Level.33:雷鳴の刀剣士
「王都直属守衛兵団・七星騎士副長兼支部統括責任者、橘彩月。レベル11刀剣士の力を持って……貴殿方の命を頂戴します」
少女――彩月がそう言うと同時に、その周囲に浮かんでいた無数の剣が雷光を放ちながら襲いかかってきた。
「いきなりご挨拶ね……! 《アイシクル・レイン》!」
「全くですわ……! 《真紅の雨》」
「ああもう……! 《矢弾を飾る楔》……《降り注ぐ雨》!」
氷と炎、それに矢弾の雨が降り注ぎ、雷剣を撃ち落としていく。……が、次の瞬間、両手に剣を握った彩月が俺の目の前まで肉薄してきていた。
「《天雷・双牙》!!」
左右から目にも止まらぬスピードで迫ってくる雷の刃。だがそれは、黒き影の刃によってその動きを止められる。
「神楽……! 助かったぜ」
「……《天影・黒烈牙》。……和也、コイツの剣は私が受け止める。だからその隙を突いて……!」
「……誰の隙を突くのですか?」
後ろから聞こえる声。気付くといつの間にか彩月が俺の背後に回り込んでいた。剣は片手にしか握られていない。だとするともう片方の剣は―。
「爆ぜろ―《鳴神》」
神楽の小刀と鍔迫り合いをしていたはずの雷剣は、目映い閃光と共に凄まじい雷を迸らさせた。その雷は、正面にいた神楽だけでなく、近くによってきていたレイネ達をも吹き飛ばした。
「これで貴様を―斬れる。《天雷・一閃》!!」
雷の刃が今度こそ俺を捉えたかと思った瞬間、地面からクナイが飛び出してきて、彩月の一撃を弾く。これは神楽の《影縫い》と《全ての存在を絶つ一矢》によるものだ。俺は生まれた一瞬の隙を見逃さない。
「吹き飛べ……!」
ほぼ全力で放った渾身の右ストレート。その拳は彩月の鎧を完全に捉えたかに思えた。
だがその刹那、俺の右手に激痛が走る。先程撃ち落とされたはずの雷剣が再生し、雷光へと姿を変え俺の右手を貫いたのだ。
「ぐっ……!」
「今度こそ……!」
上段から降り下ろされる刃。だがそれはまたも神楽の小刀によって防がれた。
「貴様の刃は私が止めると言った……!」
「フン……。そんな小刀一本で……耐えられると思っているのですか……! 《天雷……》」
鍔迫り合いの状態で、彩月が技を繰り出さんとする直前、彩月の右手が刃ごと凍り付く。
「……《ニトロ・フリーズ》。私達がいること……忘れてないでしょうね……!」
「カグラちゃん、そこから離れて! 《矢弾を飾る楔》……《六方陣》!」
神楽が後ろに飛ぶとほぼ同時に、矢弾が彩月の周囲を六角形の形に囲む。
「こんなもので……!」
レイネの《ニトロ・フリーズ》を何とか破った彩月は、刃を以て矢弾の壁を崩さんとする。だが足を踏み込んだ瞬間、その身体が大きくふらつく。
「っ……!?」
「言って無かったけど気を付けてね? その六方陣の中には動くものを捉える風の魔力が仕込まれてるから。それと……!」
エレナが指を鳴らすと、彩月を覆っていた矢弾の壁がさらに上へ―空洞の天井ギリギリまで伸びていく。
「リッカ、今だよ……!」
「《紅蓮の陽光》!」
矢弾の壁を縫って天井に向かう紅の光は、砕かれた氷に、矢の金属部分に反射し、彩月の視界を遮る。
「くっ……目が……!」
「ちょっと痛い目……見て貰いますわよ……! 《裁きの煌炎》!!」
「悪く……思わないでよね……! 《アイシクル・レイン》!!」
「先に仕掛けてきたのは……そっちなんだからさ……! 《暴虐の嵐》!」
煌炎が、氷雨が、旋風が、彩月の身体を飲み込んだ。
煙が晴れていく。
うつ伏せで倒れ込む人影。それは集中攻撃を受けた彩月の―はずだった。
「なん……で……」
「「「……!?」」」
苦しげな表情でこちらを見上げる神楽の姿を見て、俺達は戦慄する。
「神……楽……!?」
「嘘……何でカグラが……!?」
「……《信号麻痺》。神経が脳に伝える電気信号を一時的に麻痺させる技です。お仲間を傷付けたくなければ、目に映るものが全てだと思わないことですね」
……恐らく神楽との鍔迫り合いを妨害された瞬間にこの技を使っていたのだろう。俺達は彩月の狙いに全く気付くことが出来なかった。それどころか、大切な仲間を―。
(大切な、仲間―。そう、そうだ……俺は、『あの時』―)
俺が立ち尽くす中、レイネ、エレナ、リッカが神楽の下へと駆け寄っていく。だが彩月がその隙を見逃すはずも無く、再び剣を宙に浮かすと、レイネ達に向けて雷剣の雨を降り注がせる。
「……っ!」
俺が息を飲んだ―その刹那、彩月の放った剣が突然地面へと落下していった。
「……!? 一体何が……!?」
「《天羅伝令》……貴女の雷剣と私の間とに経路を繋ぎ、剣達の魔力による動きを封印させて貰いました。多少強引でしたが……うまくいってよかったです」
「……《蒼天の治癒士》ですか。裏切り者がよくもまあのこのこと……」
「……守衛兵団の正義は間違っています! 私は私の正義を……皆を護るっていう正義を貫くためにカズヤさん達に同行しているだけです……! 私の仲間を卑怯なやり方で傷付けるような人は……例え七星騎士副長であっても許しません……!」
「皆を護る正義……ですか。それぐらい、私だって持ち合わせています。でもだから……だからこそ私は……その大罪人を斬り捨て無くてはならないのです……! 魔法剣が封じられるのならば、直接……!」
剣を片手にティカへと突っ込んでいく彩月。手に握られたままの剣に《天羅伝令》の効力が聞くはずも無く、ティカに彩月の刃が肉薄する。しかしその寸前、神楽の小刀がその刃を弾き飛ばす。
「貴女……まだ……!」
「私が……貴様を止めると……言った……! 《天影・黒雷閃》!」
傷付きながらも執念で彩月の刀を止めた神楽は渾身の一撃を放つと共に地面へと倒れ込む。だがそれと同時に、彩月の身体を刀ごと吹き飛ばす。
「くっ……! 《信号……》」
「させない……! 《風を裂く矢弾の一撃》!」
エレナの一撃が、彩月の《信号麻痺》を不発に終わせる。
ティカが倒れている神楽の下へ駆け寄っていく中、レイネ、リッカ、エレナは彩月を三方向から囲うと、それぞれの武器を向ける。
「もうさっきの技は……使わせないからね!」
「そろそろ観念しなさい!」
魔法剣も封じられ、《信号麻痺》も警戒されている彩月。そんな彼女はしばらく俯き、やがて……溜め息を吐いた。
「仕方が無いですね……」
「そうですわ! 如何に守衛兵団トップクラスの実力とは言え、私達6人が相手では仕方が―」
「《神器》を―使わせて貰うとしましょう!!」
―刹那。彩月から、凄まじい魔力の奔流が迸り、俺達を吹き飛ばす。
身体を起こし目を開けるとそこには、白銀に輝く美しい刃を持つ一振りの日本刀を手にした彩月の姿があった。
「……《天叢雲》。光栄に思いなさい。私にこれを使わせたということを……! ……《天雷・七星剣》!!」
神楽が《天叢雲》を構えた……その刹那。
「え……?」
「嘘……ですわ……」
「そん……な……」
レイネ達3人の身体が、同時に地面へと崩れ落ちた。
「……驚くのも無理は無いでしょう。何せこれが《神器》の、私の本当の力なのですから。そして私が……《雷鳴の刀剣士》たる由縁なのですから。峰打ちにしておいてあげたことに感謝しなさい。私が殺したいのは―この男だけなのですから……!」
そう言って突っ込んでくる彩月。俺はすんでの所でそれを躱すと、反撃に出ようと右手を―。
(彩月を……止める……? この刀を……止める。でも、それには―。だとしたら俺は―)
「そこ……!!」
斬り返しの刃が俺の首元目掛けて伸びてくる。残り数センチのところで我に返った俺は地面を蹴って無理矢理後ろに身体を反らして刃を躱す。
「くっ……しつこい……! さっさと……!」
《天叢雲》による連撃。《神器》という大層な名は伊達では無いらしく、斬撃を躱しながらでも、空を切る刃の切れ味が伺える。
「《天雷・一閃》!!」
鋭い一撃が俺に向けて襲い掛かる。俺はそれをバク転で躱し―とあることに気が付いた。
(すぐ後ろに皆が……!? これじゃあ……彩月の刃を避けられない……!)
「……気が付いたようですね。貴方がこれ以上私の刀を避け続ければ、貴方の大切なお仲間とやらを巻き込むことになります。……まあ、それでもいいと言うのならば望み通りにしてあげますが……それが嫌ならば大人しく首を寄越しなさい」
俺はゆっくりと後ろを振り向く。
「カズヤ……」
「カズヤさん……」
「和……也……」
レイネの、ティカの、神楽の声。エレナとリッカも、こちらをじっと見詰めている。
(俺は……俺は―)
「さあ……どうしますか……折原和也……!!」
(折原……和也。……そうだ。俺はもう、あの時の『』じゃない。『折原』和也なんだ……!)
「……どうする、か。お前が俺の名前を呼んでくれたおかげで、ちゃんと答えは出たぜ。……いや、本当は最初から答えは出てたんだ。でも俺は、『それ』が怖くて逃げていたんだ。……けどもう、逃げねぇ。だから俺は……!」
俺は持てる限りのスピードを持ってして―空洞の壁へと向かって、駆け出した。
「……残念です。覚悟ぐらいは持ち合わせているかと思ったのですが、どうやら過大評価だったようですね。ではお望み通り、先にお仲間から斬らせて貰うとします……。《天雷・一閃》」
彩月の刀が無慈悲にもレイネ達に襲い掛かる―その瞬間。《天叢雲》の刃を、一本の無骨な剣が防いでいた。
「何っ……!? 折原和也……貴様……っ!?」
……そう。彩月の《天叢雲》の一撃を防いだ剣の柄を握っているのは、紛れも無く俺の右手である。俺が壁に向けて走ったのが逃げるためである訳がない。この空洞に入った時から目を付けていたこの剣を―《騎士》が持つに相応しいこの無骨な剣を手にするためだったのだ。
「《神器》である《天叢雲》の一撃を防いだだと……!? 一体……一体何なんだその剣は……!?」
「何てことはねぇよ、見ての通り一般兵あたりが持つような剣だ。でもそうだな……。敢えて名付けるなら―
《騎士の聖剣》ってところかな」




