Level.3:祝宴の街
祝宴の街バンケット。レイトノーフでも随一の大きさを誇る教会をシンボルとしたこの街では、街の名の通り、毎日のように祝宴が行われている。
大昔に大きな災害があり、それは神の怒りであったと言い伝えられ、以来、神を崇拝し、神を楽しませるためにこの風習が広まったという。また、教会でも、毎日のように神への祈りが捧げられている。壊れているはずの鐘の音を二人きりで聴いた男女は結ばれる…と言う伝説があり、観光客も絶えない活気溢れる街だ。
ということを、隣を歩く銀髪の美少女にしてワガママひねくれ姫様こと、レイネ・フローリアが教えてくれた。彼女のレベルは42であり、どういったわけかレベル1の俺よりも下だということになっているらしい。その流れで俺は半強制的に家臣(?)にされてしまった。
街の正門が見えてきた所で、レイネは足を止めた。
「ねえアンタ。言い忘れてたけど、街に入ったら、アンタがレベル1ってことは隠しておきなさいよ?」
「え、なんで……?」
「あのねぇ……。この世界でレベル1に達している人なんか、数える程もいないの。少なくとも私は知らないし、噂を聞いたこともない。そんな中で、アンタがレベル1ってことが知れ渡ったらどうなると思う……?」
「さあ……?」
俺の知っている世界のMMORPGなどでは、レベルが皆よりも抜きん出ていると、素直に尊敬されるか羨ましがれるかするぐらいだ。それがこの異世界だとどうなるというのだろうか?
俺が首を傾げると、レイネはため息を漏らしながら言った。
「ハァ……。アンタのいた世界がどうかは知らないけどね、この世界でのレベル上位者……そうね、レベルが20よりも上の者に対する扱いは大きく分けて2つあるの。1つは憧れや妬みの対象。レベルが上の者……それも20以上の者に対してそういった感情を持つのは、当然って言っちゃ当然よね。このパターンは冒険者に多いわね。これは別に対した問題じゃ無いのよ。ただ、もう1つが……」
「……もう1つが?」
「…………"道具"よ。街中に定住する人達は、自らレベルを上げようとしない……大抵の人はレベルが90よりも下なの。ほとんどの人達は、冒険者への商売とかで生計を建てているんだけどね。中には頭の腐れ切った連中もいて……。街を訪れた冒険者に対して、自分たちの代わりに狩りに行かせるの」
「クエストみたいなもんか? いいじゃねーか別に」
「……いいわけないわ。さっき言ったでしょ。街に定住している人達は商売とかで生計を建てているって。裏を返せば、そうしていない人達は、お金を持っていないの。……狩りのお礼も支払われないのよ?」
「でもそれだけなら…………」
「それだけじゃない! ……脅すのよ。冒険者の家族、連れ人、親しい人…人質を取って……脅すの。レベル上位者は必然的に強い装備を持ってるから、それも奪い取って…………! ……冒険者のことを、道具としか思っていないのよ! そのせいで……そのせいで私の…………!」
パァーン!!
レイネの感情が昂ぶり何かを言いかけたところで、街の方で銃声が響き渡った。
「銃声……!? ……レイネ!」
「……っ! ……分かってるわ。早く行くわよ。 ……いい? レベルは絶対に隠しなさいよ。……その格好ならレベル80って言っておけばバレないから」
「……分かった」
俺とレイネは街へ向けて走り出した。
『そのせいで……私の……!』
これに続く言葉が気になっていたはいたが、隣を走るレイネの表情が若干沈んでいるのを見て、それは心の中に留めておくことにした。
街へと足を踏み入れた途端、レイネが掠れた声を漏らした。
「何これ…………どういうこと……!?」
祝宴の街であるはずのこの街。いつも街中は人混みで溢れているらしい。しかし今、街中に人は数える程しかいなく、どこか怯えた様子で辺りを伺っているようだった。
「おい見ろよ……冒険者だ……」
「ホントだ……何しにきたんだ……」
俺達に気付いた街人達はひそひそと話し合っている。どうやら歓迎ムードというわけには行かないらしい。
「おいレイネ……ここはいつもこうなのか……?」
俺は隣を歩くレイネに小声で話しかけた。
「違う……。私は5年前に一度訪れた切りだけど、その時はこんな感じじゃ無かった……。ここの人達は基本的に明るい人達だったはずなのに……」
街人達は、誰1人として近寄って来ない。それどころか怪訝そうな目でこちらを見てくるだけだった。
「さっさとお帰り下さい……ってか。……なあレイネ、なんでこの街に来たんだ?」
「……情報収集よ。……そういえばまだ言ってなかったわね。詳しい内容は言えないけど、私はとある目的で旅をしているの。ここなら何か情報が得られるかもしれないって思ったんだけど……この様子じゃ……ね」
確かに毎日がお祭りのこの街なら、遠方からの冒険者も多く何かしらの情報を得られただろう。だが現状では、ただ街を歩き進むだけしか無かった。
暫く歩くと、曲がり角に差し掛かった。そこを曲がった瞬間、何者かが路上の奥から突っこんできた。
「油断した……!フローズン…………」
「待てレイネ!」
魔法を詠唱しようとしたレイネを制し、俺は右手で、突っ込んできた"子供"の頭を押さえた。
「子供……!?」
「……みたいだな。さあボウズ、ゆっくりと話を聞かせてもらうぞ?」
人目に付かない所まで移動してから俺は、抱えていた子供を地面に下ろした。
「クソ……! お前ら冒険者に話すことなんか……!」
見たところ8歳ぐらいだろうか?目尻に涙を浮かべながら、その子供(まず間違いなく男であろう)は、俺達のことを睨み付けてきた。
「アンタいい度胸ね! だいたいアンタ達は……!」
「まあ待てってレイネ。子供にそこまでムキになんなよ? ここは俺に任せとけ。」
「アンタがそう言うなら…………」
レイネをなんとか宥めた俺は、その子供に目線を合わせて屈み、優しく語りかけた。
「お前、名前は……?」
「……人に名乗る時はまず自分からだろ」
「……そうだな。……俺の名前は折原和也。カズヤでいいぜ?」
「………………………………ヒロト」
その子供は小さな声で呟いた。
「ヒロトか。いい名前じゃねーか。んでヒロト、俺達ちょっと情報が欲しくてさ……大人の人に話しを聞きたいんだけど……」
「…………じいちゃんに会わせてやる。付いてこい」
そう言ってヒロトは振り返り歩き出した。俺達もその後を追い、ゆっくりと歩き出した。
「……むっかつくあの態度! なんでアンタは平然としていられるのよ!」
ヒロトの言動に対して、レイネはご機嫌斜めのようだ。
「まあまあ……。あれぐらいの年齢じゃ仕方ねぇって。それに今この街じゃ、俺達は嫌われ者みたいだしな」
「そうだけど…………」
「俺これでも子供の扱い馴れてるし、任せとけって」
俺は幼い頃、田舎で育った。体の弱い妹のため、東京から引っ越して暮らしていた。そこでは、テレビゲームも何も無いため、近所の子供達で集まって夜遅くまで遊び回ったものだ。その中には当然、年上も年下もおたが、皆仲良く遊んでいた。そこで俺は、年下の扱いにそれなりに馴れたのだ。もっとも今は東京で暮らしているので年下に触れる機会は余り無いが、俺はヒロトにどこか懐かしさを感じたのかもしれない。
「着いたぞ。…入れ」
暫く歩くと、ヒロトは一軒の家へと入って行った。そこはお世辞にも綺麗とは言えない、いわゆるボロ家だった。
「ただいまじーちゃん」
「お邪魔しまーす………」
「おうお帰りヒロトや。……ん? お客さんかい?」
玄関を上がるとすぐに、小さな台所と居間があった。台所のテーブルに座り新聞を広げている男性が、ヒロトのおじいちゃんだろう。眼鏡をかけていて優しそうな雰囲気の人だった。
「あ、初めまして。冒険者の折原和也って言います。レベルは1……を目指している、レベル81の駆け出しです」
「……初めまして、レイネ・フローリア、レベルは42です」
冒険者という言葉を聞いても、おじいさんは少し驚いた程度で、新聞を畳み、俺達に向き直ってきた。
「……冒険者ですか。懐かしい響きですね……。ワシはマルス。マルス・ルーベルクと言います。その子…ヒロト・ルーベルクの実の祖母にして育て親ですわい」
(育て親…………?)
「ばあさんや、客人だ。冒険者が訪ねてきたぞい」
マルスさんがそう言うと、庭で洗濯物を干していた女性が入ってきた。彼女もまた、優しそうな雰囲気を纏った人だった。
「おや…まあ……冒険者とは珍しいですねぇ……。私はマデラ・ルーベルクだよ。マデラとお呼び」
マデラさんに自己紹介を終えた後、俺はヒロトに居間へと引っ張られていった。どうやら俺と遊びたいようだ。会話はレイネに任せることにした。
ミルクを淹れてもらったレイネは、テーブルを挟んで、ヒロトの祖父母と向かい合っていた。居間では、和也とヒロトが折り紙で遊んでいる。
「ごめんなさいねぇ……。この子、横暴な態度で貴女達に向かっていったでしょ……?」
「いえ……びっくりしましたけど大丈夫です。あの……さっき言ってた、育ての親っていうのは……」
「……4年前だったかね。明るく平和だったこの街に、1人の冒険者がやってきたんだ。彼は黒いマントを羽織っていてね……3日滞在して、すぐに出ていったんだ……。しかし次の日だった……街が変わったのは。貴女も聞いたことはあるじゃろ?冒険者をよく思っていない輩がいるということを。……この街にもそういう連中はいた。それまでは表に出てこなく、まだ可愛い方だったんじゃ。でもそれから彼らの横暴は始まって……冒険者への脅しには飽きたらず、街人をも襲うようになった……」
「それじゃあさっきの銃声も…………」
「……ああ。また街人が彼らに撃たれたのだろう。……彼らはルールを作った。自分達が家を訪ねた際に、必ず家にいること。いなかったら、そこの女性を拐っていくこと。……ちょうどあの日、この子の家には誰もいなかった……。だからこの子の母親は連れて行かれ、それに抗議に行った父親も殺されて……」
身勝手すぎる連中だ。勝手にルールを決め勝手に人を拐い勝手に人を殺し……。まるで……まるでアイツらのような…………!
ピキピキピキピキ……!
音が聞こえて我に帰ると、ミルクが凍り、コップにヒビが入ってしまっていた。怒りのあまり魔力を暴走させてしまったようだ。
「あ、スミマセン……!」
老夫婦は少し驚いた顔をしていたが、すぐに優しい表情に戻って言った。
「気にすることは無いよ……? お前さんはこの話を聞いて怒ってくれたんだろう……? ……街人は皆、黒いマントの冒険者のせいだと信じ、冒険者全員を悪く思っている。こんなに優しくて美しい冒険者もいるのにねぇ……」
「わ、私は別に……! ただ……その子の境遇が私に似ているものですから……」
「それはどういう…………」
「兄ちゃん、スッゲェ!!」
マルスさんの声は、居間から響いてきたヒロトの声でかき消された。
声に驚き居間を見てみると、居間のテーブルに見事な千羽鶴が置かれていた。
「ふふん、スゴいだろ。兄ちゃんはなぁ……折り紙のプロって呼ばれていたんだぜ?」
「カッケェ……! ねえ兄ちゃん、作り方教えてよ!」
「おう、もちろんだ! さすがに最初から千羽鶴は無理だろうから、まずはちっこいのからだな。最初にな……」
どうやら2人は完全に打ち解けてしまっていた。出会った頃はキツい表情を浮かべていたヒロトだが、今は明るく子供らしい笑顔が浮かんでいた。
「あの子ったら……。ずっと兄ちゃんが欲しいって言ってたから、嬉しいんだろうねぇ……。あんなにはしゃいじゃって…………」
「…………そうですね」
折り紙を作る2人の姿を見て、レイネは暖かい気持ちになった。
……夜遅く。あれから夕飯までご馳走になり、今晩は泊まって行ってとヒロトに駄々をこねられ、老夫婦にもそうしなさいと言われ、泊まらせて貰うことにした。皆が寝静まった後、1人居間の窓から顔を出して夜空を眺めるレイネを見かけて、声をかけた。
「……眠れないのか?」
レイネがビクッとして振り返った。
「なんだアンタか……びっくりさせないでよ」
「……悪かったな」
言いながら俺は、レイネの隣に並ぶ。月明かりに照らされる彼女の姿は、言葉を失う程美しかった。
「……何よジロジロ見て。……恥ずかしいじゃない」
レイネは頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
「わ、悪い……。つい……見とれて……」
レイネの顔が耳まで赤くなる。
「バ、バカ……! ア、アンタに褒められても、これっぽっちも嬉しくなんか無いんだから……! ……でもその、アリガト…………」
レイネの照れた表情はとても可愛らしく、俺の方まで恥ずかしくなってくるようだった。
「そ、それで……? アンタ、それだけのために起きてきたっていうの……?」
レイネの美しさに惑わされ、本来の目的を忘れる所だった。
「あ、ああそうだった……。………なあレイネ、老夫婦の話だけどさ…………」
「何よアンタ、聞いてたの?」
「……まあな。……やっぱその、黒いマントの男に唆されて……って感じなのかな?」
「だと思うけど……でも……許せない!」
レイネは彼らに対して激しい怒りを露にしていた。それは俺も同じだった。
「ああ許せない。だから俺は明日……教会に乗り込もうと思っている」
「教会……!?」
「……ああ。さっきマルスさんが教えてくれたんだ。ヒロトの両親は、教会へと連れて行かれたらしい。今、教会は使用禁止になっていて、そこが奴らのアジトになっているらしいんだ。……ヒロトには絶対言うなって言われたけどな」
「……両親の敵だもんね。私も……きっと……」
「レイネ……?」
「あ……ううん、何でも無い。……いいわ、私も付いていってあげる。」
「……えぇ!?」
1人で行くつもりだった俺は、驚き、大きな声を出してしまった。
「何よ、不服なの?」
「いやそういうわけじゃ……。……そうだな。俺達は"仲間"だもんな」
「仲間……。ま、まあそういうことよ!じゃあさっさと寝なさい! 明日は朝早くに出発よ」
「へいへい……お前も早く寝ろよ?じゃあおやすみ……レイネ。」
「…………おやすみ」
カタン…………
挨拶を済ませ、2階へと上がろうとした俺の耳に物音が聞こえてきた気がした。
(何だ……?ま、気のせいか。早く寝ないと姫様がうるさいだろうから、さっさと寝るかな……。)
翌朝。予定通り早起きした俺達を待っていたのは、ヒロトが家にいないという老夫婦の言葉だった……。