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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.5 ~影絶つ冷徹な暗殺者<下>~
26/63

Level.21:血塗られた過去

『第5回大会優勝は……カズヤ選手だ~!』


 神楽を倒したことにより、俺の優勝が決定した。表彰式が行われるのは明日なので、優勝報酬はその時に受け取ることになるのだろう。「ティア様への願い」、俺が叶えたい……願いは―。


「うっ……」


 俺の身体にもたれ掛かっていた神楽が、小さな呻き声を上げた。流石はレベル20、もう意識を取り戻したらしい。いつまでも抱き止めているのも申し訳ないと思いゆっくり身体を放してやろうとすると、神楽が俺のジャージの袖を掴んできた。よく見るとその額には汗が浮かび、顔色もかなり青ざめていた。


「お、おい……大丈夫か……?」


「心配……無い……。少し嫌な夢を……見てただけ……。……もう少しだけ、このままで……」


 神楽が初めて見せる弱音には少々戸惑ったが、同時に彼女も俺と同じくこの世界では異端者(イレギュラー)だということを実感し、俺は神楽の華奢(きゃしゃ)な右手をそっと左手で包んでやった。


「…………」


 すると、神楽の顔色は少しだけ良くなったような気がした。喋り方や雰囲気は独特でも、彼女は見たところ俺と同年代の子供。観客の目もある中だったが、皆興奮なりやまぬ様子だったので、俺はしばらく神楽の手を握ったままでいてやることにした。




(……っ、何……この感じ……? アイツが……、和也が……、あの子の手に触れているのが……嫌だ……。分かってる……、アイツはただ……あの子のことを考えて手を握ってあげているだけ……。分かってるの……それなのに……)


 医務室のモニターに映し出される、カグラという相手選手の手を握る和也。レイネはその様子を見て、何故だか無性に胸が苦しくなるのを感じた。


(私……最近おかしいのかも……。アイツに触れると……アイツに名前を呼ばれると、変な気持ちになる……。でも、嫌な気持ちじゃ……無い。……こんな感情、置いてきたはずなのに……。遠い……遠い場所……、ずっと……ずっと、昔。そう……『あの時』に、全て……)


「……イネさん、……レイネさん!」


「……! あ……えっと……どうしたの? ティカ」


 ティカに呼ばれ、レイネは我に帰った。


「どうしたの? じゃないよ! さっきから呼んでるのに、レイネってば、和也君のことじーっと見て、ボーっとしてるんだもん」


「え……、そう……だっけ……?」


「そうですよ? 穴が開くほど見詰めていて、全く反応してくれないんですもん」


 ティカにそう言われるからには、長い間ボーっとしていたのだろう。しかし自分は、何故この映像を観て……?


「……ゴメン。なんか、アイツがあの子の手を握ってるのが嫌……。……っ!? な、何でも無い!」


 さっきまでボーっとしていたせいか、レイネはつい本音を口にしてしまった。この気持ちを客観的に捉えたとしたら……


「レイネ……。もしかして……嫉妬(しっと)?」


「……っ!? だ、誰が誰に!」


「えー……? 言っていいの?」


「い……言ってみなさいよ!?」


「レイネが~、カグラちゃ……」


「し、て、い、な、い! 誰が嫉妬なんかするものよ! 大体アイツが誰と手を繋ごうが私には関係無い……はっ!?」


「ふーん……そうなんだあ~……へぇ~……」


「もう……バカァ!!」


 レイネは、思い切り叫んだ。しかし、その心にはもうさっきまでのモヤモヤは無かった。


(……今は、これでいいんだ。もう『あの時』とは……違う。私には……仲間がいる。軽口を叩き合える……友達がいる。そして―アイツが私を守ってくれる。今は……今だけは、それで……いいんだ)

 後に、レイネは実感することになる。この何でもないような日常……それでもどこか暖かい日常を過ごしている自分は、……偽りの自分であるということに。




 コロシアムを後にした俺は、一人街を歩いていた。神楽との待ち合わせ場所である、廃ビルへと向かうために。


(『伝えたいことがある』……か。……俺も、聞きたいことは山程あるが……。……ん?)


 ふと前を見ると、周りの景色が、コロシアム周辺とは全く違うものになっていることに気付いた。

 錆びれ、荒廃した街。それはまさしく、俺がここに来る前に思い描いていた『影の国』そのものだった。


「なんだ……これ……!?」


 確かに俺は当初この国に対して、目の前の光景と同じイメージを抱いていた。だが、コロシアム周辺はそんなことは無く、至って普通の町並みだった。だとしたらここは、この場所は一体―?


「これが……この国の真実よ」


 声のした方向を振り返ると、どこか哀しそうな表情の神楽が立っていた。


「……神楽。……これが真実って、どういうことだ……?」


「そのままの……意味。影の国シュバルハイトは本来、荒れた大地そのものだった。……それが、コロシアムが出来た辺りからおかしくなっていったの。コロシアムにはモニター等の機器が、周辺には立派なホテルが。そうしておかしくなっていくに連れて、ここと外との壁は、物理的な意味だけで無く、より強固になっていった……。そして今では検問所まで出来、外からの来訪者を監視するだけで無く、『外へ出ることも許されない』ようになっている」


「外に……!? ……いや、でも待て……ティカは、出入りの制限が緩和されるって……!」


 そう。ここに来る前ティカは、大会が近くなると出入りの制限が緩和されると言っていた。それはどうなるというのだろうか?


「……それは確かに、事実。……けど、出られないということもまた……事実」


「どういう……ことだ?」


「法令的には、確かに制限が緩和される。……でも人々は、そもそもその出入口に向かおうとしないの」


「出入口に向かわない……? それは……どうしてだ?」


「……実況者の、ウィリアム・ルーニー。奴が隠し持っている魔法…《支配》にかかっているから」


「アイツが……!? でも一体……どうやって……。……! まさか……『実況の声』か!?」


「……ええ、その通りよ。奴は実況の声に乗せて魔法を飛ばしている。そしてこの国の人々を……操っている」


「何で……そんなことを……」


「彼が、レベル20に達している人間の一人だから」


「……!?」


 あのちゃらんぽらんでいい加減そうな男が、レベル20という極地に達していると言うのだから驚きだ。


「……でも待てよ? 神楽、なんでお前……アイツがレベル20以上って分かるんだ?」


「簡単な事。私と奴は……『現実世界での知り合い』だから」


「なっ……!?」


 俺は言葉を失った。どうやって来たのかも、どんな理由で来たのかも分からない、この世界。そんな世界に、現実世界での知り合いがいるなんて事は、考えたことも無かった。だが、神楽がティア様に聞いたというこの世界の秘密が本当ならば、この世界の人間は全員現実世界の人間その人であるということになる。そうなればもしかしたら、俺にも知り合いがいるかも知れない。仮に見知った顔を見掛けたら、相手が俺の事を覚えて無かったとしても、声をかけるまではいかなくとも喜びは感じるだろう。だがなぜ彼女は……神楽は、ウィルと現実での知り合いであるということを、冷たい表情で語ったのだろうか?


「……なあ神楽、お前は……」


「折原和也。貴方はどうやって……この世界に来た?」


 俺の言葉は遮られ、逆に神楽が質問を投げ掛けてきた。


「どう……って……」


「現実世界で、最後に残ってる記憶は……何?」


「最後に残ってる……記憶……」


 俺はあの時、雨の中、横断歩道を渡っていた。すると突然そこに突っ込んで来たトラック。俺は転んでしまった少女を庇い―。


「……女の子庇って、トラックに……」


「……そう。……貴方らしいわね」


「俺らしいってどういう……」


 俺の言葉は、またもや遮られてしまった。―冷淡に告げられた衝撃的な言葉によって


「私はね……首を吊ったの。……自殺しようとしたの」


「……っ!?」


 『自殺』……それは文字通り、自分のことを自分で殺す行為を示す。虐めや虐待、精神的な疲れなどを理由に、命を自ら絶つその行為は、数十年前から大きな社会問題となっている。『自殺は、罪なのか?』……その問いに対する正しい答えは、今もまだ出ていない。その『自殺』を……この少女が。


「自殺って……お前……」


「……いいわ。貴方になら……話してあげる。私の……血塗られた過去を」




 神楽が語った過去は、凄惨な人生そのものだった。

 とても人とは思えない両親。盗みが日常茶飯事だった日々。そしてやっと掴んだと思えた光はすぐに闇で覆われ、少女をさらなる闇へと堕とした。そして少女は生きる意味を無くし、自らの命を―。


「貴方だったら……耐えられた……?」


 ……俺、だったら。俺だったら……耐えられるだろうか? 幼少期は野山を駆け巡り伸び伸びと、青年期は貧相ながらも穏やかな日々を過ごしてきた俺。父さんと妹はいなくなってしまったとはいえ、小さい頃に愛情を受けないことなど……家族が誰一人いない状態で過ごすことなど、想像したことすらない。そんな俺が彼女と同じ人生を歩んでいたとしたら―。……答えは、言うまでも無い。


「………………」


「……そして私は、この世界へとやって来た。……あの時の捜査官だった、奴と共に」


「……! まさか……!」 


「……奴が、奴が私の『母親』を……殺した……!」


 ウィルへの怒りを顕にする神楽。恐らくウィルは、神楽の『母親』に何らかの恨みを持っていて、権力を利用し家に入り、自殺に見せかけて殺害したということなのだろう。


「私は……見た……! 死亡原因が自殺と断定された時の、奴の笑みを……!」


 冷淡だった神楽が、ここまで熱くなるのもよく分かる。それが事実なら、俺もウィルを許してなどおけない。


「アイツ……そんな事を……! ……でも待てよ? 神楽とウィルは知り合いで、ウィルがレベル20に達しているっていうなら、ウィルも神楽の事を知っているんじゃないのか?」


「……私も最初はそう思って、殺意を殺して接触した。……でも都合が良いのね。奴は私の事を……覚えていなかった!」


「そんな……ことが……」


「奴は警察で培ったノウハウを利用して、ここの人々を完全に自分の手中に収めようとしている……。……だから私は、今回優勝出来たら、ティア様に『ウィリアム・ルーニーの殺害』を願おうとしていた」


「っ……!」


「……大丈夫、貴方を責める気は無い。貴方には奴に関する情報を聞こうとしていたのだけれど、その様子では何も知らないみたいね。……貴方は貴方の願いを叶えて。私は自らの手で……奴を殺す……!」


「……! そんなこと……!」


「……貴方は奴を生かしておこうと言うの? 元の世界の記憶を持っている私達は大丈夫だとしても、奴がその気になれば、貴方の仲間も奴の手にかかるかも知れないのよ?」


「それは……」


「だから私は明日……奴を殺す。それでも止めると言うなら……貴方とて、容赦しない」


「神楽……」


「……話はそれだけ。貴方と刃を交えないことを……祈ってるわ」


「待っ……!」


 神楽はそう言い残すと、影の中へと消えてしまった。


(俺は……どうしたら……)


 彼女に、人を殺すことなど絶対にさせてはならない。……だが同時に、ウィルは許されるべきでは無い。

 



 空は暗く、1つとして星が出ていなかった。……それはまるで、明日の波乱を示しているかのようだった。

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