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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.8 ~絶対零度たる我儘な魔女<上>~
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Level.38:七星騎士

 塔の内部に入ってからも、戦闘の勢いは弱まることは無かった。ただ唯一幸いだったのは、いくら俺達の命を狙う兵士達と言えど、施設自体に傷を付けることは良しとしないのだろう。塔の中に入ってから、兵士達は魔法を極力使わないようにしている様子だった。

 俺達は連携しながら兵士達を倒しつつ、彩月による塔内部の説明に耳を傾けていた。


「……というわけで、この塔は全部で九層構造になっているの。そのうち二層から八層までに七星騎士がそれぞれ部屋を持っている……ここまではいい?」


 俺は返事を返しながら、《エクスカリバー》を巨大化させて正面の兵士達を薙ぎ払う。


「そして九層……つまり最上階に、団長が……恐らく捕らえられたレイネさんもいるはず。そこに行く方法は、二つしか存在しないのです」


 前方の扉を蹴りで強引に突き破り、現れた螺旋階段を登りながら、俺は彩月に続きを促した。


「一つは、層を順番に登っていく方法。これは特別な条件があるわけでは無いから、全員で最上階まで進むことも出来る。……ただし、裏を返せば私を除いた七星騎士全員と戦わなければいけないことになるの」


「全員で戦う分確実性はあるけど……時間がかかる上にきっと消耗が激しい」


「……ええ、神楽さんの言う通りよ。そこでもう一つの方法は……七星騎士の部屋それぞれにある、最上階への直通階段を使う、という方法ね。この方法なら七星騎士を一人でも倒しさえすれば、一気に最上階まで登れる。ただし……」


「他の七星騎士が最上階で合流されたら厄介だから、俺達一人に付き一人の七星騎士を相手にしなきゃいけないってことか……」


「……その通りよ。……私の部屋のゲートは恐らく閉じられているから、使えないと思った方がいい。全員で七星騎士を一人ずつ撃破していくか、各個七星騎士を撃破して最上階で合流を目指す。どちらの方法にするかは和也さん……貴方に任せます」


 他の皆も口を開く様子は無い。俺の決断を待っているということだろう。

 ……レイネが連れ去られてすぐの俺なら、間違いなく前者を選んでいた。他の誰が付いてきたとしても構わず、強引に突き進んでいくという方法を。

 だが、今の俺は、俺達は、結束を確かにした、共に信じあえる仲間だ。だとすれば必然的に、どちらを選ぶかは決まってくる。


「……俺は皆を信じてる。七星騎士の実力は確かだろうから、正直少しだけ心配してしまう気持ちはある。……でも、今は不安よりも希望を信じるべきだ。それに何より、弌彌兄ぃがいつ何を始めるか分からない以上、俺達はいち早く弌彌兄ぃを止め、レイネを助け出さなくちゃならない。だから―」


「……和也さんならそう言うと思ってました。大丈夫です。私も一応……一人の戦士ですから」


「ボクだって一人で戦えるよ! カズヤ君に護られてばっかりじゃ、村の皆に合わせる顔が無いしね!」


「……私も異論は無い。昔の私なら孤独の戦いと思っていたけど……今は違う。……皆のために、一人で戦うだけだから」


「カグラさんの言う通りですわ。それに剡龍の力を解放するとなれば、集団戦には私あまり向いてませんもの」


 皆がたくましい反応をしてくる中、彩月だけは浮かない顔をしていた。


「そうね……。皆の実力は決して低くは無いのは分かってる。これが最善の策だと言うことも分かってる。でも気を付けて……七星騎士はそこらの兵士達とはわけが違う。特に七星騎士長は……正直和也さんでも相性的に勝てないかも知れない」


「そんな奴がいるのか……。……でも、俺達がやることは一つだろ?」


「……ええ、そうね。団長の野望を止めて……レイネさんを救い出す」


「全員で……七人全員で、必ず生きて帰るんだ!」


「ええ!」「「うん!」」「「はい!」」


 少女達の声が重なり、塔に響き渡った。




 しばらく螺旋階段を進むと、開けた空間が現れた。天井までの高さは10メートル近くあるだろうか? 大まかな感覚では、奥行横幅もそれと同じ程度はあるだろう。これまた随分と巨大な空間である。

 俺達が入口を抜け、その空間に足を踏み入れた……その時だった。

 床に描かれていた魔方陣が輝き、その中心が一際強く光輝いたと思うと、その場所に一人の初老の男性が姿を見せた。


「お主ら……侵入者だな? 覚悟は出来ている……という認識で宜しいかの?」


 と、返事を待たずして、俺達の後方から追手の兵士達の声が聞こえてきた。このままでは挟み撃ちにされてしまう。俺達は皆そう思い、兵士達の対応を試みようとした。……しかし。


「ふんっ!!」


 男性の一声を持ってして、俺達の後方……螺旋階段の天井が全て崩落した。その光景と兵士達の阿鼻叫喚の声に、ティカが思わず耳を塞いで(うずくま)る。


「お前……何を……」


「ふん……これで邪魔は入るまい。虫ケラどもめ、どこからでもかかってくるとよい……!」


 兵士達の多くが重傷或いは死に陥ったことは心が痛かったが、今は逆にそれを好都合と捉えるしか無い。どのみち七星騎士を倒して弌彌兄ぃを止めなければ、より多くの犠牲を出すことになる可能性が高いのだ。

 そのためには先程の手筈通りに各個七星騎士を撃破していくのが最適解であり、この相手とて例外では無い。俺が適任は誰か考えようとしたその時、一人の少女が前へと歩み出た。


「……いいですわ。私が貴方のお相手をして差し上げますことよ」


 リッカが槍の先端を男に向け、そう言い放った。


「ぬ……? 嬢ちゃんが一人でワシと戦うというのかね?」


「もちろん、そう言ってますことよ。それとも……耳が遠くて聴こえない程に老いぼれているのでして?」


「ぬかせ……。ワシとて七星騎士の一人……ただの老いぼれに七星騎士が務まるわけ無かろうて。……だから言わせて貰うが、嬢ちゃん一人じゃワシには敵わぬよ」


「あら……それはどうかしらね? ……《紅の戦乙女》。耳にしたことぐらいはあるのではなくて?」


「ほう……? 嬢ちゃんが、あの《紅の戦乙女》と申すか。じゃが証拠が無かろう。それにワシとて簡単に侵入者を通しては七星騎士をクビになってしまうわい」


「それもそうですわね……。では……こういうのはどうでして? 《真紅の焔檻(スカーレット・ジェイル)》」


 リッカの左手から放たれた真紅の焔は、檻の形で男の身体を拘束した。


「皆さん、今のうちに先に進んで下さい。あの男は、私が」


「……分かった。……気を付けろよ、リッカ」


「……誰にモノを言ってるんですの? ……でも、その気持ちだけは受け取っておきますわ」


 俺は皆と頷き合うと、少し顔色の悪いティカの手を取り、男の後方の階段に向けて駆け出した。


「簡単に行かせると……思うてか……!」


 男は檻を強引に破ると、俺達に向けて魔法を放とうとした。……だがその身体を、先程よりも強力な檻が囲んだ。


「《真紅の獄焔檻(スカーレット・ヘルジェイル)》。簡単に追わせると思いまして? 貴方のお相手は私ですわよ?」


 俺達が階段を登り始めたのを確認してから、リッカは檻の拘束を解いた。


「改めまして名乗っておきますわ。《紅の戦乙女》リッカ=ベルフレイル=スカーレット。以後、お見知り置きを」


「……どうやら本物で間違いないようじゃな。いいだろう、一対一で相手をしてやる。……それではワシも名乗らせて貰うとしよう。七星騎士第七席……《召帝》マーディン・イゼルカントじゃ。泣いて謝るなら……今のうちじゃぞ」




 下層で始まった戦闘の音を耳にしながら、螺旋階段を駆け上がる俺達。しばらく進むと、やがて先程と同じような空間に出た。


「これは……一体……?」


 そう神楽が口にするのも無理は無い。広さこそ一つ下の層とほぼ変わらないものの、目の前のほぼ立方体の空間は、全ての面が何か特殊な素材のようなもので構成されていたのだ。……と。


「! 皆さん、耳を塞いで下さい!!」


 突然の彩月の言葉に、俺達は困惑しながらも自らの両耳を掌で塞ぐ。すると次の瞬間、鼓膜が破れるのでは無いかと錯覚するほどの爆音が、空間中に響き渡った。


「……っ!?」


「侵入者の皆さぁん、私のライブ会場にようこそおいで下さいましたぁ……。最高のライブにしてあげますからぁ……ゆっくり楽しんでいって下さぁい……」


 頭に直接響いてくるような甘ったるい声がしたかと思うと、部屋の中心に一人の女性が姿を現した。 

 するとその姿を確認するや否や、エレナが女性に向けて《風を裂く矢弾の一撃(エアリアル・ストライク)》を放った。その一撃が命中したかに思えた瞬間、女性の姿が忽然と消えた。


「一体どこに消えて……」


「……逃がさないっ!」


 続けざまにエレナが《風を裂く矢弾の一撃(エアリアル・ストライク)》を放つ。俺の目にはデタラメな方向に放ったようにしか映らなかった矢弾だったが、しかしそれは女の手によって受け止められていた。


「へぇ……。やりますねぇ……」


「ボクの《風を裂く矢弾の一撃(エアリアル・ストライク)》を、素手で……!? ……お願いカズヤ君。ここはボクに任せてくれないかな?」


「それは構わないが……エレナ、なんでアイツの動きが分かったんだ?」


「……『音』だよ。この部屋の壁は防音かつ反響性のあるクッション材のようなものなんだ。……以前、似たものを見たことがあるから。それはつまりアイツが『音』を使うということ……。だから耳をよく済ましてみた……。ボクはあの村にいて狩りとかしてたからね、耳は良い方なんだ」


 確かに相手が『音』の力を使うのならば、聴力や俊敏力、遠距離攻撃に長けているエレナが適任であろう。そう判断した俺は、残りのメンバーを率いて駆け出した。


「任せたぞ、エレナ」


「りょーかいっ!」


 エレナとすれ違いざまにハイタッチを交わす。女は部屋のカラクリを見破られたのが余程悔しいのか、階段に向かう俺達には目もくれようとしなかった。


「いいんだ? 追わなくて。まあ、足止めする手間が省けてボクも助かるんだけどね」


「その『ボク』っていうのぉ……気持ち悪いのでぇ……。潰してあげたくなってきちゃいましたのでぇ……!」 


「ボクから言わせて貰えばそっちの話し方の方が気持ち悪いよ? ……《烈風の弓士》エレナ・ジオルーン。君の心臓を射抜かさせて貰うよ」


「……七星騎士第六席《凶想曲(デスマーチ)》クレシア・エーデルディア。君の全てをグッチャグッチャに潰してあげるぅ……!」




 リッカとエレナの勝利を信じて、螺旋階段を駆け上がる俺達。しかし、前方に現れた機械仕掛けの頑丈そうな扉が、俺達の行く手を阻む。


「何だか知らねーけど……取り合えずぶっ壊す!」


 俺はその扉に対して、右ストレートを放とうとした。……だが。


「「ダメッ!!」」


 彩月とティカの声が重なる。俺はその悲鳴にも似た声に、無理矢理右ストレートのモーションを停止させた。……と、コートの一部分がその扉に触れ……溶けて消滅した。


「うおっ!? あのままだったらヤバかったな……。サンキュ、ティカ、彩月」


「はい、無事で何よりです。この扉の表面は、超強力な酸の膜のようなもので覆われています。……この先にいるのは、ある意味で七星騎士中最も危険な女ですから」


「……そしてこの扉をくぐるのには、『あの人』の許しが必要不可欠なんです。……例外を除いて、ですが」


 暗い顔のティカが言う言葉を、神楽が聞き返す。


「例外……?」


「……はい。この扉の鍵は言語入力式のパスワードです。そしてそのパスワードは……『true(トゥルー) seeker(シーカー)』。真実の……探求者」


 ティカがそう言い放った瞬間、扉が大きな音を立てながら開き出した。


「ティカさん……貴女は……。……いえ、今は……止めておきます」


 彩月が何かを言いかけて、切なげな表情で顔をそらした。

 何かを知っている彩月の様子、そして何かを隠しているティカの様子に違和感を覚えながらも、俺は部屋に足を踏み入れた。……と同時に、凄まじいまでの悪寒を感じた。


「これ……は……」


 二・三層よりも一回り程小さいだろうか。薄暗い部屋の中には、いくつもの円筒状の水槽が立ち並び、それぞれの中には、奇妙な形の生物や異質な機械仕掛けの武器等が入れられていた。その部屋の中心部には巨大なモニターが設置されており、その前に設けられた回転式の椅子には、白衣に身を包んだ翠色の髪の女性が腰をかけていた。扉が開けられたことに気付いているのかいないのか、女性はしばらくキーボードを叩いていたが、やがてピタリと指の動きを止めると、椅子を回転させてこちらに向き直った。


「パスが解除されたから誰かと思えば……懐かしい顔だねぇ……。……どうよ? 少しは魔法使えるようになった? ティカ」


「カテジナ……先生……」


 震えた声を発するティカ。その顔は正に顔面蒼白そのものだった。


「そんなに怯えてどうしたんだい? 一緒に研究をした仲じゃないか。ホラ、丁度良い実験体が出来上がったんだ。ティカの意見も聞かせて欲しいな」


 女性……カテジナはそう言うと、水槽の一つに向かい、その側面下部に付けられたボタンを押した。すると水槽がひび割れ、緑色の液体と共に、腕と足の配置が反対で顔が逆さに接合された奇妙な生命体が姿を現した。


「……どうだい? 中々良い出来だと思うんだけどねぇ……。そんなに震えてたんじゃ分からないよ? 私に見せてくれよ……あの頃みたいな……笑顔を……!」


 ……狂ってる。女性……カテジナを表現する言葉は、それ一つで十分だった。だがそれよりも気になるのは、ティカとカテジナの間にある関係性についてだった。


「ティカ……アイツのこと……知ってる、のか……?」


 ティカは俺の問いにすぐには答えようとしなかった。だが俺が質問を取り消そうとした瞬間、掠れた声と共に重たい口を開いた。


「……私が、守衛兵団の見習いだった頃の話です。身を寄せるアテも無かった私は、実験の手伝いをする代わりに住む部屋を提供して貰えるという待遇から、カテジナさんの率いる部隊での活動を志望しました。その頃のカテジナさんは、私に対して本当のお母さんのように接してくれていて、私もそんなカテジナさんが大好きでした。でもある時……奇妙な生命体の解析を任された時から、カテジナさんは変わってしまったんです」


「変わった、って……。じゃあ昔は、あんな狂人じゃ無かったってことか?」


「……はい。でもカテジナさんが変わってしまったのは、ある意味私のせいでもあるんです。私が、あの時―。……カズヤさん、カテジナさんの相手は、私に任せて貰えませんか?」


「でもお前、震えて……」


「……確かに怖いです。怖いけど、誰かがカテジナさんを倒さなきゃいけない。ならその役目は……責任を持って私が引き受けるべきなんです。……大丈夫です。カズヤさんが私に『正義の形』を見せて救ってくれたように、今度は私がカテジナさんを救ってみせますから」


 そう言い放ったティカの身体はまだわずかに震えていたものの、その目からは強い意思の色が感じられた。だから俺は、ティカの頭にポンッと手を置いて、言った。


「……分かった。お前なりの『正義の形』、彼女に見せてやれ。大丈夫……お前の強さは、一緒に旅をしてきた俺が保証する」


 軽く髪をクシャクシャと撫でてやり、俺はその手を離した。神楽と彩月と頷き合い、一気に階段までの道を駆け抜ける。


「ダメだよ。その先には……行かせない……! やれぇ!」


 カテジナが声を荒げると、先程の生命体が俺達に向けて飛びかかってきた……かに思えたが、生命体は俺達を素通りし、手当たり次第に水槽を破壊し始めた。


「なに……なんで……!?」


「……《記憶忘却(オブリヴィオン)》。その子の『貴女への忠誠心』を忘却させました。……忘れましたか? 私が治癒魔法の使い手だということを。《蒼天の治癒士》ティカ・アスレイン。私の正義で……貴女を裁きます!」


「……そういえば、そうだったわね。でもティカ、アナタこそ忘れて無いわよね? 七星騎士第五席《真実の探求者(トゥルー・シーカー)》カテジナ・エリュシュタイン……アナタが私に模擬戦で勝てたことは、一度きりとも無かったということをね……!」




 単独での戦闘に不向きなティカを、あのまま残してきてよかったのか。そんな不安が一瞬脳裏をよぎったが、神楽と彩月の強い意思の籠められた目を見て、その考えを拭い去る。

 ティカは自らの因縁に終止符を打つために、自らあの場に残るとの意思を示したのだ。俺達が余計な手出しをする問題でも無ければ、逆に手を出している場合でも無い。今は一刻も早く上へ上へと塔を登らなければならないのだ。

 次の部屋の入口が見えてきたところで、彩月に制され、俺達は一旦足を止めた。


「彩月……?」


「……ここで次に戦う人を決めておきましょう。この先の部屋で立ち止まったら、命はまず無いと思った方がいいです」


「そんな奴が……この先に……?」


「……ええ。彼は七星騎士……いえ、王都直属守衛兵団の中で最も多くの人を殺してきたであろう男……。そのテリトリーで隙を見せようものなら、一瞬で首を持っていかれます」


「そいつはまた、厄介な奴だな……。止まらずに駆け抜ける、か……」


「……ならそいつの相手は私がする。人の殺し方を熟知している者に対応出来るのは、同じく人の殺し方を熟知している者だけ。私しか、適任はいない」


「いや、だったら俺が……」


「……和也はダメ。貴方の暗殺術は技の性能だけの話。貴方自身の心は、殺戮(さつりく)を少しも望んでいない。それに、このさらに上から感じる魔力……。これは和也か彩月じゃないと対応仕切れない」


「神楽……」


 神楽が自分では対応出来ない、という弱音のようなものを吐くのはこれが初めてかも知れない。神楽は、初めて会った頃に比べ、随分と変わった。こうして弱音を吐くということは、逆を言えば俺達を、仲間を頼ってくれているということだ。


「……分かった。ここは神楽に任せるよ。だが、くれぐれも気を付けろよ?」


「……分かってる。だからこの戦いが終わったら―。……ううん、何でも無い。やっぱり全てが終わってからにする。……部屋に入ると同時に《影間転移(シャドウ・トランスポート)》を使う。二人は向こう側に出たらすぐに走って」


 神楽が言おうとしていたことを少し気にしつつも、俺は彩月と頷き合う。

 そしてカテジナの部屋よりもさらに一回り小さい空間に出た瞬間、神楽が《影間転移(シャドウ・トランスポート)》を発動させ、俺と彩月は影の中に潜り、螺旋階段に向かおうとした。


「させるかよっ……!」


 声と共に紫色の短髪の男が現れたかと思うと、部屋の壁に飾られていた無数の武器が、高速で移動する影の中の俺と彩月に向かって降り注いできた。……だが。


「《影縫い・縛》」


 神楽が放った影が、それらの武器全てを空中で縫い取った。

 俺と彩月は螺旋階段に向かうことに成功し、全力で駆け出す。


「へぇ……今の一撃を防ぐとはねぇ……中々やるじゃん? ……それにアンタ、なんか同族のニオイがするぜぇ……」


「……私はもう、怒りだけで人を殺さない。私が殺すのは……和也や皆の障害になると判断した人物だけ。《斬影の暗殺者》暁神楽。貴方を……殺す」


「へへっ……。良い目だ。俺と同じ、殺人者の目だなぁ……。七星騎士第四席《死刑執行人(エクスキューショナー)》ハンス・ヴァレンシット。アンタを……殺す」




 螺旋階段を駆け上がることしばらくすると、少しだけ開けた空間が現れた。しかしそこは七星騎士の部屋というわけでは無く、どうやら階段の踊り場のようなものだった。しかもどうやら、上へ進むための道が三方向に分岐しているようだった。


「ここは……?」


「……この先にいるのは、三席以上の位を与えられた七星騎士。彼らには一人で守衛兵団の兵士達を自由に動かす権利が与えられ、有事の際を考え、こここら部屋まで直通の階段が設けられているんです」


「じゃあ……」


「……はい。私と和也さんも、ここで別れることになります。真ん中の階段を進んだ先は私の部屋なので、左右どちらかの階段に向かうことになりますが……。……和也さん。団長の相手は、私にさせて貰えないでしょうか?」


「彩月が……?」


「……はい。先程も言いましたが、七星騎士長の能力と和也さんは相性が最悪、というのも一つの理由です。……それにもう一つ。ティカさんがカテジナとの因縁に決着を付けることを望んだように、私も七星騎士副長として、七星騎士長を止める責任があるのです」


 彩月の目に、迷いは無かった。そうなればもう、俺に彩月を止める権利などありはしない。


「分かった。彩月を……信じるよ」


「……ありがとう、ございます。……和也さん、約束、覚えてますよね?」


「……もちろん」


「私、和也さんが嫌って言ったって、旅に付いていきますからね?」


「……え? それって、どういう……」


「……ふふっ。絶対に勝って皆で帰りましょう! って意味ですよっ!」


 はぐらかされた気もしたが、彩月の突き出してきた拳に、俺も拳を突き付ける。

 そして彩月は右の階段、俺は左の階段へと歩を進めた。……もう、振り返ることはせずに。




 彩月は八層に足を踏み入れるや否や、大声を張り上げた。


「元七星騎士副長《雷鳴の刀剣士》橘彩月、七星騎士長殿に決闘を申し込む!!」


「……やっぱり、君が来たのか。あんなに従順だったのに、どうしてこうなっちゃったのかねぇ……」


 左目に眼帯を着けた壮年の男性が、二振りの長刀を手に、彩月と対峙する。


「……私は和也さん達と出会い、守衛兵団のやり方が間違っているということに気付いた。だから貴方をこの手で倒して、団長も皆の力を借りて倒す。……ただそれだけの、話です」


「……それだけ、って彩月ちゃん、自分が何を言っているのか分かっているんだよね?」


「……もちろんです」


「はぁ……。まあ仕方無いかぁ……。団長に君を殺させるわけにはいかないし、やっぱりボクが殺るしか無いんだよねぇ……。七星騎士長《剣聖》ユーリ・ベルクリア。君を……手にかけさせてもらうよ!」




 皆がそれぞれの敵と対峙している中、六層の部屋で待っていた七星騎士を前に、俺は戦慄し、動揺を隠せずにいた。


「なんで……お前が……どうして……!」


「どうして、って言われてもなぁ……。元からこうだった、とでも言っておけばいいのか?」


 飄々(ひょうひょう)とした態度で答えるその男に、俺は見覚えがあった。……いや、見覚えがあったどころの話では無い。本気で決闘し、共闘までした……かけ換えの無い友人だ。顔を間違えるはずなど、ありはしない。


「……親友だと思っていたのは……俺だけだっていうのか?」


「んー……。個人的にはお前のこと嫌いじゃ無いぜ? ただ俺も組織の人間……それも七星騎士の第三席なんて立場がある以上、こうなるのはある意味運命だった、とも言えるんじゃ無いか?」


「……黙れよ。俺の知ってるお前はそんな立場なんか気にするような男じゃねぇ……。一発殴って、目を覚まさせてやるよ……カイル!!」


「おおーコワイコワイ。けど、今の俺を《能力制御(リミッター)》かけてたあの時の俺と同じだと思うんじゃねぇぞ? 七星騎士第三席《大地の守護戦士》カイル・グランディア。カズヤ、お前を上には……行かせねぇ!」




 斯くして、俺達と七星騎士との死闘の火蓋は切って落とされたのだった―。

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