧に完成させていて、その技術が現実と仮想現実との違いを感じさせない程のものだったならば。普通に考えたらあり得ないことではあるが、もしも誰かがその技術を何らかの形で利用し、一つの世界を創造したとするならば。そして、もしも誰かが生死の狭間の世界をさ迷う者達を、その世界に導いたとするならば―。
弌彌兄ぃの言葉で、俺の推測は確信に変わった。俺が思い描いていた『もしもの世界』。それこそがこの世界―『辺境世界レイトノーフ』だったのだ。
だがそこには一つだけ疑問点があった。何故レベル1としてこの世界にやってきた俺が破格の強さを持っているのか。そもそも、『レベル』とはなんなのか―。
―いや、この世界が『生死の狭間の世界』であるということが判明した今、その答えは自ずと導き出される。
『生死の狭間の世界』において強い肉体を持っている。それは即ち―。
「現実世界で今すぐに死んでもおかしく無い俺の『レベル』が1で……この世界―『生死の狭間の世界』では『最強の戦士』なのは―」
「そう……『この世界への適応力』が高い奴ほどそのレベルは高くなる。逆に言えば……レベルが高い奴ほど、『現実世界での生存確率』は低いってわけだ」
現実世界に存在する身体……その身体から抜け出た意識が宿った『仮の身体』。生と死の狭間の世界において、意識が深く沈み込む程……言い換えるならば、より『死に近付く』程、『仮の身体への適応力』……つまり仮の身体での身体能力―『レベル』は高くなる。それが、この世界における『レベル』の真実だったのだ。
「そして『レベルの数値はそのまま現実世界での生存確率を表す』……この意味が分かるか? ……和也」
「レベルの、数値……。……!! まさ……か……」
俺は辿り着いた答えを、正解だとは思いたく無かった。俺のレベルは1、現実世界での生存確率は1%……いつ命を落としてもおかしくは無い状態だ。……だとするならば、『レベル0』の弌彌兄ぃと、レイネは―。
「……そう。俺と……お前が助けようとしているこの女は……『この世界にしか存在しない人間』なんだよ!!」




