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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.5 ~影絶つ冷徹な暗殺者<下>~
30/63

Level.25:月夜の奇跡

「嬢ちゃん、生ビール追加!」


「こっちは焼酎頼むぜ!」


 ワイワイと盛り上がる広場。多くの男達が、顔を赤くして酒盛りに酔いしれていた。


「は、はい! 今行きます!」


「ボクこれ以上は無理だよ~……」


「何で私がこんなこと……」


 手拭いとはっぴを身に付けて、酒や料理を運んでいるのは、レイネ・ティカ・エレナの3人だ。

 何故彼女達がそんなことをしているかと言うと、単純に彼女達が"動ける女性"だからだ。

 料理を提供しているのは、あのおでん屋であり、もちろんそこでは店主しか働いていない。そこでこの人数に料理を運ぶのに人手が欲しいということになり、彼女達が選ばれたのだ。

 ……実際の所は、ここにいる男達が、若い彼女達にお酌をしてもらいたかっただけなのだが。

 ともかくそんなこんなで3人は忙しく広場を動き回っていた。ちなみに、女子3人じゃ大変だ、と手伝いを買って出たカイルは、男達に捕まり完全に酔い潰れていた。未成年に酒を飲ませるのはどうなのか……と言いかけたのだが、よくよく考えればこの世界に日本の法律など適用されるはずも無いので、苦笑いで済ますことにした。


「和也。隣、空いてる?」


 と、集団から少し離れたテーブルに座る俺の顔を神楽が覗き込んできた。


「うおっ!? ……って、神楽か。ビックリさせんなよ……。……ああ、空いてるぜ」


「……ボーッとしてた方が悪い。……じゃあ、失礼するね」


 そう言うと、神楽は俺の隣に腰を降ろした。……気のせいか、ウィルと戦う前と比べてだいぶ表情が穏やかになったような気がする。

 俺が神楽の顔をまじまじと見ていると、不意に、神楽の手が包帯の巻かれた俺の右手に触れた。


「……!?」


「……手、大丈夫……?」


 ひんやりとした感触に驚いていると、神楽が俺の顔を心配そうに覗き込んできた。

 お互いがお互いの顔を覗き込んでいる状態のため、顔と顔がかなり近い。


「……っ!」


「あ……」


 俺が慌てて顔を背けると、神楽もそのことに気付いた様子で、頬を薄く朱に染めて手を離し遠慮がちに顔を背けさせた。

 ……何だか初々しいカップルみたいで恥ずかしい。俺は軽く咳払いをしてから神楽の方に向き直った。


「まあ……この通りしばらくは使いもんにならねーけどな。左手でも日常生活程度なら送れるから大丈夫だぜ」


「そう……。……良かった」


 神楽は心から安心したような顔を見せた。俺は何だかそれがむず痒くなり、話題を変えることにした。


「そ、そういや神楽の方こそ大丈夫なのか?」


「……? 何が……?」


「あ、いや、その……。怪我……もだけど、……ウィルのこととか、さ」


 神楽が配膳側に回らなかったのは、俺と同じで大きな怪我をしているということが第一の理由だ。現に、神楽の腹部には服の上からも包帯が巻かれている。

 ……もう一つ。神楽は俺達と共に、ウィルという復讐すべき対象に勝利した。……だがそれで、神楽の『母親』が戻ってくるわけでは無い。神楽は今、どんな心境なのだろうか? もしまだ気持ちが晴れていないとしたら―。俺はそんなことも考え、神楽に休んでいるように言ったのだ。

 神楽は俺の質問に対して柔らかく微笑むと、ゆっくりと口を開いた。


「怪我は……大丈夫。……ティカにも魔法をかけてもらったから。……『お母さん』のこと、なんだけどね……」


 と、神楽が言いかけたその時、俺達が座るテーブルに、勢いよく2つのジョッキが置かれた。


「烏龍茶2つ、お待ちぃ~!」


 やけに高いテンションで声を響かせたのは、完全無欠冷静沈着クールビューティーのはずのレイネその人だった。


「……いや1つも頼んでねーし。つーかこれ完全にビールだよな……?」


「何よ……? 私の酒が飲めないって言うの!?」


「いやお前の酒とかそういうんじゃなくてな……。ってかレイネお前……酔ってるだろ!?」


「ん~? 酔ってなんか無いってば~? ほらほら~、私の酒を飲みなよ~?」


 ……本人はそう言っているが完全に酔っている。顔も赤いし微妙に酒臭い。恐らくお酌の途中に付き合わされて酒を飲ませられたのだろう。何よりも完全にキャラが崩壊している。


「ね~え~? ほ~ら~?」


 レイネは酒を片手に頬擦りせんとの勢いで顔を近付けてくる。


「ちょっ……レイネ! 近いっての!」


 慌てて俺がレイネを押し戻すと、レイネが手に持っていたジョッキが滑り落ち、その中身が頭からレイネにぶちまけられた。


「あ……やべ……」


 俺は慌てて謝罪を試みた。が、レイネは意味不明な罵詈雑言(ばりぞうごん)を並べると、そのままテーブルの上に突っ伏して眠ってしまった。


「私の……お酒ぇ~♪」


 よく分からないが楽しい夢を見ているようなので、そのまま放置しておくことにした。……酔いが覚めた時の反応が怖くも楽しみである。




「レイネってば、やっぱり酔っ払っちゃてるよ~」


 呆れた表情でそこにやってきたのは、山盛の枝豆を持ったエレナだった。


「……エレナ。コイツ、私のお酒~、とか言ってたけど大丈夫なのか?」


「う~ん……大丈夫なんじゃない? ねえねえそれより聞いてよ、さっきグランさんがね……」


 エレナは、グランを初めとする男達との会話の内容を楽しそうに俺に伝えてくれた。……皆が仲良くなってくれたのならば、俺としても嬉しかった。


「……ってことらしいんだ。で、さっきグランさんがね……」


「ん? エレナ、それはさっき聞いたぞ?」


 ……俺は何かとても嫌な予感がした。


「あれ? そうだっけ? じゃあ別の話するね。さっきグランさんが……」


 ……その話は三度目である。よく見れば、エレナの顔も赤くなっているでは無いか。


「それでね~? グランさんが~……」


「……勘弁してくれ」


 俺は結局、エレナが眠るまで同じ話を数十回程聞かされることになるのだった。

 



「ったく、こんな酔うなら飲むなよな……。で? 神楽、さっきの話だけど―」


「カズヤさん、お疲れ様です」


 俺の言葉を遮り、ティカが俺達のいるテーブルにやってきた。……見ると、ティカの顔は、残念ながら予想通りに赤くなっていた。


「……ティカさん、付かぬ事をお聞きしますが、酔ってますよね?」


「……」


 ティカは喋ろうとしない。


「ティカさーん……?」


「……」


 尚もティカは口を(つぐ)んだままである。


「もしもーし」


 反応が無いため肩を叩こうとしたところで……ティカが壊れた。


「うるっさいですわね! 私は今良い気分に浸っているんですの! 邪魔をしないで下さる!?」


 ティカが突然かん高い声を上げると、テーブルに置かれていた枝豆の山を薙ぎ払った。


「はあっ……!?」


「聞こえなかったんですの? 私の邪魔をしないで下さいませ!」


 ……怒り上戸で何故かお嬢様口調のティカ。もはや俺が何も言わなくても目の前の空間に向けて語りかけている。


「冗談じゃねぇ……。なあ神楽、場所を……」


 言いかけて、俺は固まった。……テーブルの上に置いてあったもう1つのジョッキが、いつに間にか空になっている。


「ティ……ティカちゃんが……壊れちゃったよぉ~……」


 神楽が俺の服の袖を掴み、目に涙を浮かべている。もはや言うまでも無いが、顔は真っ赤に染まっている。


「神楽さんは泣き上戸……っと。いやホント誰か助けてくれよ……」


 怒り上戸と泣き上戸を同時に相手にするのは、本当に骨の折れる思いだった。


(コイツらには、二度と絶対にアルコールを1%足りとも摂取させないようにしよう……)


 テーブルに突っ伏す4人を見て、俺はそう固く決心するのだった……。




「ん~……。良い風だな~……」


 (ほぼ全員が酔いつぶれて)宴会もお開きになり、広場はいつの間にか静かになっていた。

 酒臭さが漂う広場から少し離れた場所のベンチに腰掛けた俺は、心地良い秋風に当たり綺麗な満月を眺めながら、おでんを口に運んでいた。


(……やっぱ、仲間がいたからこそ、だよな……)


 あの後、ウィルの身体はここからかなり離れた森の中で発見された。発見したカイルによれば、ウィルの顔はぐにゃぐにゃに歪み、白目を()いていたと言う。その身柄は守衛兵団へと引き渡され、厳重な処罰が下されることとなった。カイルの計らいで俺達がいたことは伝えないでおいて貰ったので、明日にもここを出れば取り敢えずは心配無いだろう。

 俺達の素性(すじょう)をカイルに明かした所、『こんな可愛い女の子達と、それに囲まれてるお前がそんなバカな事やるわけ無い!』と断言し、カイルはすんなりと俺の言うことを信じてくれた。他の男達もだいたい同じ反応で俺達のことを信じてくれたが、よくよく考えてみれば、ここにいる(ほとん)どの人々はそんな細かいことなど気にしない戦闘バカなのである。

 因みに、レイネが魔法で凍らせたらしい男達はちゃんと助け出され、ティカの《記憶忘却(オブリヴィオン)》をかけた上で手当てされている。中には今日の宴に参加している猛者(もさ)までいるのだから驚きだ。……こんな大規模な戦いがあったにも関わらず、この国の人にも外から攻めてきた人にも、一人の死者も出なかったのだから男達が無駄に頑丈であるということが分かる。

 ともかく俺は、数多の男達……もとい戦闘バカ、カイルやグランといった戦友、そして大切な仲間と共に、ウィルを倒すことが出来たのだ。


(……そういや、『アイツ』にも感謝しなきゃな……)


 俺の心が折れそうになっていた時、頭の中に響いてきた女性の声。あの声があったからこそ、俺はレイネ達と本当の仲間になり、神楽を闇から救い、ウィルを倒すまでに至ったのだ。


(ティア様……か……)


 この世界……辺境世界レイトノーフで、人々によって崇め奉られているティア様。彼女こそが、この世界の秘密を握っている―。俺は、そんな気がしてならなかった。


「……和也」


 と、俺が物思いに(ふけ)っていると、後ろから誰かが声をかけてきた。

 振り返ると、酔いが覚めたらしい神楽が立っていて、俺と目が合うと、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「さっきのは、その……」


 恐らく、酔っぱらってしまったことを気にしているのだろう。あまり追求するのも可哀想だと思い、俺は素知らぬ顔で手を上げて答えた。


「よ、神楽。おでん……食うか?」




 器に盛られたおでんはあっという間に神楽の腹の中に消えた。神楽は満足そうに伸びをすると、空に浮かぶ月を見上げた。


「綺麗……」


 そう呟いた神楽の姿は、月の光に照らされ、綺麗な黒髪も相まって、とても美しい絵になっていた。


「……っと、そ、そうだ神楽。話の続き……聞かせてくれないか?」


「……うん。……元々その話をしようと思って、来た」


 神楽はそう言うとベンチから立ち上がり、月を見上げながら語り出した。


「私……月が嫌いだったんだ」


「月が……?」


「……うん。だって、『お母さん』がいなくなった日にも、満月が空に浮かんでいたから」


「……」


「それからは満月の夜が来る度に、あの日の事を思い出して、ウィルへの復讐心が高まっていった……。……『お母さん』と同じように、満月の夜に殺してやるんだ、って……」


「神楽……」


「……でもね、今は……違う」


 神楽は首だけで俺の方を振り向き、柔らかく微笑んだ。


「だって今は……月の光が、こんなにも暖かく感じられるんだもん。暖かくて、優しくて……。まるで―」


 不意に、神楽の頬を一筋の涙が伝った。


「神楽……?」


 声をかける間もなく、神楽の瞳からは次々に涙が溢れ出てくる。心配に思った俺が神楽に駆け寄ると、神楽は首を横に振った。


「私……私……! 何で今まで……忘れてたんだろう……。全部……思い出した……! お母さんの顔……お母さんの声……お母さんの名前……! お母さんに初めて会ったのも……こんな優しい満月の夜だったんだ……。優しい……光……。そう……『優子お母さん』に出会ったのは……! ……お母さん……お母さん……!」


 神楽はその場で泣き崩れた。今まで溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように、ずっと泣き続けた。

 母親への愛を叫ぶかのように。

 自殺を図った自分の心を赦すかのように。

 月夜へ向かって、ただただ、泣き続けた。

 空に浮かぶ満月は、柔らかく、暖かく、そして優しく、神楽に向かって微笑んだような気がした。

 


 俺が望もうとしていた願い。それは、『母親』のことを知らない少女に、少しでいいから『幸せを与えてやって欲しい』、というものだった。願いの権利自体はウィルに奪われたはずだ。しかし、月夜の奇跡は、小さな身体を優しく、そしてしっかりと包み込んでいた―。




「うぅ……頭痛い……」


「ボクもなんか身体が怠いよ……」


「私……恥ずかしい台詞を連発しまくってた気がします……」


 俺は完全に二日酔い状態の3人と共に、出発の準備を急いでいた。

 というのも、これだけの騒ぎを起こしたのだから当たり前と言えば当たり前かもしれないが、守衛兵団がここに向かっているとの情報が入ったのだ。

 二日酔いで苦しんでいる彼女達には悪いが、さっさとここを出なければいけない。

 女性陣が揃って頭を押さえる中、テキパキと準備を進める俺の元に、1人の少女が近付いてきた。


「……お待たせ」


 そう言って俺の作業を手伝い出したのは、黒を基調としながらも女の子らしい衣装に身を包んだ、神楽だった。


「え……? ねえアンタ、その子……もしかして……」


 レイネに言われ、俺は頷く。そして神楽に目で合図をすると、神楽は立ち上がり、レイネ達に向かって、頭を下げた。


「昨日は色々と……お世話になりました……。それであの、私……」


「やった! 女の子友達がまた1人増えるね!」


「……ま、よろしく」


「よろしくお願いしますね、カグラさん!」


 神楽が言い切らないうちに、3人はそれぞれ歓迎の言葉を述べた。


「皆……。……ありがとう!」


 そう言ってはにかんだ神楽の笑顔は、今までで一番明るく、優しい笑顔だった。

 



「そういやアイツ、何で断ったんだろうな?」


 道を少し進んだ所で、俺はそんなことを呟いた。

 今朝、カイルに旅への同行を持ち掛けたのだが、彼は事情があるらしくそれを断ったのだ。


「カイル……だっけ? どーせ戦闘バカだからコロシアムに残りたかったんでしょ?」


 レイネの物言いに、俺は苦笑を漏らした。


「ま……そのうちどっかで会えるか。で、次はどこに向かうんだっけ?」 


「えーっと、確か~……」


「……竜の街」


「噂では本当に竜が住んでいるとの事ですね」


「ハハハ……それは洒落になんねーわ」


 新たに神楽を仲間に加え、俺達5人は、次の目的地―《竜の街》を目指して歩き出したのだった。




『どうだった、アイツは?』


「どーもこーも無いっすよ! 《能力制御(リミッター)》かけてたとはいえ、一方的にやられたんですから! 報酬(ギャラ)は高く付きますからね!」


『……ま、いいだろう。……で、奴等の次の目的地は?』


「あの方向だと《竜の街》じゃないっすか? あんなとこ行くなんて趣味が悪い……。どうします? 尾行しますか?」


『……いや、お前は一度帰って来い。行き先が《竜の街》ならば『アレ』が使えるさ』


「……! まさか……! ……お頭も趣味が悪いっすね」


『コロシアム等に出場するお前程じゃないさ……。なあ? 守衛兵団が誇る七聖騎士の三席……カイル・グランディア』

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