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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.4 ~影絶つ冷徹な暗殺者<上>~
23/63

Level.19:諸刃の氷槍

「レイネってば、あんなの隠し持ってたなんてね~」


 医務室のベッドに横たわるエレナが、舌を出して笑う。

 エレナが試合中に倒れたのは、どうやら魔法の使いすぎが原因だったらしい。それもそのはず、予選が終わってすぐだというのに、《矢弾を飾る楔(バレット・アーツ)》各種に加え、風属性上位魔法である《暴虐の嵐(テンペスト)》を、相性が悪く、魔法のランク的にも上をいく氷属性最上位魔法である《ニヴルヘイム》にぶつけたのだから無理も無いだろう。

 今はだいぶ回復したが、しばらく安静を言い渡されたらしい。


「ごめん、エレナ……。私のせいで……」


 レイネはベッド横のイスに座り、申し訳無さそうにエレナ顔を覗き込んでいる。


「ううん……。……ボク、嬉しかったよ? レイネと本気で戦えて……。……レイネこそ、わざわざお見舞いに来てもらって……ありがとね?」


「……そ、そんなの当然じゃない。仲間……なんだし。それに……と、友達……なんだから」


「……うん、ありがとっ」


 頬を朱に染めてそっぽを向くレイネと、にこやかに笑みを浮かべるエレナ。名前で呼び合ってる辺りを見ても、この2人は試合後から随分と仲良くなった気がする。別に今まで仲が悪かった……というわけでは無いのだが、2人の間にあった微妙な距離はかなり縮まっているように思えた。

 俺はそんな2人の様子を微笑ましく見守りながら、壁のモニターへと目をやった。もうすぐ次の試合……ティカの試合が始まる時間だからだ。すると、丁度よく、ウィルのいる実況席が映し出された。


「お、もうすぐ始まるみたいだぜ?」


 俺がそう言うと、レイネとエレナがモニターに顔を向けた。それとほぼ同時に、ティカとその相手がリングへとゆっくり入場してくる。


『さ~て皆さんお待たせしました! 続いては、本選第3試合です。まずはジャック選手! 予選では幻惑魔法を駆使し、他選手を惑わし勝利しました』


 ジャックと呼ばれた男は、シルクハットに赤いコートといった格好だ。レベルは55、職業は奇術師(マジシャン)とある。


『続いてはティカ選手! 女性で初出場ながら、予選を歴代2位の速さで突破しました!』


(ん……? 2位……?)


 俺達がティカの予選を観たとき、ウィルはティカの試合時間が歴代最短だと言ったはずだ。となると、その次の試合でティカを超える記録が生まれたということなのだろうか?


「ジャックさん、よろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくね?」


 ティカとジャックはリング中央で挨拶を交わしている。ティカに対して、ジャックの笑顔は何処と無く胡散臭いものだった。


『それでは、試合……開始~!』


 試合が始まった。開始早々、先に動いたのはジャックの方だった。


「《凄惨たる切り札(ショッカー・ジョーカー)》」


 ジャックの身体を薄黄色の光が包んだかと思うと、突き出された手元からトランプが放たれ、宙に舞う。そしてそれは1周回ると、ジャックの手元に戻ってくる。それからジャックは後ろを振り向くと―歩を進め、そのままリングの外へと落下した。


 ………………………………………………。


「「「は…………?」」」


『え…………?』


 観客もウィルも俺達も、全ての人々が唖然とする。皆ポカーンと口を開け、レイネの《ニヴルヘイム》の時とは別の意味で、会場内が凍り付いた。


『え、えーと……ティ、ティカ選手の……勝利、です』


 ウィルにしては珍しい、カタコトの実況。会場からは、人々の困惑したような拍手が起こった。




「ね、ねえティカちゃん? さっきのって……どうなってるの……?」


「……そうね。ジャック……だったかしら。とても自分からあんなバカなことするような奴には見えなかったけど」


 レイネとエレナが、俺が思っていたことを代弁してティカに問いかける。するとティカは少し困った顔になりながらそれに答えた。


「えっと……ですね……、あまり褒められた戦法では無いんですが……簡潔に言うと、《感覚強化(ハイ・クオリア)》と《記憶忘却(オブリヴィオン)》を同時に使いました」


「《感覚強化(ハイ・クオリア)》……確か、ソリュータルの時使ってたやつだよな? 感覚が強化されるからダメージが強化される……っていう」


「《記憶忘却(オブリヴィオン)》は名前通り記憶を忘れさせる効果だったわよね? ……でもそれで、何でアイツはあんな行動を取ったっていうの? それにいつ魔法を使ったの……?」


 薄緑色の光で相手を包み、痛覚などの『感覚』を強化する《感覚強化(ハイ・クオリア)》。薄黄色の光で相手を包み、"記憶"を忘却させる《記憶忘却(オブリヴィオン)》。それでジャックはなぜ自分から?

 ……その答えは、意外にもエレナの口から告げられることになった。


「えーっと……『意識』の感覚を強化して、それをその状態で忘れさせた……とかじゃないかな?」


「「あ……!」」


 俺とレイネは同時に声を上げた。ティカは意を得たり、といった表情で頷いた。


「はい、その通りです。……あの方は《幻惑魔法》が得意のようでしたので、通常の《記憶忘却(オブリヴィオン)》では効果が薄い……と思いました。そこで《感覚強化(ハイ・クオリア)》を使い、『今から試合が始まる』という『感覚』を高めさせて、その高まった記憶を忘れさせることによって、ジャックさんに自分からリングアウトして貰いました。……ちなみに魔法を使ったタイミングは、ジャックさんが魔法を使った時です」


「あ! 薄黄色の光!」


 エレナの言葉で、俺とレイネもそれに気付いた。《凄惨たる切り札(ショッカー・ジョーカー)》を使った時にジャックの身体を包んだ光は、ティカの魔法によるものだったのだ。

 ……それにしても、だ。


「……ティカ、流石ね。魔法の応用力に関しては、私も素直に認めざるを得ないわ」


 レイネの魔法力、エレナの発想力とはまた違った、ティカの魔法応用力。流石は蒼天の治癒士といったところか……いや。


「……ああ、流石だぜ。流石は俺達の―仲間だ」


 これは心からの思いだ。俺は、守衛兵団としてのティカでは無い……1人の女の子としてのティカを、大切な……信頼出来る仲間だと思っているのだから。


「……はいっ! ありがとう……ございますっ!」


 ティカは、心から嬉しそうに微笑んだ。




『―では皆さん、また明日の準決勝でお会いしましょう!』


 小さな屋台のモニターから、ウィルの実況が聞こえてくる。俺達が夕飯を食べれる場所を探しに街を歩いている間に、本選準々決勝の勝者が全て出揃ったらしい。結局、FーHの勝者を確認することは出来なかった。

 歩き回った末、偶然にもおでんの屋台を見つけたので、俺達はそこに入ることにした。屋台自体は少し古びているものの、その味は美味しいおでんそのものだった。この世界に来てから日本食を食べる機会がほとんど無かったために、俺としてはかなり嬉しかった。

 俺達4人が並んで座るテーブルの端では、黒髪の少女が大量のおでんにがっついていた。もう少しゆっくり食べればいいのに、とは思うが、この味では無理も無いのかも知れない。


「おじさん、この大根、美味しいです!」


「こっちのはんぺんも美味しいよ!」


「……私は汁を吸ってる、この、がん……もどき? が美味しいと思う」


 レイネもエレナもティカも、初めて食べたらしいおでんの味に満足したのか、次々に注文してはおでんを頬張っていた。


「お嬢ちゃん達、いい食べっぷりだねぇ~! ……よし! おじさんから特別にサイドメニューをご馳走してあげよう!」


「いいんですか!?」


 と、ティカが尋ねる。


「いいってことよ! お嬢ちゃん達みたいなのが、おでんを食べてくれる……俺はそれだけで満足さ!」


 とか言っているが、本当はここにいる女性陣に良いところを見せようとしているだけの気がする。それを察したのか否か、端で大量のおでんを頬張っていた少女は、食事代を置いて帰っていってしまった。


「あらら……1人帰っちまったよ。……と、それよりホラ! お嬢ちゃん達……ついでにそこのボウズもこれ食えや!」


 ……ついでは余計だ。そうして店主から差し出された皿を受け取り―俺とレイネは、硬直した。


「「う…………」」


 ……それもそのはず。出てきた料理は、大きめのグリーンピースが乗ったシュウマイと、トマトの塩漬けだったからだ。


「わ~! 美味しそうなトマトとシュウマイ!」


「本当ですね……! ……ってあれ? お2人とも、どうして固まっているんですか?」


 ティカが、悪気の一切無い質問を投げ掛けてくる。……普段は真面目で良い性格のティカだが、こういう所が地味に怖かったりするのだ。


「い、いや……すげぇ旨そうだなー……って。な、なあ? レイネ?」


「え、ええ、そうね。は、早く食べましょう」


「……?」


 ティカが首を傾げる中、俺はシュウマイに、レイネはトマトにかぶりついた。そして―


「「やっぱり無理!!」」


 夜の街に、俺とレイネの絶叫が響き渡るのだった……。




 今日の寝床は、トーナメントでベスト4に入った選手に無料で提供されたホテルをありがたく使わせて貰うことにした。明日の準決勝・決勝のため、と言えば当然……なのかも知れないが、良く良く考えてみると、俺達4人の内3人がベスト4に入ったということは、結構すごいことなのかも知れない。


「それでは皆さん、お休みなさい」


 ティカは眠そうな顔で挨拶をすると、少しふらふらしながらも部屋に向かっていった。


「ふわぁ~……ボクも寝よっと……。2人とも、明日は楽しみにしてるからね」


 続いてエレナが、大きくあくびをしながら部屋に向かった。ラウンジに残されたのは、俺とレイネだけだ。


「さ、俺達もさっさと寝ようぜ?」


「うん……。……あの、さ」


 レイネが遠慮がちに口を開いた。


「あの……私……、明日の……試合……」


「試合? ああ、良い試合しよう……ってことか?」


「……そう……ね。明日は……良い試合をしましょう」


 こうして俺とレイネはそれぞれの部屋に向かった。

 ……この時俺は、レイネの沈んだ顔に気付くことが出来なかった。




『大会も2日目! 戦いを勝ち残ってきた4人の猛者! 栄冠は一体、誰の手に!?』


 すでに会場のボルテージは最高潮だ。観客席の中には、予選で見かけた顔もいくつかあった。


『さーて早速いってみよう! 準決勝第1試合は、カズヤ選手対レイネ選手だ~!』


 歓声を受けながら、俺達はリング中央へと進んだ。


「……アンタとこうして戦うのも……初めてね」


「ああ、そうだな。お互い頑張ろうぜ!」


 俺とレイネは軽く拳をぶつけ合うと、指定位置まで下がった。


『それでは、試合……開始~!』


 試合が始まるや否や、レイネが、杖を地面へと突き立てた。


「《フローズン・スパイク》」


 何十回とこの身に受けた魔法。俺はそれを、敢えてまともに食らった。


「《アイシクル・レイン》!」


 氷像と化した俺の上から、氷の雨が降り注ぐ。俺は身体を覆っていた氷を力だけで砕き……氷の雨を、全て避けた。


『カズヤ選手、ノーダメージだぁ~! しかし、レイネ選手の魔法も素晴らしかった! 流石は準決勝に上がってきた2人です!』


 ウィルの実況に合わせて、ますます会場がヒートアップする。


「へっ……盛り上がってきたじゃねーか! なあレイネ。……レイネ?」


 と、ここで俺は、レイネが俺の方を見ていないことに気付いた。……魔法の詠唱をしているわけでも無い。レイネはただただ……下を向いていた。


「……して」


 レイネがボソリと、何かを呟いた。


「ん……?」


「私を……倒して」


「……!?」


 衝撃的な言葉を放つレイネ。しかしそれは、冗談でも何でも無かった。―ゆっくりと上がったレイネの顔には、涙が流れていたのだから。


「それは……どういう……?」


「……そのままの……意味。この試合、私は今からここを……動かない。魔法も……使わない。だから私を……倒して欲しいの」


「なんで……そんな……」


「私はこれ以上……あなたと戦えない。……ううん。本当は、始まる前から分かってた。私じゃあなたに……敵わない」


「……そんなの、やってみなきゃ分かんねぇだろーが」


「……ううん。私とあなたにはそもそも大きなレベルの差がある。昨日の今日での《ニブルヘイム》は、完全な威力を出せない。他の技は破られる。だからもう……勝てない。それでも勝とうとしたら……『アレ』しか……」


「……あるんだな? 俺に勝てるかも知れない方法」


「……っ!」


 レイネが激しい動揺を見せた。今のレイネの様子は、時折見せる、何かを隠している感じそのものだ。


「……いいぜ。それで来いよ」


「ダメよ……! いくらあなたでも、タダじゃ済まないの! だって……だって『アレ』は! 『使ってはいけない』魔法で……!」


「……それが、お前の過去と関わっているからか?」


「……っ!?」


「……別にお前の過去を話せって言ってるんじゃねーよ。誰にだって……俺にも、人には言えないことってのはあるもんだからな。……ただ、お前が今使用を躊躇(ためら)っている魔法を使うことで、少しでもお前が過去を断ち切ることが出来るってんなら……俺がそれを受け止めてやるよ」


「でも……『アレ』は……。使用者も含め、触れるもの全てを貫き凍てつかせる諸刃の剣……諸刃の、氷槍。この魔法のせいで私は……大事な『何か』を……! だから使うのが……怖いの」


「……大丈夫、俺を信じろ」


「でも……」


「俺はお前の……騎士(ナイト)だろ?」


「……!!」


 俺の言葉がどこまで届いたのかは分からない。ただ、涙を拭ったレイネの表情は、いつもとほとんど変わらないものに戻っていた。


「……その言葉、信じていいのよね?」


「当たり前だろ? 全力で来いよ。諸刃の剣だか槍だか知らねーが、俺がお前ごと守ってやるよ」


 俺の言葉に覚悟を決めたのか、レイネは杖を持った左手を前に突き出すと、右腕を引き絞り、魔力を集中させ始めた。……途端、周囲の温度が急激に低下し出し、リング上が凄まじい冷気に包まれた。


(《ニヴルヘイム》よりヤバいかも知れないな、こりゃ。……けど、俺は!)


 レイネは大きく息を吸い、目を閉じた。そして魔力を右手へと完全に収束させると……目を見開き、呟くようにそれを―唱えた。


「《諸刃の氷槍(ブリューナク)》」


 黒いオーラを纏った、諸刃……両刃の氷槍が出現する。それがレイネの手から放たれようとする寸前―俺は懐に潜り込み、レイネの右腕を掴んだ。


「……っ!?」


 放出されるはずだった莫大なエネルギーは、行き場を失うと、そこにあり続けることは出来ずに―光の粒となって、霧散した。


「……言ったろ? 俺を信じろ、って」


「……うん。ありが……と……」


 レイネは短くそう言うと、俺にもたれかかかって、気を失った。


『しょ……勝者、カズヤ選手~! 決勝進出だ~!』


 俺とレイネの会話が聴こえていないウィルは、両者不動の状態からの突然の決着に、驚いているようにも感じられた。

 だが今はそんなことなど、どうでも良かった。

 俺が抱き止めている少女が、今までで一番穏やかな表情を浮かべて眠っているのだから―。




『瞬殺! まさに瞬殺です!』


 モニターに映し出されたのは、にわかには信じがたいものだった。


『やはり強い! 決勝での戦いも楽しみです!』


 成す術もなく崩れ落ちた蒼髪の少女―ティカの横に、黒髪の少女が立っている。


『準決勝第2試合勝者は……アカツキ選手だ~!』


 その少女の視線の先には、モニター越しにも関わらず―俺が映っていたような気がした。

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