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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.6 ~焔渦巻く傲慢な戦乙女~
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Level.29:黒き龍

「私も……戦いますわ!」


 そう言い切ったリッカの目には、もう迷いは無いようだった。それが例え、俺のレベルが1だと知っての安心感のようなものから生まれるものであったとしても、それで少しでも彼女の力になると言うのならば俺は喜んで力を貸す。


「それで……? あんなデカイのどうやって倒すのよ?」


「どうやってって……ぶん殴って倒すしかねーだろーが」


「はぁ……。……そりゃあ、アンタの全力を乗せた拳なら確かに倒せるかもしれないけど……あんな高い所にいるのに、拳が届くわけ無いでしょうが」


「それは……その……。気合いで何とかするんだよ!」


「はぁ……アンタって奴は……」


 レイネが盛大に、2回目の溜め息を吐いた。


「じゃあお前、考えでもあるってのか?」


「えっ!? そ、それは……その……」


「ほら無いじゃねーか。だいたいお前は―」


「……二人とも、静かに」


 俺達の言い争いを、神楽が止めた。振り向くと神楽は、やけに真剣な表情で耳を澄ませていた。


「状況が……好ましくない……。影を通して見ただけでも、ざっと200の……守衛兵団の衛兵達がこの街に向かっている……!」


「200……!? まさか……ボク達の居場所がバレて……!?」


「そんなことは……! 通信の場所による偽装を行っている以上、そう簡単にバレるはずがありません……! それにもしバレていたとしても、それだけの数を揃えるには時間がかかるはずです……。いくら支部が近くにあるといっても、こんな……」


 ティカの言うことはもっともだ。ティカが守衛兵団と連絡を取ってから、まだ時間は30分も経っていない。仮にバレていたとしても、いくら何でも早すぎるのだ。


「アイツら……どうやって……」


 レイネが俺達を代弁し、怒りの声を上げる。ベオウルフもグルルと小さく唸っていた。


「……それでも」


 と、今まで黙っていたリッカがゆっくりと口を開いた。


「どんな状況に陥っているとしても、私はこの街を―守りたい。守るって、戦うって……決めましたから。だから、だから皆さんは、逃げ―」


「バーカ」「バッカじゃないの?」


 俺とレイネの声が重なった。 


「え……?」


 途中で言葉を遮られたリッカが、(ほう)けたような声を出した。


「なんで逃げる必要があるんだよ? ってかここで逃げたらカッコ悪すぎんだろ俺」


「ま、そういうことね。私だって流石にこのまま街を放っておけないもの。それに、守衛兵団が絡んでるとあらば、なおさら、ね……」


「カズヤさん……。レイネ……」


 ティカ、エレナ、神楽も次々と頷いた。


「皆さん……ありがとうございます……!」


 リッカが深々と頭を下げた。


「礼ならこの街を救った時に取っとけよ。さあ……行くぞ!」




「《アイシクル・レイン》!」


「《矢弾を飾る楔(バレット・アーツ)》……《降り注ぐ雨(スコール)》!」


 氷柱と矢弾が、雨のように降り注ぐ。

 レイネとエレナの魔法素質は元々高いが、それは集団戦においてさらなる強さを発揮していた。いくら衛兵達の数が多くとも、こちらは個の戦闘力が段違いなのである。レベルも低い下級衛兵達は、戦闘が始まって10分も経たないうちにほぼ全滅していた。

 無論、活躍を見せているのはこの2人だけではない。


「《天影(てんえい)黒烈牙(こくれつが)》」


「《ベルフレア・ローズ》!」


 神楽が影を纏った刃で敵を切り裂く。

 リッカが戦場に焔の華を咲かす。

 影と焔は混ざり合い、まるで黒き焔が揺れ動いているかのような幻想的な風景が見えさえするようだった。

 相手の数も半分程までは減ったが、それで諦める守衛兵団では無い。それなりのレベルの兵士達が集まり、入念にしたであろう訓練を生かしてか、かなりの連繋が取れた攻撃をし始めた。

 それでこちらが傷を負う……とまでは行かなかったが、何段にも重なった攻撃と防御とに、俺達は攻めあぐねていた。


「キャッ……!」


 ふとバランスを崩し、地面に膝を突いたリッカ。その隙を守衛兵団が見逃すはずが無く、リッカへ魔法の集中放火が降り注ぐ。

 リッカは咄嗟(とっさ)に盾を掲げたが、それで防ぎきれない魔法がリッカへと肉薄しようかと思われた……その時。


「《魔法暴発(マジック・バースト)》!!」


 鍛練を積んである程度のコントロールが出来るようになったティカの《魔法暴発(マジック・バースト)》。それはリッカに迫っていた魔法を外側のみへと暴発させた。


「スミマセン……助かりましたわ」


「いえ、お無事で何よりです。カズヤさん、レイネさん、エレナさん、カグラさん、そしてリッカさん。私に……考えがあります! 乗って……いただけますか?」


 俺は飛びかかかって来た兵士を殴り飛ばしながら、叫ぶ。


「もちろんだぜ、ティカ! 頼む!」


 レイネ達も深々と頷く。

 ティカはペコリと一礼すると、魔力を杖へと集中させ―叫んだ。


「《天羅伝令(ヘブンズ・オーダー)》」


 紫色の光が弾けた。

 だが、特に何も起こった様子は無い。

 ……ティカが魔法に失敗したのだろうか? そう思った時だった。


『皆さん……聞こえますか?』


 頭の中に、ティカの声が響いた。ティカはさほど大きな声を出している様子も無い。つまりこれは―


『……対象と自分との間に魔法で経路(パス)を繋ぎ、その経路(パス)を通じて、対象・自分間で、思考による会話を自由に可能にする。それが治癒魔法―《天羅伝令(ヘブンズ・オーダー)》の効果です』


 ティカがメインで使う魔法、治癒魔法は、ティカの発想によってそれぞれが頼もしい力を発揮している。しかしそれも、もともとは傷や病などを負った人々を『治癒』するための魔法なのである。

 もちろんそれは《天羅伝令(ヘブンズ・オーダー)》も例外では無い。その効果から推測するに、耳が不自由な人との意志疎通に使うものなのだろう。実際、俺達は耳が不自由と言うわけではないが、この魔法は意志疎通の役割をしっかりと果たしている。


「へっ……。やっぱ頼もしいぜ……ティカ!」


『―光栄です。それでは……行きますよ!』




 《天羅伝令(ヘブンズ・オーダー)》によって体勢を立て直した俺達の猛攻により、衛兵の数は残り50前後となっていた。


『敵、盾部隊後退! ヒールの妨害、お願いします!』


「……了解。《天影(てんえい)黒雷閃(こくらいせん)》!」


 神楽が雷光の如き突きを放ち、敵陣に斬り込む。


『レイネさん! 氷壁を!』


「氷壁……? ……!! アンタやっぱ凄いわね……! 《アイス・ウォール!》 」


 氷の壁が、衛兵達から守るかのように神楽を取り囲む。だがそれは、防御のために使うものでは無かった。

 衛兵達は氷壁に囲まれた神楽を攻撃しようと、氷壁付近に集まってきていた。それを確認したティカの指示の下、次なる魔法を、エレナが放った。


「《暴虐の嵐(テンペスト)》!!」


 《暴虐の嵐(テンペスト)》は衛兵達を巻き込みながら、中心―《アイス・ウォール》の真ん中、神楽がいる場所へと向けて集束していく。

 そしてそれが氷壁を砕くと同時、エレナは魔法を解いた。


『リッカさん!』


 リッカは頷くと、槍を天に掲げ、叫んだ。


「《紅蓮の陽光(サンライズ)》!!」


 地上から、天―太陽に向けて、紅き光が昇っていく。それは直接何かを破壊することの無い、光そのものであった。が、十分な熱量を持ったその光は、砕けた氷へと吸い込まれ、屈曲し、拡散する。


「くっ……眩しい……!」


「くそっ……どこに行った……!」


 事前にティカから目を瞑るように言われていた俺達を除き、守衛兵団の衛兵達は皆目を押さえ、怯んでいた。

 ティカの取った作戦は単純明快―目眩ましである。だが魔法の力によって行った目眩ましは、俺と神楽に十分過ぎる程の時間を与えてくれた。


「行くぞ神楽!」


「……行こう、和也」   




 怯んだ状態の衛兵が俺と神楽の敵となるはずも無く、衛兵達は瞬く間に全滅した。

 だが、戦いはまだ終わってはいない。むしろここからが本番なのである。


「《アイシクル・ホーン》!!」


 空を翔ぶ黒龍目掛けて、レイネが獣角のように鋭い氷柱を放った。黒龍は低く唸ると、それを容易く回避する。

 だがそれは計算の内。頷き合った俺達は、氷柱を一気に駆け上っていく。

 氷柱の先端付近まで来て、エレナが弓矢を、神楽がクナイを黒龍に向けて構えた。


「《風を裂く矢弾の一撃(エアリアル・ストライク)》!」


「《全ての存在を絶つ一矢(イグジスト・ダーツ)》」


 烈風を纏った矢と黒影を帯びたクナイが、黒龍へと襲い掛かる。対する黒龍は両腕を振りかぶると、鋭爪の一撃で矢とクナイを軽々と凪ぎ払った。


『リッカさん……今です!』


 ティカの声が響く。……そう、エレナと神楽の一撃は、黒龍の体勢を崩させるための布石だったのだ。リッカは槍を天に―先程放った《紅蓮の陽光(サンライズ)》に向けて掲げた。


「これで……燃え散りなさい! 《裁きの煌炎(ジャッジメント・フレア)》!!」


 紅く目映い輝きを放つ焔が、天空より黒龍へと降り注いだ。


「熱っ……」


「凄い……光……!」


 その凄まじい熱気は、地上へと降りていた俺達にまで伝わってくる程だった。

 その焔は一瞬で黒龍の体を焼き尽くす……はずだった。


「……愚かなり、人間よ」


 人間のものでは無いと分かる、野太く低い声。煙が晴れるとそこには、完全無傷の黒龍の姿があった。


「そんな……!?」


「くそっ……アレでもダメなのかよ……!」


 黒龍にはリッカの技がまるで効いている様子が無い。逆に俺達は衛兵達との戦いでかなり消耗し、皆息を切らしている様子だった。


「我に逆らった罪……(とく)と思いしるがいい!」


 黒龍が大きく力を溜めたかと思うと、その口から禍々しい程黒き膨大なエネルギー波を放出させた。


(くそ……あんなの食らったら……! けど……!)


 防ぐ術も無い程の黒龍の咆哮。俺達が身構えた―その時だった。

 リッカの《裁きの煌炎(ジャッジメント・フレア)》を超える程の目映い輝きを放つエネルギーの奔流が、黒龍の咆哮を完全に消し飛ばした。


「何とか……間に合いました……!」


 『間に合った。』ティカはそう言ったのだろうか? いつの間にか離れた場所にいるティカの口の動きは、その言葉を紡いでいるように見えた。《天羅伝令(ヘブンズ・オーダー)》の効果を切らす程消耗した様子のティカは、リッカに向かって叫んだ。


「……私は、呼び掛けることしか出来ません。だからリッカさん、対話は……貴女の役目です!」


 ティカの言葉に、リッカと俺達はハッとして上空を見上げた。


「そんな……嘘……! あれは……!?」


 リッカの驚愕の声が響く。それにより俺は、それの正体を悟った。

 ……リッカが驚くのも無理は無い。何故ならそこには、その身を大昔に朽ちさせて魂という概念だけになったはずの存在―剡龍(えんりゅう)の姿があったのである。

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