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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.7 ~雷鳴轟く孤高の刀剣士~
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Level.35:アブソリュート・ゼロ

 彩月は話してくれた。

 今まで溜め込んでいたもの、一人で抱え込んでいたものを、泣きじゃくりながら、話してくれた。

 戦闘の最中彩月が溢していた言葉の意味が深々と伝わってくる。

 表向きには心中自殺で他界した母と妹。それによっておかしくなった父親。そしてその父親の運転する車は、結果的に彩月をこの世界へと導くことになった。

 ……彩月の母と妹は心中自殺などしてはいない。それは彩月が強く訴えていることであるし、何より彼女が語った家族の思い出、その絆からもそれは痛い程理解することが出来た。

 だとすると、一体誰が―。そう考えずにはいられなかったが、向こうの世界で起きたことは向こうの世界に戻らないと決着が付かない。それもまた、事実だった。

 俺はただ、彩月の話を聞いてやった。彩月が落ち着くまで、話を聞いてやった。俺は警察では無いから、誰が犯人かなどという捜査のような真似事が出来るわけでも無い。俺に出来ることは、話を聞いてやって、その話を、彩月をただ信じることだけなのだから。

 立場上俺達と彩月は敵同士ではあるが、俺達も彩月も同じ人間だ。そして恐らく、同じ大地で、同じ国で暮らしていた人間だ。同じ人間の女の子が泣いているのに、それを放って置くなどとということは俺には出来なかった。だから俺は、彩月にただ一言だけ声をかけた。


「誰が何と言おうと、俺はお前の―味方だから」


 彼女にはただ一言だけで良かったのだ。彼女はただ、自分のことを組織とか関係無く一人の人間として信じてくれる味方が欲しかっただけなのだから―。




「あの……」


 どれぐらいの時が経っただろうか。皆がティカの魔法により動ける程度まで回復したころ、泣きじゃくって落ち着いたのか、彩月が掠れた声で俺に話しかけてくる。


「ん……?」


「さっきの……技……。たしか《物部流暗殺術》……でしたね。それと、貴方が『剣』を使うということもそうです。それらは上からの報告にはありませんでした。何故今まで……使ってこなかったのですか……?」


「確かにそうね……」


「ボクも初めて見たよ、カズヤ君が剣を使うところ」


「……改めて言われれば。それに和也は《騎士》。逆に言えば何で今まで剣を使わなかったかの方が不思議」


 皆の言うことも最もである。《騎士》と言えば剣。剣と言えば《騎士》だろう。それは俺も分かりきっていることである。

 だが―。


「そう……だな。今回俺が剣を使ったのは、そうしないと彩月に勝てなかったからだ。最後の一撃は《物部流暗殺術》で動揺を誘えたから……っていうのもあるしな。今まで使ってこなかったのは、剣も暗殺術もそうだが、純粋に『使うのが怖かったから』……かな」


「使うのが怖い……ですの?」


「あんなに強いのに……ですか?」


「……ああ。確かに《騎士》の職業的にも俺は多分剣で戦った方が強いんだと思う。そしてそれを最大限に活かせる剣術は《物部流暗殺術》だ。だけど俺はそれを出来れば使いたくは無かった。これからも……出来れば……」


「一体何が……怖いというのですか?」


「それは……。……俺が、剣を持ち《物部流暗殺術》を使って、人を―」


 俺が決定的な一言を言いかけた―刹那。俺達が座っていた床が、突如として崩壊した。


「なっ……!? くっ……そ……!」


 この地下空間の崩壊に巻き込まれたら確実に命は無い。咄嗟にエレナが《風の空舟(エアライド)》で近くにいたティカを救出するものの、咄嗟に出しただけにエレナが救出出来る人数はそれが限界だった。


「和也、レイネと彩月を!」


 神楽が《影間転移(シャドウ・トランスポート)》でリッカを抱えて崩壊を免れた地面へと転移する。

 俺はすぐ近くにいた彩月を左脇に抱え、崩れた瓦礫を蹴り跳躍し、落下していくレイネへと手を伸ばす。だがレイネは自分で魔法を使うどころか手を伸ばそうともせず、ただ呆然と落ちていく。


「レイネ! 手を!!」


 ハッと我に返ったレイネが、慌てて懸命に手を伸ばす。


「届……けぇ……!!」


 後10センチ。

 後3センチ。

 後……1センチ。

 指先と指先が触れ合った瞬間、レイネの身体は俺と真逆の方向へと引っ張られていった。


「くそっ……!!」


 レイネは落ちていったわけでは無い。ひとまず彩月を抱え神楽達が避難した先へと降り立った俺は、レイネが引っ張られて行った方向―崩壊を免れた反対側の空間に目をやって……そこに映った人物を見て、自分の目を疑った。

「あーあ。大切なモノなら手放しちゃいけないってアレほど言っただろ? ダメじゃねーか、―和也」


弌彌(ひとみ)……()ぃ……」 




 意識を失ったレイネを抱え、黒いコートに身を包んでいたその人物は、風貌(ふうぼう)こそ大きく変わっていたものの間違いない、俺の尊敬していた人にして、俺に《物部流暗殺術》を教えた人物―『物部弌彌(もののべひとみ)』その人だった。

 弌彌兄ぃがこの世界に来ていて、レイネを助けてくれた。そう思い安心した俺は、弌彌兄ぃに感謝の言葉を伝えようとした。だがそれより先に弌彌兄ぃの口から発せられた言葉に、俺は激しく戦慄した。


「やっぱし副長ちゃんは時間稼ぎにしかならなかったか。《蒼天の治癒士》ちゃんもすっかり洗脳されやがって。後はボロ街の竜娘に実験ドワーフの子供、それに無能の神楽ちゃんか。中々面白いパーティだな、和也。……それと礼を言うぜ、レイネシアをここまで運んで来てくれて」


 点と点が繋がる。

 ティカを間違った正義で縛っていた男。

 エレナの家族を弄んだ男。

 神楽の信念を歪めた男。

 リッカの故郷を襲わせた男。

 彩月を駒として扱っていた男。

 思い返せば『その男』は、俺の物によく似た黒コートに身を包んでいて―。


「弌彌……兄ぃ……。アンタ……アンタが皆を……! 皆を苦しめていたのか……! それに『レイネシア』って誰だよ! レイネを放せ!!」


「ハハッ……。随分な物言いだな和也。俺がお前のお仲間を苦しめた? それは違うぜ? 俺はただ自分のやりたいことをやったまでだ。勝手に苦しんだのはソイツらだろ……?」


「弌彌……兄ぃ……!」


「それはどうでもいいとして、だ……。やっぱりお前、コイツのこと何も知らないで一緒に行動してたんだな。……まあ、無理も無いか。『レイネシア』のことを知ってるのは、俺とレイネシア自身と《商人(ベンダー)》だけだからな」


「何言ってやがる……! 俺達はレイネと一緒に旅をしてきたんだ! 俺は知ってる……! レイネの好きなもの嫌いなもの性格も全て……!」


「まあまあ熱くなるなっての。言ったろ? 『レイネシア』のことを知ってるのは俺とレイネシアと《商人(ベンダー)》だけだって。お前の言う『レイネ』とかいう奴のことじゃない。俺が言ってるのはこの女―レイネシアのことだぜ?」


(弌彌兄ぃは何を言って―。『レイネ』が『レイネシア』? レイネシアとは一体―。弌彌兄ぃとレイネシア自身と《商人(ベンダー)》だけが『レイネシア』を知っている? ……《商人(ベンダー)》? ちょっと待て……どこかでその名前……。……!!)


「ハッ……。その顔だと《商人(ベンダー)》の正体にようやく気付いたか? ほら挨拶してやれ……《商人(ベンダー)》さんよぉ!」


 弌彌兄ぃの背後の通路から歩み出てきたのは、残酷なことに俺達がよく知っている人物その人だった。


「イズナ……さん……」


 《水の都ソリュータル》で出会ってから、数々の場面で頼りになってくれた彼女が、敵側の人間だったというのか。王都に向かうルートに困っていた俺達を地下道に向かわせたのはイズナさんだ。つまり俺達はイズナさんに……()められていたということなのか。

 イズナさんは俯いたまま何も言おうとしない。弌彌兄ぃはそんなイズナさんの肩に手を置く。


「さあ《商人(ベンダー)》さんよ、もう一つの仕事だ。アイツらに『レイネシア』の真実を見せてやれ」


 イズナさんは黙って俯くと、未だ意識を取り戻さないレイネの額に両手をやると、その手に魔力を集中させ始めた。


「さあ和也、お前の《看破(ペネトレイト)》でしっかり見とけよ? お前らのお仲間のレイネとやらが『レイネシア』として目覚める瞬間をよぉ……!」


 このままイズナさんに魔法を使わせては何か取り返しの付かないことになる気がする。そう思った俺はレイネを助けるため対岸に跳躍すべく足に力を入れる。―だが。


(何だ……これ……。身体が……重い……!)


「《調律》。魔法でも何でも無い……俺に与えられた力のほんの一つだ。邪魔はさせねぇよ。さあ《商人(ベンダー)》……やれ」


 イズナさんは無表情のまま頷くと、その魔法を発動させた。


「《身分貸付(レンディング)返還(リターン)》」


 するとレイネの身体が青く発光し、その光が右手を伝ってイズナさんの身体の中へと入っていく。

それと同時にイズナさんの左手からレイネの中へ向かって青い光が移動していく。……と。


「うぅ……うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 意識を取り戻したレイネが、悲痛な叫び声を上げる。逃れようともがくが、弌彌兄ぃがその身体を《重力変動》で押さえ付ける。


「くそ……! レイネ!! やめろぉぉぉぉぉ!!」


「カズヤ……。助けて……カズヤ……!!」


「レイネェェェェェ!!!!」


 しかし叫びは届かない。やがて光が収束しイズナさんから出た光が全てレイネの中に入り込んだ―刹那。レイネから発せられた強烈な冷気が、空間を覆った。


「くっ……!? 一体……何が……。……!?」


 突然の冷気に一瞬閉じてから見開いた俺の目に映ったのは、宙へと浮かぶレイネの姿だった。その虚な瞳はこちらを無感情に見つめていて、その表情も雰囲気も何もかもが、明らかにレイネのものとは違った。


「レイネ……なのか……? ……おいレイネ! レイネ!!」


 俺の呼び掛けに対して、その少女の瞳にかすかに感情の色が戻る。だがそこにあったのは安堵や安らぎなどといったものでは無く、畏怖や憎悪といった感情だった。


「私……は、レイネ……シア。《絶零の女王(アブソリュート・クイーン)》たる……私に……誰の許可を得て……話し掛けている……!!」


「くそっ……! レイネ! 俺だ……和也だ!」


「レイネさん……!」


「レイネちゃん……!」


「レイネ……!」


「レイネ……目を覚ませ!! 戻ってこい!!」


 俺達の呼び掛けに、レイネの瞳が一瞬揺らぐ。―しかし。


「知ら……ない……。あなた……たちなんか……知らない……! 私に……近付かないで……!!」


「ハハッ……ハハハハハッ……! これがレイネシアの本性だ! 思い知ったか、和也! もうお前らは用済みだ……。やれぇ! レイネシア!!」


「クソ……やろうがぁ……! 弌彌ぃぃぃぃぃ!!」


 あの男だけは絶対に許さない。怒りに任せ《重力変動》を強引に無視して身体を持ち上げた俺は、その男を殴るべく対岸に向けて跳躍する。

 ―刹那。凄まじい冷気が、迸った。この世界に来てから感じたことも無いほどの、圧倒的な魔力と圧倒的な恐怖。レイネ……いや、『レイネシア』が放ったそれは、俺を中心として、地下空間全てを一瞬で飲み込んだ。


「《絶対零度(アブソリュート・ゼロ)》」


 冷気に飲み込まれる寸前に《看破(ペネトレイト)》により目にしたのは、[レイネシア=フローレン=ブランマージュ:魔女:level.0]というステータス表記だった……。




 薄れゆく意識の中、弌彌兄ぃ・イズナさんと共に魔法で転移する寸前のレイネと視線が交錯する。その瞳には……涙が浮かんでいて、姿を消す寸前、レイネの口が動き、俺にこう伝えていた。


「ごめんね……さよなら」

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