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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.5 ~影絶つ冷徹な暗殺者<下>~
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Level.22:戦乱の幕開け

「……遅い! アンタどこ行ってたのよ!?」


 昨夜と同じおでん屋の前、俺はレイネ達(主にレイネ)に怒られていた。理由としては、神楽に会いにいった後、軽く道に迷い、待ち合わせの時間に大幅に遅れてしまったからである。


「いや……道に迷って……」


「迷うにしたって限度があるでしょ!? どこに1時間も遅れてくる奴がいるってのよ! ……全く、こんなことなら単独行動なんてさせるんじゃ無かったわ……」


「あれ? レイネってばもしかして寂し……」


「そこ、うるさい!」


 茶々を入れようとしたエレナまでもが怒鳴られた。……理由は不明だが、レイネはだいぶ気が立っているようだ。


「まあまあレイネさん、その辺で……。カズヤさんと無事合流出来たんだからいいじゃないですか」


「……ふん。……今度からは気を付けるのね」


 ティカに宥められ、レイネはようやく大人しくなったようだ。……まあ、落ち度は俺にあるので、奢りもやむなしと思いのれんを上げると―黒髪の少女がおでんにがっついていた。


「この方は……昨日の?」


 ティカの言う通り、その少女は昨日ここで見かけた少女と同一人物のようだ。……だが俺は、つい先程まで、彼女の姿を至近距離で目の当たりにしていた。


「神楽……?」


「……!!」


 俺の声に、神楽はびっくりして振り向いた。……その拍子に、その手に持っていた橋から煮卵が滑り落ちた。


「「「あ……」」」


 レイネ達が揃って口を開ける中……煮卵は汁を盛大に飛び散らせた。


「きゃっ……!」


 似つかわしくない声が、神楽の口から発せられた。運悪く相当汁だくだったようで、綺麗な黒髪にまで汁が飛び散っていた。


「あ……えっと……ゴメン……。意外だったもんだから、つい声を……」


「……これは……その……。好物……だから……」


 俺が謝ると、神楽は薄く頬を朱に染め、小さい声でそう言った。別に怒ってはいないようだが、つい数時間前に悪い雰囲気の中で別れているので、かなり気まずい状況だ。


『私は自らの手で……奴を殺す』


 神楽のこの言葉が、未だに俺の頭を離れない。


「……後、食べていいから」


 神楽はそう言うと、代金を置いて闇の中に駆けていってしまった。


「待っ……。……って、もう遅いか。神楽……」


 と、ここで、女性陣(主にレイネ)のジトーッとした視線が俺に絡み付いていることに気付いた。


「な……なんだよ……?」


「なんだ? じゃないわよ! 一体あの子とどういう関係なわけ!?」


「どういう……って……」


 『俺と神楽は現実世界の記憶を持っている』……そう言いかけてから俺は、ハッとした。

 俺と神楽は現実世界の記憶を持っている―が、"レイネ達は現実世界での記憶を喪失している"のだ。レイネ達がいつどうやってこの世界に来たのかは分からないが、彼女達にはそれぞれに、"この世界で生きてきた"記憶があるのだ。神楽が話してくれたことをそのままレイネ達に伝えるのは簡単だが、それで彼女達が受けるであろうショックは計り知れないものがある。


「……アイツのレベルは20だ。だから互いのレベルとステータスに付いて話してた―それだけだ」


 俺は記憶のことに付いては触れることなく、素っ気なくそう言った。


「それだけ……って……。ならあの子は何でアンタを避けてたのよ?」


「それは……」


 神楽が明日―復讐の為にウィルを殺そうとしているから。その言葉を告げるのが、とても躊躇(ためら)われた。


(……レイネ達に言ったところで、どうなる? 俺は―。俺は、どうしたいんだ?)


 それさえも分からないのに、無責任な発言など出来なかった。


「……悪い。ちょっと一人にしてくれ」


 俺はそう言って、逃げるように屋台を後にした。


「「カズヤさん(君)!?」」


「なっ……。ちょっと待ちなさいよ!!」


 彼女達の―仲間の言葉に、耳を傾けること無く。




 風が心地よい。虫の声が、澄み渡った空気に鳴り響いている。

 秋の夜空に浮かぶ月は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。


(俺……どうしちまったのかな……)


 コロシアムから離れたビルの屋上で、俺は一人、空を見上げていた。

 あっちの世界でも何か嫌なことがあった時は、こうして東京の空を見上げていたものだ。ただここから眺める夜空は、東京のものとは全く別物の……そう、それはまるで、幼い頃に家族全員で見上げた空そのものだった。


(現実世界……か……)


 10年も前だっただろうか? 俺がいて、母さんがいて、父さんが、妹……雫がまだいた頃。友人と、近所の子供と、弌彌(ひとみ)にぃと一緒に野山を駆け回った頃。あの頃が一番、楽しかった。

 だがそんな日常は次第に崩壊していき、俺はこうしてわけも分からないまま辺境世界へと迷い込んでしまった。

 今この世界で、レベルとステータスという、与えられた数値上のものしか持っていない俺に、一体何が出来るのだろうか? ……例えそれが『復讐の為に人を殺す』というものであっても、何か目的を持って生きる神楽の考えが、正しいようにさえ思えてくる。


「……やっぱ、俺一人じゃ何も出来ねぇよ……」 


『そのための……仲間じゃ無いんですか?』


「……!?」


 俺の頭の中に、どこかで聞いたことのある声が響いてきた。


『貴方には、貴方の魅力に付いてきた3人もの仲間がいる―違いますか?』


「その声……アンタはあの吊り橋の時の……。……俺の魅力に付いてきた仲間、か……。……アンタが誰だかは知らないけどさ……俺、本当は何も持っていない人間なんだ。この世界でこそ最強のステータスが与えられているけど、本当は……。……父さんを引き留めることも、……雫を救ってやることも出来なかった。そんな俺に、一体何が……」


『……違います!』


 謎の声の主が、初めて感情を表に出して叫んだ。


『ずっと……ずっと見守ってきた私が言うんだから、間違いありません。貴方の……お父さんが、家を……出ていったのも……妹さんが、病気で……死んだのも、貴方の責任では……ありません』


「……仮にそうだとしても、俺は……」


『だからこそ……そのために、仲間がいるんじゃ無いんですか? 本当の貴方は、強くて、優しい……。貴方はただ自分を正当化しようと自分から逃げているだけなんです。強くて優しい貴方に付いてきた……そんな彼女達を……仲間を、貴方は裏切るつもりなんですか?』


「でもアイツらは……俺とは……」


『違いません。貴方も彼女達も、一人の……人間です。人は一人では生きていけない……だからこそ"仲間"を作り、何かあったら助け合いながら生きていく……そうじゃないんですか?』


「……!!」


 その言葉は、かつて弌彌(ひとみ)にぃに言われた言葉と似ており、その記憶を呼び起こした。


『良いか和也? 人っていう字はな、人と人が差さえあって出来てるんだ。……っても本当の語源は違うらしいが、それはそれだ。やっぱ人は一人じゃ生きていけねぇ……。だから"仲間"を作るんだよ。オメーも人として……男として生まれたからには、仲間……大事にしろよ?』


「そっか……俺……分かってるつもりで全く分かって無かったんだ……。アイツらは……仲間なんだ……。……なのに、全部俺一人で抱え込もうとしていた……。"仲間"に、頼ろうともせずに……」


 最初から、レイネ達を頼れば良かったのだ。俺一人でどうにも出来そうに無いなら、仲間である―レイネ達を。


「……ありがとう。俺、アンタのおかげで、大事なことを思い出せたぜ」


『フフッ……良い……顔付きになりましたね。それでこそ……です』


「アンタのおかげだよ。……そうだ。前々から気になっていたんだけど、アンタは一体……」


『……そろそろお時間のようですね』


 と、今までノイズのようなもの共に頭に響いていた女性の声が、はっきりと耳に聴こえてきた。


「今日はたくさん話せて嬉しかったよ。……バイバイ、またね。―で、待って……る……から……。あ、そうだ……私の……『この世界での名前』……まだ言ってなかったね……。私は―」


 透き通った声は長くは続かず、途中でまたノイズがかかったかのようになってしまった。……しかし俺には、彼女が最後にこういっていたように聞こえた。


「私は―ティア」




「ごめん!!」


 翌朝。開口一番、俺はレイネ達3人に頭を下げた。


「俺……バカだった。皆のこと……どこかで信じきれて無かったのかも知れない。でも……やっと気付けたんだ。俺達は……仲間だってことを。だから頼む……俺に……皆の力を貸してくれ!」


 ………………誰も、何も言わない。

 やっぱり遅かったのか……? そう思い、俺が諦めようとした―その時。


「ホント、そうだよね。ボク、いないことにされてるのかと思ってたよ? カズヤ君、ちっとも頼ってくれないんだもん」


「カズヤさんが私のこと、『仲間』って言ってくれた時、本当に嬉しかったんです。……だから仲間として、私もカズヤさんのお役に立ちたいんです」


「エレナ……ティカ……」


 2人の思いを、受け止める。

 ……そして、レイネは―。


「アンタって、本当っ……にバカね! レベルとステータスだけ高くて変な所でカッコつけて、どんなとこにも突っ込んで行くし無駄にでしゃばるし……。魔障病の時とかは、一応感謝もした……。《諸刃の氷槍(ブリューナク)》が撃てたのも確かにアンタのおかげ……。……認めるわ。アンタは大切な仲間の一人だって。……でもだったら! だからこそ! 私に……私達に……『仲間』に、もっと頼りなさいよ! もっと仲間を……信じなさいよ!」


「レイネ……」


「……今さら頭下げられて、力貸してくれなんて……。……怒ろうにも、なんか怒れないじゃない……」


「……」


「……悪かったわよ」


「え……?」


「……悪かった、って言ってるの! 昨晩あんなに怒鳴ったりして……。……アンタのことだから、あのカグラとかいう子の悩みかなんか聞いてたんでしょ? ただのレベルの話って……そんな見え透いた嘘なんか通じないっての。アンタの悩みも、その子絡みのことだってぐらいお見通しなのよ。……本当におせっかいなんだから。……仕方無いから手伝ってあげるわよ。今回だけなんだからねっ!」


「レイネ……お前……」


「な、何よ……?」


「……頼れって言っておいて、今回だけって……」


「……う、うるさーい!!」


 そんなこんなで、いつも通りの光景がそこにはあった。ただ1つ違うのは、俺達が"本当の仲間"になれたということだろう。




「「「えぇ!? ウィル(さん)を殺害!?」」」


 俺が神楽のことを(レイネ達も元の世界から来たという真実だけを除き)全て打ち明けると、3人は驚愕の表情を浮かべた。


「しーっ! お前ら声デカイっての!」


「「「あ……ゴメン(なさい)……」」」


「まあ……今言った通りだ。アイツは元の世界で、悲惨な人生を歩んできた。……でもだからといって、俺はアイツに人を殺させたくないんだ……! だから頼む……アイツを止めるのに……神楽を救うのに、協力して欲しい!」


 一瞬の間を置いて、彼女達は3人とも頷いた。


「もちろんです! カグラさんを憎しみの連鎖から救いましょう! 私は……治癒士(ヒーラー)ですしね」


「ボクだって同じだよ……カグラちゃんを助けたい……!」


「ふん……当然ね。そんなことならもっと早く言えば良かったのよ。それに……その子の境遇、私に―」


 レイネの表情が陰った―その時だった。

 

 ドォォォォォ……ン


 地響きのような音と共に―シュバルハイトを囲う壁が、崩壊した。


「な……に……!?」


 俺に大きな戦慄が走った。

 『その現象』は、神楽が叶えようとしていた『ティア様への願い』そのものだったからだ。


(願いの権利は俺にあったはずだ……! それに表彰式はまだだろ……!?)


 と、コロシアムの方から見知った人影が近付いてきた。


「神楽……! 一体……何が……!」


「やられた……」


「え……?」


 神楽の表情は、大きな怒りに染まっていた。


「奴に……願いの権利を奪われた……!」


「……!? 一体……どうやって……!?」


「奴は大会の関係者。『願いの権利』を自分で使うのもお手のものよ。『願い』にはその願いを望んだものの心意が大きく反映される。……さっき周囲を確認してきた。……奴がもたらした『壁の破壊』は、外側からのみの一方通行を可能とした。恐らく……大型モンスターを《支配》して……、この街に侵入させるつもりよ」


「なんで……そんなこと……」


「シュバルハイトを……壊滅させるため……!」


「……!!」


「外の連中は多分ここを潰しに来る……。そしてそれは、必然的にシュバルハイトの人達とぶつかることになる……!」


「そんな……それじゃあ……!」


「……ええ、このままでは奴の思うつぼよ」


 そんなことを話している間にも、外側からチラホラと兵士達が突入してくる。


「なんで……こんな……!」


「……恐らく奴は外にも進出し、《支配》の魔法をかけて回っていた。いつかこれを行動に移すために……。表彰式が迫ったこのタイミングを狙って……!」


「くそっ……どうすれば……!」


 辺りは瞬く間に、外と内それぞれの兵士で埋め尽くされてゆき、剣と剣、魔法と魔法がぶつかる乱戦地帯へと化して行ったのだった……。

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