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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.8 ~絶対零度たる我儘な魔女<上>~
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Level.39:男と男の約束

「……あの時とは違う、か……。……確かに違うな。お前は七星騎士なんていうものとは無縁の奴だと思ってたぜ。それがどうだよ? 七星騎士第三席なんていう誉れ高き……下らない称号を引っ提げて俺の前に現れやがった。ふざけんじゃねぇ……、一発……殴らせろ!!」


 俺は右の拳を握り締め、カイルに向かって駆け出した。レベル1のステータスによる脚力を持ってして、一瞬でカイルの目前まで肉薄し、カイルの顔面を殴り付ける。するとカイルの頭部に、俺の右腕がめり込んだ。


「何……っ!?」


「ざーんねん、そっちは事前に作っておいた石像ならぬ土像だぜ。良く出来てるだろ?」


「こんな小細工……! クソッ……! 抜けねぇ……!?」


「そりゃそうだろ、お前の腕がめり込んだ瞬間、完全に乾燥させて固めたんだからよ。《大地の守護戦士》様を舐めてもらっちゃぁ困るぜ」


 コロシアムで闘った時のカイルがこの技を使っていたとしたならば、恐らく容易に破壊出来ただろう。だが今は右腕にいくら力を込めても土の塊はひび割れすらしなかった。カイルの言う《能力制御(リミッター)》がどのようなものかまでは分からないが、あの時のカイルと今のカイルの実力が全く異なるものだということは理解出来た。


「……なあ和也。さっきも言ったが、俺はお前個人に恨みは無いんだ。大人しく捕まってくれればそれでいいんだ。お前が捕まってくれるなら……そうだな、他の七星騎士にお前の仲間を傷付けないよう頼んでやってもいいんだぜ?」


「カイル……それは本気で言っているのか……?」


「本気も本気よー。俺とて一人の人間。お前とお前の仲間達に少なからず情を抱いているのは事実だからな。だからお前らが傷付く姿は、正直あんまり見たく無いんだよ」


「……」


「団長からの命令はお前達の『足止めをすること』だったからな。別に殺せとは言われて無いし問題無いだろ。それによ、命令を遂行すれば、何でも七星騎士副長の座をくれるって言うんだぜ? 副長になれば三席の今よりも権限をあれこれ自由に使えるんだ。俺が副長になったら捕らえたお前らを解放してやることだって出来るってわけよ」


「……」


「黙って無いでなんか反応してくれよ? 俺とお前らでWin(ウィン)Win(ウィン)な関係ってやつ? な? いい考えだと思わねーか?」


「……レイネは、どうなる」


「レイネちゃんか? うーん……そうだな~……。俺も出来ればレイネちゃんには傷付いて欲しく無いんだけど、『アレ』団長のモノだからなぁ……。団長に嫌われたく無いし、そればかりはどうすることも出来ないな。……ま、レイネちゃん以外は助かるんだ、それで良しとしよーぜ?」


「……だよ」


「ん……?」


「それじゃあ意味が無いんだよ!!」


 俺は叫びながら、土の塊ごと強引に右腕を持ち上げ、床に向けて思い切り叩き付けた。乾いた土はひび割れ、俺の右腕から粉々に崩れ落ちた。


「嘘だろっ……!? 《土塊固縛(ロック・クロッド)》を砕いた

だと……っ!?」


 俺は左手で右腕に付着している土を払い、その右手で《エクスカリバー》の柄を掴んだ。


「……俺は皆と約束したんだ。七人全員で、生きて帰るって。俺達だけ助かっても、レイネが助からないんじゃ、ここまで来た意味がねぇ!! ……それによ、随分見くびられているようだが、俺の仲間達は七星騎士なんかよりよっぽど強いぞ? 皆それぞれ、確かな意思を持っている。そして共通の目的……『レイネを連れ戻す』っていう目的を持っている。だから俺は……皆を信じてる。その信じる仲間と共に、俺は絶対にレイネを連れ戻す!!」


 俺は《エクスカリバー》の切っ先を、真っ直ぐカイルの方に向けた。

「だから俺は、お前を倒して先に進む。……そしてカイル、お前は言っちゃならねぇ言葉を口にした」


「はあ……?」


「レイネを『アレ』だの『モノ』だのと……。アイツは俺達と同じ、一人の人間だ! 誰のモノでもねぇ! レイネはレイネだ! 今度そんな言葉を発してみろ……。二度と発声出来ない身体にしてやるからな」


「あー……それは悪かったよ、ゴメン、謝っておく。けどさ、本当にいいのか? そりゃお前らの仲間が強いのは知ってるけど、七星騎士は本当に強いぜ? 仲間が傷付くのは避けられないだろうし、最悪の場合、死ぬことになるかも知れないんだぜ?」


「……さっきも言ったろ。俺は仲間を信じてる。だから俺は、お前に捕まってやるつもりなんざこれっぽっちもねぇよ」


「信じ合う絆、ってやつですかー……。オーケー。お前がそのつもりなら交渉は決裂だ。俺も……お前を殺す気でいかせて貰うぜ!!」


 明らかに気迫が変わったカイルが、駆けながら右手に俺の物と同じ《エクスカリバー》を顕現させる。そして大きく飛び上がり、上空から叩き付けるように《エクスカリバー》を振るってきた。


(そう言えば《エクスカリバー》は七星騎士全員が持っているんだよな……。……だが、同じ性能・同じ強度の剣同士なら)


 降り下ろされるカイルの剣に対して、俺は自分の身体を腰から深く沈み込ませた。左足に体重を乗せ、《エクスカリバー》を握った右腕を同じく左脇の後ろの方へ持っていく。


「ヘンテコな構えで俺の一撃を防げると思ってんのかよ! くたばりやがれぇ!」


 カイルの《エクスカリバー》が俺の頭部に触れるか触れないかのギリギリのタイミングで、俺は《エクスカリバー》を右上に向けて振るった。

 剣と剣の、一瞬の交錯。砕け散った《エクスカリバー》の先端が俺の頬を掠めると同時に、カイルの腹部から鮮血が(ほとばし)った。


「《物部流暗殺術・二ノ型二番……『虎威昇(こいのぼ)り』》。……確かにお前はあの時よりも強くなったが、俺だってあの時よりは強くなってるんだぜ?」


「くそっ……。お前……どこで暗殺術なんてもの……」


「……幼少時代に習っていた、って答えるのが一番正しいかな。本当はあんまり使いたくは無いんだが……今は使えるものは使わないといけない状況だからな」


 俺は頬の血を拭いながら、傷ひとつ無い《エクスカリバー》を構え直した。それには流石のカイルも、大きく後退して距離をとった。


「お前が《エクスカリバー》を持っているっていうことは、副長から貰ったってことか……。お前が剣を使うってのにさえ驚いたっていうのに、暗殺術まで使いやがる。……ったくホントに、ツイてねぇなあ!!」


 カイルが開いた右手を前に突き出すと同時に、俺の立っていた床が隆起し、剣山を形作る。俺はそれを真横に跳んで(かわ)すが、さらにその先の床もが剣山と形を変える。


「ちっ……! めんどく……せぇ……!!」


 数十に及ぶ剣山を躱した俺は、部屋の入口側の壁を蹴り、《エクスカリバー》の切っ先をカイルに向けて跳躍した。

 ……だがその様子を目にしたカイルが、不敵な笑みを浮かべた。その手には、切っ先が円弧状になっている身の丈程の大剣が握られていた。


「神器・《破壊と再生の巨剣(ウロボロス・バスタード)》。団長には室内じゃ決して使うなって言われてるけど、まあお前を殺せば許してくれる……だろっ……!」


 空中にいるため方向転換することは出来ず、俺の《エクスカリバー》とカイルの振るった《破壊と再生の巨剣(ウロボロス・バスタード)》がぶつかり合う。俺はギリギリまで剣の勢いを殺したものの、神器の強度と大剣の破壊力を併せ持った《破壊と再生の巨剣(ウロボロス・バスタード)》相手に、俺の《エクスカリバー》の刀身が僅かに欠けてしまった。


「おいおい……シャレになって……ねぇよ!」


 俺は毒づきながらも、剣と剣がぶつかった反動を利用して再び部屋の壁まで跳躍する。床には無数の剣山が待ち構えているため、着地することは出来ない。俺は壁を複数回に渡って蹴って跳躍し、部屋の角にて足を踏ん張って静止した。


「お? なんだか忍者みたいだな」


「……こういうところに身を潜めておくってのも、暗殺術の基本なんでね……」


 俺はそう言いながらも、内心で若干焦りを感じていた。

 床には剣山、カイルに近付けば大剣が待ち構えている。かと言ってこの場にい続けても、容赦ない魔法が飛んでくるのは分かりきっていた。どこにも行き場は―いや、ある。空中以外の場所を移動してカイルの背後から肉薄出来る道が、一つだけ、存在している。俺は『ソレ』を実行に移すべく、《エクスカリバー》を手に……頭から真っ直ぐに床へ向かって跳躍した。


「おいおい、自棄になって自殺か!?」


「んなわけ……無いだろうが……!!」


 目と鼻の先に迫り来る剣山。俺は一つの剣山の先端に……《エクスカリバー》の刀身を置き、《巨大化》を念じた。


「道が無いなら……作ればいいだけだ……!」


 剣山に置かれた《エクスカリバー》の刀身。その切っ先はカイルの後方に位置する部屋の角に向いており、そこに向かって、《エクスカリバー》は巨大化していく。俺はそうして出来上がった『《エクスカリバー》による足場』を、全速力で駆け抜けた。


「何だ……そりゃぁ!?」


 驚愕を隠せない様子のカイルは、一瞬俺への対応に遅れる。その一瞬が、俺に大きなアドバンテージを与える。

 俺はその刀身を踏み台に跳躍しつつ、巨大化した《エクスカリバー》の先端を左手で掴んで刀身を元のサイズに戻しながら半回転させ柄を右手で掴み直す。そのまま《エクスカリバー》を上段構え、人間の死角……ほぼ真後ろから、天井を蹴って落下しながらカイルに向かって突っ込んでいく。

 しかし流石は七星騎士と言うべきか。死角からの攻撃に対しても、殺気を感じてか、その身体が反射的に反応する。《破壊と再生の巨剣(ウロボロス・バスタード)》を振り向き様に無理矢理に振るい、さらには分厚い土壁をも創り出してみせた。俺は土壁を右踵落としで破壊しつつ、《エクスカリバー》の柄に左手を持っていき、ギリギリまで身体の後方に捻られた両腕を、カイルに向けて降り下ろした。


「《物部流暗殺術・一ノ型二番……『蠡殺(らせつ)』!!」

 最速の一撃が、《破壊と再生の巨剣(ウロボロス・バスタード)》ごと、カイルの身体を斬り裂いた。




「ぐ……いてててて……」


「よう、目は覚めたか?」


 破いたコートで作った即席の包帯によって止血を施しただけだったが、流石七星騎士ということもあってか、カイルは約10分程で意識を取り戻した。

 カイルは俺の存在に気付くや否や、複雑な表情で、ポツリと言葉を漏らした。


「……そうか。俺は……敗けた……のか……」


「……ああ」


「……やっぱりお前には……勝てなかったん……だな……」


「……ああ」


「……この怪我の……手当ては……お前……が……?」


「……ああ」


「……俺なんて放って置いて……先に……行けよ……」


「……」


 俺は今度は、「ああ」とは言わなかった。代わりに無言で、カイルの目としっかりと視線を合わせる。


「……何とか言えよ。何だよ……何なんだよその目は! 勝者の余裕かよ! お前は、敵に情けを掛けられることがどれだけ屈辱か分かって―」


「……知ってるよ。お前が本当はプライドの高い奴だっていうことぐらい、俺は知っている。……だから俺は、『敵に情けを掛けた』つもりなんて全く無いぜ?」


「それは……どういう……」


「俺達……親友だろ?」


「……っ!?」


「……親友が間違ったことをしていたら、ブン殴ってでも止めさせる。それが……『親友』っていうものじゃ無いのか? 少なくとも俺は、お前のことを大切な親友だと思ってるぜ?」


「カズ……ヤ……」


「だから俺は最初からお前を敵となんか見なしていないさ。一人の親友として、ブン殴ってでも―今回はちょっと手荒だったかも知れないが、そうしてでもお前を間違った道から引きずり出したかった、ただ、それだけだ」


「カズヤ……! 俺は……俺は……!」


「……いいって、気にすんな」


 その目からは涙が溢れそうになっていたが、カイルはそれを無理矢理拭うと、屈託の無い笑みを浮かべ、拳を突き出してきた。


「……俺に勝ったからには、団長も倒してレイネちゃんも助け出せよ。そして全てが終わったら……俺ともう一度戦え、カズヤ。それまでにくたばったら……許さねーからな」


「……ああ、もちろんだ。親友同士の……男と男の、約束だ」


 俺とカイルは拳を突き合わせ、再戦を誓った。

 ……余程無理をしていたのだろう。拳を合わせた後、再び意識を失ったカイルを後にしながら、俺は最上階へと繋がる螺旋階段に足を掛けた。


「……待ってろよ、弌彌兄ぃ。一発ブン殴ってやるからな。……待ってろよ、レイネ。今……助けに行くからな……!!」


 俺は螺旋階段を、全力で駆け上がる。

 ―その先で、弌彌兄ぃの口から、絶望的な真実を伝えられることになるとは知らずに。

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