Level.12:風車の村
「この病気の致死率は……90%よ」
エレナから伝えられた、《魔障病》の致死率。その数字は、絶望的な高さだった。
「そんな……嘘だろ……? 治療法も……無いなんて……」
掠れた声を漏らす俺。そんな俺を申し訳無さそうな顔で見ながら、エレナが言葉を続けてきた。
「……《魔障病》は、この村の伝染病でもあるの。……4年前から急激に流行り始めて、今では村人口の10分の1がこの病気に侵されていて、今年の村祭りも中止せざるを得ない状況なんだ……。ボクの両親も、去年この病気で死んじゃって……」
そう言ってエレナは悲しそうに目を伏せた。……彼女もこの病気の被害者のようだ。
「……悪い。辛いこと思い出させたな」
「……ううん。悲しんでるのはボクだけじゃ無いから。皆病気のこともあって大変なのに、ボクに優しくしてくれるし……。……ボクはそんな村の皆が、大好きなんだ」
「……そっか。……俺は、そんな風に言えるエレナも、良い奴だと思うぞ? ……こんな俺も家に入れてくれたしな」
するとエレナは、少し頬を赤らめて言った。
「……ボ、ボクはそんなんじゃ……。……って、『こんな俺』ってどういう……?」
「あ、いや……それは……だな……」
俺はどう答えようか迷った。俺が手配犯だということを知ったら、エレナはどんな反応をするか……、その時レイネはどうなるのか……。それが心配だったからだ。
(……でも、黙ってるのは良くない……よな……)
そう思い、口を開きかけた、その時だった。
「エレナ! いる!?」
玄関から少女の声が聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開かれた。
「ハルナ……?」
「良かった……家にいた! ……ってあれ? エレナ、その人達……誰?」
ハルナと呼ばれた、ショートカットの茶髪が印象的なその少女は、俺達のことを見るなりそう言った。
「……俺は折原和也だ」
「私はティカと申します」
「ふーん……? ……私はハルナ・ラスファル。ハルナでいいわ。で、なんでこの村に部外者がいるの……?」
「ハルナ、そんな言い方……。この人達はね、魔障病になった仲間を、休ませてくれって連れてきたんだよ?」
「……! 村の外にも魔障病が……!? ……ってそうだった! ……そんなことより重大な話よ。エレナ、村長が倒れたわ」
「村長が……!?」
エレナは目を見開くと、焦った様子でハルナと共に家を飛び出していってしまった。
「あ、おい! ……話を聞いてくる。ティカ、レイネを頼めるか?」
「はい。病気の完治までは至らなくても、症状を和らげることなら出来るかも知れません」
「……頼んだ」
そうして俺は、エレナの後を追いかけることにした。
「村長! 大丈夫ですか!?」
ハルナに連れられたエレナは、村長の自宅へと駆け込んだ。そこにはすでに、多くの村人達の姿があった。
「おお……エレナか。ワシなら大丈……げほっげほっ……」
村長は言葉も途中に、苦しそうに咳き込みだした。
「村長……!?」
エレナは村長へと駆け寄った。しかし村長はそれを手で制してきた。そして無言で自分の服の肩口を捲り上げた。
「……!!」
エレナは、その左肩を見て愕然とした。周囲の村人達も騒然となる。なぜなら、村長の左肩に、赤黒い幾何学模様が浮かんでいたからだ。
「村長……それ……!」
「やはり……隠し通すには、ワシの心が持たんかったようじゃな。……そうじゃ、ワシは魔障病にかかった」
「「……!!」」
再び騒然となる部屋。
そんな中、村長が、苦しそうにしながらも声を張り上げる。
「皆……よく聞いて欲しい。……多くの村人含め、ワシもこのような状況じゃ。……恐らく長くは持たんじゃろう。だから残りの者は、魔障病にかからない為に……この村を出るのじゃ」
「村長……それは……!」
村長の衝撃的な言葉に対し、ハルナが詰め寄る。しかし村長はそれを手で遮り、言葉を続けた。
「……分かってくれ。これが最良の決断なんじゃ。なに、魔障病の村人達の了承も得たし、彼らの面倒も……ワシが見る。お主らは何もせんでええ。それが、村長としてのワシの責任なのじゃから……」
村長の悲痛な眼差しを受け、ハルナを含めた村人達は押し黙った。だが、エレナはそれに納得出来るはずが無かった。
「待って下さい村長! それは……この村を棄てるってことなんですか!?」
「……聞こえは悪いが、その通りじゃ」
「……っ、なんでですか!? まだ元気な村人だっているじゃないですか! 魔障病を治す方法だってあるかもしれないじゃないですか! それに……それに……! 村祭りまで放棄するっていうんですか!?」
「……その件については先程の会議でも話し合っただろうに。エレナ……お前が村祭りを好きなのは知ってるが、あまり村長を困らせるんじゃ無い。……これは、村長の意思だ」
村の衛兵であるジンクにたしなめられるエレナ。しかしエレナはそれで言葉を止めることは無かった。
「ボクはただ村祭りが好きなんじゃない……! この村の村祭りは、ボク達の誇りそのものじゃ無かったの!? それに村まですてるなんて……ボクは……!」
「俺達の脛だけかじっているただの子供が……。いい加減に……!」
「いい加減にすんのは、アンタらの方なんじゃねーのか……?」
少年―和也の声により、部屋に静寂が訪れた。
「……なんだ貴様は?」
いきなり割って入った俺に対して、長身の衛兵が怒気を孕んだ声を投げ掛けてくる。周囲の村人達の目も痛い。
しかし俺は、衛兵の問いかけを無視して、自らの言葉を続けた。
「……さっきから聞いてりゃ、村長の意思だの、村を棄てるだのってよ……。……諦めていいのか?」
俺の言葉に、一瞬村人達が狼狽える。しかしそれはすぐに非難へと変わった。
「諦めるしか……無いんだよ!」
「だいたい、どこの馬の骨かも分かんねーお前に何が分かるってんだ!」
「ジンク! そのガキをつまみ出してくれ!」
ざわめきはやがて俺への野次になっていく。そして、ジンクと呼ばれた衛兵の男が俺の方を睨んだ。
その時だった。
「待って皆! その人は私の……知り合いで! 魔障病にかかった仲間を助けるためにここにやってきたの!」
エレナの声が、部屋に響き渡った。
「エレナの知り合い……?」
「けっ……だから何だってんだ?」
しかし村人達は聞く耳を持たない。衛兵の男は俺の目の前まで肉薄していた。
「どこの誰かは知らねーが……ガキは家に帰って寝てろ! エレナの知り合いってことは、どーせそのお仲間も弱っちい奴なんじゃ……、……!?」
言葉の途中で、俺は男を殴りぶっ飛ばした。男は壁を突き破って地面に叩き付けられ、気絶した。
「「……!?」」
部屋の中が一層騒然となる。
そんな中俺は言った。
「……俺の事はどうでもいい。でもな……エレナとレイネを馬鹿にすんじゃねーよ……!」
俺の怒気に、部屋が静まった。
「……3日だ。3日で魔障病を何とかしてやる。だからそれまで……黙ってここで見てろ……!」
俺はそう言い残して、村長の家を後にした。
「あ、待ってよ!」
後を付いてくるエレナとともに、俺はレイネとティカの元へと戻るのだった。
「スマン……!」
開口一番、俺はエレナに頭を下げた。
「つい我慢出来なくなってぶっ飛ばしちまった……。それに思いっきり偉そうに……」
するとエレナは首を横に振った。
「……ううん。その……ありがとう。ボクのためにも……怒ってくれて……」
上目遣いでこちらを見つめてくるエレナ。その姿に俺は少なからずドキリとした。
「……コホン」
ティカがわざとらしく咳き込む。それにより俺は我へと帰った。
「……っと、んで、どうやって魔障病を治す方法を見つけるかなんだけど……」
「え……? なんか考えがあったんじゃないの?」
「いや、特に考えは無いぜ? あーいうのは場の流れってやつよ!」
「うわぁ……ボク、ちょっとがっかりしたかも……」
「おいおい……。……でも俺は、必ず魔障病を治す方法を見つけてみせる。そしてレイネを……必ずや救ってみせる!」
言い切ったものの、実際どうすればいいのか検討も付かない。俺はそういう知識が全く無いし、この村の住人であるエレナや、守衛兵団の治癒士であるティカでも分からないのだ。誰か薬などに詳しい人がいればいいのだが……。
(薬……薬か……。バンケットの街には普通の薬草しか無かったし、ソリュータルには……。……ん? ソリュータル……? ……そうだ!)
閃いた俺は、レイネのバッグの中を漁り出した。
「ちょっとカズヤさん……? 女の子のカバンを漁るっていうのはどうかと……」
「そうだよ……? ボク今だいぶ引いてるよ……?」
「うぐっ……」
女子2人の非難めいた目に耐えながらも、俺は奥へと手を伸ばしていく。
……そして。
「……あった!」
俺が手にしたのは、1件の連絡先が書かれた1枚の紙切れだった。
「「……?」」
「なあエレナ、電話機ってあるか……?」
「それは……あるけど……」
「ちょっと貸してくれ! すぐに!」
「あ、うん……。そこの棚の上に……」
若干押され気味のエレナの指差す方に黒電話があるのを見て、俺はそれに駆け寄った。そしてすぐに、紙切れに書かれた番号を弾いていく。
(小さい頃使ってて良かったぜ……!)
昔住んでた田舎ではずっと黒電話を使っていたので、操作には慣れきっている。番号を全て入れ終わると、すぐさま受話器を上げた。
(出てくれ……頼む……!)
しばらくして、ガチャリと相手が電話に出た。
『もしもーし? どちら様ですか~?』
大人の女性の、のんびりとした声。
今はこの人が唯一の頼りだった。
「イズナさん……!」
『ん……? その声はもしかして……カズヤ君!? ちゃんと逃げられたんだ! もう、電話遅いから心配したじゃない』
「スミマセン……色々あって……。……イズナさんも無事で何よりです」
『ふふーん、まあね。……で、どうしたの? 用事ってそれだけでいいの? っていうかカズヤ君、どこから電話掛けてるの?』
「……っとそうでした! イズナさん、俺達今、風車の村ウィズラムっていう所にいるんですけど……」
『ウィズラム……!?』
イズナさんは大声で驚いてきた。
「えっと……はい。そうですけど……」
『なんでそんな所に……!? そこは今、《魔障病》が流行っていて……』
「そうですよそれ! 《魔障病》! イズナさん、知ってるんですね!?」
『知ってるも何も、今ちょうどそれについて調べていて……』
「……レイネが、魔障病にかかりました。ティカでも治せないらしくて、イズナさんなら何か知ってるのでは無いかと……」
『……! レイネちゃんが……!? ってあれ? ティカって……もしかして《蒼天の治癒士》の!?』
「えーと……そのティカですけれど……」
そう言ってティカの方をチラリと見やる。ティカは首を傾げて見つめ返してきた。
『はぁ……。何があったかは知らないけど、貴方凄いわね……。……ってそれどころじゃないわね。魔障病でしょ? アレは確かにどんな上級回復魔法を使っても治せない。……けど、1つだけ可能性があることがさっき分かったの』
「ホントですか……!?」
『……ええ。……ドワーフ族の持っている、《古の丸薬》……。どんな病気でも必ず治すっていうその丸薬なら、魔障病も治せるっていう調査結果が、ちょうど今日、出たところよ』
「よし……それなら……! ってかイズナさん、そんなことまで知ってるなんて、貴女は何者なんですか……?」
『……女の秘密を知りたがるはイケナイことよ? 君がもうちょっと成長したら教えてあげてもいいけど』
「はぁ……?」
『……で、話を戻すけど……。そのドワーフ族が住んでいるのは、ウィズラムの北側……《ウェスプロード峠》を越えた先にある、中規模の集落よ。……くれぐれも気をつけて。ドワーフ族は気性が荒いし、ウェスプロード峠には最近悪党が出るらしいから……』
「……どんな困難があったって、俺はレイネを……村の人達を救ってやりますよ!」
俺は、胸を張って答えた。
『……そう。なら私も全力で応援してあげる! ウェスプロード峠までの地図は送ってあげるから……頑張ってね!』
「はい! ありがとうございます!」
『……また会える日を楽しみにしているわ。じゃあね』
そう言って、イズナさんは電話を切った。
(……ん? 送るって……どうやって……?)
そう疑問に思ったのも束の間、俺が手にしていた紙切れの裏に、地図が浮かび上がってきた。
「……うおぅ!?」
俺は驚きの声を上げた。
(ホントあの人何者だよ……)
そう思いながらも、ティカとエレナの方に向き直る。
「……ウェスプロード峠。そこを越えた先にいるドワーフ族が持っている《古の丸薬》……それで魔障病を治せるらしいんだ。……イズナさんっていう……信頼出来る人の情報だ」
「夕飯の時に話していた人ですね……?」
「……ああ。俺はこれから、そこに向かおうと思う。危険な所らしいけど、行かない訳には行かないからな」
「……そうですか。だったらもちろん……私も行きますよ」
「え……?」
「旅には治癒士が必用ですよね?」
「ティカ……」
ティカの治癒士としての力は知っているので、だいぶ心強い。
すると、エレナが……
「ボクも行くよ。この村の住人が……行かない訳にはいかないから!」
「エレナ……」
エレナのレベルも、弓士という職業も申し分無い。だが……しかし。
「ありがたい……けど……レイネは……」
エレナにも来てもらうとなると、レイネの面倒を見る人がいなくなってしまう。そう思ってエレナの申し出を断ろうとした……その時。
「私がその子の面倒を見てあげるわ……!」
玄関の扉が開き、ハルナ・ラスファルが家の中に入ってきた。
「ハルナ……?」
エレナが呟く。
それに対し、ハルナは俺の方を向きながらこう言った。
「私……さっきの貴方の言葉を聞いて、目が覚めた。私達が諦めたら……それでおしまいなんだもんね? 部外者……なんて言ってごめんなさい。貴方は、私達以上に私達のことを考えてくれていた……。……村の人達も私が説得する。村長の……アデル・ラスファルの孫である私の言葉なら、皆聞いてくれるかもしれない」
「……ありがとな。お前……良い奴だな」
俺がそう言うと、ハルナは真っ赤になった。
「べ、べべ別にお礼なんて……! それに貴方のためじゃ無いし……!」
どっかの誰かを彷彿とさせるその態度に、俺は胸が暖かくなるのを感じた。
「ま、まあとにかく……。……エレナ、アンタも行くのよね……?」
「……うん」
「……絶対、帰って来なさいよ……? でないと私……話し相手がいなくなっちゃうじゃない」
「……約束するよ。ボクは必ず……ここに帰ってくる」
エレナとハルナは、柔らかな抱擁を交わした。
俺はそれを暖かい気持ちで見ながら、レイネが眠るベッドへと近付いた。
そして、レイネの左手を握る。
(レイネ……もう少し我慢してくれ……。俺が必ず……お前の病気を治してやるからな……!)
俺がそう思いを籠めると、レイネの表情が少しだけ和らいだ気がした。
「よし……それじゃあ……行くぞ!」
雨上がりの夜更け、俺とティカとエレナは、ハルナただ1人に見送られながら、ウェスプロード峠に向けて出発したのだった……。