Level.23:5人なら……
「くそっ……どうすれば……!」
周囲ではすでに戦いが始まっていた。外からのいきなりの襲撃に対しても、シュバルハイトの人々は当たり前のように対処している。だがそれも、ウィルの《支配》の魔法にかかっているからこその動きなのだ。
この状況で、俺が出来る事は何も無いのかも知れない。……だが、『俺達』なら―。
「どうすれば……って、どうせやることは1つしか無いんでしょ?」
レイネの言葉に後押しされて、俺は4人に向き直り、言った。
「……レイネの言う通り、出来ることは―1つだ。理由は分からないが、俺達には《支配》が効いていない。……だとしたら、やるかやらないかじゃない……俺達が、やらなきゃいけないんだ。だから俺は―この戦いを、止める。―いや、皆で……俺達で、この戦いを止めるんだ!」
一瞬の間を置いて、レイネが。
「ふん……当然ね。……別にアンタの頼みだからってわけじゃないんだから。そこは勘違いしないでよね」
杖を片手に、ティカが。
「もちろん私も協力します。人々を護るため……。守衛兵団の衛生少尉としてじゃない……皆さんの、治癒士として」
弓矢を手にして、エレナが。
「ボクだって同じだよ……皆を……護りたい……そして、ウィルの支配から助けたい!」
俺達4人の決意は決まった。だがそんな中で、神楽だけは戸惑っていた。
「あなたたち……正気? この数を……たった4人で、どうやって……」
「……4人じゃねぇ、5人だ」
「え……?」
「―神楽。お前を入れて……5人だ」
「……でも、私は……」
狼狽する神楽を正面から見詰め、俺は言った。
「……分かってる。ウィルへの復讐……だろ? ……俺だって、神楽の言ったことが事実なら、ウィルの野郎を許しちゃいけねぇ……。……けどな、神楽。例えどんなことがあったって……人を殺しちゃいけない。……ましてやお前は、こんなに可愛い女の子だ。そんな子が憎しみで人を殺すなんてこと……あっちゃいけないんだよ。……もちろん、お前の哀しみと怒りは分かってる。だからそれは全部―俺が、引き受ける。俺がウィルの野郎を……ぶん殴ってやる!」
「和……也……」
「だから神楽……お前の力を、貸して欲しい。俺一人で無理でも、仲間がいれば出来る。この……5人なら……!」
神楽はゆっくりと膝を突くと、顔を上げ、言った。
「……分かった。―私の力は貴方の物に。―私の命は貴方の為に」
「おおげさだなぁ……。……とにかく、よろしくな―神楽」
「……御意」
こうして、俺達は戦乱の中へと飛び込んだ。
「まったく……倒しても倒してもキリが無い! ウィルはどこにいるのよ!?」
兵士達の足元を凍り付かせながら、レイネが大きな声を上げた。
「……壁が倒れ出入口が塞がれたとしても、奴本人が出入するための場所は、必ず何処かに存在するはず」
「何処か……って言っても、このままじゃ時間が掛かりすぎるよ!?」
神楽の言葉に対するエレナの叫びは最もだ。このまま5人で兵士達を無力化しながらウィルを探そうものなら、その間にウィルに逃げられてしまうかもしれない。
と、ティカが急に足を止めて、こんなことを提案してきた。
「でしたら……二手に分かれてはどうでしょうか? ウィルさん……いえ、ウィルを叩くグループと、兵士達を無力化するグループに」
「……もうそれしか無さそうね。それじゃあウィルを叩くのは―」
「それは私がやる。―和也、同行を頼める?」
レイネの言葉を途中で遮り、神楽が名乗りを上げた。―自らの手でウィルを叩きたい。その思いは大きいのだろう。しかし神楽は、俺に同行を頼んできている。俺のことを―仲間のことを頼ってくれているのだ。
「ああ……もちろんだ。レイネ、ティカ、エレナ。……頼む。皆を……止めてくれ……!」
「もちろんです……! 私の力は……そのためにあるんですから!」
「ボクも頑張るよ! 皆を……止める!」
ティカとエレナはそう即答した。少し間を置いてから、レイネが言う。
「……仕方無いわね。ただし……ちゃんとぶっ飛ばして帰って来なさいよ」
「へっ……当たり前だぜ!」
こうして、俺と神楽はウィルを倒すために、レイネ、ティカ、エレナは兵士達を止めるために、それぞれ動き出したのだった。
「さーて、どうしよっか?」
「どう……って、一人一人凍らせていくだけよ」
「ふーん……。ねえレイネ、ホントはカズヤ君と行きたかったんじゃないの?」
「だ、誰があんな奴と……! 私はただ……ウィルのことを許せない……それだけよ!」
「それはボクもそうだよ~? う~ん……。……ま、今はいっか。……って!? レイネ、上!」
向かい合って会話していたレイネとエレナの頭上から、巨大な火球が降ってくる。
「……っ!」
レイネが杖を、エレナが弓を構えた―その時。
「《魔法暴発》!」
火球は一瞬で膨張し、上空に大きな花火を象った。ティカの《魔法暴発》は魔法を『治癒』して膨張爆発させる魔法だ。これはその効果によるものである。
「ティカちゃん……。ありがとう、助かったよ!」
「どういたしまして。お二人とも、戦場のど真ん中で会話してる場合じゃありませんよ? すぐに次が来ます!」
ティカの言葉通り、兵士達は次々にやってくる。虚ろな目をした彼らは、ウィルの洗脳により、周囲を見境無しに破壊している。
「あんま傷付けたく無いけど……仕方無いよね……! 吹き荒れろ……《暴虐の嵐》!」
エレナが放った暴風は、周囲の兵士達を薙ぎ払い、無力化させていく。……が、それでもまだ兵士達は次々に湧いてきては、破壊の限りを尽くし始める。
レイネはそんな状況に軽く舌打ちすると、魔力を集中させ始めた。
「……エレナ、ティカ。3分……いや、2分耐えて。あまり使いたくは無かったんだけど……この数相手なら仕方無い、『完全詠唱』の《ニヴルヘイム》を使うわ」
「え……? アレ……まだ……強くなるの? ……まあ、そういうことなら……任せておいて!」
エレナは冷や汗を垂らしながらも、レイネの支持に従って動き始めた。ティカもそれに続き、兵士達をレイネに近付けないように動き出す。
「『……精霊の王よ。他を拒み万物を凍らす麗しき氷の精霊よ―』」
レイネの周りの温度が、コロシアムの時とは比べ物にならない程急激に低下していく。
「寒……っ! うわ……凄い力だねコレは……。おっと……! 《矢弾を飾る楔》……《閃華》!」
エレナの放った矢弾は華のように広がり、レイネに近寄る兵士を撃ち落としていく。
「『―汝、我との盟約に従いて、その力を解放せん』」
急激な温度の低下により、シュバルハイト全体に及んで霧が広がっていく。
「これが真の《ニヴルヘイム》……。四大……属性魔法……。……エレナさん、こちらに! 《感覚強化》! 《フレア・ベール》!」
ティカの力によりティカとエレナの『温度感覚』が強化され、2人の身体を揺らめく炎のようなものが纏った。
「『―世界を……閉ざせ』―《氷結世界》!!」
コロシアムの時でさえ絶大な威力を見せ付けた《ニヴルヘイム》の完全詠唱―《氷結世界》。シュバルハイトの北側一帯は、たちまち氷の都へと変貌したのだった。
ウィルを探し神楽と共に街を駆けていた俺は、不意に肌寒さを覚えた。周囲を見渡すと、白い霧のようなものが掛かっているのが見てとれた。
(これは……レイネの魔法か……? アイツ……こんな威力の魔法まで使えたか……?)
疑問に思うのも束の間、北側で膨大なエネルギーが弾けたかと思うと、猛烈な吹雪が吹き荒れてきた。
「くっ……!?」
その吹雪は俺達の周囲にいた兵士をも吹き飛ばしていった。
「……! 神楽、危ない……!」
そんな中、飛ばされたコンクリートブロックが神楽に向かっていくのを目にした俺は、咄嗟に神楽を押し倒し、その上に覆い被さった。
「きゃっ……!?」
可愛らしい悲鳴を上げる神楽。コンクリートブロックは俺の頭をすれすれで掠めていき、誰もいない地面へと衝突した。
「ふう……危なかったぜ……。神楽……大丈……夫……か……?」
俺が言葉を濁したのは、手が何やら好ましい感触のものを掴んでいることに気付いたからだ。小ぶりながらも柔らかいそれは、まさしく―。
「ス……スミマセン申し訳ございませんゴメンナサイ! 決してわざとではありませんのでどうかこの通り!」
俺は凄まじい勢いで跳ね起きると、地面に頭を擦り付けて全力で土下座した。神楽の先程の悲鳴の意味も理解し、もうとにかく謝るしか無かった。
「和也の……えっち」
頬を赤く染め、顔を背け横目で言う神楽。普段ならば可愛らしいと思うその姿だが、今の俺はそれどころでは無かった。
「うぅ……返す言葉もございません……。どうか……どうかお許しを……!」
俺が必死に懇願すると、神楽はこちらに向き直り―。
「クスス……ッ。……大丈夫、怒っていない。少し―からかってみただけ。庇ってくれて―ありがとう」
神楽はそう言って、微笑んでくれた。その表情はとても柔らかく、俺は少しドキリとした。
それから数分。元の調子に戻った俺は、神楽と共に、さらに南側へ―奥へ奥へと進んでいた。
しかし先程から人の気配が感じられない。レイネ達が止めてくれているにしても、こんな南端までは手が回らないはずだ。
そんなことを思っていると、突如、不快な笑い声が響いた。
「フフフフフ……! ようこそおいでくださいましたね……! 折原和也にカグラ・アカツキ……いえ、暁神楽……!」
「「……!?」」
暁神楽。今ウィルは確かにそう言った。彼は神楽に関する記憶を失っているはずなのに―なぜ。
「貴様……なぜ私の名を知っている……!」
激昂し、叫ぶ神楽。そんな神楽の目の前に、長身で黄色い髪の男がいきなり現れた。
「なぜ……? 『あの方』に聞いたのさ……! 君達の力についてもねぇ……!」
男―ウィルは、長い棒のようなもので神楽を殴り付けた。
「かはっ……!」
「神楽……!」
神楽はそのまま吹き飛ばされ、壁に激突し、地面に崩れ落ちた。
「テメェ……よくも……!」
激昂した俺は、ウィルに全力で殴りかかった。右ストレートがウィルを捉えたかと思った瞬間―拳が嫌な音を立てて砕けた。
「ぐ……あぁぁぁ……っ! テメェ……一体何を……!」
レベル1による異常なまでのステータス。その全てを乗せた右ストレートが、いとも簡単に防がれたのだ。激痛に苦しみながらも、俺はウィルを睨み付けた。
「フフ……フハハハハハハハ! イイねその顔……タマらないよ! 何をしたかって……? 良いだろう……教えて上げるよ。私は今防御障壁を展開している……『物理攻撃を全て無効化する』……ね!」
「なん……だと……!?」
「君達2人は確かに強い……。けどその反面……魔力的な攻撃は不得意! 『あの方』からそれを聞き、この障壁魔法を授かった……! 『あの方』のためにも、邪魔な君達を殺すためにねぇ……!」
狂気じみた顔でそう告げるウィル。[ウィリアム・ルーニー:レベル18:呪術士]が語った言葉は、俺と神楽の絶望を表していた……。




