Level.30.5:「橘 彩月」
私は、恵まれていた。
大富豪の家に生まれた私は、幼少期から何一つ不自由の無い暮らしで、欲しいものはだいたい何でも手に入る生活を送ってきた。
私には一歳下の妹がいた。私達の姉妹仲は普通では考えられない程良く、喧嘩という喧嘩は一度たりともしたことは無かった。
専属の家庭教師がいたということもあり、テストでは常に学年トップだった。それは勉強だけに限らず、元々運動好きということもあり体育でも常に学年最高の記録をマークしていた。
多くの習い事の中で一番熱心に取り組んだ剣道で、小学生の頃から全国大会で5本の指に名を連ねていた。
そんな私のことを友人達は羨みはしたものの妬みはせず、普通の友人として接してくれた。私は、そんな皆のことが、最高の家庭環境を作ってくれた優しい両親のことが大好きだった。
……だが、そんな幸せは長くは続かなかった。
中学二年生の、ある冬の朝のことだった。
その頃日課になっていた朝のランニングから帰った私は、庭先に二人の人間が倒れているのを見た。
片方は身体の至る所に切り傷を負い、ロープでその身体を縛り付けられた妹で、もう片方はその妹の身体を抱え込むように……あるいは押さえ付けるように腕を広げた母親だった。
あまりのショックで詳しくは覚えて無いが、即死……だったそうだ。警察の捜査によって、死因は母親が起こした娘―私の妹との心中自殺と断定された。豪邸で家のセキュリティが万全だということもあり誤捜査のしようが無く、実際監視カメラにも、娘を刃物で切りつける母親の姿と、屋上から娘と共に飛び降りる母親の姿が映し出されていたのだ。
……それからというもの、私の日常は完全に崩れ去った。
自分の家内が心中自殺でこの世を去ったとなれば、会社内での評判は当然の如く悪くなる。父は退職を余儀無くされ、私達は遠くの小さな街へ引っ越すことにした。
だがそこでの新生活は、思うようにはいかなかった。
どこからか父の素性が漏れ、心中自殺でニュースになった家族の元亭主だということが知れ渡るや否や、私達家族に対する嫌がらせは急激に加速していった。
父は再就職したばかりの会社の退職を余儀無くされ、私は転校先の中学校でいじめの標的となった。
父は次第に酒に溺れていき、私はアルバイトに明け暮れ、学校に行かない日も多くなっていった。
そんな生活が1年近く続いた、ある朝のことだった。
中学校を中退し、本来高校生となっているはずの私がバイトに向かおうとすると、珍しく父が笑顔でバイト先まで送ってくれると言うではないか。私は一瞬不思議に思ったものの、少しでも父が元に戻るきっかけになれば、と思いお願いすることにした。
―今思えば、父のその笑顔は、過去の私達に向けた贖罪のようなものだったのかも知れない。
……父と私を乗せた車は、山道から崖下へと転落した。
車を運転していた父は、運転席から投げ出されで即死だった。意識が朦朧とする中私は、母と妹の亡霊を見たような気がした。母の表情はにこやかなものだったが、妹の表情は―憎悪に満ちていた。
私の意識はそこで途絶え―目覚めるとこの世界にいた。
最初はここがどこかも分からず、周囲の人間が『日本』という国を知らないということに戸惑いを覚えたが、情報収集のために志願した王都直属守衛兵団での日々を過ごす中で、この世界―辺境世界レイトノーフに付いての知識を徐々に深めていった。
この世界では一般的な『レベル』の概念が逆―与えられた13という高レベルも相俟って、私は七星騎士の第二席といった役職に付くことも出来た。
だが、私の心が晴れることは無い。『あちら側の世界』で意識が途絶える瞬間に見た、妹の憎悪に満ちた表情。
妹は何を伝えたかったのか。
私は何を持って何の罪を償えばいいのか。
その答えを探して、私は今日も任務に励む。
次の任務は、大罪人の捕縛。聞けばその首謀者の男は女性達を次々と共犯者にしながら旅をしているのだと言う。
彼の罪は、何なのか。
彼は何故その罪を犯したのか。
そして彼は……どうやってその罪を償うのだろうか。
「橘彩月……行って参ります」




