Level.11:魔障病
俺、折原和也は、この世界……レイトノーフにレベル1で迷い込んだ平凡極まりない高校生である。クラスに女子はいるが、俺はいわゆるイケイケグループに入っているわけでもないので、女子との接点などほとんど無かった。その俺が今、女子……美少女2人と歩いている……否、正確に言うならば荷物持ちをさせられていた。
「えぇ!? それじゃあ、あの衛兵達に私とコイツの記憶はないって言うの!?」
俺をコイツ扱いする銀髪の少女は、俺がこの世界で最初に出会った人間にして家臣? のレイネ・フローリアだ。レベルは41、職業は魔女である。容姿だけなら絶世の美少女なのだが、正確に難がある……難しかない少女である。
「はい! 私の治癒魔法……《記憶忘却》で、先日1日分の記憶を消しておきました」
こっちの青髪の少女はティカ・アスレイン、レベル64の治癒士だ。彼女は、王都直属守衛兵団という(レイネ曰く誉れ高い)組織の衛生少尉として活動していたが、ソリュータルでの一件から組織への不信感から自分の正義を貫くために休暇を貰い、俺達の旅に同行することになったのだ。
「で……ティカ。その……記憶忘却が、どう治癒と結び付くんだ?」
ティカは今までに3つの《治癒魔法》を見せているが、魔法に対する治癒だったり感覚強化(ティカ曰く、麻痺した身体の治療などに使えるらしい)といった多種多様な治癒魔法を持っている。
「えっとですね……。怪我したら痛みを感じるじゃないですか?」
「ああ、感じるな」
「その『痛い』という感覚を忘却させることにより、治療中や怪我後の痛みを無くすためなどに使うのが、《記憶忘却》です」
「ようするに……麻酔みたいなもんか?」
「はい、そうですね。今回はそれを転用して、衛兵達からカズヤさんとレイネさんの記憶を消したんですよ」
「へぇー……便利なもんだな」
「いえ……これぐらいしか出来ませんから……」
「いや、充分だぜ。つまりソリュータルでのことは無かったことになるんだろ?」
ティカは遠慮がちに頷いた。
「ま……私達が守衛兵団から狙われてるってことに変わりは無いんだけどね」
「レイネお前な……。……って、まあそれもそうなんだよな……」
ソリュータルの街の衛兵達の記憶が無くなっていたとしても、俺とレイネが王都から指名手配にされていることには変わり無い。俺達の写真も依然存在しているので、再びソリュータルの街で……それ以外の街でも追われる可能性は高いのだ。
「さて……これからどうすっかね……」
今、俺とレイネは、誰の恨みを買ったのか、手配犯に仕立てあげられている状態だ。この状況を脱するために、どうにかする必要があるのだ。
「あの……」
と、ティカが遠慮がちに声をかけてきた。
「ん? どうした、ティカ?」
「身を隠すのでしたら……《影の国》に行かれるのはどうでしょうか?」
「《影の国》?」
「はい。影の国……正式な地名は影の国シュバルハイトです」
「聞いたことあるわね……大きなコロシアムがあるところだったかしら?」
「はい。《影の国》では毎年1回バトルトーナメントが行われていて、そこで優勝すると豪華景品を貰えるんですよ」
「へぇー……面白そうだな!」
「あのね……」
「……それともう1つ。《影の国》は、守衛兵団の管轄外なんです」
「「……!」」
俺とレイネは同時に驚きの声を上げた。
「……ナイスだぜティカ。守衛兵団が近寄らないってんなら、そこでいろいろ情報を集めることが出来るじゃんか!」
「……そうね。行ってみる価値はあるわね」
「うっし、決まりだな。……サンキュ! ティカ」
「いえ……。……お役に立てて、何よりです」
顔を赤らめながら俯くティカ。そういえば、ティカは元々恥ずかしがりやだったことを思い出した。
「んじゃ早速出発するか。ティカ、どっちの方向だ?」
くぅー………………
と、その時、可愛らしいお腹の音が鳴った。
「わ、私じゃないんだからねっ!?」
顔を赤らめて言うレイネ。完全に逆効果である。
その様子に苦笑しながらも、ティカが言った。
「それじゃあ……夕飯にしましょうか」
鼻孔をくすぐるいい匂い。芳醇なスパイスの香りが漂ってくる。
「お二人とも、出来ました! 今日の夕飯は、カレーですよ」
エプロン姿のティカに呼ばれテーブルに向かうと、そこには、美味しそうなカレーライスが盛られた皿が並んでいた。
「うぉぉ! メッチャ旨そうだな! 俺カレー大好物なんだよね!」
テンションの上がる俺。無理もない。俺は小さい頃からカレーライスが一番の大好物で、1週間カレーでも余裕だった程なのだ。
「へぇー……美味しそうじゃない。それにしても、カレーなんてよく作れたわね?」
レイネは材料の調達の事を言っている……はずだ。確かにティカの荷物にはカレーの材料は無いはず(あったならば悪くなっている)なのに、一体どうやってカレーを作ったのだろうか……?
「それはですね……。これです!」
ティカはそう言うと、杖を一振りした。するとティカの目の前の空間に歪みが生じた。
「あ! 《魔法化収納空間》ね。ティカ、貴女そこに食材入れてたの? 普通、着替えとかだけだと思うんだけど……」
「着替えも入ってますよ? ただ、食材も、持ち運びするよりもこっちに入れていた方が、鮮度が長持ちするんですよ」
「へぇー……入れたこと無いから知らなかったわ」
さも当然の如く話を進める2人。しかし俺はもちろん付いていくことなど出来ていなかった。
「なあ……その……マジックトランス……なんちゃらってのは何なんだ? 話を聞いている限りでは、なんか物を収納出来る空間? みたいだけどよ……」
「《魔法化収納空間》。……ええ、その通りよ。あらゆる物質を少量の魔力で『魔法扱い』にし、魔力空間に収納する……っていう初級魔法よ」
「ふーん……? よく分かんねーけど要するにその空間には物を収納出来るってことだろ? …………なあ、その空間に俺が持たされてる荷物入らねーのか?」
レイネもティカも、俺に荷物を持たせる上で、着替えは自分で持つからいいとは言っていたが、まさかそんな魔法を使い持ち運びをしていたとは。しかしそう考えると俺の荷物持ちの意味は……?
「さ、さてティカ? ご、ご飯にしない?」
「そ、そうですね。そうしましょう」
レイネとティカはしどろもどろにそう言うと、そそくさと席に着いた。
「……おい」
やるせない思いを抱きながらも、大人しく席に着く俺がいたのだった……。
因みに後から聞いた話によれば、大きな物程大きな魔力を消費するから俺に運ばせてる……との事だ。尚更お前らも少しは持てよ! と思わずにはいられない俺だった。
「あ~……旨かった……」
カレーを綺麗に平らげた俺は、満腹になった腹を擦りながら伸びをした。
「アンタ食いすぎよ……。どこに5回も山盛りでおかわりする奴がいるっていうのよ……」
レイネが呆れた顔で言ってきた。そんなことを言っている自分もおかわりして平らげてたじゃねーか……! などと言うと後が怖いので言わないでおく。
「あはは……。……でも、喜んで貰えて何よりです。そういえば、カズヤさん達はこれまでの旅で自炊をして来なかったんですか……?」
「「……っ!?」」
ティカの発言にビクリとする俺とレイネ。
俺達はティカに出会うまで、バンケットの街での滞在も含めれば、約2週間旅をしてきている。しかし、その中で自炊をしたことは1度も無かったのである。……いや。と、言うよりも……。
「「コイツが料理出来ないからな(からよ)!」」
互いに指を向け合って叫ぶ俺とレイネ。
……そう。何を隠そう、俺は料理が出来ない。……正確に言うならば、『この世界で』料理が出来ない。実際俺は、この世界に来る前は、忙しい母親の代わりに料理を作ることも多々あったので、料理は得意なのである。しかしこの世界で料理を作ると、卵を割ったりフライパンを持ったりするときの力加減が分からず、様々な食材や器具を文字通り"破壊"してしまう。おかげで、ルーベルク夫妻の家でお世話になった時にもやらかし、頭を下げてクエスト報酬で弁償したという経験もある。これは、レベル1にも不便な所があると思い知らされた瞬間だった。
しかしこれでも俺はまだ可愛い方だ。……問題はレイネの方である。
ルーベルク夫妻の家でお世話になった際、ヒロトが、レイネに得意料理をリクエストしたのだが、出てきた料理? は、かき氷だった。『オムライスやカレーは?』 とヒロトに問われるとレイネは、ケチャップ卵味のかき氷とカレー味のかき氷を作り上げた。もはや料理以前の問題である(因みに死ぬ程不味かった)。レイネ曰く、『作り方は分かるけど最終的にはかき氷になる』そうだ。さっぱり理解出来ない。
その事をティカに伝えると、ティカは笑いを堪えながらこう言った。
「ふっ……ふふふっ……。お二人とも……意外な弱点があるんですね……ふふっ……。……大丈夫ですよ? これからは、料理は私が担当しますから」
ティカの性格の純粋さの中に、小さな黒さを見た気がするのは気のせい……だと思いたい。
「ぐぬぬぬぬ……。……はあ。……ちょっとお花摘みに言ってくるわ」
顔を赤くしていたレイネは席を立ち、闇の中に消えてしまった。
「お花摘み……? 手伝……」
「カ~ズ~ヤ~さん……?」
手伝おうか? と言いかけて、ティカに思い切り睨まれてしまった。後から意味を知った俺は、レイネに聞こえてなくて本当に助かったと心底思った。
用を済ませたレイネは、野営地に向かって来た道を歩いていた。
(もう……! アイツもあんな言い方しなくてもいいじゃない……!)
おかげでティカにも笑われてしまった。
確かに自分は料理が出来ないことは認めざるをえない。だがしかし……。
(それともやっぱり、料理が出来ない女の子は好かれないのかしら……?)
そんなことを考えると、レイネの頭の中に和也の顔が浮かんだ。それを自覚した途端、顔が熱くなる。
(……っ!? 私ってば……何を……!? ……このモヤモヤも、全部アイツのせいよ!)
理解出来ない感情を覚えながら、歩き進むレイネ。しばらくして、ふと変な空気を感じ、その場に立ち止まった。
(……? 気のせい……よね? あれ……? 何だろうこの花? 来た時にはあったかな……?)
草むらに咲く一輪の花を見つけたレイネは、それに吸い寄せられるかのように左手を伸ばした。-月の光も反射しない程の、漆黒の花に向けて。
レイネがその花に触れた瞬間……花は灰となって崩れてしまった。
(……灰になった? 何だったのかしら……。っと、そろそろ戻らないとアイツが心配するわね……って、べ、別にアイツに心配して欲しいなんて思って無いんだからっ!)
レイネは再び顔に熱を覚えながらも、野営地に向けて歩き出したのだった。
戻ってきたレイネを加え、ティカの淹れた紅茶で食後のティータイムを始めた俺達。話題は当然、ソリュータルでの一件になる。
「-それでさ、衛兵達に囲まれそうになった時、イズナさんっていう人が、スプリンクラーと改造スタンガンで撃退してくれたんだよ。あ、イズナさんっていうのはホテルの従業員で……」
身ぶり手振りを加えながらの俺の話を、ティカが相づちを打ちながら聞いてくれている。
「あはは……。大変だったんですね? なんかスミマセン……」
「いやいや、ティカが謝ることじゃねーよ? ……あ! そういやそうだった! イズナさんに、『上手く脱出が出来たら連絡して欲しい』って言われてたんだった……。なあレイネ、イズナさんの連絡先……」
なぜか没収されたイズナさんの連絡先は、レイネが保管しているはずだ。……そう思いレイネに声をかけた。しかしレイネは俯いたまま反応が無い。
「……? レイネ……?」
そういえばさっきからレイネは一言も喋っていない。寝てるのか? と思い、テーブルに身を乗り出してレイネに近付いたその時。手からカップを滑り落としながら、レイネの身体が椅子ごと横に倒れた。
「レイネ……? おい、しっかりしろ……レイネ!」
慌てて身体を抱き起こし呼び掛けるものの、全く反応が無い。それに加え、レイネの身体は熱を持ち、その顔は苦しそうに歪まれていた。
(熱……!?)
慌ててレイネのおでこに手を当てると、そこは焼けるように熱かった。次から次へと汗が噴き出してきている。
「いきなりどうしたってんだ……! ティカ……!」
以前アズサの怪我を治した《治癒の光》ならならどうにか出来るのではないかと考え、ティカに呼び掛ける。しかしティカは、首を横に振った。
「ごめんなさい……無理です。《治癒の光》はあくまでも外傷の治癒術……。熱などには効き目が無いんです……!」
「そんな……! ……そうだ! あれ……《記憶忘却》で熱を和らげることは……!?」
しかし今度も、ティカは首を横に振った。
「それも無理なんです……。《記憶忘却》は忘却せたい記憶を明確に指定しないと、他の大切な記憶まで消しかねないんです……。今のレイネさんの場合、ただの熱なのかどうかも分からないので……」
「……っ! じゃあどうすれば……!」
苦しさが増している様子のレイネの姿を見て焦る俺。自分でも、なぜここまで必死になっているかが分からない。レイネは大切な仲間ということは確かだが、もしかしたらそれ以外にも……。
「……! そうだ! カズヤさん、この近くにはたしか、村があったはずです! そこでレイネさんを休ませてもらい、この症状が何なのかを…………」
と、ティカは途中で言葉を止めた。理由は明確だ。俺とレイネという『手配犯』の顔を目にして親切にしてくれる人がいるのか? ティカの言いたいことはよく分かる。だがそれでも、今は。
自分を落ち着けると俺は、レイネの身体を背負い、ティカに向き直った。
「……ティカ、その村に案内してくれ」
俺の真剣な眼差しを受けたティカは、こくりと頷いた。
(はぁ……結局どうなるのかな……村祭り……)
つい先程から雨が降り始めた空を窓から見上げながら、エレナ・ジオルーンは、先程の集会の内容を思い出していた。
(『アレ』の危険性を考え、村祭りを中止する、か……)
確かに村人の安全を考えるのならば、村祭りは中止した方がいいのかもしれない。
(でも、ここの村祭りは……ボクの……)
ドンドンドン……!
「スミマセン! 誰かいますか!?」
突如、玄関のドアが強く叩かれ、そこから男性の必死そうな声が聞こえてきた。
(聞いたこと無い声……。ボクの家に何の用事だろう?)
「はーい……!」
とりあえず出迎えることにして、ドアを開いた。するとそこにいたのは、銀髪の少女を背負った少年と、青髪の小柄な少女だった。3人とも雨でずぶ濡れになっている。それに、銀髪の少女は息を荒げているのが見て分かる。
「頼む……この子を……休ませてくれ……!」
少年が、銀髪の少女を背負ったまま頭を下げる。隣の青髪の少女も、それに続き深々と頭を下げた。
(この人達……どこかで……? いや、今はそんなことよりも……!)
「分かりました、どうぞこちらへ!」
エレナはその3人を、一人暮らしの家へと招き入れた。
綺麗な茶髪にポニーテールが印象的な少女は、突然やってきた俺達を快く家に入れてくれた。それどころか自分のものであろうベッドにレイネを寝かせてくれた。それだけでなく、雨で濡れていた俺達にタオルとホットミルクも与えてくれたのだった。
「ここまでしてくれて……本当にありがとう。君、名前は……?」
俺が尋ねると、レイネの頭に濡れタオルを載せてくれていた少女は振り返り、言った。
「ううん、困った時はお互い様だから。……ボクの名前はエレナ・ジオルーン。エレナでいいよ」
「ボク……? あ、いや、何でも無い。……俺は折原和也。カズヤでいいぜ」
実際のところ、彼女の名前は、知ろうと思えば知れたのだが、レイネの容態でそれどころじゃなく、今初めて名前を知ることになった。[エレナ・ジオルーン:弓士:Level.48]と表示されたステータス。もちろん彼女には俺のステータスは見えていないはずだ。
ティカと、寝たままのレイネの紹介も終えたところで、俺は本題を切り出すことにした。
「なあエレナ。もし知ってたら教えて欲しいんだが、レイネの症状ってどんなものか分からないか?」
エレナは一瞬の迷いを見せた後、レイネの側まで行き、レイネのシャツの左肩口を捲り上げた。
「「……!?」」
俺とティカは同時に目を見開いた。なぜならレイネの左肩には、赤黒い幾何学模様が浮かんでいたからだ。
「なんだよ……これ……。エレナ、教えてくれ。これはどんな病気なんだ……?」
暫しの沈黙。やがてエレナは、意を決したかのように、重い口を開き、それを言った。
「この病気の名前は……《魔障病》。何らかの原因によって魔法力が悪性のものとして体内に逆流し、高熱などの悪影響を及ぼす病気で、治療法は不明。分かっているのは、肩にその赤黒い幾何学模様が浮かんでいたらこの病気だということだけ。そしてこの病気が発生した場合の致死率は……」
一間おいて、その絶望的な致死率が告げられた。
「……90%よ」