Level.9:正義の形
ここ、ソリュータルへの道案内をしてくれた少女、ティカ・アスレインは、俺達を追う王国の兵士……王都直属護衛兵団の人間だった。彼女にあの時の優しさは無く、本気で俺達を捕縛しようとしているのが伺える。
「くそ……なんで……!」
「……そんなものなのよ」
「……レイネ?」
「人なんて……そんなもんなんだからっ!」
レイネは叫ぶと、杖をティカのいる方へと向けた。先程凄まじい治癒力を見せたティカだが、そのレベルは64だ。レベルが反転しているこの世界では、レイネの方が圧倒的に強いことになる。
「……! 待てレイネ……!」
「《アイシクル・ホーン》!!」
俺の制止も聞かず、レイネが魔法を放った。この魔法は今朝俺も食らいかけた魔法だ。獰猛な獣のツノを思わせる鋭い氷柱がティカへと向かっていく。
「くそ……!」
俺は、自らの身を投げ出して氷柱を止めようとした。……その瞬間。
「……《魔法暴発》!」
ティカが杖を掲げ、叫んだ。するとその杖から薄紅色の光が放たれ、それがレイネの魔法を包み込んだ。
「ふん……そんなもの……!」
光が消える。レイネの魔法は、何事も無かったかのように、寧ろ大きくなりながら突き進んでいく。
(ティカは何を……? あの氷柱は魔法の影響を受けるどころか寧ろでかくなって……。……! いや……。大き……すぎる……!?)
氷柱は巨大化しながらティカの目前まで肉薄し……粉々に砕け散った。
「嘘……だろ……!?」
今のは何だったのだろうか。俺がやっていたRPGでも見たことが無い。似たものがあるとすれば、魔法の力を増幅させて巨大化させる魔法だろうか。
(けど……今のは……。……待てよ。魔法力を過度に増幅させたら……その末には……!)
「《アクア・ボム》!」
ティカが杖の先から水弾を放った。レイネはそれを跳躍して避けると、再び杖をティカへと向けた。
「ふん……驚いたわ。まさかそれを使えるとはね。流石は蒼天の治癒士と言ったところかし……ら!」
先程と同じ魔法が放たれる。ティカはそれを再び《魔法暴発》で砕いた。
「ちっ……噂通り厄介な力ね……」
「……え? お前、ティカの事知ってたのか?」
「……蒼天の治癒士。至上最年少で、それまで誰も使えなかった対魔法用の治癒魔法……《魔法暴発》に成功したっていうのは有名な話よ。それでいて通常治癒魔法の腕も高い。彼女が魔法を使うと、実体・非実体問わず《治癒》されてその曇りが晴れる。……だから、《蒼天の治癒士》。ただ1つの弱点は、その幼さの余りの気弱で臆病な性格……ってね。……私もまさかあの子がそうだとは思って無かったんだけどね」
魔法に対する治癒魔法。実体は治癒することにより直るが、魔法という非実体はそもそも形が無いため、過度に治癒すると直らずに壊れる……と言ったところだろうか。
「そんな強力な力をティカが……。でもよ、そんな力を持っているのになんでティカのレベルはそこまで高くないんだ?」
「……え? なんで、って……。レベルが表す強さには、魔法力が含まれないから、でしょ?」
「魔法力が……含まれない……?」
「……ああ、貴方はこの世界の事知らないんだったわね。そうよ、レベルは魔法力を表していない。レベルが表す強さは、単純な肉体的強さと生命力のみ。……っと、お喋りはここまでよ。詳しい事は後で教えて上げる。まずはこの状況をどうやって脱するか……」
「……お話は終わりですか? さあ、大人しく投降して下さい!」
ティカが杖を向けながら言ってくる。他の衛兵達もこちらにそれぞれの得物を向けてきている。俺とレイネにとってこの状況は最悪と言っても過言では無かった。……その時だった。
「うぅ……うぁぁぁぁぁん!!」
少女の泣き声が響き渡った。それと同時に足に重みを感じた。見ると、俺が先程衛兵達から助けた少女が、俺の足にしがみついて、泣いていた。
「……どうした? どこか痛いか……?」
俺は少女に優しく声をかけた。すると少女は泣きじゃくりながら答える。
「ぐすっ……違う……。お兄ちゃんはアズサを助けてくれたのに……ぐすっ……あっちの人達……お兄ちゃんのこと睨んでる……。怖いよぉ……早くママの所に帰りたいよぉ……」
「……君、アズサって言うのか。なあアズサ……ママのこと……好きか?」
俺がそう聞くと、アズサは泣くのを止め、満面の笑みを浮かべ、言った。
「うん! アズサ、ママのこと、だーい好き!」
「……そっか。よし分かった。お兄ちゃんが、ママのとこに連れてってやるよ」
「ほんと!?」
「ああ、本当だ。ママのいるとこ、分かるか?」
「うん! ママはお家にいるよ! 今日はアズサ、お使いを頼まれたの!」
「そっかー、偉いなアズサは。よし、ほらおぶされ。家まで案内してな?」
「うん!」
アズサは元気に返事をした。
と、今まで黙っていたレイネが、複雑な表情で顔を俯けながら言った。
「アンタ……本気なの……?」
レイネの言いたいことはよく分かる。確かに、この状況でこの少女……アズサを家まで送っていってやるなど考えられたものではないのだ。……だが。
「……いや、俺とレイネが分かれることで、ティカ達を分散出来る可能性がある。……それに、さ。俺、この子をどうしてもママの所に連れていってやりたいんだ。……俺も同じだから、かな」
「それってどういう……。……ううん、やっぱ聞かない。……私も、似たようなものだもの。……いいわ、貴方の提案に乗る。……恐らくティカがアンタの方にいくはずよ。……目覚まさせてやりなさい!」
「任せとけ! ティカもアズサも、俺が救ってやる!」
俺はそう言うと、アズサを背中に背負った。ぴょこんと出された頭を撫でてやると、アズサはくすぐったそうに笑った。
「えへへ……。お兄ちゃん、優しいね。アズサのこと、助けてくれたし、まるで正義のヒーローみたい!」
(正義のヒーロー……か。……ヒロトにも似たようなこと言われたな。ま、今や立場的にはダークヒーローだけどな)
そんなことを考えながら俺は、アズサが指差す方向に向けて走り出したのだった。
「……っ!」
アズサが『正義のヒーロー』と言った途端、ティカは息を呑んだ。
(正義の……ヒーロー……。あれ……これじゃあ私……あの子にとっては悪役なんじゃ……。そんな……私は……だって……。……誰かを助ける、誰かを救うために……!)
ティカの頭の中は、混乱でグチャグチャになってきていた。
(何が正しいの……? 何が間違っているの……? ねえ誰か……誰か教えてよ……!)
ティカは答えの出ない中、アズサを背負った和也を追って駆け出した。
「くっ……あの男を逃がすなぁ!」
「追え! 本部にも連絡を!」
衛兵達が口々に言う。そして駆け出そうとした衛兵達の行く先を、氷の壁が阻んだ。
「……《アイス・ウォール》。単純な技だけど、こうやって円周上に展開すれば、行く手を塞ぐことぐらいは出来るのよ?」
「ちっ……小娘が……! やってしまえ!!」
レイネに向けて衛兵達が突っ込んでくる。だがレイネは身動ぎせずに、杖を回転させてから、地面に突き立てた。
「《フローズン・スパイク》!!」
レイネの立っている所から円周上に地面が凍り付いていく。
「こんなもの……溶かしてくれるわ!」
衛兵達はそれを火属性魔法で溶かそうとしている。
「ふん……それはどうかしら……ね!」
円周上に広がっていた氷は、そのまま衛兵達の身体をも凍り付かせ始めた。……降り続ける雨水を伝って。
「ぐっ……魔法が……追い付かない……だと!」
「知らなかったかしら? 雨の気候と私の氷、相性は最高なのよ? ……アンタ達にとっては最悪だとしてもね!」
「くそっ……守衛兵団である私達が、《氷の魔女》ごときに……!」
「その《氷の魔女》に負けたのも、全てアンタ達の怠慢が原因なのよ……!」
レイネは杖を天へと掲げ、叫んだ。
「貫け……《アイシクル・レイン》!!」
氷の壁内周上空の気温が、一気に低下する。降り注いでいた雨は凍り付き、やがてそれは鋭い氷柱となりて、衛兵達の身体を貫いた。
「くそ……私……達……が……。しかし……まだ……ティカ様が……」
衛兵達が倒れるも他所に、レイネは和也が向かった方向を眺め、杖を向けた。
(こっちの仕事は終わったわ。次はアンタの番よ……!)
「あっちに行ったぞ、追え!」
アズサを背負った俺は、衛兵達に追われていた。どうやら、ホテルでイズナさんに気絶させられた衛兵が復活して追って来ているようだ。
「アズサ、次はどっちだ?」
「んーとね、こっち!」
アズサに言われた通りに街角を曲がっていく俺。この辺りは入り組んでいたので、衛兵達を撒くのには都合がよかった。
カーン……!
俺が投げた石の音が響く。
「……! あっちだ!」
衛兵達はまんまと俺の策に引っ掛かり、別方向に進んで行ったようだった。
……と、背中のアズサが、ぴょこんと頭を出してきた。
「お兄ちゃん、ここだよっ!」
アズサは目の前の小さな家を指差して言った。俺は頷くと、家の呼び鈴を鳴らした。するとすぐに、玄関の扉が開き、30代ぐらいの女性が出てきた。
「はーい、どちらさま……。……! 貴方……手配犯の!? 何のつもり……!?」
「ママ!!」
俺の背中からアズサが飛び降りると、その女性に駆け寄った。
「アズサ!? お使いはどうしたの……? なんでこの人に……。……まさか……お金目的の誘拐!?」
「違うよママ! このお兄ちゃんは、悪い人達にいじめられてたアズサを助けてくれたんだよ! ここまで連れてきてくれたのもお兄ちゃんだもん!」
アズサがそう言うと、アズサの母親は困惑の表情を見せた。
「えっと……本当……なんですか……?」
半ば怯えたような口調で聞いてくる。……無理も無いことだろう。俺とレイネは、バンケットの街を混乱に陥れ衛兵達に歯向かって暴行を加えた、と言うことになっているのだから。
「……ああ。……この子、一応怪我した後なんで無理させないようにしてやって下さい。それとびしょ濡れなんで風邪引かせないように」
「え、ええ……」
「後、1つだけ頼みがあるんですけど、俺がここに来たってこと、誰にも言わないで下さい。……その子にもそう、お願いします」
そう言い残すと俺は、すぐさま立ち去ろうとした。すると、俺のコートの裾をアズサが掴んだ。
「お兄ちゃん……行っちゃうの……?」
「……ああ。お兄ちゃんには、やることがあるからな。……大丈夫、また会えるさ」
「……ホント?」
不安そうに聞いてくるアズサ。俺はしゃがみ込むと、そんなアズサの頭を撫でてやりながら、言った。
「……ああ、本当だ。これでもお兄ちゃんは強いんだぞ! ……それに今度は、アズサを治してくれたお姉ちゃんも連れてきてやるからな。そしたらちゃんとお礼言うんだぞ?」
「うん……分かった!」
元気に返事をするアズサ。母親に引かれ家の中に入っていくのを見届けた俺は、今度こそその場を後にするのだった。
街を駆けること数分。俺は、ホテルで見た地図の記憶を頼りに、町外れの更地へとやってきていた。
「見つけた! カズヤさん、大人しく投降して下さい!」
ティカが追い付いたようだ。その後ろからも数人の兵士がやってくる。
俺は足を止めると、ティカ達の方へ振り向いた。
「……投降する気になりましたか?」
「悪いけど、投降なんかしてられねーな。……俺にはアズサとの約束があるからよ」
「……っ! だったら……!」
「……ああいいぜ。ここなら誰にも被害が及ばない。……決着を着けようぜ。お前らの正義と俺の正義、どっちが正しいかのな!」
俺が言い切ると、ホテルにいたここの衛兵達のリーダー格とおぼしき男が歩み出てきた。
「戯れ言を……! 貴様の正義などあったものか……! かかれぇ!」
衛兵達が一斉に魔法を放った。火、水、雷……。ティカとリーダー格の男のものも含め、30以上に及ぶ魔法が、俺を襲った。……俺は身動ぎ1つせずに、それらを全て身体に受けた。
「ふん……避けられなかったか。口ほども無い……」
立ち込める硝煙。……やがて晴れゆく煙の中、俺は"無傷で"立っていた。
「な……に……!?」
衛兵達の間にざわめきが起こる。俺は唾を吐き捨て、言った。
「避けられなかったんじゃねえ、"避けなかった"んだ。ティカ、お前らの正義はそんなもんかよ?」
「違います……私達の正義は……! 皆さん、もう1度お願いします!」
ティカの合図で衛兵達がもう1度魔法を放ってくる。それらが俺に着弾する寸前、薄紅色の光が俺の身体を包んだ。……ティカの《魔法暴発》である。
再び立ち込める硝煙。しかし俺は、ダメージをほぼ受けることなく無傷のままだった。
「そんな……なんで……!?」
ティカが激しく動揺の色を見せた。
「へっ……俺が防御魔法を使ってるとでも思ったか? 残念だったな……俺は魔法なんか使っちゃいねーよ。……ってかそもそも多分使えねーしな。俺の職業はバリバリの騎士なもんでね」
「……!? 騎士……だと!? 貴様……」
狼狽える衛兵達の隙を突いた俺はその中に踏み込み、拳と蹴りで一気に薙ぎ払った。
「ぐはぁ……!?」
「コイツ……速……!?」
衛兵達は次々と気を喪って倒れていく。流石にリーダー格の男は一撃では倒れなかったらしく、その背中に背負っていた大剣を降り下ろしてきた。
「《剛断剣》!!」
気合いの入った剣撃。俺はそれを正面から見据えると、右手を前に出し……親指と人差し指で大剣を挟み込んだ。
「そんな……バカな……!? この私の正義の剣が……!?」
「……そんな正義だから止められるんだよ。……砕けろ」
俺が指に力を込めると、大剣は粉々に砕け散った。呆けてる男の腹に拳をねじ込むと、男はその場に崩れ落ちた。
「さあ……後はお前だけだぜ、ティカ。それともコイツらをまた治すか……?」
「……っ! その必要は……ありませんっ……! ……《感覚強化》!」
ティカが叫ぶと、俺の身体を薄い緑色の光が包んだ。
(……? 何だコレ……?)
「《エレキ・ボム》!!」
ティカの杖から雷のエネルギー弾が放たれる。俺がそれを身体で受けた……瞬間。かなりの痺れが俺を襲った。
(さっきの衛兵達も使ってた技だぞ……? なんでこんなに……。
……! まさかさっきのティカの魔法は……)
「……どうですか? 大人しく投降しないのならば、コレを連発しますよ?」
杖をこちらに向けてそう言ってくるティカ。俺は両手を挙げると……自分の頬を強く叩いた。
「……!?」
「っぅ~! いてて……。痛覚……いや、感覚強化か。成程ね……だが俺には効かねぇよ」
「え……!?」
「……言っただろ? 俺の正義を証明してやるって。……お前の正義は間違ってるんだよ」
「……っ、私の正義は……!」
「言ってみろよ、ティカ。お前の正義は何だ? お前が守衛兵団に入ったのは何のためだ?」
「私は……誰かを助けるために……誰かを救うために……誰かを守るために!」
「……そうか。……ある意味では正しい事を言ってるのかも知れねーな。お前はそのための力を付けたんだろうし、さっきもアズサを治した。……でもな、ティカ。アズサはさっき、笑ったか……?」
「それはっ……!」
「……組織的に正義を振りかざそうが、小さい女の子1人も笑顔に出来ない。……そんなもんを俺は、正義とは認めねぇ!」
「でも……それでも……私は!」
ティカは激昂し、杖を振りかぶってきた。
「……遅い」
俺はそれをヒラリとかわすと、すれ違い様に、ティカの後ろ首 に軽く手刀を放った。
「……これが……カズヤさんの……正……義…………」
ティカはそのまま前のめりに倒れ、地面に崩れ落ちた。
俺はティカが崩れていくのを見届けながら、言った。
「……ああそうだ。王国だの組織だのそんなもんクソ喰らえ……。『誰かを笑顔にする』……それが俺の、『正義』だ」