Level.13:烈風の弓士
俺達がウィズラムの村を出てから、半日が経った。
今俺達は、ウェスプロード峠に向けて、ひたすらにウィズラム近郊の山を登っていた。
「にしても、いつになったら着くんだよ……」
イズナさんから渡された地図では、ウェスプロード峠までの距離はさほど無いように見えたのだが、如何せんこの山の標高が高い。
「仕方ないですよ。山頂まで行かないと、ウェスプロード峠には差し掛からないんですから」
「まあそうなんだけどな……。そっからさらにウェスプロード峠を越えなきゃ行けないんだろ? ……早くしないと、レイネや村の皆の容態が悪化しちまうかもしれないって考えると……よ」
「そうですね……」
そのためにはやはり、一刻も早くこの山を登り切らなくてはならないのだ。
「カズヤ君……ティカちゃん……。うんそうだよね! ボクも……頑張るよ!」
エレナが元気に言ってくる。こんな状況の中でも、エレナの明るい笑顔を見ていると、不思議と元気が出てくる気がした。
「よし、もうちょっと歩けば山頂だ! 気合い入れて……行くぞ!」
俺は手を突き上げて叫んだ。
「おー!!」「はい!!」
2人も高らかに返事をしてくる。こうして俺達の結束は深まり、順調にウェスプロード峠までの道を進んでいく……はずだった。
「ふぇぇぇぇん!! 無理ですぅぅぅ!!」
山の中に、ティカの悲鳴が響き渡る。
「お、おいティカ? 落ち着けって!」
「ティ……ティカちゃん……?」
俺とエレナが宥めるも、ティカは落ち着く気配が全く無い。挙げ句の果てに涙を流して泣き始めてしまった。
「無理です無理です絶体無理ですぅ! こんな……こんな高い所にある橋を渡るなんてぇぇぇ!!」
……そう。ティカの悲鳴の原因は、山道の途中で突如現れたこのつり橋だ。
距離にして約500m弱。はるか下には急流の川が流れている。川からの高さは、1000mは下らないだろうか? 全く以てどうやって出来たのか不明な地形である。
確かに少しは恐怖を覚えざるは得ないかも知れないが、ティカがここまで取り乱すとは思ってもみなかった。
エレナは高い所は平気らしいし、俺も子供の頃山を駆け回ったため全然大丈夫だ。
「うぅぅぅ……うぅぅぅ……高い所だけは……ダメなんですぅ……」
やっと少し落ち着いて来ただろうか? ……意外や意外、ティカは重度の高所恐怖症という事が判明してしまった。
「くっ……はははっ……」
「カ、カズヤさん……っ! 笑わないで……下さいっ!」
思わず笑いを溢してしまった俺に対し、ティカが真っ赤になって向かってくる。
「くくくっ……。悪い悪い……。ただ……ティカにも可愛い所があるんだなぁ~って思ってよ」
「~っ!?」
ボンッ!!
ティカの顔がさらに赤くなり、煙を吹き出して踞ってしまった。
(あ……あれ……?)
困惑する俺を、エレナが微妙な表情で見てくる。
「と、とにかくだ! えっと……ティカ? まあその……誰にでも苦手なものはあるんだから……無理すんな」
「は、はい……。でも私……恐くて……」
「そっか……。うーん……そうだ! よしティカ、おぶされよ」
俺はティカの前まで行き、しゃがみこんだ。
「え……? そんな……」
「こうすりゃ恐くないはずだぜ? まあ、無理に……とは言わないけどよ」
「い、いえ! あの……それじゃあ……お邪魔……します」
そう言うとティカは、俺の背中におぶさってきた。
「あ……あの……重く……ないですか……?」
重くは……ない。ただ、女の子の体の柔らかさを直に背中に感じ、その上小さな膨らみも当たっているので、自分から言い出しておいて何だが、気が気では無い。
「あ、ああ……大丈夫だ。なんせ俺のレベルは、い……」
そこで俺は言葉を止めた。
「い……?」
エレナが反応する。
「い……いい感じにSTRが高くなってきたからな! ははは……」
「……?」
エレナは首を傾げていたが、それ以上追及してくることは無かった。
(危ねぇ危ねぇ……)
背中のティカと共に息を吐く。
俺がレベル1だということは、俺とレイネとティカだけの秘密にしている。別にエレナの事を信用していないわけでは無いのだが、余り広めたく無いのは事実だ。それに、俺がレベル1ということを知ったら、俺達を無償で匿ってくれたエレナはどのような反応をするのか……。それが恐いのだ。
「ま、まあとにかく……だ。進もうぜ、先に」
「どうしたの焦って……? まあそうだね、進も!」
ティカを背負った俺と、エレナは、つり橋へと歩を進めることにした。
……その直後だった。
バサバサバサバサッ!
橋に足を踏み入れた俺達に向かい、空から鳥形モンスターの群れが向かってきた。
「おいおい嘘だろっ!? ってかまず……多すぎだろっ!」
レベル自体は80~70台とそれほど高くは無いモンスターだったが、如何せん数が多い。その数およそ30は下らないだろう。
「カズヤさん……!」
背中のティカが悲鳴を上げる。
俺は魔法を(多分)使うことが出来ないため、モンスターを倒すには直接拳で殴るしかない。しかし、相手は空を飛んでいるため拳は届かず、ジャンプしようにもティカを背負っているため身体を思うように動かせないのだ。
(こんな時に……レイネがいれば……!)
脳裏にレイネの魔法が思い描かれる。あの、冷たくも美しい―氷の魔法が。
(くそ……こんなところで……!)
このつり橋は縄張りだったのだろうか? 鳥達は怒りの声を上げて突っ込んでくる。
「くっ……!」
背中のティカだけでも護ろうと拳を構えた……その時。
突如……風が吹いた。
自然現象の風では無いことだけは分かる。何故ならその風は、『風』というものを生み出すはずの空気をも切り裂きながら吹き荒れているからだ。
「大丈夫だよ……。ボクに……任せて!」
レイネがそう言うと、風はより一層強く吹き荒れる。そしてその風は、いつの間にかレイネの手につがえられていた矢へと収束していく。
レイネが弓の弦を引き絞り―叫んだ。
「《風を裂く矢弾の一撃》!」
エレナの手から放たれた矢は、鳥の群れの中心を突き抜けていった。その空間に、1拍置いて烈風が吹き荒れ、鳥達をまとめて薙ぎ払った。
「すげぇ……」
俺は感嘆の声を漏らした。30以上いたモンスターは半分近くまで数を減らしていた。
「「ガルァァァ!!」」
鳥達は怒り狂ったような声を上げる。先程の攻撃を受けてか、今度は散開しながら襲いかかってきた。
「エレナ、気を付けろ!」
「大丈夫……!」
エレナはそう返事すると、鳥の動きを無視して、空に向けて弓を構えた。
「《矢弾を飾る楔》……《降り注ぐ雨》!!」
真上に放たれた弓は、綺麗な放物線を描きながら下を向き、それらは雨のように鳥達に向けて降り注いだ。
鳥形モンスターの数は残り2体まで減っていた。同時に向かってくるモンスターに対し、エレナは真っ直ぐ弓を構える。
「《矢弾を飾る楔》……《双烈》!!」
2つに分かたれた矢弾が、向かってきた2体を貫いた。鳥形モンスターは甲高い鳴き声を上げると、粒子となって霧散していった。
「ふぅ……久々に使ったから疲れたよ……」
エレナは息を吐き、弓矢を魔法化収納空間へ収納した。
(この力……ただ者じゃないな……。空気をも切り裂く風といい矢弾といい……言うなれば……烈風の弓士
……だな)
「お疲れエレナ。……凄かったぜ?」
俺が素直に誉めると、エレナは少し顔を赤くした。
「ボ、ボクは別に……。それに2人はボク達のために協力してくれているんだ……。ボクはボクに出来ることをやらないとだからね!」
「……そっか。じゃあエレナ、空中の敵は任せたぞ!」
「うん!」
エレナは元気に返事をしてきた。
こうしてエレナの頼もしさを実感した俺は、高さに恐がるティカをなだめつつ、何とか橋を渡りきったのだった。
「山頂……だね! ……やっと着いた!」
「そうだな……。疲れた……けど、こっからが本番だぜ?」
山頂には、『この先ウェスプロード峠』と書かれた看板があり、見る限りは緩やかな道のりが続いていた。ここを越えた先にドワーフの集落があるのだ。村の人達のため……そしてレイネのため、一刻も早く進まなくてはならない。
「よしじゃあ早速……」
「……待って下さい」
早速進もうとした俺を、ティカが制止した。
「……? どうしたんだ、ティカ?」
「2人ともこちらに……」
ティカに手招きされ、俺とエレナは訝しげに思いながらもティカに近寄った。するとティカは魔法化収納空間から杖を取り出すと、その先を俺達に向けた。
「「……!?」」
「《癒しの光》」
攻撃でもされるのかと一瞬身構えた俺達だったが、ティカがそんなことをするはずも無く、俺達の身体は癒しの光に包まれた。
「凄い……身体が……楽に……!」
この技を初めて見るであろうエレナは、驚きの声を上げた。俺も初めて見たときは、この技の回復力に目を見張ったものだった。
「……ん、楽になったぜ。……ありがとな、ティカ」
「いえ……これぐらいしか……出来ませんから……」
ティカは頬を朱に染めながら、杖を空間に閉まった。
「よし、じゃあ今度こそ行くぞ……。この先に、ドワーフ族の集落がある……!」
こうして俺達は、ここまで右往左往してきたものの何とかウェスプロード峠までたどり着き、そこに足を踏み入れたのだった……。
(皆は今日も村長の家……か……)
ハルナ・ラスファルは、親友のエレナの家にて、レイネ・フローリアという名の少女を看病していた。村人達に言ったとしても、今の状況では、協力してくれないどころかこの子の身が危ない。そう考えた末にハルナは、1人でレイネの面倒を見ることにしたのだ。
(それにしても……ありえないぐらい綺麗な子よね……)
今は比較的安らかに眠っているレイネを見て、ハルナはそんなことを思った。レイネの姿は美しい……"美しすぎる程に"美しいからだ。
(エレナ……無事かな……。私も……村の人達を何とかしないとな……)
エレナ達がウェスプロード峠に向かった後、ハルナは村人達を説得しようとした。だが、『子供の口出しすることでは無い』と言われ、結局何も出来ていない状況だ。
エレナ達が村を出てから2日。村人達の中には『逃げたんじゃないか』という声も上がり始めている。
「一体……どうすれば……」
誰にともなく呟くハルナ。と、その時、ベッドで寝ていたはずの少女が急に動きだした。
「ちょっ……ちょっと……!?」
慌てて駆け寄るハルナ。そこには、汗を垂らし苦しそうに顔を歪ませながらも、懸命に起き上がろうとするレイネの姿があった。
「ねぇ! ねぇってば! 目が覚めてもまだ休んでなきゃダメよ! 急にどうしたのよ?」
「……か……なくちゃ……」
ハルナの問いかけに対し、レイネは弱々しい声で何かを呟いた。
「え? 何……?」
もう一度聞くハルナ。それに対しレイネは、まるで自分に言い聞かせるかのようにこう言った。
「行か……なくちゃ……。カズヤが……危ない……。『アイツ』が……来る……」