Level.28:竜の街
「……では、行きますわよ!」
新たに仲間として加わったリッカの掛け声で、馬車が再び動き出す。
目的地である竜の街イグニストには、後数分で着くはずだ。
「それにしても偶然だよね~」
「……うん」
エレナが大きく伸びをしながら神楽へと話しかけていた。エレナの言う『偶然』とは、俺達の行き先とリッカの住む街が同じであったということを示している。これから近くにある守衛兵団の支部の情報について探るには、好都合だろう。
「……ま、おかげでこうして楽出来るわけだしな。……ありがとな、リッカ」
俺が礼を言うと、リッカは何故か顔を赤くした。
「べ、別に貴方のためでは無いですわ! 私が歩きたくないから馬車を使っているだけで……」
「でもそのおかげで俺は荷車を引かなくて済むわけだからさ。感謝してるぜ?」
「で、ですから私は……!」
「……アンタ、なんでこんなことで赤くなってるのよ? ……言っとくけど、コイツはこういうこと誰にでも言ってて、評価を上げようと―」
「あれ……レイネ、もしかして……嫉妬?」
エレナに口を挟まれると、レイネの顔までもが赤くなる。
「なっ……だ、誰が嫉妬なんか! だいたい、嫉妬する理由なんか無いし、こんな金髪エセお嬢様が誰とどうなろうと私にはなんの関係も……!
「エセお嬢―。言ってくれますわね、氷の魔女。……いえ、銀髪姫もどきさん」
「姫もど―。……アンタ、私に喧嘩売ってるの?」
「先に仕掛けてきたのはそっちではなくて? まあ、百歩譲って売るとしても、アナタでは絶体に買えないような値段で売りますけどね」
「余計な屁理屈を……! だいたいアンタはいつもそうやって……!」
「いつも……? 私がアナタと一緒にいたのはほんの少しの期間だけだったと思いますが?」
2人の口論はどんどんヒートアップしていく。そろそろ止めないといろんな意味で大変なことになりそうだったので、俺は口を挟もうとした―が。
「2人ともその辺で……」
「「カズヤ(さん)は黙ってて(下さい)!!」」
……息だけはぴったりである。
後に知った話だが、この2人は昔それぞれの旅の途中で出会ったものの、炎と氷、金髪と銀髪だけに相性が最悪で、先程レイネが話していた、誘いをリッカが断ったということを元に激しい口論になり、結局すぐに別れるということになったらしい。
互いの実力は認めているからこうして協力関係になったのだということは理解出来るが、これからこの2人の争いが続いていくのかと思うと、骨が折れる思いだった。
「だいたい、何でアンタなんかと協力しなくちゃいけないのよ! 確かに多少は実力を持っているかも知れないけど、私の3個下ぐらいなのに……!」
「あら……? 《レベル》は私の方が上だったのではなくて? それに誘ってきたのはそっちですわよ? アナタもそこそこはやりますが、私の5個下ぐらいに位置してますからね」
「《レベル》は関係無いでしょ! ああもう……! 言葉で言っても分からないなら力で分からせてやるわよ!」
「……いいでしょう。先程の再戦といきますか」
2人は互いに武器を持つ。……予想通りと言えば予想通りだが、恐れていた展開になってしまった。
「永遠の氷に閉じ込めてやるんだから……!」
「アナタの氷なんて簡単に溶かしてみせますわ」
それぞれの武器に炎と氷の魔力が纏われる。
「《フリージング……》」
「《フレイム……》」
だが2人の魔法は発動することは無く、代わりに2人の悲鳴が響き渡ることとなった。
「キャッ……! ……アハハハハ! ダメだってそんな! ちょっ……! ほんっ……ダメ! そこは……っ!」
「や、止めなさい! って……待ちなさい! え……やっ! そこは……そこはダメなんですって! そこは、そこだけは―」
―3分後。馬車の荷台の上には、仰向けに倒れ、汗だくで荒い息を吐く2人の少女の姿があった。……なんだか見てはいけないようなものをみている気がして、俺は顔を背け……2人をこうした張本人であるティカへと語りかけた。
「えっと……ティカさん……? 何を……なさったのでしょうか?」
俺に聞かれると、ティカはいつもと変わらない顔と声で……しかし何か恐ろしいオーラを纏い、ゆっくりと口を開いた。
「何を……ですか?。えっと……お二人が馬車を滅茶苦茶にしそうな勢いだったので、まずは《感覚強化》で《感帯》を強化しました。そして、この子達に活躍してもらったわけです。出ておいで……?」
ティカが柔らかい声音で呼び掛けると、ティカの背中の影から、まだ生後間もないと見受けられる2匹の子狼が顔を出した。
「わぁぁぁ……ちっちゃーい……」
「可愛い……」
横で見ていたエレナと神楽は、子狼に興味津々のようだ。子狼にはもちろんステータスが表記されており、その名前は[ベオウルフ]となっている。
「……って、あれ……? この名前……どこかで……? ベオウルフ……狼……。……まさか!?」
俺が首を傾げると、ティカは意を得たりといった様子で頷き、微笑んだ。
「はい。カズヤさんの予想で多分正解ですよ。この子達は、あの時のベオウルフの……子供です」
「マジか……! でも……なんでティカがその子供達を?」
「それはですね……」
「ねえねえちょっと、あの時……って、どの時? ボク達がまだ出会っていないころの話だよね?」
エレナが子狼の1匹を半ば無理矢理抱き締めたまま、興味津々といった様子で聞いてきた。因みに神楽の方は、どこからか取り出した猫じゃらしを使い、子狼と遊ぶのに夢中のようである。
「そういやまだ話して無かったな。俺とティカは、その子達の親であるベオウルフを通じて、とある森の中で出会ったんだよ」
「へぇ~。あれ……? その時レイネちゃんはいなかったの?」
「いや、もちろんいたぜ。そういや、ティカに出会うちょっと前にはレイネが水浴―」
言いかけた、刹那。俺の目の前に氷槍の切っ先が突き付けられた。
「アンタ……何思い出そうとしてるのかしら……?」
レイネの目は笑っていない。返答次第では、俺の額に大きな風穴が開きそうな程の迫力だ。
「ハハ……アハハハハ……。あ、レイネさん。お体の方は大丈夫なのでしょうかー?」
「……お陰様でさっきまで最悪の気分だったわよ。……それより、私が聞きたいことはそこじゃ無いんだけど……?」
……話を誤魔化そうとしたが完全に失敗してしまった。俺は冷や汗を浮かべなから、何とかレイネを落ち着かせようと試みるkおとにした。
「いやまたもうレイネさんったら。俺があんなこと覚えているわけ無いじゃないですか。あんな……あん……な……」
俺の脳裏に、ばっちりとあの時のレイネの裸体が浮かび上がった。ついでに鼻から赤い何かが垂れてきて……
「……あ」
レイネの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。それは羞恥によるものか怒りによるものか―。……少なくとも、その裁きを下したのは後者の感情によるものだろう。
「この……ヘンターイ!!」
氷で硬化された杖が俺の頭部へと降り下ろされる。数値的なダメージはほとんど無くとも、その威力は本物で……。
俺の意識が戻ったのは、それから3分後のことだった。
「……で、話は戻るけど……。なんでティカがこの子狼と一緒にいるんだ?」
鼻にティッシュを詰め込んだ俺は、再びティカと対峙していた。
因みにエレナと神楽は、比較的大人しい方の子狼と遊んでいるのだが、レイネとリッカは、比較的活発な方の子狼と遊び……もとい、遊ばれていた。
「もう……あの子ったら……。……で、私があの子達といる理由……でしたっけ?」
「ああ」
「……先程、守衛兵団との通話を終えた後のことです。私の目の前に、お腹を空かせた様子の1匹の狼が現れたんです。カズヤさん達と出会った時の経験もあり、私は恐れずに持っていたビーフジャーキーを上げることができました。しかし狼……ベオウルフはそのエサを自分で食べようとせず、後ろにあった木の陰へと持っていきました。恐る恐るその場所を覗き込むと、この子達がいた……というわけです」
「成程な……。……ん? そういやティカ、親の方はどうなったんだ? ……まさか、死―」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと生きていますよ。……私も最初は気付かなかったんですけど、ベオウルフの方が覚えていてくれたみたいですね。自分のお腹は満たされていないのに、子供達にエサをやれたことに対して私にお礼を告げてきて……。そのままじゃ狼が弱って死んでしまうと思った私は……《契約》を結ぶことにしたんです」
「契約……?」
「はい、そうです。この世界に無数に存在するモンスター……。普段私達と彼等は敵同士ですが、場合によっては友好関係が発生することがあります。そして互いが認め合った時にのみ結ぶことが出来る誓い―それが、《契約》です」
ベオウルフはティカに感謝しており、ティカはそのベオウルフを救いたいと思った―。そこに、互いの絆が結ばれたということなのだろう。
「契約を交わしたモンスターのことは、契約獣と呼ばれます。その契約獣のHPは術者のステータスに連動することとなり、契約獣は普段魔法空間で生活しHPが減らないようになる代わりに、召喚の際には術者のMPを使う……という仕組みになっているんです」
「成程な~。じゃあ今ベオウルフは、ティカの……中? にいるのか……?」
「私の中……というより、私の魔法空間の中ですね。分かりやすくいうならば……そうですね、《魔法化収納空間》も似たような原理なんですよ? ……まあ、実際に見せた方が分かりやすいですよね」
ティカはそう言うと、魔法の杖を取り出し、魔力を集中させ始めた。何かを感じ取ったのか子狼達がピクリと反応した。
「『気高き孤高の狼獣よ……汝、契約に基づいて我が元に来れ……!』……ベオウルフ!」
ティカが叫ぶと、俺達が以前出会ったベオウルフ……よりも、一回りどころか二回り以上も大きくなった狼が姿を現した。
「「……って、デカっ!?」」
俺とレイネの声が重なる。ティカはさも平然といった顔をしていたが、俺達からすればあり得ない程の変化である。
「何があればこんなにデカくなるってんだよ……。まあ、これで戦力が増えるなら―」
……その時だった。
言葉では表現しきれない程の、大きな野太い咆哮が、この先の街……《竜の街イグニスト》の方から響き渡ってきた。
「「「……!!」」」
リッカは表情を強張らせると、馬車のスピードを上げた。そして林を抜けた先で俺達の目に移ったのは、街の遥か上空を旋回する、1匹の黒龍の姿だった。
「あれは……。そんな……まさか……!?」
リッカの焦りようを見るに、その龍こそが一度イグニストを半壊させたという黒龍……ということなのだろう。
「……!! 待って下さい……! あそこ……黒龍の上に、誰か乗っています!」
ティカに言われよく見ると、確かに黒龍の上に誰かが股がっていた。だがリッカの話を聞いた限りでは黒龍は獰猛で凶暴な性格であり―。
「まさかあの黒龍……契約獣なんですの!?」
リッカが戦慄の表情を浮かべた。それが意味していることは、俺でも分かる。恐ろしき黒龍が恐ろしき人間の手によってコントロールされたとしたならば―。
「カズヤくん! 早く止めないと!」
「私達で……倒す」
エレナ、神楽、レイネ、ティカが、それぞれの武器を手にする。
「倒す……って言っても、あの黒龍の強さは……! それにこの馬車では後10分以上は……」
「ここに丁度いいのがいるじゃねーかよ」
俺はそう言って、ベオウルフの背中をポンポンと叩いた。
ベオウルフは乗れとばかりに吼え、術者のティカも大きく頷いた。
「あっちが契約獣ならこっちも契約獣……ってな! 行くぞリッカ! 黒龍を倒しに!」
叫び、ベオウルフに飛び乗る俺。ベオウルフの身体は予想以上に大きく、詰めれば全員が乗れる程であった。しかし、肝心のリッカは中々乗ろうとしない。
「何やってんだ! 早く乗れ!」
「黒龍には……何をやっても……。それに……私の力では……」
俯き、小さな声でブツブツと言うリッカ。俺はそんなリッカの腕を掴み―無理矢理引っ張りあげた。
「きゃあっ!? 何をするんですの!?」
「うるせぇ! ウダウダ言ってる暇があるなら行くぞ! それに言っただろうが! お前の力だけじゃねぇ……俺達の力だ!」
「だとしても……黒龍には……」
なおも俯いたままのリッカ。俺はその顔を両手で押さえ込み、その紅い瞳を真正面から覗き込んだ。
「ちょっ……何を……!?」
「ああもう黙って聞け! いいか? 1回しか言わねーからよく聞けよ。俺の本当のレベルは……1だ!」
リッカの目が大きく見開かれる。そしてその表情はやがて……決意の表情へと変わった。
リッカが赤き槍を手にして、叫んだ。
「私も……戦いますわ!!」
俺達一行を乗せたベオウルフは、《竜の街》へ向けて駆け出していくのだった。




