Level.18:ニヴルヘイム
「―にしてもティカのはえげつなかったよな~……」
「カズヤさん! もう止めて下さいってば……」
「アハハ……そう言うカズヤ君も中々だったけどね……」
「貴女こそあんな魔法使っておいてよく言うわね……」
バトルトーナメント予選の結果、俺達は見事に本選への出場を決めた。
「でも結局、何の情報も無しか……」
予選が終わった後、他の出場選手達にいろいろ聞いて歩いては見たのだが、レイネが追っている人物の事も、守衛兵団の現状についても、異世界の事についても、有益な情報は何一つ得る事は出来なかった。
本選出場選手の中にはまだ話していない選手もいるので聞いてみようとは思っているが、あまり期待はしない方がいいのかも知れない。
「ま、今は目前の事を考えましょ。もうすぐ組み合わせ発表でしょ?」
確かにレイネの言う通りだ。今は目前の事を考えていれば良いのだと思う。この世界の秘密も、レイネの過去の事も、来るべき時が来ればそれは嫌でも現実となり俺達に突き付けてくるのだ。だったら今は、今だけは、目前の事を確実に成し遂げ、楽しみ、時間を無駄にしないようにするべきなのかもしれない。
俺はそんなことを思いながら、選手控え室へと足を運んだ。
『予選を勝ち残った皆さん、おめでとうございます! それでは、只今から、本選の組み合わせを発表したいと思います!』
モニターにウィルが映し出され、ウィルの指示で大会スタッフが準備を進める。こんな時でも本人が出てこない辺り、ウィルは多忙なのだろうか?
『えー……コホン。組み合わせの発表と参ります! ……と言いましても、実はアルファベットによって、組み合わせは事前に決まっているんですけどね。……はい、では発表します!』
モニターが、ウィルの映像から組み合わせ表へと切り替わる。
AーC、BーD、EーG、FーH……随分適当な組み合わせである。ほとんどシャッフルされて無いのではないか?
(……ん? BとDってことは……)
ふと気付き、レイネとエレナの方に目をやると、2人も対戦相手に気付いているらしく、お互いに向き合っていた。
「ふーん……貴女が相手なんだ。……悪いけど勝たせて貰うわよ?」
「ボクだって……負けないよ!」
2人の間に熱い火花が散っていた。俺はそんな様子を横目に、対戦相手を探すため、《看破》を使いながら控え室を見回す。
(えーと……カイル選手は……っと。……お、いた)
『カイル』の名が標示されているカーソルに視点を合わせ、ステータスを確認する。[カイル・グランディア:守護戦士:レベル30]。剣と盾を装備して、いかにも……といった感じだ。性別は男。見た感じ、俺と対して変わらない年齢と見受けられる。
と、俺の視線に気付いたのか、カイルが顔を上げ、こちらに歩み寄ってきた。
「えーっと……もしかして君が『カズヤ』か?」
「あ、ああ……そうだけど……」
「やっぱりな! 試合観てたぜ、凄いなお前!」
短く逆立った金髪が印象的な少年……カイルは、その瞳を輝かせて屈託の無い笑顔で言ってきた。
「まあな。……それより、カイル、次の試合、よろしくな」
「おう、よろしくなカズヤ! ……泣きを見るなよ?」
「……そっちこそ」
俺とカイルはお互いに拳をぶつけ合った。
この世界に来てから始めて同年代の男子と話したので、俺は少し嬉しかった。
「カズヤさん、初戦はどんな感じの方でしたか?」
と、組み合わせ表を確認し終えたらしいティカが、そう聞いてきた。
「おう。さっき話したんだけど感じ良い奴だったぜ。なんか良い勝負が出来そうだぜ。名前は……そうそう、カイルって言うんだけど―」
「カイル!?」
俺がカイルの名を出した瞬間、ティカが驚きの表情を見せた。
「ん? ああ、カイル……カイル・グランディアだ。大きい声じゃ言えないけど《看破》で確認したから間違いは無いはずだけど……どうしたんだ?」
「カズヤさん……カズヤさんの強さは知ってますけど、それでも……気をつけて下さい」
続けてティカが、言う。
「カイル・グランディア。彼は、第4回大会……前年度の大会の、チャンピオンです」
『さ~て、やって参りました! 本選第1試合! まずは、予選で凄まじい力を見せつけた……カズヤ選手だ~!』
大きな歓声を受け、俺はリング中央へと進む。
『そしてその相手は……この人! 前年度チャンピオン……カイル・グランディア~!』
今日一番の歓声。そして、観客席に手を振りながら、カイルがリング中央へと進んできた。
「……随分な人気者じゃねぇか」
「へへっ……そう良いもんじゃねぇぜ? ま、可愛い女の子の声援はありがたいけどな」
軽口を交わしながらも、俺とカイルが所定の位置へと付くと、会場に静寂が訪れる。
『それでは早速始めます。本選第1試合……スタート~!』
開始の合図と同時に、俺は駆け出し、右腕を振りかぶった。
先手必勝の右ストレート。3割の力で放ったそれは、カイルの顔面へと直撃―する寸前、硬い土の壁が俺の拳の行く先を阻んだ。
「《クレイ・ウォール》。……おいおい、もっとゆっくり楽しもうぜ?」
「へっ……やなこった!」
バックステップからの、右足での蹴り。しかし今度は、左手の盾によって阻まれる。
「効くかよそんなもん! 食らいやがれ……《グラウンド・スピア》!」
カイルの剣先から、土の槍が放たれる。俺はそれを難なく跳躍して避ける。するとカイルは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「狙い通り……ってな! 《グラウンド・スパイク》!」
大きな土の塊による攻撃。俺はその攻撃に呑まれ、土の中に閉じ込められた。
「「カズヤ君(さん)!!」」
ティカとエレナの悲鳴が響く。
「よっしゃ……これで……!」
カイルは勝ち誇ったような声をあげて、止めを刺さんと剣を振りかぶった。
……が、次の瞬間、カイルの身体は後方へと吹っ飛んだ。―5割の力を込めた、俺の左掌底突きによって。
『カ……カイル選手が勝利を決めるかと思われた瞬間、ふ……吹っ飛ばされたぁ~!?』
「くっ……そぉぉぉっ!」
カイルは剣を床へと突き立て、リング端ギリギリの所に身体を止めた。
「おっ……耐えたか。俺が『半分の力』を出しても耐え切るとは、流石前年度チャンピオンだな」
俺が軽々しくそう言うと、カイルは怒りを顕にしながら言う。
「テメェ……さっきの攻撃まともに食らってなんで平気なんだよ……! それにさっきの掌底突きが……5割だと!? お前一体……!」
「……効くかよ、あんなもん。それに……似た技を毎回毎回どっかの誰かさんに受けてるからよ……!」
……言うまでも無いが、レイネの得意技……《フリージング・スパイク》の事である。魔法力的にもカイルより上である《魔女》の魔法に慣れている俺は、簡単にカイルの《グラウンド・スパイク》を破ることが出来たというわけだ。
「くそっ……慣れてるって頭おかしいんじゃねーのか!? ってか2個目の質問にも……答えろよ!」
流石は前年度大会の王者。傷を負ってなお、その剣を振るってくる。……だが。
「……悪いな。その質問には……黙秘権を使わせてもらうとするぜ!」
7割の力を込めた右ストレート。
俺の拳と、カイルの剣がぶつかり合う。……先に悲鳴を上げたのは、剣の方だった。
粉々に砕け散るカイルの剣。カイルは咄嗟に盾を構えたが、俺の拳はその盾をも真っ二つに割ると、カイルの身体を観客席まで吹っ飛ばした。カイルの身体は観客を巻き込みながら『上へと』転がっていき、最上段にてようやく止まった。
「……ふう。ちょっとやり過ぎたか……?」
『しょ……勝者、カズヤ選手~! 圧倒的……圧倒的な強さです! 前年度チャンピオンをほぼ無傷でノックアウト! 恐るべし!』
観客が未だ呆然とする中、俺は観客席へと飛び移ると、カイルを抱え、再びリングへと上がった。……すると。
「良い勝負だったぜ~!」
「最高に楽しめた!」
「カイル~! 次は頑張れよ!」
観客席から、暖かい言葉が聞こえてくる。
「ほら、答えてやれよ」
そう呼び掛けると、カイルはボロボロの腕を持ち上げながら、叫んだ。
「……おう! また……戻ってくるからなぁ!」
俺とカイルは、同時に拳を天へと突き上げた。
割れんばかりの大歓声が、俺達を包んだ。
「まったく……カズヤさん、少しは手加減して下さい」
あの後カイルを医務室へと連れて行こうとしたのだが、「自分で歩ける」と言うので、途中で別れてきた。俺の7割の右ストレートを食らっても意識を失わなかった辺りを見ても、どうやら身体だけは頑丈のようだ。カイルは去り際に、
『お前のことは戦友と認めた……また会おうぜ!』
と言っていた。戦友かどうかは別として、俺もアイツと話してみたい……そう思った。
「……ヤさん? ……カズヤさん? ……聞いてますか、カズヤさん!?」
ティカの珍しい怒鳴り声で、俺は我へと帰った。
「ん? ああ……悪い悪い。で、なんだっけ?」
「……右手、出してください。カズヤさん、最後の攻撃で切り傷負いましたよね?」
「うっ……」
確かに俺の右手には、カイルの剣によって軽い切り傷が生じ、鈍い痛みが発生していた。HPは殆ど減らないのに外傷だけは負うというのが、この世界におけるレベル1の欠点かもしれない。
「……剣の腹を狙えば、手加減してでも無傷で勝てたはずですよ?」
「い、いや、それはこう……男と男の意地の戦い……っていうか……」
「はぁ……男の人ってすぐそれですよね。……いいから早く手を出してください、治療します」
呆れ顔のティカに言われ、俺が渋々手を出すと、ティカが両手で優しく俺の手を包み込んできた。
「《癒しの光》」
ティカの両手から淡い水色の光が生じる。それが俺の手を包み込むと、傷と痛みがたちまち消えていった。
「……ティカ、ありがとな」
礼を述べ、手を引っ込めようとするが、ティカは俺の手を離そうとしない。
「大きな……手……。まるで―」
「……ティカ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
少し大きめの声で呼び掛けると、ティカはビクリと飛び上がった。
「な、なななな、なんですか?」
……凄く挙動不審である。
「いや……手が……」
「え? ………………あっ!? ス、スイマセン! 離します離します今すぐ離します!」
ティカは慌てながら手を離すと、そのまま後ろに傾いて転んでしまった。
「ふ……ふぇぇぇ……」
俺は苦笑しながらティカに手を貸してやりながらも、さっきのティカの表情を思い返していた。
『大きな……手……。まるで―』
そう言った時のティカが、もの凄く悲しそうな顔をしていたから―。
『さーて、続いては本選第2試合! これまた注目の組み合わせだ~! 初出場ながら予選を突破した女性2人の戦い……レイネ選手対エレナ選手だ~!』
歓声の中、レイネとエレナがそれぞれリング中央へと歩いてくる。俺と、いつも通りに戻ったティカは、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
「カズヤさん……あの……どっちが勝つと思いますか……?」
ティカが質問を投げ掛けてきた。それは、今まさに俺が考えていたことだった。
「……魔法力ならレイネ、武器の扱いならエレナ……といったところか……? エレナにも予選で使った、えっと……《暴虐の嵐》があるんだろうけど……。……俺、レイネが本気で戦うところ見たこと無いからな……」
「そうです……か。2人共、あまり熱くなり過ぎ無ければ良いんですけど……」
レイネとエレナが所定の位置に付く。そして、ウィルの声が響き渡った。
『では、本選第2試合……開始だ~!!』
試合が始まった。しかし2人は距離を保ったまま、中々動こうとはしない。
『おーっと……? 2人共動かないぞ? お互いに様子を見ているというのでしょうか?』
3分が経過しても動きは無い。流石に観客席にもざわめきが広がってきていた。
「……ねぇ、どうしたのレイネちゃん? 自慢の氷魔法でも使ったら?」
「ふん……貴女こそ。お得意の弓矢で攻撃してくればいいじゃないの」
「それじゃあ……遠慮無く……! 《矢弾を飾る楔》……《降り注ぐ雨》!!」
先に動いたのはエレナの方だった。数十本の矢が、上からレイネへと襲いかかる。―が、矢がレイネの上空に差し掛かった途端、凍り付いて、地面へと落下して砕け散った。
「……!?」
「……《ニトロ・フリーズ》。空気中に極少量含まれる亜酸化窒素を核として、『空気そのもの』を凝固させる技よ。……発動に時間がかかる分、用途は広いのよ」
レイネがすぐに動かなかったのは、これを狙っていたためだったようだ。これではエレナの攻撃は通用しない……そう思われた時―エレナが、不敵な笑みを浮かべた。
「アハハ……。《降り注ぐ雨》がこうも簡単に防がれるとは全く予想してなかったよ。……でも、ボクだって3分間ただ立っていただけじゃ無いんだよ?」
そう言うとエレナは、パチンと指を鳴らした。―すると、レイネの周りを、宙に浮かぶ数十本の矢が取り囲んだ。
『あーっと!? レイネ選手、攻撃を防いだのも束の間、またしてもピンチに陥ってしまいました! ……しかしいつの間に?』
……そう。問題は、何時この矢を仕込んだのかだ。……その答えは、すぐにエレナの口から発せられることとなった。
「《矢弾を飾る楔》……《不可視》。―矢の存在を相手に認知させないようにする技だよ。……矢を隠蔽するのに時間がかかるから少し使い所が難しいんだけどね。3分もあれば、ゆっくりと仕込むことが出来るんだ」
「ふん……。いくら矢を放ったところで、全て凍るだけなのよ?」
「それはどうかな? 《矢弾を飾る楔》……《導きし光》」
レイネの周りの矢、全ての先端から、レイネに向けて光が放たれた。
「……何のつもり?」
「すぐに……分かるよ! 《風を裂く矢弾の一撃》!」
宙に浮かんだ矢が一斉に風を切り裂きながらレイネへと向かっていく。
「か~ら~の……《暴虐の嵐》!!」
鋭い矢弾と凄まじい暴風が、同時にレイネへと襲いかかる。エレナはどうやらここで勝負を決める気のようだ。……しかし、このままではレイネの命が危ない。ティカが目を瞑りながら悲鳴を上げる。だがそんな中でも、レイネは動じずに真っ直ぐと立っていた。そして、ゆっくりと、小さく、口を開いた。
「《ニヴルヘイム》」
―刹那。世界が、凍った。
正確に言うならば、俺も、ティカも、エレナも、観客もウィルも、コロシアムにいる人間……生物全ての動きが静止した。……身体が実際に凍り付いた訳では無い。ただ、その光景を目にして、全く身動きが取れなくなってしまった。
……エレナの放った矢弾と暴風は、美しい氷のアートへと変貌していた。―今にも動き出しそうな、さっきまで動いていたような、そんな躍動的な姿のまま、完全に凍り付いていた。
《ニヴルヘイム》。北欧神話でも有名な、《ムスペルヘイム》と対を成す、暗く冷たい氷の国。その手の話が好きだった妹の影響で本を読んだことがあるが、それに描かれていた《ニヴルヘイム》の美しさには、子供ながらに感動したのを覚えている。その《ニヴルヘイム》が、今、まさに、ここにあった。
そしてその中心には、俺のよく知る―あるいは全く知らない少女が、長い銀髪を靡かせ、ただ真っ直ぐ、美しく、凛として立っていた。
……どれくらい続いたか分からない静寂の後、レイネが杖の持ち手側先端で、氷塊を軽く突いた。すると、《ニヴルヘイム》は粉々に砕け散ってしまった。それと同時に、会場の人々は、忘れていたかのように我を取り戻した。
『う……美しい! 美しすぎる~! あまりの美しさに私も凍り付いてしまいました! う~ん、ビューティフォー!』
ウィルに続いて、観客達が一気に盛り上がる。
「《ニブルヘイム》氷属性最上位魔法。教本でしか……見たことがありません……」
ティカは、エレナが《暴虐の嵐》を使った時よりも数十倍上の衝撃を受けているようだった。
そんな中、呆然と立ち尽くしていたエレナが、無茶苦茶に矢を射ち始めた。
「ボクは……ボクはまだ……負けてない!」
エレナの放つ矢は、1本足りともレイネに当たることは無い。……レイネが避けているわけでは無い。エレナの狙いが全く定まっていないのだ。
「ボクは絶対に優勝しないとなんだ! 優勝して……景品を貰って……『景品はいらないからお母さんを元に戻して下さい』って、ティア様にお願いするんだから!」
矢がレイネの頬を掠め、僅かに血が流れる。しかしレイネは動じることなく、それどころかエレナの方に向けて歩き始めた。
そしてレイネは―エレナの身体を、抱き締めた。
「レイネ……ちゃん……?」
震える声で驚くエレナ。俺もその光景に目を疑わざるを得なかった。
「……貴女の願いは、きっとティア様に届く。……大丈夫。貴女は私とは違う。今も母親に愛されているんだから、きっと―大丈夫。だから今はゆっくり休みなさい。貴女―いえ、エレナ。……良い戦いだったわ」
「レイネ……ちゃん……。……ううん、……レイネ。ありがとう……」
そしてエレナは、その場に崩れ落ちた。レイネはその身体を抱き止め、優しく微笑みかけた。
『し……試合終了~! 勝ったのは……レイネ選手だぁ~!』
俺とカイルが戦った時よりも一際大きな歓声が、リング上の2人を……コロシアム全体を包み込んだ。
観客達が目の前の美しい光景に心を打たれている中、俺は別のことに心を奪われていた。
《ニヴルヘイム》の中心に咲いていた可憐な華。その華は美しいながらも、触れれば崩れてしまいそうな程に繊細なものだった。
そんなレイネの姿は、まるで……。まるで、氷の城に囚われた姫様のようだったから―。




