Level.27:竜災の爪痕
「その帽子の紋章……貴女……守衛兵団……ですわね? ……どういうことですの? ……氷の魔女」
視線と想いが、絡み合う。
リッカに問われたレイネは、どう答えるべきか迷っている様子だった。
帰ってきた途端に知らない女性から冷たい視線を浴びせられているティカに至っては、少し泣きそうな顔をしていた。
俺と神楽は、どう口を出すべきか迷っていた。
キュルルルル……
―大きな音が、そんな凍てついた空気を破った。
「アハハ……ごめん……。ボク、お腹空いちゃった……」
エレナが恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。そういえば、俺は食べ物では無い何かを半ば強制的に食べさせられそうになったが、エレナ達はまだ何も食べていないのだ。腹が減るのも無理は無い。
俺はこの状況を打開するためにも、こんな提案を持ちかけた。
「取り合えず……移動ついでに飯食いながら話さねーか?」
「えぇ……っ!? 私てっきり、アナタが守衛兵団側に付いたのとばかり……。それにこんなに美味な食事を作れる、健気で可憐な年端も行かない少女に憎悪を向けただなんて……。ああ……なんとお詫びすれば良いか……」
これまでの一連の事情を聞いたリッカは、馬に引かれた荷車……馬車の荷台の上で、レイネとティカに向けて、深く頭を下げていた。
ちなみに、この馬はリッカが持っていた召喚術式札によって呼び出されたものだ。(都では普通に出回っていて1回だけ任意のモンスターを隷属召喚出来るらしい)ついに荷車引き係を辞めることが出来て俺としてはむしろリッカに頭を下げたい気分だった。
「いえ……おきになさらず……。守衛兵団のことを良く思ってない人がいる……。それは私も、分かってますから……」
ティカが言う。ソリュータスで守衛兵団として敵対した際、ティカは守衛兵団としての誇りを掲げていた。だがティカは自分が本当にしたいことに気付き、俺達の仲間になったのである。
「……そうね。っていうか頭上げなさいよアンタらしくない。それより……さっき言おうとしてたこと、聞かせなさいよ」
リッカは頭を上げると頷き、自らと守衛兵団の因縁に付いて語りだした。
「私はこの先……今向かっている場所でもあります、竜の街イグニストで生まれました。イグニストのとある遺跡には、竜の魂が眠っている―そこから『竜の街』という名前が付けられた、と聞いております。決して裕福では無いけれども、街の人々が助け合って暮らしていて、温泉宿目当てにやってくる来訪者をもてなす……。そんな暮らしを、私達はしていました。そう―4年前の、あの日、《竜災》が起こるまでは」
「4年前……。……一体、何があったっていうの?」
「……あの日、イグニストでは年一回開催される祭……竜臨祭が行われていました。遺跡に眠っているとされる竜に祷りを捧げ、その力の恩恵を受けんとする祭です。その祭の……最中でした。街に……黒龍が現れたのですわ」
「黒龍……?」
「……ええ。イグニストに眠っているとされている竜―剡龍と対を成すと言われています。伝承では、剡龍との戦いで敗れ命を落としたはずだったのですが―その黒龍が街に現れ、私達はパニックに陥りました。剡龍も黒龍も、その力は一体で半径百里を焦土へと変える程の力を持つと言われているのです。そこで私達は、王都最強の兵団……王都直属守衛兵団へと、助けを求めました。彼らの力なら、黒龍を倒すまではいかなくても、退けることぐらいなら出来るかも知れない―そう思ったからです。……しかし、街は結局半壊しました。守衛兵団の―怠慢によって」
「……! 何が……あったのですか?」
鬼気迫る表情のリッカに、ティカがおそるおそる問いかけた。
「……彼らは連絡を受けると、『すぐに向かう』と言ってきました。イグニストの民はそれを信じ、守衛兵団が来るまで持ちこたえよう―そう互いに呼び掛け合い男達で組まれた精鋭部隊が、黒龍に立ち向かいました。私の父……ベルクーリ・ベルフレイル・スカーレットは、その部隊のリーダーを務めていたのです。……戦いは劣勢でした。それもそのはず、竜相手に生身の人間が敵うはずがありませんから。……それでも、父達は一生懸命戦いました。守衛兵団がやってくる―ただそれだけを、信じて」
「……その……守衛兵団は……」
「……ええ。お察しの通りですわ。彼らが来た時は既に、街は半壊していたのです。彼らがイグニストにたどり着き、その兵力を用いて黒龍を退ける―その頃にはもう、父を含めた精鋭部隊は全滅、私を黒龍の爪撃から庇った母親や逃げ遅れた人々までもが死亡していました。何とか逃げのびることが出来たのは、私を含めて人口の5分の1程度でした。そして彼らのリーダー格―黒マントの男は、私に向けてこう言ったのです。『兵士達への報酬の調達に時間がかかってしまい、遅くなった。生きているとは運が良いね、お嬢ちゃん』、と」
「……っ!」
「守衛兵団が去っていった後、2年を掛けて何とか街は復興を遂げることが出来ました。ですが竜の爪痕は、建物の柱に、そして人々の心へと深々と残りました。私はそれから守衛兵団に復讐―両親達を殺した彼らへの罪滅ぼしをさせるべく、修行に勤しんできたのです。氷の魔女……アナタと初めて出会ったのも、丁度その頃ですわ」
「そう……だったのね……」
話を終え、顔を俯けたリッカ。
守衛兵団という、本来は民を助けるはずの組織の怠慢―そして反省の色が全く見られない態度に、リッカの心は深く傷付いたことだろう。そして両親の死という哀しみを抱えながら、これまでたった1人で戦い続けてきたのだ。
そんな―そんな彼女の心を救うような言葉を、俺はまだ持ち合わせていなかった。けれど……だけれども、これだけは……伝えることが出来た。
「……そっか。大変だったんだな……リッカ。だけどもう大丈夫だ……俺達が、一緒に戦ってやる」
「……」
「……なんて綺麗事は言えないけど、さ。実際俺達も、守衛兵団にはちょっとした因縁があってさ。偽りの犯罪者にされた奴、守衛兵団に入ったけれどもそこでは本当にやりたい事が出来なかった奴、守衛兵団に連絡する間も無く家族をオークへと変えられた奴、守衛兵団の野望に閉ざされた国で孤独に戦ってた奴……俺達は、そんな集まりだから、さ。だからリッカ……俺達が一緒に戦ってやる、とは言わねぇ……。……俺達と一緒に……戦おうぜ?」
「カズヤ……さん」
「私……カズヤさん達とだからこうして戦えているんですよ。だからきっと……リッカさんも」
「ボク、皆と一緒だとやっぱり楽しいんだ!」
「私も……仲間というものを悪くないと思った」
ティカ、エレナ、神楽が、それぞれリッカへと語りかける。
そしてそれに続き―腕を腰に当てながら、レイネが言った。
「……正直に言うと私は、アンタの復讐なんかに興味は無いわ」
「なっ……。レイ……」
「カズヤは黙ってて。だってそうじゃない?この女……《紅の戦巫女》なんて大層な二つ名が付いてるくせに、全然本気で守衛兵団と戦おうとしない」
「……! 私は本気で……!」
「本気で……何? 本気で守衛兵団に1人で勝てるとでも思っているわけ? ……まあ、実を言うと私も最初は1人で戦おうとしていた……でも、ね。やっぱり……『仲間』の力は計りしれないものがあるのよ」
「それは……分かって……」
「……ううん。アンタはこれっぽちも分かっていない。だってアンタ、言ったわよね? 私と初めて会った時、何故力を求めているのか聞いたら、ある組織と戦うためだって。だから私は、なら互いに協力しないか―そう、持ちかけた。……答えは、ノー。アンタは高飛車な態度で、『私はアナタの力なんて必要としていませんわ! 寧ろアナタが私の力を欲しているのではなくて?』と言った。……そこから私達は、今の今まで会うことは無かった。……でもアンタ、本当は助けてくれる誰かが欲しかったんじゃないの?」
「え……?」
「私がそうだったから……よく分かる。だってアンタ……カズヤに『一緒に戦おう』と言われて……泣いているもの」
「え……!? あ……。嘘……私が……こんな……」
レイネの言葉通り、リッカの目元からは次々に涙が溢れてきていた。
「だから……その……。こんな事言うのは私のガラじゃ無いんだけれども……。一緒に……戦いましょう」
「……!! 私……私……!!」
リッカはその場に泣き崩れた。今まで孤独に戦ってきた少女が、救われ、涙を流す。周りにいる仲間達の時もそうだったが、この瞬間は、俺も思うものがある。
彼女達が、こんな俺の言葉なんかで救われていいのだろうか、と。
だけど最近、逆にこう思うこともある。こんな俺の言葉でも……例えそれが安っぽい綺麗事だとしても。それで涙を流し、少しでも心を救われる少女がいるのなら―俺は何十回・何百回だって、ありったけの想いを……言葉をぶつけてやろう、と。




