Level.17:バトルロイヤル
「―でさ、賞品って結局何だろうな?」
「アンタさっきからそればっかりね……」
「賞品、ボクも楽しみだよ!」
「アハハ……気が早いですよカズヤさん」
エントリーを済ませた俺達は、選手控え室に向けて歩いてた。
「そもそもここに来たのって情報を集めるため……だったわよね?」
「え、そうだっけ?」
「はぁ……アンタってやつは……」
溜め息を吐くレイネ。まあ俺としてもそれは冗談なのだが、実際トーナメントに対する楽しみというものも確かにある。俺のレベル1がどこまで通用するのか? それを確かめてみたい気持ちがあった。
「大会には国中からいろんな人達が参加してますから。レイネさんが探している方についての情報も何か分かるかもしれませんからね」
「どっちにしろ暫く身を隠さないといけない……っていうことだからね~……。……でも! やるからにはボク、頑張るよ!」
そんな会話を交わしながら、俺達は控え室へと足を踏み入れた。
控え室は思ったよりも広く、大勢の参加者達が装備等を整えていた。
俺達が中に入るやいなや、屈強な男達はこちらに目をやると、一瞬驚きの表情を見せ、それはすぐに鋭い眼差しへと代わった。
……心無しか俺が睨まれた気がするのは、気のせい……だと思いたい。
「意外とたくさんいるのね。ねえカズヤ、コイツらのレベルは……ってアンタ、いつからジャージ姿になってたのよ……?」
レイネの指摘通り、現在の俺の服装は、上下ジャージ姿である。
「ん? さっきトイレ行った時からだけど? コートは動き辛いだろうと思ってな」
「あ、そう……」
「えっと、レベルだっけか? 71、63、57……ざっと見たとこじゃ50台が最高だな」
「ふん……なら楽勝ね」
「私、60台何ですけど……」
「ティ、ティカちゃんなら大丈夫だよ!」
落ち込むティカをエレナが励ましている。そんな様子を微笑ましく見守っていると、控え室に設置してあるモニターに、黄渕の眼鏡が印象的な若い男の姿が映し出された。
『皆さん、お待たせ致しました! 参加者の方々が揃ったようですので、只今より、第5回シュバルハイトバトルトーナメントを開催します!』
周りの男達の間で、野太い雄叫びが上がる。観客席にいるであろう人々の間にも、大きな歓声が上がった。
『え~私は実況の、ウィリアム・ルーニーと申します。気軽にウィルって呼んで下さいね!』
男……ウィルはテンションが高めのようだ。俺の隣でレイネが露骨に嫌悪の表情を見せている辺りは、ウィルに同情してあげたくなる。
『はい! では、ルールを説明致します! ……と言っても簡単、相手を殺す、または瀕死にさせるのはNG! それ以外は何でもありなのが、この大会でございます』
(マジかよ……。何でもありっておいおい……)
『トーナメントは予選と本選に分けて行われます。どちらも、リングから出る、もしくは気絶すると敗北となってしまいますよ? 予選では、最後に残った1人が本選出場権を手に出来ます! 質問はあるかな?』
手を挙げるものは誰もいない。どうやら皆、ここの常連のようである。
『では早速行ってみよ~! 皆さん、受付で渡された札を見て下さい! そこに書いている、A~Hのアルファベットが皆さんの予選ブロックとなります! 書いているアルファベットが呼ばれたら、リングへと出てきて下さいね? Aブロックの方、早速準備お願いします。ではご検討を!』
ウィルがそう締め括ると、モニターの映像はリングの映像へと切り替わった。
「アハハ……何というか……大雑把な説明だったね……」
「そうですね……。それにルールがシンプル……なのは良いですけど、中々ハード……ですよね」
エレナとティカがそれぞれ不安を口にする。俺もその気持ちは十分に理解出来た。が、ゲーム脳からなのか、早く強敵と戦いたいという思いもあった。
「……で、アンタ達のブロックはどこなのよ? 私はBブロックだったわ」
レイネが自分の札を見せてくる。それを見た俺達は、それぞれ自分の札へと目を落とした。
「えーっと……? お……? 俺は……Aだな。へへっ……一番最初か!」
「ボクは……っと。D……って事は真ん中辺りかな」
「私は……Gですね。最後の1個前……頑張ります」
俺がA、レイネがB、エレナがD、ティカがGという予選ブロックとなった。それぞれが別々に分かれたのは、幸運と言っていいだろう。
「よし、じゃあ皆、本選で合おうぜ! ってことで行ってくるわ!」
「カズヤさん、頑張って下さいね!」
「頑張れ、カズヤ君!」
ティカとエレナが明るいエールをくれる。
「ふん……負けたら承知しないから」
レイネからの活も貰い、俺は腕を突き上げると、3人を背にしてリングへと向かった。
リングへ上がると、数十人の男達が、それぞれの武器を構えて、試合開始の時を待っていた。リングは半径5メートル程の大きさで、外周をそれなりに深い溝が囲んでいた。
(へぇ……結構いるな。……でも、レベル的には対したこと無さそう、だな)
男達は俺の姿を見ると、嘲笑したり、睨みつけてきたした。前者は『丸腰のガキが何を』、後者は『ガキが出てくるんじゃねえ』といった考えの者だろう。俺はそれらを無視して歩を進め、リング中央付近で陣取った。
『全員揃ったようですね! 準備はいいかな? 時間は無制限、殺さなければ何でもあり! Aブロック予選……スタート~!』
「「「うおぉぉぉぉ!!」」」
ウィルの合図で、男達は一斉に動き出した。それぞれの武器と武器が激しくぶつかり合う。
俺がそれらを眺めていると、大きな戦斧を構えた大男が俺の前に歩み出てきた。男のレベルは……44。
「ふん……ボウズ、この喧嘩に参加したからには、覚悟出来てるよな?」
『おーっと!? 前回ベスト4のグラン選手、初参加のカズヤ選手へと照準を定めました!』
俺は笑みを浮かべながら、その男に向き直った。
「へっ……上等だぜ……!」
俺の言葉を受け、男……グランが戦斧を振りかぶった。観客の間から悲鳴が上がる。
俺は降り下ろされる斧の動きを見据えると、最小限の足の動きだけで移動し……その一撃を避けた。
グランの目が驚きに見開かれる。俺はそのまま右足を踏み込むと、グランの腹部目掛けて、『3割の力で』右ストレートを叩き込んだ。
グランの身体は、直線上にいる選手を巻き込みながら後方へと激しく吹っ飛び、リングを軽く外れると、観客席下部の壁へと激突した。
盛り上がっていた観客は、固まったまま絶句している。さっきまで実況していたウィルでさえ、言葉を忘れているようだ。
「うーん……3割でも強すぎたか……?」
俺の呟きを聞いた他の選手達が、ハッと我に帰ったかのように武器を構え直す。
「くそ……アイツからやるぞ!」
「魔法で攻めろ!」
男達の攻撃対象は、自然と俺へと集中する。火、土、雷……レイネやエレナのものには威力が及ばないものの、全方向から魔法を浴びせられる俺。リング上はたちまち煙で包まれた。
『お、おーっと!? カズヤ選手に対する集中攻撃だ! カズヤ選手の安否はいかに!? ……ん? 人影が……人影が見えます! 立っているのは……1人でしょうか!?』
やがてゆっくりと煙が晴れていく。リング上に立っているのは、煙が上がっている間に他の選手を全員倒した―俺1人だった。
『こ、これは!? 何ということでしょう……! Aブロック代表は……初参加のカズヤ選手だ~!』
観客から大きな歓声が上がった。俺はその歓声を受けながら、1人控え室へと戻っていった。
『さ~て、続いてBブロック、行ってみよう! ここでも初参加者がいますね~? ……ん!? しかもどうやら……女の子ですよ!?』
レイネが、杖を片手にリングへと上がっていく。先程すれ違った際にはいつも通りの様子で、俺がかけた声も軽くあしらわれたが、レイネはどう戦うつもりなのだろうか?
選手の男達の中には、美女の登場に対し下卑た笑みを浮かべる者もいた。大方、何でもありというルールを利用してレイネに接触するつもりなのだろう。
俺は試合前から、気が気でならなかった。心の底から、心配だったからだ。
『それではBブロック……スタート~!』
―男達の……命が。
「お嬢ちゃん、俺と遊ぼーぜ~?」
「いやいや、俺と一戦にヤらないか?」
早速、男がニヤニヤしながら2人がかりでレイネに詰め寄る。レイネは無言でその間を通り過ぎると、杖を軽く地面に触れさせた。
「……そうね。そんなに遊びたければ……2人一緒に氷と戯れてなさい」
男達の身体が、氷像と化する。(不本意極まりないが)俺もよく使われる氷魔法……《フローズン・スパイク》だ。
『ああっと、凍り漬けだ! ラッセ選手とアイオン選手、自ら絡んでいってあっさりやられた~!』
口を開けたまま固まる2人を見てか、周りの選手の動きが一瞬止まる。レイネは、その一瞬を見逃なかった。
「降り注げ……《アイシクル・レイン》!!」
リング上空から無数の氷の雨が降ってくる。それを避けようと逃げ惑う男達。透かさず、レイネが次の魔法を唱える。
「《フローズン・スパイク》!」
再び発動する《フローズン・スパイク》。しかし今度は選手を凍らせることは無く、リングの上に氷を張るだけに止まった。
好機と見た男達が飛びかかろうとしたその時、レイネがさらなる魔法を唱えた。
「《アイス・ウォール》」
この魔法は本来、レイネの周囲を円周状に高さ5メートル程の氷の壁が囲み、攻撃を防いだり相手の逃げ道を塞いだりする技だ。しかしその壁はどこにも見受けられない。……発動に失敗したのだろうか? 男達はレイネへと一気に肉薄し―リング外へと滑り落ちた。
『こ、ここで一気にリングアウトだ~! 勝者……レイネ選手~!』
観客席から歓声が上がる。
……さっき何が起こったのか? 疑問に思いよく見ると、レイネの身体から1メートルと離れていない地点からリングの外周に向けて、氷の坂が出来上がっていた。
……と、いうことはつまり。レイネは、《アイス・ウォール》を0.5メートル程の高さで発動し、《フローズン・スパイク》で張った氷の床を持ち上げ、氷の坂とした……と言ったところだろう。
(ったく……敵わねぇぜ)
レイネの魔法力と発想力に、舌を巻かざるを得ない俺だった。
それから約10分間に於けてのCブロック予選を挟み(本来はこのぐらいが平均的な試合時間である)、Dブロック予選が始まろうとしていた。
(エレナはどう戦うんだ……?)
Dブロックには弓士であるエレナが参加するが、弓は基本的に殺傷を主にしているため、エレナはどう戦うのかが疑問である。
「あ、始まるみたいですよ?」
ティカに声をかけられ、俺はモニターを見詰めた。
『さーて続いてはDブロックです! これまた初参加者の女性ですね。頑張って欲しい所です! では早速……試合開始~!』
ウィルの合図で、早くもDブロックの試合が始まった。
―刹那、リングに突風が吹き荒れた。
『こ、これは何が起こったのか!? 風が……強風が吹き荒れています!』
観客席と控え室が騒然となる中、隣にいる2人の少女は驚愕の表情を浮かべていた。
「うそ……。あの子……こんな魔法まで使えたの!?」
「《暴虐の嵐》……風属性上位魔法。それでこの魔法展開速度って……」
この世界の魔法の概念に疎い俺には詳しいことまでは分からないが、どうやら、エレナの魔法力は思いの外高かった、いうことのようだ。
選手達は吹き荒れる暴風に苦しみ、数人は既にリング外へと出ている。そんな中で、エレナはがゆっくりと弓を構え、矢をつがえた。
「《矢弾を飾る楔》……《導きし光》!」
弓に『つがえられたままの』矢の先端から、不規則に揺らめく光が放出される。それはリングの外側を1周すると、虚空へと消えた。
《暴虐の嵐》の余波が消え、リング上に静寂が訪れる。選手達はよろめきながらも、エレナに飛びかかろうとした―しかし。
「《風を裂く矢弾の一撃!!》」
エレナが凛とした声を張り上げ、矢を放った。真っ直ぐに標的を貫くはずのその矢は、先程《導きし光》で作られた光の道を辿って飛翔した。矢は選手達の身体に当たることは無く、エレナの足下に着弾した。しかし、この技で放たれる矢は風を纏っているわけで……。
ただでさえリング外側にいた選手達の身体が、風によってリング外へと押し出された。そしてその瞬間、Dブロックの勝者は決まった。
『Dブロック勝者……エレナ選手~! 実にお見事な試合運びでした!』
またも大きな歓声が上がる中、エレナのVサインがモニター画面に映し出された。
『さーて、残す所後2ブロック! 続いてはGブロック予選だ~! なんと、ここにも初参加の女性がいるようです! しかも今大会最年少選手のようです! 期待したいところですね~』
次はティカのいるGブロックの試合だ。ティカは治癒魔法の使い手だが、バトルロイヤルで治癒魔法はまず意味を成さない。他にティカが使えるのは初期属性魔法だが、それで屈強な男達を倒せるのだろうか? そう心配に思っていると、突如、リング中央のティカが、その場にしゃがみこんだ。
……具合でも悪いのだろうか? 本来敵であるはずの男達でさえも、心配そうにティカを見ている。
するとティカは、男達を見回しながら、か細い声を出した。
「あの……私……本当は痛いの嫌いなんです……。でも……病気の家族のためにどうしても景品が欲しくて参加したんです……。……負けてくれ、なんて言いません……。ですからせめて……攻撃は魔法だけにしてくれませんか……? それなら私……我慢出来ますから……。……皆さんの魔法……私にたくさん浴びせて下さい……」
静寂の中、ティカはそんなことを言ってのけた。上目遣いで言われ、なし崩しに承諾した選手達。しかしその言葉をどう捉えたのか、一部の男達は下卑た表情を浮かべている。
観客や控え室の選手、エレナや俺が疑問の表情を浮かべる中、レイネだけは引きつった笑みを浮かべていた。
「おおっとこれはどうしたことでしょう! Gブロックの試合は、魔法オンリーのルールになってしまったぞ!? まあ、それも面白いかも知れません! ……では、Gブロック……スタートです!」
ウィルの合図と共に、一斉に魔法を放つ男達。ティカはそれを確認すると……その場に立ち上がった。
「狙い……通りです! ……《魔法暴発》!!」
ティカが叫んだ瞬間、俺はティカの意図とレイネの表情の意味を悟った。
放たれた無数の魔法は、《魔法暴発》により『治癒』され、威力を増し―過ぎて、暴発する。その結果必然的に起こるのは―魔法の花火大会である。
男達は爆風に呑み込まれ、一瞬でリングアウトする。ただ1人残ったのは、《魔法暴発》の余波が自分に向かないように調整していたらしい、ティカ1人だった。
『な、何ということでしょう! 試合開始わずか5秒……歴代最短の試合時間で、ティカ選手の勝利だ~!』
観客席から今日1番の大歓声が上がる中俺は、してやったりといったティカの顔を見て、冷や汗を流すのだった……。
それから数分後。
ティカを迎え入れ、それぞれの試合に対しての感想を述べながら俺達が控え室を外にした―直後の事だった。
リングに立っているのは黒装束の少女ただ1人。他の選手達の身体は、リング上にただただ転がっていた。
『し、信じられません! 一体何が起こったのか!? か、開始2秒で選手が全員ノックアウトだ~! 試合時間の最短記録を更新! 恐るべし、その強さ! 1~3回大会と同様に、この人が優勝してしまうのか!? Hブロック代表は……アカツキ選手です!』