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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.1 ~わがままでひねくれた魔女~
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Level.2:氷の魔女

「あのさぁ、レイネさん」


「……何よ?」


「なんで……なんで俺がお前を乗せて荷車を引かないといけないんだよ!」


 ……俺は今、大きな荷車を、魔法使いのツンデレ姫を乗せた状態で引っ張っている。それも、汗が滝のように吹き出てくる、クソ暑い砂漠の中で。


「何で、って……。私が疲れるからに決まっているでしょう? そうせ私一人乗せたって重さ変わらないでしょ? ……それとも何? アンタ女の子に対して『重いから降りろ』とでも言いたいの?」


 ……レベル1のおかげか、確かにレイネ一人を乗せたところで重さは対して変わらない。砂漠と言うわりには地面もそれなりに安定している。しかし、これはどちらかと言うと俺の気分の問題である。


「お前……最初からこうするつもりだっただろ……」


「……さあ、どうかしらね?」


 この姫様は、整った容姿とはかけ離れて、あまりにも横暴な性格であった。

 立ち寄った街で、荷物運搬用に荷車を借りたいとレイネが言い出し、俺はそれを承諾した。

 しかしまさか、こんな地獄のような暑さの砂漠で、可憐な姫が横暴姫になるとは思いもよらなかった。


「なあレイネ……お前氷の魔法使えるんだろ? だったらせめてこの暑さをどうにかしてくれよ……」


「……無理。快適に過ごすためには、私一人にバフをかけるので精一杯だもの」


 ……つまり涼しく快適に過ごす魔法はあるというわけだ。それに呑気に寛いでいるぐらいだから、多分そこまで負担はかかっていない。《看破[ペネトレイト]》を使えばその真相を知ることが出来たが、どのみちこの姫様が俺にまでバフをかけてくれるとは思わない。

 やるだけ無駄なことは諦めて、俺はともかく一刻も早く先に進むため、砂漠の大地を踏み締めた。


「で? いつになったらこの砂漠を抜けれるんだ?」


「知らないわよそんなの。無い脳ミソを使って頑張って考えたら?」


 ……しかしこの姫様は本当に口が悪い。一回ガツンと言ってやった方がいいだろうか?


「言わせておけばお前なぁ……! この際言っておくけど……。……っ!?」


「何よ? 私に逆らおうっていうわけ? アンタは私に従って当然なん……もががっ……!?」


 騒がしくなりそうだったので、荷車の外から、左手で強引にレイネの口を塞ぐ。柔らく艶やかなものに掌が触れドキリとしたが、気にしないようにした。


「あんふぁ! なにひて……!」


「いいから黙ってろ! この気配……何かが近くにいる!」


 俺の言葉にようやく大人しくなったレイネの口元から手を離す。レイネにはキツく睨まれたが、今はそんなことを気にしている場合では無い。俺は《看破[ペネトレイト]》のスキルで周囲に意識を集中させる。

 ……どこだ。どこにいる。この形状はモンスター……サソリ? 

 確かに気配をすぐ近くに感じるのに、周囲を見渡しても何もいない。……おかしい。そんなはずは――


「……っ! レイネ、下だ!」


「……え? キャアアアアア!?」


 次の瞬間、地面からサソリが姿を現し、レイネの乗っていた荷車を派手にひっくり返した。


「おい大丈夫かレイ……ネ……」


 レイネを助けようとした俺の目には、捲れ上がったスカートの中から水玉模様の生地がハッキリと映っていた。


「いたたたた……」


 地面に投げ出されたレイネが、ゆっくりと身体を起こす。大した怪我は無いようだ。しかしレイネは何かに気が付いたのか、自分の頭をゆっくりと下に向けた。……そして一瞬でスカートを元に戻してから、レイネは顔を真っ赤にして、わなわなと身体を震わせながら尋ねてくる。


「アンタ……見た……?」 


 レイネが気付くまでの間、とりあえず両目を手で覆っておいたが、正直俺の網膜には先程の光景が焼き付いて離れない。ここは一体、どう答えるのが正解なのだろうか?


「み……見てない見てない! 水色なんてちっとも見てない! ……あ」


 ……しまった、口が滑ってしまった。


「殺す……!」


 殺意の表情を浮かべたレイネが、異空間から杖を取り出して構える。


「いや待て! 落ち着け! 不可抗力だ! そもそも荷車を引っくり返したのは俺じゃないっての!」


 引っくり返った荷車を押し退け、一匹のサソリが姿を現した。ステータスは……[デス・スコーピオン/Level.72]と表記されている。

 ……いや、一匹だけでは無い。気が付くと俺達の周囲を、同名・同レベルの、数十匹のサソリが囲んでいた。

 先程の違和感の正体は恐らくこれが原因だろう。近くに数匹がまとまって潜伏していたせいで、それぞれの正確な位置が割り出せなかったのだ。

 とは言え、一匹一匹のレベルは大したことが無い。俺が拳を構えたその時、隣のレイネが杖を高々と掲げ、勢いよく地面に突き立てた。


「《フローズン・サークル》!!」


 杖が地面に触れた場所から放射状に氷が広がっていく。それはたちまちサソリ達の足下にまで及び、数十匹の身体を纏めて氷漬けにした。サソリ達のHPはみるみるうちに減少し、数秒後には全てのサソリがHPを0にしていた。……俺の顔から下までもが氷漬けにされている点を除けば、流石と言っていいだろう。


「なんで俺まで氷漬けにされてるんですかね……?」


「……そんなの聞くまでも無いじゃない! アンタが私のパ……パパ……パン……うぅぅぅっ! 言わせるなバカァ!」


 砂漠に、乾いた音が響いた。

 しかし、赤くなった手を押さえて踞っているのはレイネの方であった。……まあ、思い切り叩いたから痛いだろう、レイネが。

 暫くしてレイネはゆっくりと立ち上がると、俺を一睨みしてから一人で歩き出してしまった。 


「レイネさーん? これどうにかしてくれませんかねー?」


「フンッ! ここは砂漠なんだからすぐ溶けるんじゃない? 荷車持ってさっさと来なさいよ」


 ……無茶苦茶だ。まあ不可抗力といえパンツを見てしまった俺にも非が無いこともないとも言えよう。とりあえず、手足に力を込める。しかし意外とすぐには氷を破壊することが出来ず、こんなことを仕出かした姫様の方を一瞥した。

 それと、ほぼ同時の出来事であった。

 ――レイネの前方に、深紅の巨大な身体をもつサソリ……[クリムゾン・スコーピオン/Level.18]が出現したのは。


「あの……バカ……!」


 予知しない大型モンスターの出現に、レイネは腰を抜かして地面に座り込んでしまっていた。

 サソリは鋭い針を持つ尻尾を高々と天に掲げ、レイネの身体へと勢いよく振り下ろした。

 甲高い悲鳴と共に、鮮血が飛び散った。

 ……サソリの尻尾は、俺の左腕を、深々と貫いていた。


「カズ……ヤ……」


「……ったく。これだからワガママ姫様は……!」


 なんとか、間に合った。俺は左腕を貫かれたままの体勢で、サソリに向けて右回し蹴りを放った。


「シャァァァァァ!」


 サソリは仰け反って悲鳴を上げる。それと同時に俺の左腕から針が抜け、鋭い痛みが走った。 

 不完全な体勢からでは流石に一撃とはいかなかったようだ。俺は追撃を加えるべく、仰け反ったサソリに一瞬で距離を詰めた。


「さっさと……消えろ!」


 ボアを倒した時とは違う、全体重を乗せた渾身の右ストレート。サソリの身体はバウンドしながら遠くまで吹っ飛んでいき、その先にあったサボテンに激突したところで、そのHPを0にした。


「……ふう。危ないところだったな。大体お前が俺を氷漬けなんかにしなけれ……ば……」


 俺は背中に柔らかい感触を感じて、途中で言葉を止めた。


「……レイネ?」


 俺の腰を、細い腕が力強く抱き締めている。普段のレイネからは想像出来ないその姿に、俺は困惑していた。


「……左腕、大丈夫……?」


 レイネがいつになく弱々しい声で尋ねてきた。……どういう心境の変化だろうか? これでは俺の調子まで狂ってしまいそうだ。


「あの尻尾……猛毒があるの。運が悪ければ即死するほどの。それなのになんで……なんで私なんかのために……」


「……俺はレベル1。辺境世界に迷い込んだ最強の騎士。そしてお前の家来……お前だけの騎士だ。騎士が姫様を助けるのは当たり前のことだろ?」


「……バカ! それでアンタが死んじゃったら私……私……!」


 腰に回されていた両腕に、より一層強い力が入る。背中には頭が押し付けられ、小さくすすり泣く声が聞こえてくる。俺はあえて何も言わず、暫くの間、背中で少女の涙を受け止めていた。


* * *


「遅いわよさっさと歩きなさい!」


 すっかりいつもの調子に戻ったレイネが、壊れた荷車を引きずる俺の横で激を飛ばす。先程のしおらしい姿はどこにいってしまったのだろうか?

 ちなみに、サソリに貫かれた俺の左腕には、包帯がぐるぐると巻き付けられていた。出血も痛みもすぐに治まったのだが、レイネがしつこく言うので、仕方無く包帯を巻いてもらうことにしたのだ。だが意外なことにレイネの手際はよく、魔法が付加されている包帯も、ひんやりとしていて気持ちがいい。

 それは感謝しているのだが、結局荷車を引くのは俺である。しかも先程のサソリによって車輪部分が破損したらしく、完全に引きずる形となってしまっている。

 流石にレイネが壊れた荷車に乗ることは無かったが、結局重さは変わらないどころかむしろ増していた。 


「先に行ってまた襲われんなよ泣き虫姫!」


 ささやかな逆襲をしてみると、一瞬でレイネの顔が赤く染まった。


「さ、さっきのは……その……。……そう! アレよアレ! アンタの忠誠心を確かめるための演技で……!」


「ジャージが涙やら鼻水やらで汚れて着れないんだが、それも演技なんですかねー」


 シャツ一枚となっていた俺は、血やら汗やら涙やら鼻水やらにまみれたジャージを広げて見せた。

 するとレイネは一層顔を赤くして、肩を震わせ、俯いて黙り込んでしまった。


「俺が死んだら一体どうなるのかね? ま、俺としては泣き叫んで抱き締めてくれれば嬉しいかな?」


 耳まで真っ赤にしたレイネが、俯いたまま、異空間から魔法の杖を取り出した。


「アンタやっぱり、氷漬けになりなさい……!」


 また氷漬けにされてはたまらない。俺は荷車を引く足に、ほんの少しだけ力を込めた。

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