Level.36:結束
レイネ。右も左も分からない状態でこの世界にやってきて、イノシシもどきに襲われていた俺を助けてくれた少女。ワガママで横暴で、意地っ張りな少女。絶世の美女という言葉では言い表せない程に美しく、普段の言葉とは裏腹に人一倍正義感の強い少女。料理が壊滅的だったりトマトが食べれなかったりとどこか抜けてるところもある少女。そんな少女のことを、俺は初めて出会った時からどこか放っておけないと思っていた。妹の雫とどこか似ているところがあったから。そして、その美しさに、その儚さに、その心の芯の強さに、俺は強く惹かれたのだ。それから一緒に旅をするうちに、彼女への想いは強くなっていった。……そう、俺は彼女の、レイネのことを―。
「……さん! カズヤさん……っ!!」
―声が聞こえる。必死に呼び掛ける、少女の……声。
「カズヤ君……!」
「和也……!」
「カズヤさん……!」
それぞれの声の主は一体誰だっただろうか? 俺は何でこんな所に―倒れているのだろうか?
「っ……くっ……」
視界が徐々に開けていく。暗がりの中、俺を覗き込む4人の少女達―。
「……!! レイネ……!!」
……そうだ。レイネ。レイネだ。俺はレイネを助けに行かなくてはならない。レイネは俺にとって大切な存在で―。
「……っ!!」
しかし、急に立ち上がった瞬間、強烈な目眩を覚えて、俺は地面に倒れ込んでしまう。同時に、身体が激痛に悲鳴をあげる。
「クソッ……! 俺は……俺はレイネを……!!」
無理矢理身体を起こし、弌彌兄ぃが消えた方向に向けて歩き出す。だがその正面に、雷刃が突き刺さった。
「……どけよ」
少女―彩月は、何も言おうとしない。雷刀を地面に突き立て、俺の行く先に立ちふさがる。
「……どけよ! 俺は……俺はレイネを……!」
だが彩月はどこうとしない。真っ直ぐ俺の瞳を見つめ、ただそこに無言で立っている。
一刻も早く俺はレイネを助けに行かなくてはならないのだ。それを邪魔するというのならば、例え仲間になってくれた少女であろうとも―。
「どけって……言ってるんだよ!」
俺は前に進むべく、彩月の顔面に渾身の右ストレートを繰り出す。彩月は右手を顔の前に開いて掲げた。そんなもので鎧をも砕いた俺の拳は防げるはずが無い。俺はそのまま、全体重を乗せて拳を突き出した。
―パシッ。
だがそれは、乾いた音と共に彩月の掌の中に収まった。数々の敵を倒してきた俺の拳は、魔力も込められていない少女の片手一本によって、防がれてしまったのだ。
「なんで……」
……分かっている。本当は、分かっている。俺がこのまま進んでも、レイネの所に辿り着く前にやられてしまうことぐらい。
「なんで……!」
……分かっている。彩月の後方には、地面が崩れて進むことの出来ない空間が広がっていることぐらいは。
「なんでだよ……!!」
それでも俺は、前に進むことしか考えられなかった。レイネがいなくなってしまった。レイネが連れ去られてしまった。二度と会えなくなるかもしれないという状況下で、冷静に現状を見ることが出来なかった。
「なんでだよ……弌彌兄ぃ……!!」
そして何より、仲間達を、この世界を苦しめていた黒幕が、かつて尊敬していた男であったことが、悔しくて、悔しくて仕方なかった。何であの人がこんなことをしたのか。弌彌兄ぃが黒幕だったという事実に、俺は平静を保つことなど出来なかった。
「俺は……俺は……!」
拳が―熱い。今の俺の身体では、この道では無理だと分かっているのに、歩を止めることが出来ない。
拳は阻まれても、剣なら、暗殺術なら―。
俺は地面に突き立てられている彩月の剣に手をかけ、引き抜き、真っ直ぐ上空へと振り上げる。《物部流暗殺術・一ノ型二番『蠡殺』》の構え。
彩月は全く動こうとはしない。それを目にしたティカ達が、俺を止めるべく一斉に飛び込んでくるが、もう遅い。この技は《物部流暗殺術》の中でも最速を誇る。いくら4人がかりでも、発動したら最後、もう止められはしない。
彩月を切り落とした後はどうするのか。飛び込んできた4人も切り捨て、一人でレイネの所に向かうのか。……いや、そんなことはどうだっていい。俺はただ、例え一人でも、前に―。
―その時。
『仲間に、もっと頼りなさいよ! もっと仲間を……信じなさいよ!』
誰かの声が、頭の中にこだまする。それは―そう。今みたいに、一人で抱え込んでいたあの時、一人の少女にかけられた、大切な言葉―。
「……っ!!」
俺は身体が悲鳴をあげるのも構わず、強引に技を中断した。右腕がありえない方向に曲がるが、気にしない。そして降り下ろされる途中の剣を、無理矢理身体の真横へと突き立てた。
「ハァハァハァ……。俺は……。……そうだ。俺は……俺には……『仲間』がいる。そうだよな……? レイネ……」
と、目の前で立ち続けていた彩月が、膝からその場に崩れ落ちた。
憮然としているように見えた少女の身体は微かに震えており、その瞳にはうっすら涙も浮かんでいた。
……俺が彼女を怯えさせてしまったのだ。その事実はどうあっても変えることは出来ない。でも、間違いを犯したならばそれを認め、正すことで償うことは出来る。そして俺が今、出来ることは―。
俺は動かない右腕の代わりに、左腕で彩月の身体を抱き寄せた。
「あ……」
「彩月……ゴメンな? 俺がバカだったばかりに……。怖かったよな……」
「……そうですよ。本当に……斬られるかと思ったんですから……」
「……ああ。ゴメンな……。謝っても許して貰えるかどうかは分からないけど、今の俺には謝ることぐらいしか出来ないんだ。だから……ゴメン」
「……そうですね。こんなに怖い思いしたんですから、そんな簡単には許せません」
「彩月……。それでも……それでも俺は……」
「……分かっていますよ。貴方の……和也さんの想いは。だからそうですね……。レイネさんを救いだし、団長を倒して下さったならば、その時こそ、私は貴方を許して差し上げます」
「彩月……ありがとう。必ずレイネを取り戻す。そして、弌彌兄ぃを……」
「……そうですね。……でも私、まだ身体の震えが止まらないんです。ですから、もう少しこのまま……」
そう言うと彩月は、体重を俺の方へと預けてきた。
「……ああ」
俺はその身体を、左腕で優しく抱き締めた。
「もう……いつまで抱き合ってるのさ!?」
どれぐらいの時間が経っただろうか。エレナの一言で、俺と彩月は我に返った。
「こ、これは、その……。あ、貴女達がいつ言及してくるかどうかを試していただけで……!」
彩月が顔を真っ赤にしてそんなことを言い出した。勿論、誰もそんなことを信じようとはしない。
「……嘘。私の目は誤魔化せない。貴女……和也のニオイを嗅いでいた」
「ひゃうっ!?」
彩月が変な声を出すと同時に飛び上がった。そして洞窟の壁に駆け寄ると、そこに縮こまって座り込んでしまった。
「隠れられてませんわよ……」
「ハハハ……」
お堅い潔癖騎士と思っていた彩月だが、案外可愛い所もあるようだ。尚、俺のニオイを嗅いでいたのが本当かどうかは、知るのが怖いので聞かないでおくことにした。
「……っと、皆、聞いて欲しいことがあるんだ」
俺の真面目になった声音を聞き、皆も引き締まった顔になる。壁によりかかっていた彩月も、咳払いをしながらこちらに歩みよってきた。
「まずは……ゴメン。俺、仲間を信じきれていなかった。ティカとエレナにはもっと謝らないとな……。あの時も、二人には迷惑をかけたから……。俺はさっき、前に進むことだけを考えて、危うく彩月を手にかけてしまうところだった……。でも俺、アイツに言われた言葉を思い出したんだ。『仲間をもっと頼れ、信じろ』って……。だから謝らせて欲しい。皆……本当に、ゴメン」
誰も何も言おうとしない。俺の次の言葉を待っているかのようだった。
「……俺はアイツを……レイネを助けに行きたい。そして弌彌兄ぃの野望を打ち砕きたい。でもそれはきっと、俺一人じゃ成し遂げることは出来ないんだ。だから、だから……。皆―力を貸して欲しい!!」
空洞に静寂が訪れる。……皆、俺の身勝手な言動に呆れて言葉も出ないのだろうか……? ―そう思った矢先、水色の光が、俺の身体を包み込んだ。
「……《治癒の光》。そんなボロボロの身体で、どこに行くって言うんですか? ……治癒なら私に任せて下さい。正義の形、教えてくれたのはカズヤさんなんですから」
「ティカ……」
次の瞬間、突風が吹き荒れ、矢弾によって船が形成された。
「《風の空船》。王都まで一気に駆け抜けるよ! ……ボクだって、カズヤの役に立ちたいんだからね? カズヤが吹かせる風、ボク、大好きだから!」
「エレナ……」
一拍置いて俺達の後方に、黒き影の門が形成された。
「……《影間転移門》。……洞窟の入口前にポイントは置いてある。進めないなら一旦戻ればいい。立ち止まって考えればいい。……そうすれば、どんな絶望にだって立ち向かえる。奇跡だって、きっと起こせる。そうでしょ? ……和也」
「神楽……」
続けて空洞の気温が上昇し、身体が芯から熱くなり、活力が湧き出てきた。
「……《紅蓮の陽光》。……まずは心も身体も暖めて下さい。絶対零度などに負けない程の強い情熱を抱いて下さい。……前に進むのは、それからでも遅くないのですよ? 竜の街を救って下さった時のカズヤさんの情熱は、とても温かかったですよ。……恋焦がれて、しまう程に。……こ、恋焦がれてるのはあくまでも情熱にですわよっ!」
「リッカ……」
4人の言葉に、俺は何かこみ上げてくるものを感じた。彼女達に出会って、共に戦い、旅をして―。……俺は、俺の言葉が少しでも彼女達の心に届いていればいいと思っていた。……でも、そうでは無かったのだ。彼女達はもう、俺の言葉など必要無い程にそれぞれの意思を強く持っていた。俺の想いを越え、さらに強い想いを抱いていた。そんな彼女達が今、こうして俺に力を貸してくれようとしている。俺はそれがたまらなく嬉しく、同時に、誇らしかった。
そんな中、突然彩月が剣を地面へと突き立て、こんなことを言う。
「……私はまだ、貴方達の仲間になったつもりはありません」
「……彩月?」
「……ですが、団長を倒し、その野望を止め、守衛兵団のあり方を正したその時こそ……私は貴方達の仲間になることを、この刀に誓います。ですからそれまでは……私自身の誇りのために貴方達と共に参ります」
「彩月……。ああ、よろしく頼む」
「はい……! ……それと和也さん、コレを」
地面に突き立てられていた刀を引き抜いた彩月は、それを俺に差し出してきた。
「コレは……?」
「《エクスカリバー》です」
「エク……ええっ!?」
そのド直球な銘に、思わず噴き出しそうになった。
「……《エクスカリバー》って言っても、本当の《聖剣》程の力を持っているわけでは無いんです。これは私達守衛兵団七星騎士全員に配られる剣、魔力を込めた強さなら、それぞれが持つ《神器》のほうが上ですから。それでも一般兵士が持つ剣よりは遥かに強い。……和也さんが剣を嫌うのは分かっていますが、団長の《神器》に対抗するためにも、コレを。和也さんなら、きっと……」
俺は一瞬、それを受け取ることを躊躇った。さっき俺は彩月に剣を向けてしまった。剣を持ったら、また誰かを傷付けてしまうのではないか? その思いが、拭い切れずにいた。……それでも。
「……ああ。ありがとう、彩月。必ず……弌彌兄ぃを倒してレイネを救ってみせる」
俺はこの力を、レイネを救うために、そして皆を護るためだけに使うと、その剣に誓った。
「……皆、行こう!」
「「うん!!」」「「「はい!!」」」
結束を深めた俺達は、レイネを救うため、《王都インペリアル》へと向かうのだった。




