Level.31:王都へ
「さあ、どうぞお食べになって下さいませ?」
目の前のテーブルには、クッキーにビスケット、ドーナツ、スコーンといったお菓子が所狭しと並べられている。横に置かれたティーポットからはハーブティーの良い香りが漂っていて、まるでどこかのお屋敷のお茶会に招待されているかのような感覚である。最も、この部屋自体はそれとは真逆と言って良いほど簡素で慎ましやかなものなので、お菓子とハーブティーを準備した人物の腕が良いということなのだろう。
「これ……ホントに全部アンタが作ったの……?」
レイネも目を見開き、驚きを隠せないといった様子である。俺達が待たされた時間は1時間にも満たなかっただろう。その短時間でこれほどのクオリティと量の菓子を準備したのは―。
「失礼ですわね……。勿論、私が1人で作りましてよ。嫌だと言うのならば、別に食べなくても結構ですのよ?」
「いやいやいやいやリッカさーん! ボクは食べます、食べますよ~? こんな美味しそうなお菓子みたの初めてだよ~!」
「……エレナ、涎、出てる。でも確かに……美味しそう」
「ああ、確かに美味そうだな。リッカにこんな一面があったなんて知らなかったぜ。……なあ、もう食べてもいいか?」
俺がそう言うと、この家の主……リッカは、頬を朱に染めてそっぽを向きながら言った。
「そ、そんなに褒めてもハーブティーとお菓子以外は何も出ませんわよ? ……そうですわね。ハーブティーはもう少ししたら私がお淹れしますので、先にお菓子を食べていてもいいですわ」
「そ、そこまで言うなら食べてあげなくも無いわ!」
「もう……レイネさん、素直に食べたいって言ったらいいじゃないですか。私……お茶会するのが密かな憧れだったんです。リッカさん、後で少しレシピ教えて貰ってもいいですか?」
「もちろんいいですわよ。それでは皆さん―」
「「「いただきま……」」」
「いっただっきまーす!」
エレナが元気良く合掌したかと思うと、お菓子を一心不乱に貪り始めた。
場の全員が呆気に取られた表情で手を止める。なおもお菓子を貪り続けるエレナがクッキーを喉につかえさせて咳き込んだのを見てから、リッカに注いで貰ったハーブティーに手を付ける。
「わあ……! これ……凄く良い香りです……!」
「……うん。それに、凄く飲みやすい。……ハーブティーって、もっと飲みにくいものだと思ってた」
「このお茶菓子も凄く美味しい……。……! か、勘違いしないでよね! 私の作るお菓子の方が美味しいんだからっ!」
「……かき氷ってお菓子なのか? ……と、まあ、それはともかく……ホントに美味しいぜ、リッカ。それになんか、凄く癒される感じがするしな」
それぞれの賛辞(約1名素直じゃない奴もいたが)を受けたリッカは再び頬を朱に染めた。
「そ、そんなに誉めても何も……コホン。……私が皆さんにあったハーブティーをご用意しましたので。カズヤさんにお飲み頂いているのは、癒傷効果のあるカレンデュラですわ」
「カレンデュラ……?」
「マリーゴールド……と言えば分かるでしょうか? ちなみに、カグラさんのがペパーミント、ティカさんのがカモミール、レイネのはラベンダーですわ」
「へぇ~。ハーブティーって言ってもいろんな種類があるんだな」
「ええ、それはもちろん。今度別なのもお作り致しますわ。……と、そちらで咳き込んでる方にも差し上げましょうかね」
そう言うとリッカは、やっと落ち着いたらしいエレナの側までいき、エレナのカップにマスカット色のハーブティーを注いだ。
「はいどうぞ、これはリンデンフラワーですわ」
「リンデン……? なんだかよく分かんないけどありがとう。ズズ……ッ。うん美味しい!」
「それは良かったですわね。……そのリンデンフラワー、鎮静作用がありますから」
「え……? それってどういう……」
と、言葉の途中でエレナがゆっくりと前のめりになったかと思うと、テーブルに突っ伏して寝息を立て始めた。
「こういうこと……ですわ」
そうして微笑むリッカの表情にはどこか黒いものが見え隠れしており、ティカと同じように怒らせてはいけないと認識する俺達だった……。
目を覚まし、今度は普通にお菓子を味わいだしたエレナも加え、皆でお茶会を楽しんでいた、その時。
「あぁっ!!」
そのエレナが、今度は大きな声を上げると同時に立ち上がった。
「今度はなんですの? アナタはなんで優雅お茶会を―」
「それだよそれ! お茶会! ボク達、お茶会するためにここに集まったんじゃないよ!?」
「「「あ……」」」
エレナ以外の全員が、口を開けて固まった。
……そう。エレナの言う通り、俺達は別にお茶会をするためにリッカの家に集まったというわけでは無い。
これからの方針を改めて話し合うため……どうやって王都に向かうかを話し合うためにここに集まったのだ。
どうやらお茶会のあまりの楽しさに本来の目的を忘れてしまっていたらしい。俺が謝り感謝の言葉を伝えると、エレナは頬を朱に染めそっぽを向いて能天気に振る舞った。この能天気さはエレナの短所でもあるが、時に長所とも成り得る。そんなことを知ることも出来た一幕だった。
「さて……どっちにするか、だな」
30分近い話し合いの末、案は2つにまとまった。だが、そこから先が全然決まりそうに無い。
1つ目の案は、山越えをして王都に向かう案。こちらの案を提唱したのは元守衛兵団団員でもあるティカだ。
こちらのルートの利点は、第一に守衛兵団と出会す可能性がかなり低いということだ。ティカが提唱したルートで越える山は、守衛兵団の管轄から外れている。それにこの時期の山の頂上付近はかなり寒く、登山しようとする人間も少ないらしい。人に出会さずに王都まで行けるというのには大きな魅力を感じるが、このルートには明確な欠点が存在していた。
それは、王都に到着するまでの時間がかかりすぎるということだ。俺達はいち早くこの街を離れ、いち早く王都……守衛兵団本部へと向かわなくてはならない。こうしている間にも、衛兵達が俺達のことを探し回っているはずだ。だがこのルートは、人目に付きにくいように山を越えるという性質上、かなりの時間がかかるのだ。一応、魔法等を使えば短時間で越えることは可能であろうが、その先で待ち受けているであろう守衛兵団との戦いのために、体力・魔力は温存しておきたいのである。
2つ目の案は、平地を行くという案。こちらの案は、この街の出身でもあるリッカが提案した。
利点は、ティカの提案したルートに比べ、かなりの短時間で王都へ向かうことが出来るということだ。平地を行くこのルートは、当たり前ではあるが、登って降りる山越えルートよりもスムーズに王都へ向かうことが出来る。ただ、平地を行くと言うことは、即ち街中を行くということであり、それは、山越えルートに比べ、かなり人目に付きやすいということである。
リッカやエレナ、隠密行動が得意な神楽だけであれば難なく進むことは出来るのであろうが、俺とレイネは手配書があちらこちらに広がっている上、ティカは守衛兵団としての肩書きがある。守衛兵団を信じている人間、最悪の場合守衛兵団の衛兵と出会ってしまったら、まず戦いは避けて通れないだろう。となれば、決戦の前に体力・魔力を消耗してしまうことになる。
どちらのルートも利点こそあれど、それぞれ大きな欠点が存在していた。大規模組織の本部に少人数で向かっている状況下である以上、リスクは出来る限り減らしておきたかった。
ルートを提案した本人もそれは分かっているのだろう。ティカもリッカも、強引に案を押してくることは無く、俺達もまた、どちらにするかを決めあぐねていた。
話し合いを始めてからそろそろ1時間が経過しようとしていた―その時だった。
『~♪』
聞き慣れないメロディーが、突然部屋に鳴り響いた。しかもどうやらすぐ近く……具体的にはレイネのカバンの中から聞こえてくる。
訝しげな表情でカバンを漁るレイネ。するとその中から、小さな旧世代の携帯電話が出てきて、そこにこれまた見慣れない番号が表示されていた。
俺達は顔を見合わせると、コクリと頷いた。レイネはマイクをスピーカーに切り替えると、その電話に……出た。
「……もしもし、どちらさま―」
『やっほ~! 久しぶり~っ!! 美しくて可愛いお姉さん、イズナさんだよ~!』
「どうもお久し振りです……って、イ……イズナさん!? なんでこの番号……ってかこの携帯電話いつの間に!?」
『もう……細かいこと気にする男は嫌われちゃうぞ? そんなことよりアナタ達、何か困っているんじゃ無くて?』
「いや、そんなことですまされることじゃ……。って、なんでイズナさんがそのことを……!?」
『ふっふ~ん! 私を誰だと思っているの? 具体的にはそうね……。守衛兵団本部にどうやって向かったらいいか……ってとこかしら』
「……!? なんでそのことを……!?」
「……和也、この電話……盗聴器が仕掛けられている」
神楽に言われる通り電話の裏蓋を見てみると、成程、確かに小型の盗聴器と見受けられるものが取り付けられていた。
……それなら俺達の現状を把握出来て当然だろう。唖然としているリッカにイズナさんのことを軽く話してやってから、俺はイズナさんに話しかけた。
「……いろいろ言いたいことはありあすがそれは置いといて……確かにその通りです。俺達は今……どうやって王都に向かうかで迷ってて……。山越えするか、平地を行くかの2択に絞ったんですけど……」
『山越えに平地、ね……。ん~……どっちも悪くは無いんだけど……もう1つ、良い方法があるわ』
「良い方法……? それ以外に何があるっていうのよ?」
『ふふふ……それはねぇ~……。リバーセントラル地下道を使うのよ』
「リバーセントラル地下道……?」
「……!! 聞いたことがあります……! 昔交易ルートとして使われていたものの、地盤の不安定さから完全に閉鎖されたのがリバーセントラル地下道だと……」
『流石ティカちゃん、その通りよ。リバーセントラル地下道は今、完全に閉鎖されている……。すなわち、人に出会すことがまず確実に無いの。それにあそこは、王都の中央広場付近に直結しているわ。平地を行くよりも短時間で王都に到着する。まさに両方のルートの良いとこ取りね』
「そんな方法があったなんて……。確かに入口もここからそう遠くない……。……でも、入口は厳重に閉ざされて……」
『そこはホラ、凍らせて溶かして砕いて貫いて……って言いたいところだけど、体力も魔力も温存したいのは分かっているわ。だからホラ……カバンの中を探してみなさい……?』
言われるがままにカバンを漁るレイネ。するとその中から、小さな鍵が出てきた。
「いつの間に……。これって、まさか……」
『そう、リバーセントラル地下道入口の鍵よ。しかも3つの扉に対応しているマスターキーなんだから』
「アンタ……ほんと何者だよ……」
『乙女の秘密を探るのはマナー違反よカズヤ君。そんなことより早く向かいなさい。もうすぐ守衛兵団がイグニストに到着するわ』
「……確かに多くの気配が近付いて来ている。和也……」
「……分かりました。ありがとうございます、イズナさん」
『良いってことよ少年! っと、そろそろ仕事に戻らなきゃね。じゃあ皆、頑張ってね!』
そうしてイズナさんとの電話は切れた。色々謎が多い人だが、こうして俺達の道を作ってくれることには感謝してもしきれない。
「よし……これでルートは決まりだな。皆……行くぞ!」
俺達は拳を高々と上げた。ここにいる俺達6人だけじゃない。イズナさん、ヒロト、アズサ、ハルカ、カイル……協力してくれた皆の思いを乗せて、俺達はいざ、王都へ向けて歩き出した。
取り外した盗聴器を手に、神楽は考え込んでいた。
「ん? 神楽、どうかしたか?」
「……なんでもない」
(気のせい……だとは思うけど)
神楽は盗聴器をポケットに仕舞うと、和也達の後を追って歩き出した。
盗聴器に描かれていた模様が、ティカの帽子に描かれている模様と酷似しているということを胸に仕舞い込んで―。