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辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。  作者: 鷹峯 彰
Stage.1 ~わがままでひねくれた魔女~
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Level.1:目覚めと出会い

 光が眩しい。

 何度か瞬きをしてから、ゆっくりと目を開く。空には、透き通る一面の青が広がっていた。

 ここは、一体どこなのだろうか。

 仰向けになっていた身体を起こし、周囲を見渡す。辺りには建物一つとなく、青々しい草木が生い茂っていた。

 俺の住む街、東京にはこのような場所は存在しないし、こんな大草原がある土地を見たことも聞いたこともない。何よりもまず、風が、空気が何となく現実のものと違うのだ。

 なら、これは俺が見ている夢なのだろうか? そう思い、頬をつねる。……普通に痛い。もちろん目が覚める気配は無いし、何よりこの感覚が夢であるはずがない。

 じゃあ何故俺は、こんな所にいるのか。そう思いながら、とりあえず立ち上がる。ふとそこで身体を見下ろすと、自分の服装が普段よく着ている黒いジャージ姿であることに気が付いた。……そうだ。俺はこのジャージを着て買い物に出かけ、その帰りに――。

 と、目の前の空間上に青白い光が浮いていることに気が付いた俺は、訝しげに思いながらもその光に手を伸ばした。それに触れたその瞬間、空間上に文字列が浮かび上がった。


[折原和也/騎士[ナイト]/Level.1]


 大きく表示されたその文字の下には、[HP][MP]それぞれのゲージと、[STR:?????][DEX:?????]……といった、数字が文字化けしたものが複数並んでいる。

 名前に職業、レベル。そしてその下の複数の文字列。俺はそれに、見覚えがあった。

 RPG。正式名称はロールプレイングゲーム。その中でプレイヤーの強さを表すものといってまず確実に使われる要素が、職業・レベル・ステータスだ。

 それに当てはめると、ステータスは文字化けしてしまっているが、俺はレベル1の騎士ということになる。RPGの全くの初心者といっていいその事実に、ゲーマーである俺がガッカリするのも仕方ないことだろう。

 どうせなら、レベル100の聖騎士がよかった。何も無い空間に文字列が浮かび上がった驚きよりも先に、無い物ねだりでそんなことを思ってみる。しかしそもそもここは、俺の知るRPGでは無いはすだ。

 ゲームの世界に入り込む……という密かな夢があったことは確かだが、今現在の日本では残念ながらその技術は開発されていない。ならば、RPGのようなステータスが存在する、夢でもないこの世界は何なのか。

 ……この場で考え込んでいても何も解決しない。もしかしたらどこかに街があるかもしれないし、誰か俺以外の人間がいるかもしれない。とりあえず俺は、周囲を散策すべく歩き出した。

 ――しかし。


「この草原……どんだけデカいんだよ!」


 およそ三十分程歩き続けたが、街が見えてくるどころか、周囲の景色が草原のまま全く変わらない。誰一人として、他の人間に出会うことも出来ていない。

 いよいよどうするべきか途方に暮れ、腹が減ってきたので、とりあえずせめて食材になりそうなものを見繕う。


「スベリヒユ、カタバミ、イタンドリ……っと。昔はよく食ってたよな……。最悪このままでもいけるけど、せめて何か調味料があれば……。……ん?」


 地面に屈んで野草を摘んでいると、ふと、何か大きな動物のもののような足跡が目についた。サイズは違えど、確かどこかで見たことがある。そう、この形は――


「ブォォォォォォ……………………!」


 昔、野山で聞いた時よりも、大きく、野太い唸り声を上げながら、巨大な身体と角を持ったイノシシが突進してきた。


「おいおい嘘だろっ……!?」


 イノシシは確実に俺を狙っている。あんな大きさの身体を、角を持ったイノシシなど見たことも聞いたことも無い。近所のおじさんが猟銃でよく仕留めてはいたが、あの相手に効くとは思えないし、そもそもこの場に猟銃など存在しない。

 俺は何とか突進を回避すべく、立ち上がって走り出したが、運悪く、木の根っこに足が引っ掛かり転んでしまった。

 イノシシは目の前まで迫って来ている。……万事休すと思った、その時だった。


「《フリージング・アロー》!」


 凜と透き通った声が響いた。どこからか飛んできた氷の矢が、イノシシの横腹に深々と突き刺さった。


「プゴォォォォ!?」


 唸り声を発し、イノシシがその場に崩れ落ちる。

 俺が状況を飲み込めずにいると、こちらに向けて、一人の少女が歩いてきた。風に靡く、腰まで届く程の白銀の髪。水晶のように透き通った、美しい碧眼。背はそれほど高くは無いが、白と青のローブがとても似合っている。この世のものとは思えない程、絶世の美少女という言葉を使っても十分に表しきれない程に、その少女は美しかった。


「あの……ありが……」


 礼を言おうとして、ふと、少女の頭上に青白いカーソルが浮かんでいることに気がついた。そこに意識を集中させると、半透明の文字が自動的に羅列された。


[レイネ・フローリア/魔女/Level.42]


 レイネ、が少女の名前だろう。レベルは……42。俺より、41も上である。


「ねえ、そこの貴方……」


 少女……レイネに話しかけられた。姿だけでなく、その声もが透き通っていて綺麗だった。


「あ、はい……。助けてくれて、ありがとうございました」


 美しさにドキマギしながらも、俺は素直に礼を述べた。しかし少女は、怪訝な表情を浮かべ、次の瞬間、その美しい姿とはかけ離れた言葉を口にした。


「そうじゃない! なんでそんな格好でこんなところにいるのよ!? 大体私が助けてあげてなきゃどうなってたと思ってるの!?」


「い、いや、あの……」


 助けて貰わなきゃ危なかっのは事実だが、突然訳の分からない場所で目が覚めてさ迷っていただけなので、何故と聞かれても俺にも分からない。

 ……とりあえず、弁解しなくては。そう思い、口を開きかけたその時、地面に崩れ落ちていたイノシシが、唸り声をあげながらゆっくりと立ち上がった。


「ああもうしつこい……! 今はそれどころじゃ無いのよ……!」


 レイネはそう言うと、何も無い空間から杖を取り出し、それを右手に構え、地面に突き立てて、叫んだ。


「《フリージング・スパイク》!」


 杖が触れた所から、イノシシがいる方向に向けて地面が凍りついていく。氷がイノシシの足に触れた数秒後には、その身体は完全に氷で覆われていた。

 ……今更ながら、さっきの氷の矢といい、今の技といい、どうやらこの世界には「魔法」と言うべき概念が普通に存在しているようだ。だったら俺にも……と反射的に思いステータス画面を確認してみるも、《看破[ペネトレイト]》という謎のスキルが存在するだけで、何も使えそうに無い。……まあ俺のレベルは1なのだから、当然と言えば当然のことである。


「さてと……これでボアも片付いただろうし、アンタがどうしてここにいるのかじっくりと聞かせて貰おうかしら」


「いや、どうしても何も、目が覚めたらここにいて……」


「はあ!? 目が覚めたらって、寝てたの!? こんな草原のど真ん中で!? アンタ一体どういう神経してんのよ!?」


 ……会話が一向にうまく成立しそうにない。と、レイネの後方……氷漬けになってたはずのイノシシのカーソルが僅かに揺らいだのが目についた。

 そういえばまだ確認していなかった。イノシシのレベルは……22。名前は、《ストロング・ボア》となっている。俺よりは上だが、レイネよりはレベルが20も下だ。……しかしどういうわけだろうか? レイネは先程「これで仕留めた」と言っていたはずだが、イノシシ……ボアのHPゲージがほとんど減っていない。それどころか、徐々にだが回復している。これでは、まるで――


「……っ! 伏せろ! レイネ!」


 時間がスローモーションのように流れる。

 自身を覆っていた氷を砕き、凄まじい勢いで突進してくるボア。

 仕留めたと思っていた相手の、背後からの強襲に全く反応出来ていないレイネ。

 俺はそんなレイネの身体を突き飛ばしつつ、両者の間に躍り出た。

 レイネは何か言おうとしているが、全く言葉になっていない。ボアの一撃で、俺は間違い無く死に到るだろう。

 変な世界に迷い込んで、可愛い女の子を助けて死ぬ。憧れていた皆の英雄にはなれないかもしれないが、女の子のヒーローにはなれるだろうか。

 ――刹那。断片的な記憶が呼び起こされる。

 赤になった横断歩道を渡る少女。気付かず突っ込んでくるトラック。俺は飛び出し、少女を突き飛ばして……。

 ……ああ、そうか。そうだった。俺は今みたいに女の子を庇ってトラックに轢かれて……気が付いたらこの草原にいたのだ。

 俺は襲ってくるであろう傷みに対して目を瞑り、せめてもの苦し紛れとして、右腕をグーの形で突きだした。

 俺の右腕にボアの重みがのし掛かる。俺の身体は軽々と吹き飛ばされ、HPが0になる……はずだった。

 俺のHPゲージは0になるどころか、微動だにしなかった。それどころか、突っ込んできたボアの身体が、はるか向こう側まで吹っ飛んでいき、一瞬でHPを0にして、ついには消滅した。


「え……?」


 自分で起こした出来事に、頭がついてこない。傍らで倒れ込んでいたレイネも、ポカンと大きく口を開けていた。


「嘘……。アンタ……今……何して……」


 俺にも全く理解出来ていない。確かなのは、右腕に激しい重みを感じた次の瞬間、ボアの身体が吹っ飛んでいたことだけだ。


「いや……俺はただ……君が危ないと思って……。なんで『レベル1』の俺にあんなことが出来たのか……さっぱり……」


 そう呟いた俺の顔を見て、レイネは大きく目を見開き、明らかな動揺に身体を震わせながら口を開いた。


「今……。今、なんて言ったの……?」


「いやだから……俺のレベルは1なんだよ。君よりも、さっきのイノシシよりも下なのに、なんであんなことが出来たのかな……ってちょっと!?」


 言い終える前に、勢いよく立ち上がったレイネが俺の胸ぐらを掴んできた。

 ……顔が近い。美しすぎる顔を前にして、俺は平常心を保てる自信が無かった。


「アンタ私をバカにしているの!? 何が私達より下よ! 私よりも41も上……それどころか最高レベルじゃない! 嘘にしたってもっとマシな嘘付きなさいよ!」


「レベル1が最高……? というか嘘も何も、君にも見えてるだろ? 俺の名前と、職業とレベル。折原和也、騎士、レベル1って」


 どういうわけか、レイネは俺のその言葉を聞いて、絶句した。しばらくそのままでいてから、ゆっくりと俺の胸ぐらから手を離し、ため息を吐いてから、今度は呆れたような表情で口を開いた。


「……納得したくは無いけど、納得せざるを得ないわね。私のステータスが見えてるってことは、幻と言われていたステータス視認のスキル、《看破[ペネトレイト]》持ち……。……まあそんなスキルを持っているのなら、レベル1ってのも納得だわ。おまけに物理最強である騎士の職業って……。アンタ一体どこから来たの? 何が目的?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 勝手に納得されても困るし本当に何も知らないんだってば! まずそもそも……ここはどこなんだよ……この世界は何なんだよ……!」


「その感じだと……アンタ本当に何も知らないの……? 噂でしか聞いたこと無いけど……まさか《迷い子》……? ……いいわ。結果的に助けて貰った借りもあるし教えてあげる。この世界の名前は《辺境世界レイトノーフ》。アンタが《迷い子》だとしたら……そうね。アンタの世界から見た……異世界よ」


 ――異世界。現実とは、異なる世界。

 RPGのようなレベル・ステータス表記があり、魔法が普通に存在しているのだから、確かにここはもう異世界と言っていいのだろう。しかし、何故恐らく死を迎えたはずの俺がこの異世界……《辺境世界レイトノーフ》に迷い込んでしまったのだろうか。


「……なあ、《迷い子》って言ったか……? 俺以外にこの世界に迷い込んだ人間はどこかにいるのか……?」


「……いいえ知らないわ。言ったでしょ……? 私も『そういう人達がいる』っていう噂を聞いただけだし、そもそもアンタだって記憶が混濁してるだけかも知れないでしょ?」


 それは無い……とは思ったが、俺がそう思うように、レイネからすれば異世界人というもの自体が異常なのだ。ならばとりあえず、記憶が曖昧な《迷い子》ということにしておいた方が何かと都合が良さそうである。とにかく今は、この世界に関する詳しい情報を集めるのが先決だ。


「まあ《迷い子》の件は俺自身もよく分かってないからな……。……そうだそれよりレイネ、さっきレベル1が最高レベル……とか言ってたけど、あれって一体、どういうことなんだ?」


「……どうも何もそのままの意味よ。レベル99が最低でレベル1が最高。この世界における『レベル』の常識よ」


 ……俺からすれば、非常識極まりない。そういえばさっき《騎士》が物理最強とか言っていたし、ある意味で俺はレベル100の聖騎士クラスの力を手に入れたと言っていいのだろうか。


 最強のレベル1に、物理最強の職業に、ステータスを見破るスキル。俺をこの世界に送ったのが神様ならば、その神様は余程俺のことを気に入ってくれているのだろう。……逆にゲーマー視点から見れば、チートそのものであり何とも複雑な気分ではあるが。まあ、さっきのイノシシみたいなのはいつ襲ってくるか分からないし、弱いよりは強い方がいいはずだ。

 さて、俺の力ついての情報は大体分かったが、これからどうするべきだろうか。そんなことを思っていると、レイネが何やらモジモジしながら口を小さく動かしているのが目についた。


「……ありがとう」


「え………? 今何て………?」


 するとレイネは髪をくしゃくしゃと掻いた後、自棄になったように大声で叫んだ。


「ありがとう……って言ったのよ! 一応助けて貰ったわけだし、お礼! 二度は言わないんだからね!」


 言いきるとレイネは、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。しかしよく見ると、その頬が朱に染まっているのが分かった。

 ……これはあれか。俗に言う、ツンデレというやつだろうか。ツンデレ少女に対する対応は分からなかったが、とりあえず俺は素直な気持ちを口にした。


「いや、こっちこそ助けて貰ったしな。それに出会ったばかりの怪しい奴にこんな色々教えてくれたし……。……俺の方こそ、ありがとう」


「~っ!」


 すると、レイネの耳までもが真っ赤に染まってしまった。……対応を間違えたのだろうか?

 しばらくそっぽを向いていたレイネだったが、やがてわざとらしい大きな咳払いをしてからこちらに向き直り、俺に向けて人差し指を立てて言い放った。


「……アンタ、どうせやることないんでしょ? だったら私に着いてきなさい! アンタ程の強さなら、十分に護衛が務まるはずよ。特別に私の家来として働くことを許してあげるわ!」


 ……まるで姫様のような、随分なもの言いである。とは言え現状やることが無いのは事実である。それに俺は、この少女を……レイネのことを、何となく放っておけない気がした。

 ……しかしただ従うのも釈然としないので、少しだけ皮肉ってやることにしよう。


「……いいぜ。その依頼……引き受けてやる。報酬はそうだな……君の笑顔ってことでどうだろう?」


「……っ! バ、バッカじゃ無いの!? これは依頼なんかじゃない……そ、そう、命令よ! 命令だから報酬なんて無いの!」


 レイネは見事に狼狽え、顔を真っ赤にしている。……とりあえずツンデレ少女のからかい方だけは何となく理解出来た気がした。


「まあ何でもいいよ。とりあえずしばらくの間ご一報させて貰うぜ。……っと、ちゃんとした自己紹介がまだだったな。……和也だ。折原和也。カズヤでいいぜ。……引き受けてやるよ、依頼」


「だ、だから命令って言ってるでしょ! ……私はレイネ。レイネ・フローリア。……と言っても、《看破[ペネトレイト]》で覗かれた上にさっきから勝手に呼ばれてるけど……まあいいわ。特別に名前で呼ぶことを許してあげる」


 俺はそんなツンデレ姫様に、笑顔で右手を差し出した。


「よろしくな、レイネ!」


「よろしく………カズヤ」


 レイネは素っ気なく俺の手を握り返す。頬を薄紅色に染めた彼女は、ぎこちなく……しかし初めての笑顔を見せた。

 その笑顔は、今まで見てきたどの花よりも、美しく咲き誇っていた。


 拝啓、母さんへ。

 辺境世界にレベル1で迷い込んだ俺は最強の戦士でした。

 ついでに、ツンデレ姫様の護衛という役職を与えられました。世界はまだまだ謎に包まれていて、そっちに戻れるかどうかは分かりません。でも、俺なりに、この世界で何かを見つけたいと思っています。寂しい思いをさせると思いますが、どうか遠くで見守っていて下さい。

 P.S.――雫にも、どうかよろしく。

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