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Level.14:ドワーフ族の秘密

「やっと……着いた……」


 ウェスプロード峠を歩くこと半日。俺達は目的地であるドワーフ族の集落とおぼしき場所にやってきていた。

 ウィズラムの村を出てから2日。やっとここまで辿り着いた。今は深夜なので今日の朝から活動するとして、帰りが間に合うかが若干不安である。


(まあ最悪、山を駆け下りれば大丈夫……だよな……?)


 俺がそんな事を考えていると、不意に右肩に柔らかい感触が生まれた。見ると、エレナが俺にもたれ掛かって眠りに就いていた。


(エレナ……頑張ったもんな……)


 俺は優しくエレナの頭を撫でてやった。エレナがうわ言でくすぐったそうに甘え声を出したものだから、少しドキッとしたのは男として仕方の無いことだろう。


「ふにゃぁ~……ずるいですぅ……」


 不意にティカの声が聞こえたかと思うと、俺の(ひざ)にティカが転がってきた。先程まで近くの木にもたれ掛かっていたというのに、どういう寝相をしているのだろうか?


(まあ……ティカもつり橋ではあれだったけど、頑張ってくれたからな……) 


 そんなことを思いながらティカの頭を撫でてやると、ティカはエレナと同様甘える声を出してきた。

 肩と膝にそれぞれ美少女が寄り添っている。現実的にはあり得ない魅力的なこのシチュエーションだったが、今の俺にはそんなことでテンションが上がる余裕も無く、すぐに睡魔が襲ってきて眠りに落ちていったのだった……。




 ザワザワザワザワ……


 何やら辺りが騒がしい。

 周囲に人の気配を感じた俺は、ゆっくりと目を開いた。


(ん……? ……!? なんだコイツらは……!?)


 俺の視界に入ってきたのは、人に近い獣の姿をした生物の集団だった。彼らは、じっくりと舐めるように俺達の事を観察していた。


『ティカ! エレナ!』


 小声で2人の少女に呼び掛ける。


「むにゃ……猫がいっぱい……」


「ボクもう食べられないよぉ……」


 こんな状況でどんな夢を見ているのだろうか? 2人ともヨダレを垂らしながら寝言を呟いていた。


(ああもう……!)


「おい! 起きろってば!」


「ふぇぇっ!?」「ひゃあっ!?」


 俺が大声を出すと、2人はビクンと跳ね起きた。


「カ、カズヤさん……? どうしたんですか……ってなんで私カズヤさんの膝に……!?」


「ふぁぁっ!? ボクったらなんでカズヤ君に寄りかかって寝てるのさ!?」


「俺が聞きてぇよ……。それより、だ。見ろよ、周り」


 掛け合いを続ける俺達に対し、謎の生物達の目は鋭くなってきているように見える。下手な行動を取れば、今にも襲いかかってきそうな様子である。


「え!? この……人? 達は一体……? カ、カズヤさん……」


「落ち着けティカ。もし襲いかかってきたら、俺の合図でエレナと一緒に逃げろ」


「で、でも……」


 俺にしがみついてくるティカ。その隣でエレナが、何かに気付いた……何かを見付けたかのように目を見開いた。


「エレナ……?」


 不思議に思い声をかける俺。するとエレナは、衝撃的な一言を呟いた。


「おかあ……さん……?」


(……?)


 すると、俺達のことを(にら)んでいた集団の中から、1体……いや、1人が歩み出てきて……言葉を発した。


「エレ……ナ……? エレナなのね……!?」


 外見に見合わない30代ぐらいの女性の声。俺はまず何よりも、この生物が言葉を発したということに驚いていた。


「お母さん……っ!」


 エレナはそれに駆け寄ると、迷わずその胸に思い切り飛び込んだ。


「……ん? ……って、ちょっと待てよ……? コイツがエレナのお母さん……って、えぇぇぇぇ!?」


「え、えぇぇっ!?」


 涙を流して抱き合う親子を傍目(はため)に、俺とティカはただただ呆然とするしか無かった。




「え!? じゃあ貴女達がドワーフ族なんですか!?」


「ええ、一応そういうことになるわ」


 あの後、集落に案内された俺達は、エレナの母を名乗る者の家で、衝撃的な事実を知ることになった。


「しっかしなぁ……ドワーフって言ったらもっとこう……ヒゲもじゃで小柄で……。これじゃあまるでオークみたいだよなぁ……」


「「……?」」


「カズヤさん……?」


「ん? あ、ああ悪い、何でも無い」


 ……おっと危ない。こんな時にゲーム脳が働いてしまった。だがしかし、目の前のドワーフも含め、先程邂逅(かいこう)したドワーフ族全てが、世間一般で言うオークに酷似(こくじ)した姿をしていたのだから、そりゃ驚きもする。これがゲームだったらならば、敢えてそういう設定にしているか、デザイナーのミスでも無い限りあり得ない程のことである。


「んー……まあいろいろ疑問はあるけど……まず、貴女がエレナの母親ということは……本当なんですよね?」


 俺はまっすぐにドワーフの目を見て問いかけた。


「はい、本当です」


 そのドワーフは迷い無く答える。嘘を言っているようには見えないが……しかし。


「なあエレナ、なんでこの人がお前の母さんだって分かったんだ? ってかお前……ドワーフだったのか?」


「失礼だな~……。ボクはれっきとした人間だよ? ついでに言うとボクの両親も当然ながら人間。姿は変わってるけど~……この人はボクの本物の母親だよ? 本物の、ユリエール・ジオルーン!匂いっていうかなんというか~……雰囲気で分かるもん!」


 エレナが胸を張って言うからには、このドワーフ……ユリエールさんがエレナの母親ということは本当なのだろう。しかしエレナの両親は亡くなったはずなのだ。でも現に、こうして姿を変えて生きていた。それは一体、なぜ……。


「何故貴女は……その姿になってしまったんですか……?」


 するとユリエールさんは、暫く押し黙ってから、ゆっくりと口を開いた。


「……そうですね。お教えします……私達が何故……こんな姿をしているのかを……」


 ユリエールさんは、ゆっくりと語りだした。


「……私達は、元は貴方方と同じ人間でした。ウィズラムの村で、農業などを行い、平和に暮らしていました」


「……! ウィズラムの村ってのは……」


「……はい。峠を越え、山を下った先にある村……風車の村ウィズラムです。……本当に、平和な日々でした。少し貧しいながらも、村人達で協力して、毎年村祭りを楽しみにしながら、穏やかな日々を送っていました……。そう……4年前までは……」


「4年前……」


「……ある日のことでした。私達はいつも通り、農業に汗を流していました。その日は丁度子供達の遠足があり、小数の村人だけが外で働いていました。するとそこに、1人の来訪者がやってきました。黒い……そうですね、ちょうど貴方が着ているような、漆黒のコートを着た男性でした。久しぶりの来訪者に喜んだ私達は、彼をもてなそうとしました。ですが彼はそれを断ると、(わら)いながら言いました。『……つまらん村だ。滅びろ』と。彼が合図をすると、どこからともなく戦士が現れ、村で暴れ始めました。数は少なかったのですが恐ろしく強く……とても太刀打ち出来ませんでした。そこで立ち上がったのが……私の夫でした」


「お父さんが……?」


「……そうよ。……エレナの父にして私の夫……ギルバートは、大陸中で名が知られる程の強者(つわもの)でした。彼の活躍で、敵の半分程は退いていきました。……ギルバートの命と引き替えに……」


「……っ!」


 エレナがするどく息を飲む。


「……そして、黒コートの男が術を唱えました。すると私達の体は……この姿へと変わってしまいました。ステータス表記も、[人間]から……[ドワーフ]へと。……それで満足したのか、男とその部下達はどこかへ消えてしまいました。……残ったのは、荒れ果てた村と凶暴な獣人の姿となった私達。他の村人達が戻ってきたら、私達がやったとしか思わないでしょう。この姿となって理性が残っているのかも分からない……。そこで私達は決意しました。山奥のこの場所で生活していくということを……」


 ユリエールさんは、そこで言葉を止めた。


「……お母さん……ゴメンね? ボクが……強ければ……。遠足なんかに行っていなければ、皆を……」


「ううん、そんなことないわ。……エレナ、私はね、もう一度あ貴女に出会えただけでも、嬉しいの。だから、ね? 顔を、あげて……?」


「……うん。ボクも……お母さんが生きていてくれて……嬉しかった。もう一度会えて……本当に嬉しい!」


 親子の感動的な場面に暖かい気持ちになりながらも、俺は先程のユリエールさんの話を思い出していた。


(黒コートの男……? どこかで……? っと……)


「えっと……それで貴女達は、こんなところで暮らしているんですね……。でも……何で村に帰ろうと思わなかったんですか……?」


「……一度は考えました。でも結局……恐かったんです。村人達に、私達だって分かってもらえないんじゃないかって思うと……どうしても……」


「……でも、それはどうか分からないじゃないですか」


「そうね……分からない……。でもやっぱり私達には……村を守れずこんな姿に変えられてしまった私達には……帰る資格なんて……」


「……今、村が滅亡の危機に(さら)されているとしても……ですか?」


「えっ……!?」




 俺は、《魔障病(ましょうびょう)》のことについて、それを治すために《(いにしえ)の丸薬》を貰いにきたことを伝えた。


「村で……そんなことが……」


 俺の話を聞いたユリエールさんは、信じられないといった様子で動揺していた。


「これでも……村には帰れませんか……?」


「……っ。でも……私達は……」


 尚も狼狽(うろた)えるユリエールさん。そんなユリエールさんの大きな手を……エレナの小さな手が握った。


「お願いお母さん……! ボク……ううん。私と一緒に……村に帰って来て……! お父さんが死んじゃってたのは残念だけど……でも、死んだと思っていたお母さんが生きていてくれたことは嬉しいよ! だから……!」


「エレナ……」


「……そういうことです。……貴女の姿なんて関係無い。エレナにとっては、他の誰でも無い……貴女だけが、母親なんですから」


「……!」


 暫くの沈黙。そしてユリエールさんは、ゆっくりと口を開き、言った。


「分かりました……いえ、決めました。私は……私達は……秘宝である《古の丸薬》を持って……村へと帰ります。それが多分、私達に出来る唯一の償いであり、唯一の……希望ですから」


「お母さん……!」


「あ……でもあの……この集落の一番偉い人とかには……」

「……大丈夫よ」


 そう言うとユリエールさんは、不敵な笑みを浮かべた(ように見えた)。


「私がこの集落の……最高責任者だから」




 これは後から聞いた話だが、ユリエールさんは以前村の副村長を務めていたらしい。持ち前の責任感とリーダーシップを発揮して村人をまとめ、人望も厚かったらしい。ドワーフとなり集落に移り住んでからも、必然的にそこの長となったらしかった。


「さて皆さん、時間はありませんよ!」


 ユリエールさんが、ドワーフ達に向かって声をかける。

 俺達は、数十匹……いや、数十人のドワーフと共に、ウィズラムの村に向けて駆けていた。話しやら準備やらで昼までかかったため、俺が宣言した時間まで後半日しか無い。だが、ドワーフ族ならではの裏道などを使うことで、来た時よりも数段速く峠を越えることが出来た。


「後は……この橋か……」


 吊り橋まで差し掛かった俺達。ここを越えれば、後はただ下るだけである。


「ふぇぇ……こ、恐いけど……頑張ります……」


 ティカは相変わらず震えていたので、俺はその右手を握ってやった。


「あ……」


 ティカはどこか安心した顔になる。


「ここは危険なんで、俺達が先に様子見をしてきます。皆さんはそこで待っていって下さい」


 俺の言葉に、ドワーフ達は素直に頷いた。しかしその中から1人の少女が……エレナが歩み出てきた。


「ボクもカズヤ君達と行くよ。鳥が襲ってきたら、撃ち落としてあげるんだから!」


「エレナ……。分かった、頼む」


 実際、エレナが付いてきてくれるのは心強かった。左手にティカ、右後ろにエレナといった列びで、俺はゆっくりと橋を歩き始めた。

 

「特に問題は無さそうだな」


「モ、モンスターも襲ってきませんしね……」


 橋の中腹辺りまで差し掛かったが、モンスターが襲ってくる気配もなく、俺達は橋を順調に進んでいた。

 俺は、そろそろドワーフの人達を呼ぼうかと後ろを振り返ろうとした。

 ―その時だった。吊り橋が、真ん中から真っ二つに両断されたのは。


「どうなって……いやがる……っ!」


 吊り橋は両端で吊るされたまま、真ん中を両断された。するとどうなるか。丁度中央付近にいた俺達は、言うまでもなく谷底へと真っ逆さまだ。この高さから落ちれば、確実に命は無い。


「くそっ……たれが……っ!!」


 俺は右手でエレナの左腕を掴む。そして左右の腕を思い切り振りかぶり―向こう側の陸地に向かって、2人の少女を投げた。


「え……っ!?」


「きゃっ……!?」


 放物線を描きながら飛んでいく2人の少女。良かった。コース的に上手く陸地まで届きそうである。


(こんな時にレベル1ってのは役立つな……。……でも2人には後で謝んないとだな。……まあ、生きていられればの話だけどよ)


 急流の川に向かって真っ逆さまに落下していく俺。その最中、一瞬黒コートの男が視界に入った気がした。


(黒コート……。アイツが皆を……。頼む……アイツを倒してくれよ……ティカ……エレナ…………レイネ)


 ふと脳裏に、レイネの顔が浮かぶ。


(アイツと……レイネともっと……話したかったな……。アイツはツンツンして反論してくるだろうけど……何て言うんだろうな。俺、アイツと話すの嫌いじゃない……というか好きだったんだけどな……)


 俺は、こんな時になって様々な感情が浮かんでくる自分がいることに驚いた。


(って何考えてんだ俺……。これじゃあもうすぐ死ぬ奴みたいじゃんか……。ってかこの世界で死んだらどうなるのかな……。やっぱそのまま死ぬのかな……。だとしたら母さんには悪いことしたな……。ゴメン……。でも俺……最期に女の子助けて死ねるよ……? ってあれ? 俺、女の子助けてこの世界に来たんだっけか……。アハハ……。やべ……もうすぐで川に落ちるわ……。じゃあな、ティカ、エレナ……レイネ。短い間だったけど……楽しかったぜ……。……ゴメンな、兄ちゃん約束守れそうにねぇや……(しずく))


 最後の最後で、他界した妹の名前が出てきたことに自分でも驚く。だがその驚きを感じる間も無く、俺は激流に呑み込まれ……はしなかった。

 ―両断された橋の両断面から続く『氷』が、俺の身体を包み込んでいたのだから。


「まったく……こんなところで死なれたら……私の立場も何もあったもんじゃ無いじゃない……っ!」


 ティカとエレナを投げ飛ばした陸地。そこの端に立っていたのは、他の誰でも無い―レイネ・フローリアだった。

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