Level.24:想いの拳
『物理攻撃無効』の障壁を持つウィル。そんなウィルを相手に、俺と神楽は一方的に苦戦を強いられていた。
(くそ……っ! どうにか出来ねぇのかよ!?)
これまでの戦いでは圧倒的な力で勝利を納めてきた俺だが、その物理攻撃も無効化されれば意味は無い。俺は、背に気絶した神楽を背負い、ひたすらにウィルの攻撃を避けていた。
障壁によって右手を負傷している上に、左手で神楽を支えているため、俺は実質手を使うことが出来ない。幸いなのは、ウィルの使う攻撃魔法が今の所下級魔法だけであるということだ。
しかし、ランクが高い魔法をいつ使ってくるかは分からない。それにこちらは負傷しているが相手は無傷という状態だ。このままでもいずれは追い詰められてしまうかもしれない。
(俺に……俺にもっと力があれば……!)
レベルとステータスという力など、所詮数値的なものに過ぎない。俺という人間には……折原和也という人間には、本当は何の力も備わっていない。
だから俺には、何も護れない……。
(―いや……違う!)
ウィルの放った火球。俺はそれを、敢えて右足で受け―そのまま強引に蹴り返した。
「なっ……!?」
ウィルは素早く反応するとその火球を打ち消した。だが今、微かながらもウィルに初めて動揺の色が浮かんだのを俺は見逃さなかった。
「へっ……。物理無効なだけで魔法攻撃ならすんなり通るんだな……!」
「ふふっ……それは確かにその通りだ。……しかし、この場で魔法を使えるのは私一人……。故に貴方が跳ね返せない程の魔法を使えば……全て終わりなんですよ! 《スプラッシュ・ジャベリン》!」
凄まじい勢いの流水の槍が、俺に向けて放たれる。だが俺は微動だにせず、真っ直ぐに目の前の空間を見詰めていた。
「ふん……諦めたか……ならば死ねぇぇ!!」
槍は真っ直ぐに俺達を―貫くことなく、俺の目の前で凍り付いた。
「何……っ!?」
ウィルは目を見開き、今度は確かな動揺の色を見せた。
俺は魔法が凍ったことを確認すると、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「……信じてたぜ。―レイネ」
そこにいたのは、息を切らしたレイネと、消耗した様子のティカとエレナだった。
―数分前。
《氷結世界》で大半の兵士を凍り付けにしたレイネは、不意に身に悪寒を覚えた。
(何これ……。嫌な感じがする……。……アイツが……カズヤが、危ない……!)
和也の危機を直感的に感じ取ったレイネは、ティカとエレナに向き直った。
「2人とも……力を貸して。……嫌な予感がするの。アイツが……カズヤが、危ない……!」
「危ない……って、なんでそんなこと分かるの? あ、もしかして……愛の力?」
「……っ。……愛の力でも何でもいい! 私はアイツを……助けに行きたい……だから!」
ティカとエレナは互いに顔を見合わせ、レイネの方に向き直りながら頷いた。
「……もちろんです。仲間の……友達の頼みを、断るなんてあり得ませんからね」
「いいこと言ったねティカちゃん! そう……ボク達は仲間であり友達であり……さらに言うならば親友なんだから、頼みを聞くのは当たり前だよ! ……レイネの愛の力を信じて、カズヤ君を助けに行こう!」
「……ありがとう、2人とも。……後一応言っておくけど愛の力でも何でも無いからね」
「え~? さっきは否定しなかったくせに~?」
「な……っ」
顔を赤らめるレイネ。そんなレイネにニヤリとしながらも、エレナは弓を目の前の空間に向けて構え、矢をつがえた。
「……エレナ? 何を……」
「《矢弾を飾る楔》……《風の空舟》!」
連続で放たれた矢は、風を纏いながら複雑に重なり合っていく。そしてそれはたちまち空舟の形を造った。
「どう? これならひとっ飛びでしょ?」
レイネは頷くと、素早くその舟に乗り込んだ。ティカとエレナもそれに続く。……と、ティカが大きな声を上げた。
「2人とも……あれを……!」
言われ2人が遠くの方を見ると、そこには水の魔力の塊があった。あれは和也のものでも神楽のものでも無い。ウィルの魔法が、今にも放たれようとしていた。
「やばっ……! いくらなんでも間に合わない……!」
「……私に考えがあります。エレナさん、どうにかこの舟を維持していて下さい」
「え……? ティカちゃん……?」
杖を構えるティカ。レイネはその真意に気付き一瞬躊躇ったが、すぐに頷いた。
「確かにそれしか無いわね……。エレナ……お願い……!」
「え? え? う~ん……分からないけど……分かったよ!」
魔力を高めるエレナ。それを確認すると、ティカは"エレナの舟に対して"魔法を放った。
「軌道を保って下さいね……! 《魔法暴発!」
「え……ちょっ……!?」
エレナは咄嗟に舟の進路を和也がいるであろう方向に向けさせた。その瞬間、"舟の推進力"という魔法力が《魔法暴発》により暴発する。
「「「きゃ……きゃあぁぁぁっ!?」」」
舟は3人の悲鳴を乗せながら、音速に達さんとばかりのスピードで空を駆けた。
前方では水の槍が和也と神楽に向け襲い掛かっている。レイネはどうにか足を踏ん張り杖を構えると、水の槍を凍らせるべく、《フリージング・スパイク》を放った。
―そして、今に至る。
「ふん……何が『信じてた』よ。こんな奴自分でどうにかしなさいよね!」
「……どうにかしたいのは山々なんだが、奴は物理無効の障壁を使っているらしくてな。ホラ、右手もこのザマだ」
俺は肩をすくめながら、負傷した右手を掲げて見せた。
「うわぁ……痛そう……。大丈夫、カズヤ君?」
「まあ……何とか……な」
エレナは滴る血に若干引きながらも、心配してくれている様子だった。
「傷が深いですね……。今すぐ私の治癒魔法で……!」
「……いや。気持ちは嬉しいが……それは後だ。……敵さんがそろそろ痺れを切らすだろうからな」
俺は治癒魔法を使おうとしているティカを制し、ウィルの方を振り向いた。
「クックック……。そういえば他にもハエがいたんだったな……。ならば……ハエはハエ同士遊んでなさい!」
ウィルが両手を掲げると同時に、周囲の地面から、魔法によって呼び起こされたらしい大量のアンデッドが湧き出てきた。
「アイツ……あんな魔法まで使えるの……!?」
アンデッドの大群はたちまち俺達を取り囲んだ。じわりじわりとこちらに向かってくる。
「くっ……。アイシクル……」
レイネがそれに応戦すべく魔法を唱えようとした―その時だった。
「《グラウンド・テンタクラー》!」
アンデッドの群集の外側で聞き覚えのある男の声が聞こえたかと思うと、地面から土の触手が出現し、アンデッド達を絡め取った。
「あれは……。カイル!!」
そこにいたのは、俺がコロシアムで戦った相手にして同性の友人……カイル・グランディアだった。
「ふんぬ……! 俺もいるぜぇ!」
野太い男の声が聞こえたかと思うと、アンデッドが巨大な戦斧で薙ぎ払われる。
「えーっと……誰だっけ?」
「グランだグラン! お前と予選で戦っただろーが!」
……そういえばそんな奴もいたような気がする。
喚くグランの横で
未だ湧き続けるアンデッドを、無数の紙……トランプが取り囲んだ。
「《五人の男を愛した王妃》」
トランプは5列に分かれると、五芒星の形に展開しながらアンデッドを切り裂いていく。その奥ではその様子を気味の悪い笑みと共に見つめる男の姿があった。
「あれは確か……ジャック……!」
その顔を見てエレナが驚きの声を上げる。
(ああ……あのバカか……)
「……君、今失礼なことを考えなかったかい? せっかくこの僕達が助けに来てあげたというのに……」
ジャックの言葉で俺はハッと辺りを見回した。アンデッド達が次々に湧き出てくる中、数十人に及ぶ男達が、それと戦っていた。
「コイツら……コロシアムで戦った……」
そのほとんどは見覚えのある顔だった。俺達がコロシアムで戦った男達。彼らが、俺達のために、ウィルの生み出したアンデッドと戦っているのである。
……だがおかしい。彼らはウィルの魔法に―。
「……何故だ! 貴様らは私の《支配》にかかっていたはず! なのに何故……!」
ウィルが怒りの声を上げて俺達を睨み付けてきた。ウィルのその疑問については俺も同感だったが、1人の仲間がウィルを正面から睨み返すのを見て、すぐさまその答えに辿り着いた。
「……《記憶忘却》。貴方の力が洗脳ならば、その記憶を忘却させればいいだけのこと……。私はここに来る間に、レイネさんの魔法で凍らなかった方々全員にこの魔法をかけてきました。……私は貴方を許しません。群衆を魔法だけで支配しようとしる貴方を……。自分の罪を償おうとしない貴方を……。そして、間違った正義を持った貴方を……!」
ティカの叫びは、戦場一帯に響き渡った。それを聞いた戦士達は笑みを浮かべると、雄叫びを上げてアンデッド達に立ち向かっていく。
「……ふざけるなよ小娘風情が! 私の正義は正しい……! 私こそが世界を担うに相応しいんだよぉ!」
ウィルは叫ぶと、先程のものよりも威力を増した《スプラッシュ・ジャベリン》を放った。
だがそれは、漆黒の影に呑み込まれて消え去った。
「……ふざけているのは……お前だ……! ……私は今まで復讐のためだけに貴様を殺さんと誓っていた。……だが今は違う! ……私を娘にしてくれた『お母さん』のために。……命を捨てようとしていた自分への戒めのために。そして……私を信じてくれる『仲間』のために! 私は貴様を……葬り去る!」
神楽は叫ぶと、小刀を逆手に構えて俺の左横に立った。
「カグラちゃんの言う通りだよ……! ボクも最初は自分だけで村を救おうとしていた……。でもそれじゃあダメなんだ! ちゃんと皆に呼び掛けて……ちゃんと気持ちを伝えて……そして態度で表さないとなんだ! だから、それを教えてくれた……友達になってくれた仲間のために……ボクは戦う!」
エレナは叫び、俺の右後ろに立ち弓を構える。それに続き、ティカがエレナの横に立ち杖をウィルに向ける。
「ふん……綺麗ごとをゴタゴタと並べた所で……貴様らはどうせ私には勝てはしない!」
「それは……どうかしらね」
レイネが俺の前まで歩み出てくると、左手で杖を持ち、右手を引き絞るように後ろに下げた。
(これは……。でも、『あれ』は……)
「……大丈夫」
俺の言わんとすることを察したのか、レイネは横に頭を振った。
「私はもう一人じゃない……。皆が……仲間が……いる。だからこれはもう、《諸刃の氷槍》じゃない……! この魔法の、真の名は―」
レイネの右手に、眩い光が収束する。
「貫け……《闇を穿つ氷鎗》!!」
光を纏った氷の『鎗』が、ウィルを貫いた。
しかし、ウィルには何ら変わった様子が無い。
「何だこれは……? ……ただの見かけ倒しという奴か。そんなことしか出来んというのなら、先に貴様から……。……っ!?」
突然ウィルはくぐもった悲鳴を上げた。見れば、ウィルの右腕にコンクリートの破片のようなものが突き刺さっていた。
(あれは……。ウィルの障壁は物理攻撃を無効にするはずだ……。なのに破片が刺さっているということは……ウィルの、障壁はもう……!)
「くっ……!」
ウィルはそれに気付いたのか、後ろを振り返り、逃走を図る。だがそれを、俺の仲間が見逃すわけが無かった。
「《感覚強化》!」
「《暴虐の嵐》!」
ティカの魔法がウィルの痛覚を強化し、そこにエレナの魔法が襲い掛かる。2人とも消耗しているためそこまでの威力は出ていないが、障壁の無くなったウィルの足止めをするのには十分過ぎる程だった。
「ぐがぁ……! チキショウがぁ……! まだだ……まだやられる訳には……!」
尚も逃走を図ろうと、今度は空中に浮遊するウィル。しかしその身体は、影によって宙に縛り付けられた。
「……《影縫い・捕縛》。もう……逃がさない」
俺は動かなくなっていた右手を強引に握り込み、足で地を蹴った。
「「「「行けぇ、少年!!」」」
グランを初めとしたコロシアムでの戦友達の声が響く。
「やっちまえ、カズヤ!」
カイルが拳を突き上げて叫ぶ。
「カズヤさん!」
「カズヤ君!」
「和也……!」
ティカ、エレナ、神楽の声が重なる。
「カズヤ……!!」
レイネの声が響き、俺の右手が暖かい光に包まれた。
「歯、食いしばれよ……。これが皆の……仲間達の……想いだ……! そして俺の……怒りだぁぁぁ!!」
想いの篭った渾身の右ストレートは、ウィルの顔面を正面から捉えた。ウィルの身体は抵抗無く吹っ飛び、崩れ折り重なった壁に風穴を開け、遥か彼方へと消えていった。
人々の想い。
個々の想いの力は小さくとも、それは集まれば大きな力を生む。
そしてその力を乗せた『想いの拳』は、どんな兵器や魔法にだって負けない程の大きな力を持っている―。




